体験入学1
異能学園体験入学。字面は大したことは無い。体験入学、もしくはオープンキャンパスなど、どこでもやっている事だ。
だがここは異能者を養成する場所なのだから、そもそも授業のカリキュラムが通常の学校や大学とは大きく違い、やって来る未来の後輩達も、学園の授業風景に面食らうだろう。
そして体験入学は二日に分かれており、初日にやって来るのは推薦組になるのがほぼ決まっているような、名家出身だったり、強い力を持っているためある程度異能のことを学んでいる者達で、二日目には普通科を見学する大勢の学生達がやってくる。こうやって日にちを分けておかないと、一族主義者な生徒と、異能社会に詳しくない普通の生徒が衝突する可能性があるのだ。
しかも、初日に見学するグループには保護者の同伴が認められていない。なにせ殆どが名家の関係者なので、保護者同士でマウントの取り合いが発生する可能性があるため……と言うか第一回の体験入学では実際にあったようで、第二回から初日のグループに関して、一律で保護者は来るなと定めたらしい。いや、どんだけだよ。
兎に角、そんな体験入学の初日だから、俺達一年A組は少し早めに登校して、教室とその周りを清掃することになっていたから、首席として早めに教室にやって来たのだが……。
「ふっ。ふっ。ふっ」
そこには腕立て伏せをしているキングオブ馬鹿のマッスル、ではなく、スポーツ刈りの好青年っぽい西岡君がいた。
は?
一年A組所属、西岡康太は天才の卵と言っていい。西方守護を司る大威徳明王を、半透明で限りなく希薄とはいえ形作って操れる彼は、長ずれば権能使いに至れるのではないかと期待されている。まあそのせいで若干天狗になり、入学して直ぐお姉様に挑んでぶっ飛ばされて以降、無理なものは無理と一つ大人になったが。
そして異能大会前、アーサーやジャンヌダルクの子弟などという、トンデモメンバーが出場することが分かっても、父親に出場辞退なんかみっともない真似を出来るか、果報を寝て待ってろと啖呵を切り、大会では惜しくも敗れたものの、西岡家では本家嫡男として相応しい男になったと喜ばれているらしい。
そんなまさに、異能社会におけるエリートが早朝の教室で腕立て伏せをしていた。
「ぷっ。ぷぷぷぷぷぷ」
それをうっかり見てしまったお姉様はいつもの可愛らしいぷぷぷ笑いをあいてっ。でへへ。
む。西岡君が目立ち過ぎて気が付かなかったが、教室にはもう一人いた。彼と仲がいいイケメンナンパ全滅野郎こと村上君で、どうやら西岡君との付き合いで一緒に来ていたらしいが、その表情は疲れ切っていた。
あ、こっちに気が付いて近づいてきたと思ったら、村上君に肩を組まれて教室の外に連れられた。いや、肩を組まれたというか、疲れ切って支えが必要な感じだ。
「やっぱり妹さんが来るの?」
「そうなんだよ……あの馬鹿、まだ登校するの早いって言っても聞かなくて……」
心底疲れた表情の、クラスのほぼ全女子生徒に結婚してくれと言ってのけた馬鹿に馬鹿と言われた西岡君だが、朝一番に登校して腕立て伏せをしている理由が、妹が体験入学で訪れるからとは、まさに馬鹿としか言いようがない。
「まあよく聞くあれだ。親から、お前は兄貴で妹は守るもんだって育てられたみたいでな。でもその妹、美夏ちゃんって名前で可愛らしい子なんだけど、典型的な身内が原因で結婚出来ない状況になりそうだ」
ふむ、妹さんの名前と顔も知っているとは、やっぱりこの二人仲がいいな。そういや、異能大会でもチームメイトだったか。
「おっす貴明! 小夜子! 今日はいい天気だな!」
「お、おはよう西岡君!」
「ぷううう。お、おはよう。ぷぷぷ」
俺とお姉様が教室の外にいるのに気が付いた西岡君がやって来て、それは元気な挨拶をしてきたが、首席の俺ですら押されてしまう元気の良さだ。そしてつい、視線だけで村上君に問うてしまう。
こいつ大丈夫?
そして村上君は正しく読み取ったようで、彼はただ首を横に振るだけだった。
◆
さて、教室の掃除も終わり、お姉様と一緒にごみ袋を集積場に持っていくついでに、正門に集まっているであろう未来の後輩達を見に来たのだが……。
「我の強そうなのが集まってるわね。ぷぷ。に、西岡の妹は見ないようにしないと。ぷぷ」
思い出し笑いをされているプリティーなお姉様の言う通りあいてっ。でへへ。正門に集まっている20人ほどの若人達は全員我が強そうで、この中で最強は自分だと主張せんばかりに、彼らの間で火花が散っているようだった。
しかし俺達の代はこうではない。ウチのクラスメイト達はお姉様の強さを、入学前からたっぷり聞かされていたようで、最初からお姉様が一番だと思ってから入学してきたからだ。
兎に角まあ、ハングリー精神溢れる後輩達が、正門でメンチを切り合っているのだが、我関せずとその火花が散っているグループから距離を取っている者達もいる。その中に顔立ちが似ている、多分双子の男女がいるのだが……妙だ。
平均的身長の美青年とロングヘアーの美少女で変な特徴はない二人なのだが、本当に極僅かだが親父の力の残滓を感じる。
まさか……。
隠し子か? 親父め、お袋にぶっ殺されるな。まさか、真なる邪神の座を巡って邪神トーナメントが開催されるのでは?
とまあ冗談は置いておいて。
『もしもし親父?』
『なんだいマイサン! 新聞によると来年の猫ちゃんズの優勝は間違いないみたいだよ!』
邪神間通信で親父に話しかけるが、相変わらず出るのがはええよ。それと親父がいつも読んでる新聞の言う通りなら、猫ちゃんズは毎年優勝してるぞ。
『体験入学に双子っぽい男女が来てるんだけど、どうも親父の力を感じるんだよ。なにかした?』
『はて……いや、マイサンとほぼ同年代で双子、異能学園の体験入学に行ける力の持ち主。俺の力の残滓がある。覚えがあるな。どれ……ああやっぱり! いやあ懐かしい! マイサンが子供のころに変身仮面のお面が欲しいって言ったことがあってね! おもちゃ屋に買いに行ったんだけど、その時に会ったんだ! 余所の次元の神格に目を付けられる位の潜在能力があって、そいつにお父さんが乗っ取られてたから、ちょっとお話したことがあるんだよ! それは解決して記憶を消したんだけど、力を制御できないと、また妙なのが寄ってくると思って、異能研究所の職員をそれとなく誘導して訓練してもらったり、少しの間見てたから、残滓がちょっとだけ残ってたみたいだね! 本当に懐かしいなあ、男の子の第一声が、おじさん変身仮面? 変身出来る? だったよ!』
なんか、ドカッと情報が雪崩込んできた。ハイテンションで一気に喋ろうとするのは親父の悪い癖だな。まあこれで大事なことは分かった。青年の方は変身仮面を愛する同士と言う事だ。
それとおまけで、なんだかんだで親父もお人よしと言う事だ。人間同士のことは基本的に不干渉だが、善人や無垢に頼まれたらかなり言う事を聞いてくれて、自発的に動くからな。それこそお袋が子供だった時の様に。
そして、あの双子は別次元の神格がちょっかい掛けてくる程度に力が強いと言う事か。いや、彼等だけじゃない。ちらほら変わった力を持った者達がいるぞ。まあ、あらゆる意味で濃いうちのクラスには敵うまい。
いやしかし、それでも本当に我が強い連中だぞ。今もバッチバチにメンチ切り合ってる。そして……。
「ぷぷ。ぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ」
お姉様も見てしまったらしい。
集団の中で一番メンチ切って、物理的に火花でも起こせるんじゃないかと思わせる、ポニーテールの女の子だが……どこか西岡君の面影がある。
まあそんな気はしていた。武闘派名家である西岡家の生まれなのだ。つまり彼女もバリバリの武闘派だったのだ! 村上君め、確かに顔立ちは可愛らしいが、今の彼女はここにいる奴全員ぶっ殺してやるという気迫を発してるぞ。うん? なんか引っ掛かるような……まあいい。
それにしてもこのメンチ切り合ってるのと、妙に変わった力と雰囲気を持った連中が未来の後輩かあ。来年も忙しくなりそうだぞ。
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