大いなる帰還編

邪神の帰還

 九州での研修も終わり、二週間ぶりに戻ってまいりました、異能学園でもある我がブラックタール帝国。警備担当である正門の金剛力士像達も普段通り睨みを利かせており、その肩には酉ちゃんこと朱雀ちゃんがいた。かつて警備エリアが被っていたから、お互い距離感に悩んでいたようだが今では仲良しさんだ。


 そしてたった二週間しか離れていなかったのだから、学園も特に変わった様子はない。こっそり仕込んでおいた警備システムも作動してないようだしな。


 強いて変わったことを言うなら……いや別に。


「おっす貴明、小夜子」


「久しぶりだね二人とも」


 なななななななないいいいいいいいい。


 正門で手を繋いだ挟間君こと常識人と、東郷さんことネクロマンサー東郷さんなんて見ていないいいいいいい。


 ぐべらぎゃ!?


 ◆


 うん? どうして俺は教室の前にいるんだ? お姉様と家を出た後の記憶がない……まさか何者かが全人類に記憶処理を!? 俺の第二形態に匹敵する何かがいるのか!


「おっと来た来た。貴明、九州の戦いに参加したんだろ? 話を聞かせてくれよ」


 首を傾げながら教室に入ると、待ってましたと言わんばかりの西岡君に出迎えられ、他の武闘派名家出身のクラスメイトも、興味があるのか意識を俺に向けている。彼らが聞きたいのは九州支部沿岸要塞で起こった、妖異との大規模戦闘のことだろう。近年で1000体近い妖異との戦闘は殆ど類がなく、一応それに参加した形の俺に話を聞きたいらしい。とは言っても、あの戦いが起こった次の日には、彼らからメールやなにやらが送られてきて、大雑把でも起こった事は説明しているのだが。


 しかし、お姉様もあの戦いにはいたのに、西岡君達は席に座ったお姉様を出来るだけ見ないようにしている。入学して早々にお姉様にぶっ飛ばされたのは未だにトラウマの様だ。


「そうだねえ。やっぱり源義道支部長の不動明王は別格だったね。僕達がいたのは最終防衛ラインだったけど、そこにいても威圧感をびりびり感じたくらいだよ」


「おお! 俺も直接見てみたかったんだ! うちの爺さん連中から、源兄弟が形作る不動明王は別格だったってよく聞かされててな!」


 とりあえず適当に爺さんを褒める事から始めると、思いの他に西岡君の食い付きがよく、それは他の武闘派名家のクラスメイトも同じで、意識がより俺に向いたのを感じる。どうやら彼らの実家にいる年寄りにとって、爺さんとその兄である源兄弟の名は重いらしく、何度も爺さん達の話をしているようだ。


 いや、年寄りと言う事は現役時代の爺さんの活躍を直に見ているのか。逆に俺も現役時代の爺さんの話を聞きたくなってきたな。


「やあやあ」


「おはよう」


「おはようございます佐伯お姉様! 橘お姉様!」


 おっと、爺さんのことはどうでもいい、重要な事じゃない。それより教室に入ってこられた佐伯お姉様と橘お姉様に挨拶せねば。


「佐伯もあの戦いを見てたんだろ? 凄かったか?」


「そりゃあ凄かったよ。生で見たら目が眩むくらいの魔法やらなんやらが飛んでたからね」


「ああくそ! 俺もその場にいたかったなあ!」


 西岡君が佐伯お姉様にも当時の様子を聞き、辛抱堪らんとばかりに叫んだ。やはり武闘派名家出身としては戦いに参加したかったらしい。


 その後、教室に入って来た藤宮君とも似たやり取りをしていると、ついに奴がやって来た。


「諸君おはよう。久しぶりに顔が見れて嬉しく思う」


 スーツを着たゴリラことゴリラが教壇に立ち、珍しく情緒ある言葉を発する。てっきり諸君おはよう、解散。で終わるかと思ってた。


「学園長! 九州の戦いのお話をしていただけませんか!」


 おおっと、西岡君が手を上げて、ゴリラにまで話を求めたぞ。


「そうだな。妖異に対してより味方に対する感情が大きい。流石は英雄と、英雄に率いられた人員だった。九州支部に元々いた異能者の練度は世界でも屈指だろう」


「おお……!」


 逆カバラの悪徳であるベルゼブブすら打倒したゴリラのお墨付きに、西岡君を筆頭に武闘派名家のクラスメイトから感嘆の声が漏れる。


「話を戻すが、それこそ九州での戦いの後、研修地で即応体制のまま待機した者が多いだろう。事が起こるか起こらないか分からない状況で、じっと耐えることも異能者に必要だ」


 ゴリラの言葉に頷くクラスメイト達。どうやらあの戦いの後、全員が研修先でいつでも動けるように待機していたようだ。尤も、ゾンビ共はいつも通りの馬鹿をしている姿しか想像出来ない。チャラ男とか、絶対モイライ三姉妹に手紙を書いたりしてただろ。


「伝達がある。来週に行われる体験入学だが、このクラスの授業風景も見せる事になるだろう。が、一族の者が来るからと言って、変に張り切り過ぎることが無いように。彼らが見る必要があるのは、あくまで普段の諸君達なのだからな」


 た、体験入学だって? そんなの知らないんだけどあったのか? ってそういや俺っち、超飛び入りで入学したようなもんだったな。しかしゴリラが、態々普段通りにしてろって念を入れたことを考えるに、推薦組の中には一族の年下にいいところを見せようと、いつも無駄に張り切る奴がいるんだろうな。


 なんかびくっと体が反応した西岡君とか。


 今、クラスメイトの殆どが同じ考えを持っただろう。つまりだ。


 妹が来るな。


「それとほぼ決まった事だが、近いうちにイギリスの生徒達がこちらに来る。そのつもりでいてくれ」


 ほほう。イギリスの生徒達が来るのか。多分飛行機だろうが、本来異能者が飛行機に乗るのは国の保証がいるため、これはイギリスと言う国家が必要だと判断したことを意味する。まあ、ルーキーのバトルロイヤル以外、全部の優勝を日本が持って行ったんだから、その理由を探ろうとするのは当然だろう。それと、イギリスの精鋭達をぶっ飛ばしたのが半裸会長とマッスルだったことも理由の一つだろうな。


 そうとなればまずすることがある。


 調理場の警戒網の密度を上げなければ。


 ◆


「そう言えば貴明は去年の体験入学にいなかったな」


「い、色々あって」


 昼休みの食堂で藤宮君にそう言われ、完璧に誤魔化すことに成功した。


 研修が終わったこともあり我がチーム花弁の壁は、久しぶりに勢揃いして一緒に昼食を食べることになったのだ。


「藤宮君は行ってたの?」


「ああ。佐伯も橘もいたはず」


「行った行った。流石にこれだけ変わってる場所だから、事前にある程度見てみたかったからね」


「予習は必要だったから」


 藤宮君の言葉に頷く佐伯お姉様と橘お姉様。


 どうやら体験入学をするのは当たり前だったらしい。な、なんてことだ。主席ともあろうものが、体験入学を知らないでいたとは……。


「私もしてないけどね」


「興味なかったんでしょ?」


「ええ」


「やっぱり」


 いや、お姉様も体験入学に行っていなかったようで、その理由は佐伯お姉様の言う通り、完全に興味がなかったようだ。


「まあでも、行ってもよかったかもしれないわね」


「なぜ俺達を見る」


「この漬物美味しいね栞」


「ええそうね」


 お姉様がいつもの素晴らしいニタニタ笑いでそう仰ったが、多分クラスの面々の個性的な力を思い出しているのだろう。勿論その中には藤宮君、佐伯お姉様、橘お姉様も含まれているため、三人ともその素晴らしい笑顔に顔を背けるようにして食事を続けている。


「しかし、ボクらにも後輩が出来るのか」


「もう年末だからな。あっという間だった」


 佐伯お姉様に藤宮君が頷く。

 研修は11月だったから、年末までもうあと少しなのだ。そして来年には俺達も二年生となり後輩が入学することになる。


 だが、年末。そう、年末。つまり聖なる夜が近づき、スーパーはクリスマスムード一色なのだ。それが何を意味するかと言うと、日本中が恋人達への怨嗟と憎悪に埋もれ、俺の力が更なるパワーアップを遂げることを意味する!


「どんな子達が来るかね?」


「西岡の妹は確定だろ」


「確かに」


 佐伯お姉様と藤宮君が話していると、珍しく橘お姉様が苦笑しながら同意した。それだけ西岡君の反応は露骨だったのだ。


「貴明はどう思うかな?」


「さて、個性的なのは間違いないような」


「違いないや」


 佐伯お姉様に答えると、藤宮君と橘お姉様が首を傾げている。佐伯お姉様の俺への呼び方でしょ? 俺も研修の帰りに気が付いたけど、色々あったんだよ。でへへ。


 いやしかし、本当にどんな子達が後輩になるのか楽しみだ。


 ◆


 そして体験入学当日を迎えたわけだが……


 あの体験入学にやって来た雰囲気が似てる男女、双子だと思うんだけど、覚えてはいないみたいだが親父を認識したことがあるんじゃね? 間違いない。息子だからこそ分かるが、ほんの僅かに親父の残滓を感じる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る