301話記念 おもちゃ屋の大邪神

 切っ掛けは彼の子供の一言だった。


「おとうちゃん、へんしんかめんのおめんがほしい!」


 ◆


「ここならだじょうぶ。きっとへんしんかめんがたすけてくれる」


「うん」


 街中のおもちゃ屋の隅で、幼い双子の男の子、祐真と、女の子、美羽が蹲っている。彼らは父親から、いや、父親のふりをしているナニカから逃げて来たのだ。ここ数日、この子供達は、自分の父親が普段通りに見えて、実はナニカ別の者に操られている事に気がついた。しかし、それを母親に言っても信じてもらえず、その幼さ故に警察と言う発想にならず、おもちゃ屋の中にあるヒーローなら助けてくれると思っていた。


「おんや? 僕達どうしたんだい、こんな隅っこで」


「おじさん、へんしんかめん? へんしんできる?」


「え!? 変身は出来るよ!」


「ほんと!?」


「ほんとほんと!」


 そんな蹲っている幼子達が気になった男が声を掛けるが、気がいいのか祐真に変身出来るかと問われると、サムズアップしながら変身出来ると断言した。


「じゃあパパをもとにもどして!」


「ふーむ。パパが変わっちゃったのかい?」


「うん……」


「じゃあちょっとパパに会いにって、あの人?」


「う、うん……」


 祐真と美羽が、男に縋りつきながら父親を元に戻してほしいと頼み込んだが、丁度その父親がやって来て、子供達は男の後ろに隠れた。


「ああすみませんウチの子が」


 父親、いや、父親のふりをしているナニカには目的があった。異なる次元からやって来たナニカは、長時間この次元で元の姿を維持することが難しく、精神的な存在となって自分をこの地で確固たる存在にすることが出来る、霊的な素養を持つ者を探していたのだ。


 そして探し当てた者こそ祐真と美羽の双子で、ナニカは彼らの父親に宿り、成長した彼らを意のままに操って利用し、より高次元の存在になろうとした。


 この日で終わったが。


「ああなるほどね。ちょっと保護者同士のお話としましょうか」


「はい?」


 瞬間、祐真と美羽の父、いや、彼に寄生していたナニカと、男の姿はきれいさっぱり、おもちゃ屋の中から消え失せていた。


「ん? あれ? なにしに来てたんだっけ?」


「へんしんかめんのおめんかいに!」


「うん!」


「ああそうだったそうだった」


 首を傾げる父と、怯えていたはずの祐真と美羽すら、先程まで起こっていた出来事を忘れ、子供達は父の手を引っ張り、お面のコーナーに向かう。


 その子供達の顔には、不安も恐怖もなく、ただ笑顔だけがあった。


 ◆


『……なにをした?』


「いやすいませんね! おもちゃ屋さんでは込み入った話が出来ないので、ここに来てもらいました!」


 一方、双子の父から精神を引きはがされて、真っ黒な、どこまでもどこまでも暗い暗い世界に連れてこられたナニカ、白い人型のモザイクとしか表現できない別世界の神格は、目の前のベンチに座る男に問いただす。


『何者だ』


「同類ですよ! 神とか色々呼ばれている!」


 問いながらモザイクは不思議に思った。地球では体を維持することが出来なかったのに、この暗い世界では元の姿どころか、その身に宿している凄まじい権能も十全に扱えるだろう。


「もう止めときましょうよ。ね? 神格に対して感受性の強いあの子達を利用して、より高次元に至ろうとしてるんでしょ? そっちの次元じゃ神格はバリバリ現役みたいですけど、こっちじゃあ過去の遺物なんですよ。青銅から鉄の時代に移り変わった時点で、もう人は神を必要としてません。それを今更、外からやって来た神がどうのこうのするっては、人間は誰も望んでないんですよ。人は、彼らはもう一人で立ってるんです。それでも助けを求められたら手を貸すのはいいです。でも、神が自分の都合で人の生を弄ぶのは止めましょうよ。ね? ここは一つ、その計画は無かったことに」


『【完全消去】』


 面倒な問答はいいだろうと、モザイクが己の権能を発動して、目の前の男を現在、過去、未来から完全に抹消しようとした。


『馬鹿な!?』


 ここで初めてモザイクが、感情らしい感情を見せた。驚愕だ。


『完全に消去したはずだ!』


「はははは! いやあ懐かしい! 同期の子供達の第一神達が好んでましたよ! 完全ななになにとか、絶対のなになにっていう表現!」


 モザイクの前にいる男は、変わらずにこやかに笑いながら、モザイクをじっと見ていた。抗えない筈の、完全な消去と抹消が起こったにも関わらず。


『【完全消去】!』


 再び発動するモザイクの権能。


「でも結局は言葉遊びなんですよね! どれだけ絶対とか完全って言っても、出力差があったら効果が無かったんですから!」


 が、無駄。しかも絶対の権能を、言葉遊びと、子供の遊びと断じる傲岸不遜。


『何者だ!』


「それとなんですけど、実はちょーっとだけイラッっとしてまして。いやあ、自分も親でして、色々思うところがあったんですよ。仲のいい親子、結構な事じゃないですか。それを引き裂いて、利用してって貴方ねえ。という訳で、話合いが決裂した以上はもう消えてもらうしかないですよね」


『何者かと聞いている!』


「あ、そうだ! ちょっと興が乗りました! あの子供達に変身出来ると言った手前、普段とはちょっと違う変身をお見せしましょう!」


『【完全消去】! 【完全消去】! 【完全消去】!』


 モザイクは問いを無視した男に対して、渾身の力を込めて消去しようとしたが、何度権能を発動しても無意味だった。


「【変身】」


 そして世界が変わった。神格として超越的感覚を有するモザイクは、真っ暗で真っ黒な世界で、一瞬だけガス灯と、それに張り付けられた壁時計、そして空には宙があったのを感じ取った。


 だが次の瞬間。


 世界は漂泊の白となった。


 真っ白な真っ白な、地平まで何もない真っ白な空間。完全なる……無。


『あ?』


 モザイクはそれを“形”として認識することは出来なかった。なにも“無”いのだからそれも当然。


『まさかこん!?』


【無】


 そのたった一言を聞いた瞬間、モザイクは無となった。たった一言、その一言に込められた途方もなく、途轍もなく、想像を絶する概念。言葉通りの“無”を押し付けられたモザイクは、理の中から完全に抹消されてしまったのだ。


「はっはっはっは! いやあ、相変わらず“無”の力って物騒すぎ! 調整しないと過去まで波及して、歴史やら色々変わっちゃうし!」


 なにもない“無”から元に戻った男が、再び真っ黒な世界で笑う。それは同胞の力の厄介さを笑うものだったが……。


 その同胞ですら、いや、同胞達ですらこう言うだろう。


 お前が言うな、と。


「はっはっはっは!」


 暗がりで男が笑う。


 唯一役目も無きが故に、あらゆる者に変じられる。


 のではない。


 その真なる役目、■■であるからこそだった。


 ◆


「マイサン! 変身仮面のお面買ってきたよ!」


「わーい! おとうちゃんありがとう!」


「でへ。でへへへ。どういたしましてマイサン!」


「【へーんし】」


「お外でその変身はダメえええ!」


 育児に奮闘していた頃の、大邪神の一幕であった。



後書き


ついに300話を超えることが出来ました。これも皆様のおかげでございます。

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