人間

 黙示録の獣の力なら、現れた瞬間に世界が洗い流されてもおかしくないだろう。だが実際はそうなっていない。あまりにも不完全なのだ。なにせほぼ完璧な条件といえる世紀末に現れようとした時も蹴躓いたのだから。


 爺さん達め、つくづくやるな。本当に見たかった。


 饕餮という名の

 第一の騎士を

 ホワイトライダーを


 世紀末に現れた【支配】にして黙示録の騎士の概念を宿した饕餮を打倒した瞬間を。


 そのせいで世紀末の黙示録はご破算になった。他の3柱が続くはずだったのにトップバッターがいきなり敗れて、そこで滅びの現象と概念が止まってしまったのだ。第一の封印がいきなり封印されたというお笑い話。あの爺さんとその仲間達は、世界の終焉を未然に防いだのだ。


 だがそれでも限界だった。現代の淀みに淀んだ人の負の念が、止まっていたそれを引き起こした。だからやって来たのだ。


 渾沌、窮奇、檮杌。それぞれ何を担当していたかは知らん。だがその担当の元自体は分かる。


 第二の騎士レッドライダー。

 第三の騎士ブラックライダー。

 そして第四の騎士ペイルライダー。


 血と共に笑いがこみ上げる。知れば誰もが震えあがるだろう。黙示録の四騎士が、四凶の概念を借りてついこの前降臨していたのだ。


 そう……黙示録……ヨハネの黙示録。あれには封印のことが記されている。


 第一から四の封印は四騎士達。


 続きがある。


 第五の封印。復讐を望む殉教者達。異能排斥派。


 第六の封印。天変地異。月食。


 第七名の封印。静寂。なぜかよく分からんが、俺が死にかけてるから静寂のようだ。


 そしてラッパ吹き共がなんやかんやで七つの災害がおこり、五番目の災害はアバドンだったりするが、多分スケジュールが狂いまくったせいで今回はいきなり黙示録の獣のお出ましだ。


 だが……ああ、英雄と言わずなんという。無意識だろうが爺さんは人間の滅びを止めていたのだ。そのため爺さんに足を引っ張られまくったせいで、現れようとしている黙示録の獣は不完全。スローの世界でお姉様が変身しようとしているが、宙の力を受ければ幾ら神秘を否定しようと、出力差で押しつぶされるだろう。


『この力を持って全ての異能者と妖異を消滅させ、真なる人間の時代を始めるのだ!』


 スローだった世界が元に戻り、イケメンが老若男女の様々な人間の声が重なったかのような叫びを上げる。


 そんなものになろうとしているイケメンの目的は、いや、イケメンを依り代にしている、心の中のどこかで異能に忌避感を持つ大多数の人間の無意識の目的はそれか。全てが科学で成り立った世界を作り出し、理解出来ない神秘を否定したいのだ。


 それはきっと素晴らしい世界なのだろう。

 それはきっとなんの争いも歪みもない素晴らしい世界なのだろう。


 ぷぷぷぷ。そんな訳あるか。異能と神秘、そして妖異がいるから世界が歪んでるんじゃないだ。だいたいなんで神秘を根絶したいのに、それを行う化身が神秘そのもので、しかも暴力的な強制装置みたいな奴なんだよ。無意識の願望が出てるぞ。自分だけが特別な力を持っていたいって言うな。


 あーあー馬鹿らしくてやってらんねえ。どうして俺が人と言う種の破滅願望とエゴに付き合わなきゃなんねえんだ。勝手にやってろ。蛇君後よろしくね。


 人よ、そんなに滅びたいのであれば滅びるがいいさ。


「こんの【ボルケーノオオオオオ】!」


 佐伯お姉様が叫んで魔法を放つがそれもかき消された。ああ、佐伯お姉様は大丈夫ですよ。チームのみんなや友人知人、それと善と無垢は何とかして守るんで。ゾンビ共は何もしないで大丈夫だろうが。


「消されてたまるか! ボクらの生を否定するんじゃねえ!」


 ってんなこと言ってる場合じゃないですよね佐伯お姉様!


「人は! 人間は生きてんだぞ! 死んでたまるかああああ!」


 佐伯お姉様は現れている黙示録の獣を前にして恐怖している! 怯えている!


 だが全く諦めていない!


 ああなんと素晴らしき人の決意! 人の輝き! 人の生!


 新世紀だろうが世紀末だろうが! 真なる人類だろが異能者だろうが!


 人は生きてるのだ! ならば俺も人として立たんでどうする!


 そして神秘を否定しようが弱点は分かってる! 四凶が揃ってシークエンスが始まってたのに効いたのがあるよなあ! ならもう一つ俺の体に穴増えたところで問題ないか!


「我が身こそ!」


「あなた!?」


 お姉様が変身を止めて俺の方を必死な顔で見る。俺が何をしようとしているか分かったらしい。死にはしないんで勘弁してください。代わりにクッソ痛いけど。


「貴明マネ!?」


 そして佐伯お姉様も血を吐きながら急に叫びだした俺を止めようとするけど、佐伯お姉様の輝きを見た以上俺っちも止める気ないんですよ。


【第二形態能力開放】!


 さあやるぞ! これぞ神仏に変じる裏技ではなく第二形態アバターの真なる使い方!


「我が身こそ人なり! 人にして人なり! 全ての人の総身なり!」


 本来の第二形態に変身は必要ない! なぜならこの身は今、四葉貴明という人間の形をした人の総身なのだから!


「生まれよ釘よ!」


『何をしようが無駄だああああああ!』


 無から五寸釘を生み出すと、3メートルほどの7頭の蛇に変わりつつあるイケメンが吠えるが、奴からこれっぽちも神秘を感じない。爺さん達も要塞も気が付かんだろう。しかし、邪神の俺だから分かる。高々3メートルで不完全だろうが世界を白紙にしかねない力を。


 そして確かにお前さんには無駄だろうな。お前さんには。いやぶったまげたよ。まさか人間形態だったとはいえ俺の呪いを無効にするなんてな。


 だからお前さん以外にするな。


 具体的にはお前さん以外の全人類! この第二形態は全ての人に対して押し付けを行う! それは呪いも然り! そして今回の様に!


「釘よ! 汝の名は忘却!」


 何の変哲もない鉄の五寸釘が俺の目の前で宙に浮く。


 これぞ邪神としての我が権能! 概念を作り出した人類の記憶から、誰にも気が付かせずにその概念を一時的に消去し、信仰される神すら掻き消す必殺の釘! 今回の対象は当然、ヨハネの黙示録とノストラダムスの予言!


 食らえや! 人の人話を形作る人類人話具現具象の全く逆!


「【人類人話無形無消むけいむしょう】! がはっ!」


「は?」


 佐伯お姉様のポカンとした声がやけに耳に聞こえた。一見自爆ですものね。


 俺は今人類の総身であり、謂わば人という種の藁人形なのだ。なら呪いの釘を打つのは自分自身。宙に浮いていた五寸釘は寸分違わず俺の心臓を打ち抜いて体を貫通し、砂浜に突き刺さった後消失したのだが、くっそいてえ。マジで涙出てきた。また血を吐いたし。


 だがその程度で済んでいると言う事は、あいつの力の影響で塞がらなかった傷も、釘が貫通した心臓も元に戻ったことを意味する。


 つまり、だ。


『なぜだ! 力が抜ける!?』


 イケメンが酷く慌てて蛇になりつつあった自分を見る。


 四凶が俺に、人から流れていた四凶と言う概念を食われて消えたように、黙示録の獣の概念はどんどんと希薄になっていく。これが奴の弱点だ。本体が神秘の否定によって守られていようとそれはあくまで本体だけ。人間全体を攻撃されて、終末と黙示録と言うある意味での信仰心を完全に断たれると、それと繋がって現れた獣は体を維持できない。


 その上今回は、四凶の時のようなつまみ食いの比ではなく、今世界中の人間は誰一人として、ヨハネの黙示録とノストラダムスの予言のことは覚えていない、一時的とはいえ完全なる概念の消失なのだ。俺ですら邪神の面が無ければ忘却していただろう。しかもその忘れている事も後々人間は気が付くことは無い。それが人間に対して理屈ではなく理不尽を押し付ける、邪神としての【権能】なのだ。


「異能者は人間じゃないんだ! 危険なんだ! 消さなきゃならないんだよ! 飛鳥だってそうだ! 火を出せるんだぞ!」


 黙示録の獣は殆ど消えかけ、元の人間になったイケメンが叫ぶが、こいつ邪神の俺より過激派だ。俺だって邪神の面は人間という種全体を笑いながら見てるが、危険だから人類の数%を消すなんて考え持ったことないぞ。


 だが邪神流とゴリラ流の教えを受けた俺は、そんな問答に付き合うつもりはない! プッチンしていてイケメンを消しそうなお姉様に割り込み、イケメンに向かって駆ける!


「ぎゃっ!?」


 そしてイケメンの顎に向かって、最小限の力で最短の右ストレートを放ち気絶させ、それとほぼ同時に黙示録の獣は、完全にこの世に姿を現す前に消滅した。邪神を相手にまっとうな勝負が行われると思うなよ。誰が態々完全に現れ切ったフルパワーの状態で戦ってやるものか。俺は変身中に攻撃してはならないお約束なんて守らん。


「飛鳥って呼べるのに、何で異能者全体の括りで佐伯お姉様を見てんだ! そんな危ないことする人に見えるかコラ! ここにいるのは火が出せる異能者じゃなくて佐伯飛鳥だろうが!」


 そして言いたいことがあるなら相手が気絶した後にしましょう。戦ってる最中にお喋りなんかしたら、ゴリラから赤点付けられるからな。そのせいで伝わってないけど。


 しかし分かってない奴だ。邪神としての俺は確かに人間を一括りで見ている時もあるが、人間としての俺は物申さねばならない。葛藤や悩みもあれど、それでも人を守ると、前へ進むと決心している佐伯お姉様に、言うに事欠いて火を出せるから危ない奴だあ?


「貴明マネ! 怪我は……ない?」


「あ、大丈夫です!」


 我に返った佐伯お姉様が俺の体をチェックするが、もう傷跡は塞がってるから大丈夫だ。ありがとう人間の皆さん。皆さんのドロドロとした負の念のお陰で今日も僕は元気です。


「あなた大丈夫?」


「勿論です!」


 お姉様は第二形態の本来の使い方が、心臓に五寸釘をぶっ刺すことを知っているからとても心配そうだが、僕その気遣いだけで完全回復しました。


「本当の本当に大丈夫なのかい貴明マネ? もっとよく見せて」


「全く問題ありません!」


「傷はない……一体なんで……」


 それでもまだ心配してくれている佐伯お姉様が俺の体を心配してくれるが、本当に傷は全くないのだ。


「さてどうしてくれようかしら」


「おおおおお姉様落ち着いてください」


「もう」


 変身はしなかったが、そのお顔に青筋が浮かんで、倒れ伏したイケメンを見下ろすお姉様を何とか止める。罪を憎んで人を憎まず。どうもあのイケメンは概念の依り代になってるだけだから、佐伯お姉様を自分の意思で殺そうとした訳じゃないみたいだし。だが、異能者は消えて欲しいと思っているのは本心なのだろう。でなければ異能者を疎んじる歪みの無意識が宿る筈がない。


「……それで何が起こったんだい?」


 お姉様の問いだが……だめだ。人の輝きを見た後だと邪神として嘘が言えない。しかし……いや、このイケメンが古くからの付き合いなら、佐伯お姉様には知る権利がある。だが……。


「知ったら後戻り出来なくなりますよ?」


「……こんなんでも縁は縁なんだ。なにがあったか知りたい」


 この問題はとんでもなく大きな危険を孕んでいるのだ。出来れば本当のことは伝えたくない。佐伯お姉様の負担にもなるだろう。だがこの倒れているイケメンを無罪放免にしないといけないのに、その理由が説明出来ない……仕方ない……。


「本当にいいんですね?」


「うん」


「……普通の人間が抱く、異能者への恐怖、敵意、害意、そして歪みを依り代に、恐怖の大王の概念を併せ持つ、黙示録の獣が現れようとしてたんです。そしてこの人は素養があって宿主に選ばれたんじゃないかと思います。多分ですけど、ここ3週間ほどの記憶は曖昧で、自分の意思は薄かったかもしれません」


「あーっと……つまり、ボクを殺そうとしたのはこいつの意思じゃなかった?」


「はい」


 俺の答えに呆然とした佐伯お姉様だが、なんとか自分なりに噛み砕きながら、恐らく一番気になっていたであろうことを確認した。そりゃあどれだけ付き合いがあったか分からないけど、呼ばれてここに来る程度には親しかった筈だから、それなのに殺されそうになった理由は知りたいだろう。


「それで……どうしたらいいのかな?」


「その……佐伯お姉様が許されるんでしたら、無かったことにするのが一番かなと……」


「はい!? 貴明マネは殺されかけたんだよ!?」


 佐伯お姉様に答えるが、ああ、俺のことも心配してくれるのか……だがしかし、この事件は世界を揺るがしかねない、いや、崩壊に導いてしまうのだ。


「普通の人間の異能者に対する思念が形作られて、世界を滅ぼしかねない存在が生まれる寸前だったんです。これを異能者が知れば、普通の人間こそ危険だと思うでしょう。そして普通の人間は制御出来ないのに、異能者に対する抑止力を得たと思うでしょう。そうなればもう取り返しがつかなくなります。ここにいる俺達の秘密にするしかありません。幸いその念は完全に霧散したので、もう現れることは無いです」


 黙示録の獣が誕生しそうだった経緯を人類が知れば、異能者と普通の人間の間に、絶対にどうしようもない亀裂、いや、断絶を生み、浄化と銘打った虐殺が発生することになるだろう。だから本当なら佐伯お姉様に伝えるのも止めた方がよかった。だが当事者の佐伯お姉様に嘘を吐くことも……。


「そんなことが……心配そうな顔しなくても大丈夫だよ。教えてくれといったのはボクだし、そんなにやわじゃない。それより殺されそうになった貴明マネの方こそいいのかい?」


 うおっ眩しい!? 佐伯お姉様から覚悟と信念の光が放たれて目が眩んだ!


 しかし、やっぱり爺さんかゴリラ辺りには伝えた方がいいか? もう出現しなくとも、こんなことが起こったと……駄目だ話が大きすぎて判断がつかねえ。こういった時は年寄りの知恵だな!


『もしもし親父?』


『なんだいマイサン!』


 邪神間通信で親父に連絡を取るとすぐに返答があった。ここは年寄りの知恵、大邪神の知恵を借りよう。


『用件分かる?』


『分かる分かる! 日本であれが現れたら気が付くよ! 人間の歪みが生み出した黙示録の獣のことでしょ?』


 流石に気が付いてたか。いや、多分だが黙示録のシークエンスが始まった時にはもう気が付いていたな。まあ親父がこの手のことに関与しようとしないのは今更だからそれはいい。とにかく相談しよう。スルーはするが聞かれたことには正直に答えてくれるのが大邪神だ。


『学園長とか異能研究所には知らせた方がいいと思う?』


『止めといた方がいいね』


 急にハイテンション止めんじゃねえ。本当に親父が偶にしかならない、教育パパの時の声音だ。ガキの頃に食事は命を食うことなんだから、それを忘れちゃだめだよと教育された時も似たような声だった。


『大邪神として断言するけど、まずもうあの人の歪みとして黙示録の獣が現れることは無い。キューバ危機の時も、世紀末の滅びの先触れとして饕餮がやった時も、人の理性と奮闘で滅びは回避されたんだ。そのせいでタイミングを逃しに逃して、異能者と普通の人間の対立で発生した歪みは、滅びにとって最後のチャンスだったんだよ。それが形作られてほぼほぼ現れかけたのに、今度は貴明に消されたんだ。そしてこれから先、もう滅びの概念が形作られる余地はないから、備えるために言う必要がない以上、知らせるのは単にリスクしか生まないね』


 ふむふむ。


『その上で、個人の竹崎君ならギリギリ大丈夫だけど、異能研究所には知らせない方がいい。と言うのもあそこは組織だから色々と備える必要があって、パパのデータすら今でも残ってるくらいなんだ。異能研究所はそれを知ったらどれだけ危険であっても、情報自体は残そうとする。そして今回の件も知れば、彼らは無意識に思う。我が異能研究所なら将来的に何とか出来るはずだ。限られた者しか閲覧出来ないようにすれば大丈夫、ってね。でもね、人は皆が英雄や傑物に慣れないのさ。将来、源さんの何代先の所長かは分からないけど、人間という種族が自分達異能者を滅ぼしかねない存在を生み出す恐れが、疑いがあるとなれば、絶対に、間違いなくその情報を誤って使う。だから知る必要がないなら教えない方がいい』


 例え世界は違おうと、何千年、いや、ひょっとしたら何万年もじっと人間を見続けてきた大邪神の断言だ。なら今回は年寄りの知恵に素直に従おう。つまりこの話はこれで終了! おしまい! 佐伯お姉様には教えちゃったけどダブルスタンダードなのが人間だから仕方ないね!


『ところで猫ちゃんズは』


『ありがとう親父! そんじゃ!』


『来年こそ!?』


 なんか親父が言いかけていたが邪神間通信を切る。心配しなくても来年の猫ちゃんズは優勝するから大人しくしてろ。多分な。


「う……こ、ここは……」


 おっと、親父と話が終わったらイケメンが意識を取り戻したらしく、倒れたまま状況を確認しようとしている。邪神アイ発動! イケメンの記憶に付いて調べる! ふむふむ。商談で九州まで来たはいいが、そっから先は全く覚えていないな。やはり滅びの概念がこいつを操作していたか。ならもう放置でいい。


「……あ、飛鳥!? ひいいいいいいいい!」


 だが佐伯お姉様の顔を見て、今の状況に疑問に思うことすらなく砂浜を駆けて逃げ出した。やっぱぶっ殺した方がよかったか? まあ俺がイケメンを認識した以上、もうどこで何をしようが分かるから、妙なことをしたら今度こそお仕置きしてやる。


「貴明マネ、本当にいいんだね?」


「佐伯お姉様こそ」


 イケメンは完全に無視して、それでも佐伯お姉様が気にしてくれるのは俺に対してだが、佐伯お姉様こそ我慢できないだろうに……しかし邪神としての俺も、単に操られていただけのあいつを呪うことが出来ないし、警察に突き出しても理由を説明できないのだ。


「……ところでジェット婆に庇われた時に言ったこと覚えてる?」


「いやあ……その……」


 以前、佐伯お姉様との間に割り込み、ジェット婆が振り下ろした杖を受けた時、自分の不手際は自分が受けるものだから、もう我が身を顧みない様な事をしないようにと言われたことがあり、今回はその約束を破ってしまったことになる。こ、ここは邪神流土下座術を披露するしかない!


「助けてもらったことは感謝してる! でも貴明マネが、し、し、死ぬんだと思ったんだから!」


「あ!? ちょ!? 佐伯お姉様!? もう傷ありませんから!」


「そういう問題か!」


「すんません!」


 だが佐伯お姉様の顔に浮かんでいたのは涙だ。どうやら俺が死ぬかと思っていたようで、慌ててもう一度体のどこにも傷がないことを見せたが、納得してもらえなかった。


「それでそのぉ、傷が塞がった理由なんですけど……」


 大邪神と人間のハーフで回復力がすんごいんです。てへ。いやきついだろ。


「ぐす。言えないなら言わなくていいよ。ただ貴明マネがボクを火を出す異能者じゃなくて、佐伯飛鳥を見てるように、ボクは訳がある異能者じゃなくて、四葉貴明を見てるから」


「大邪神と人間のハーフで回復力がすんごいんです!」


 佐伯お姉様ああ! そう言われると僕はあああ! うん? あっ!? 佐伯お姉様が眩しすぎてつい口を滑らせちまった!


「うん? まあそういうこともあるのかね? 難しい話じゃなくてボクが知ってる四葉貴明なんでしょ?」


 聞き流している訳でなく、邪神とのハーフとしっかり認識しても佐伯お姉様は変わらず人間としての光を放ち続けている……。


「勿論です! 異能学園主席兼、チーム花弁壁マネージャー兼、チームゾンビーズ臨時マネージャー兼、一際面倒な連中の」


「もっと短く!」


 ……俺が肩書を好むのは、若干世界から浮いている自覚がある故に、そうやって立場で当て嵌めて、人間の社会の中に自分を定義するためだ。しかし佐伯お姉様が求めている答えは、そう言ったものを取り除いたもののようだ。


 ……ならば名乗ろう!


「四葉貴明です!」


「知ってる!」


「ありがとうございます!」


 佐伯お姉様には、ただ知っているとだけ肯定された。


 そう、邪神とか人間、半神半人以前に、まず俺は四葉貴明という存在だ。四葉貴明とは四葉貴明なのだ。そしてこの実習中、邪神と人間の間を行ったり来たりしていた自覚があったが、それを含めて俺は俺だったのだ。


「いよっし! 本当に具合が悪いとかないんだね?」


「全くありません!」


 佐伯お姉様が少々乱暴に自分の涙を袖で拭き、気合を入れる様に頬を叩くと、まだ俺のことを心配してくれるが本当に全く問題ない。


「じゃあ寮に戻って荷物を纏めたら学園に帰るよ! 貴明! 小夜子!」


「はい!」


「ふふ。そうね」


 佐伯お姉様が普段と同じように率先してこの砂浜を去ろうとするが、俺は立ち止まり砂浜をもう一度見る。ここでは何もなかった。なにも起きなかった。それでいい。だが人の歪みと同時に、人の生の輝きが確かにあった。


「小夜子、なんか楽しそうだね?」


「ふふ。悩みが半分片付いたのよ」


「……悩むんだ」


「あら酷いわ」


 いや、それは九州も、日本も、世界もそうだ。どこにでも人の歪みは存在して、どこにでも人の生の輝きがあり、人は善悪、光と闇で語るには複雑すぎる。


 そして終末の概念が消え去ろうと、根本的な問題は何も解決していない以上、変わらず人はいがみ合い傷つけ合うだろう。人間と言う社会と物語に分かりやすいハッピーエンドや勧善懲悪は存在しないのだ。


 いつか、いずれ、人は人であるが故に滅ぶかもしれない。


 だがこの砂浜と九州で、俺は滅びに劣らない覚悟と信念の光を見ることが出来た。俺はそれを忘れない。


「ほら貴明! 帰るよ!」


「はい!」


 おっといけない。つい足が止まって佐伯お姉様に促された。


 今度こそまたな九州!


 そして帰ろう。四葉貴明の通う異能学園に!





 ◆


 九州研修・超いい子ちゃん【人間性】編、完。

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