299話 静寂 300話まであと1234567・饕餮・渾沌・窮奇・檮杌・報復・天変地異・静寂


 ◆佐伯飛鳥


『飛鳥は俺が守ってやる!』


 タクシーに乗りながら昔を思い出す。小学生? あるいはもっと幼かったころ? 森山重工の御曹司、森山大輝の声だ。少なくともそんなころからボク達の交流がある程度には、かつて佐伯と森山は仲が良かった。


 男の子らしいセリフと言えばそれまでだろう。だが当時のボクは信じていた、と思う。流石に記憶があいまいだ。そして起業家の子息が多い保育園、小学校に一緒に通っていたから幼馴染で同級生でもある。中学校からはお嬢様学校に通っていたから一時は疎遠になったが、婚約と言う話が持ち上がっていた。


 まあ政略結婚だ。お互い独自の技術を持っていたから、父さん達は連携を深めたかったらしい。一応ボクにもそういう話があるとは教えてもらったが、さて、仲は良かったと思うが、ボクと大輝の両方に愛や恋といった感情があったのかね。それを確認する前に全部終わったけれど。


 あれは忘れもしない15歳の春だ。


『あ、ゴキブリ』


『げっ!? え!?』


 久しぶりに大輝が遊びに来ていた時、部屋の中にゴキブリが現れたのだ。飛び上がって驚いたボクの前髪の一部がボッと燃え上がり、それ以来メッシュの様に赤いままだ。


 そう、異能に目覚めてしまったのだ。


『いったい何が!?』


 心底慌てて大輝を見たが、見ない方がよかったかもしれない。その瞳にははっきり怯えがあった。なにか人間ではない別の猛獣、いや、怪物を見る様な……思い出さないでいい。そのせいで余計にゴキブリが嫌いになってしまったことだけでいいんだ。


 そこから話は早かった。元々異能が嫌いな森山重工は佐伯グループとの関わりを完全に断ち、一方的に色々と関係を打ち切られた父さんも怒ったため、それ以来絶縁関係が続いている。いやはや、婚約成立する前でよかった。危うくありきたりな婚約破棄の物語が始まってしまうところだった。


 悪い表現をすると、女のボクが大輝より生物的に上に立ったこともよくなかったのだろう。彼からしてみれば守ると宣言した奴の方が強くなったから、価値観を崩されてしまったのだ。そして自分とは違う種と思って恐れた。人間ではなく、異能者と言う危険生物として。


 そんな奴が急に会いたい? そもそもなぜ九州にいる? 森山重工の本社は関東だ。しかし無視をするには、それ以前の付き合いが長すぎた。だから会う。会って何を言うか確かめなければならない。


 ◆


 いた。指定された場所は、九州支部沿岸要塞からかなり離れた砂浜で、妙に入り組んでいたから探すのに苦労した。そこで立って海を見ている男だ。うんざりすることに後ろ姿で誰か分かる。


「大輝」


「考えていたことがある。異能がない世界をだ。きっと争いも歪みもない素晴らしい世界に違いない」


「ああそうかい」


「そして世紀末から異能者が爆発的に増え始めたというのなら、異能者こそが世を乱すアンゴルモアの大王なんじゃないかと」


 大輝はこちらを見ず海を見ながら呟いたが、だめだこりゃ。異能排斥派の主張とおんなじだ。生物的に上の存在である異能者は自分達を抑圧しているから、世界に歪みが生じているだの、争いの権化だの、碌に話が通用しない。態々来たのにこれとは……もう帰ろう。


「そして導かれたんだ。真なる人の無意識の声に。饕餮、窮奇、渾沌、檮杌、報復、天変地異。最後に足りないものがあると思わないか?」


「は?」


 真なる人やら正常な人ってのは異能排斥派がよく自分達を指す言葉だが、四凶に報復? 天変地異? それに足りないもの? なんのこっちゃ?


「静寂。心の静寂。つまり俺にとってはお前の死だ。そして完遂された時、正しい新世紀が訪れる」


「っ!?」


 振り返った大輝は記憶にあるより成長して整った顔立ちをしていたが、その眼は深紅に染まり、なにより使えない筈の異能で、握り拳ほどの鋭い牙のような物を7つ生み出しそれが発射された。


 だけどそんなもの!衝撃波を発して!


「なっ!?」


 だがその衝撃波は牙に当たる前に霧散した!? しかも体がこれ以上動かない! なにか途方もない流れが体を押し付けているような!? あ、当たる!?


「がっ!?」


 ……当たったのはボクじゃない。


 ボクを突き飛ばした……貴明マネだ……!


「成った? 成ったぞ! なににとっての静寂が訪れたのかは分からんが成った! 7つ全部が成った!」


「【天空天落】!?」


「はははははははははは! これで新たな新世紀を! 新時代を! 新世界を始めることが出来る!」


 一体どうなってる!? 憤怒の顔の小夜子の力すら通じず、大輝の周りの砂浜は陥没してるのにあいつは無事だ!


 いやそれより倒れた貴明マネが血を流し続けてる! なんとか、なんとかしないと!


 ◆

 四葉貴明

 ◆


 意識だけが加速する。お姉様達は酷くゆっくりで、まるでスローモーションの世界だ。


 止めるための呪いは確かに発動した。だがなぜあのイケメンに効かない? それにあのイケメン、なんか無理矢理って感じではないが操られてるな。


 いや、それよりなんとかタールで補完しようとしているが、傷が完全に塞がらない。なんだこりゃ? 人間としての俺に的確にダメージ入れてるぞ。まさか対人間特攻? いや、それだけだと邪神の俺の権能である呪いが通じないことに説明がつかない。


『マイサン問題です! ほぼ人類が滅びかけたのはいつでしょう!』


 親父の声を思い出すがなんでこんな時に?。これは……俺が小学生頃か? 何故こんな時に? 俺はなんて答えったっけ……そうだ……確か……って言うかこれまさか走馬燈じゃねえよな?


『1999年7月! 恐怖の大王!』


 そう。やたらとインパクトがある言葉だったから、ガキだった頃でもノストラダムスの予言を知っててそう答えたんだっけ。


『うーん残念!』


 じゃあなんだよ親父。黒死病か? あれはヨーロッパとその周辺だけだろ。親父はなんて答えたっけ?


『答えは1962年10月27日と30日! キューバ危機さ! 全面核戦争直前、終末時計7分前!』


『……キューバ危機ってなに?』


 あのバカ親父、小学校低学年の俺がキューバ危機なんて知ってる訳ねえだろ。それにキューバ危機は28日で終わりだし、終末時計7分前って結構余裕あるじゃねえか。


『アメリカとソ連って国が核兵器をぶっ放す直前まで行ったんだよ!いやあ、27日は米軍機が撃墜されたり、ソ連の潜水艦を巡ってバチバチしてたからね! しかも潜水艦は核魚雷を搭載してたのにアメリカは爆雷しちゃったし、その上潜水艦側は攻撃されたら核魚雷を発射しろって命令されてたんだ!』


 何度聞いてもとんでもない話だ。よく人類生き残ってるな。いや、人類は踏み止まったと言うべきか。その線を越えようとする度に、別の人間が踏み越えようとした奴を後ろに引っ張った。


 だが暗黒の土曜日は分かるがなぜ30日? 28日にはミサイル撤去の報道があったはず。キューバ危機は終わったのだ。


『そんで30日だけど、キューバ危機が終わる前のアメリカの会議で、30日に軍事攻撃を仕掛ける事がほぼ決定しかけてたのさ! ね? 人類滅びる寸前だったでしょ?』


 ああね。そりゃ実行されてたらもう取り返しがつかなかっただろう。だがなんで今更そんなことを思い出す?


 いや……俺の答えも間違ってなかった。1999年7の月……7か。あーあー。始まってたんだな。模倣が。今更人間の無意識的な破滅願望と、煮詰まった悪意と拒絶で引き起こされたんだ。本来ならあの日に起こる筈だった滅びが。1999年7月……もしくは1962年の10月末に起こる筈だった終末が。


 現実的に最も人類滅亡に近かった日。1962年10月27と28日、そして30日。


 29日と30日は境だったのか。人が滅ぶ筈の日の。だが人類の理性はギリギリ、その30日を迎えなかった。29日で人は押しとどまったのだ。


 だから10月29日の7日後の11月5日に四凶が揃おうとしても、俺という人が止めた。


 その7日後の11月12日に報復と復讐を叫ぼうと爺さんが手を打ち、人の社会がそれを許さず止めた。


 その更に7日後の11月19日に天変地異の月食が起ころうと、手を打ちまくってた爺さんのせいで何も起こらず人は最後の、最後の線を踏み越えなかった。


 あれは完遂されない筈だったのだ。今日、この時まで。無意識に止めていたであろう爺さんの全く逆。それを望んだ人間達がいたせいで。だが俺が死にかけてるのが静寂担当とか、それじゃあまるで俺が世の平穏を乱してるみたいじゃねえか。


 そして今日は11月20日……滅んだ筈の10月30日から21日後に、新天新地が始まる21章を望んでいる奴らと概念が結びついた。彼らにとっての悪を消して、間違った世紀末から別の、いや正しい新世界、新時代、新世紀を迎えるために。


 そしてこれだけ7が揃ってるんだ。ならば間違いを消すために現れるのは……世紀末の滅びすら内包した7つの頭……そして生み出される経緯からその力は……神秘の否定か。異能社会なのに神秘の否定なんていうピンポイントなメタで戦おうとするんじゃねえ。


 だからか。あれのシークエンスが始まったせいで、その力の影響下にあった饕餮以外の四凶以外に俺の力が通用しなかったからその内面を読み取れず、シークエンス自体も察知できなかったんだ。多分始まった後なら、饕餮の内面も読み取れなかった筈。そして、爺さん達が饕餮を倒した時は、神秘は秘匿されていたから、今回の様に異能が消え去ってほしいという念に繋がらず、普通に打倒できたんだろう。


 うん? いや……だとするとなぜ……。


 ああ、イケメンの後ろにそれが現れようとしていた。あれは……あいつにとって、いや、あいつ等にとって、まるでノアが免れた大洪水のように、世紀末を境に爆発的に増えた異能者という、間違えた新世紀を正すための、新時代にして新世界を作りだすための力、人の歪みが生み出した滅び概念。


 7つの頭と10の冠を持つ蛇。


 あれこそが終わるべきだった1999と7の力、そして1000年王国の果て、7つ封印、7つのラッパ、7つの災害の更に先にありし666の合体概念。


 恐怖の大王という終末と結びついたリセットの化身


 ヨハネの黙示録に記されし


 黙示録の獣、か。


 ぷぷぷぷ。


 爺さんに、人にこれでもかと足を引っ張られてあまりにも不完全な。



『7の月、超えられるといいですね。そして超えた後も滅びないといいですね』

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