天変地異 300話まであと2話!

 いやあ、逮捕された奴には邪神として笑わせてもらった。事を起こそうとする直前に呪おうと思っていたら、まさかまさかだった。ありゃあ絶対に異能研究所が関与してるな。犯行予告から逮捕まで早すぎる。広報部では警察に任せるみたいなことを言っていたが、その警察に圧力を掛けないとは言ってないし。


「ニュース見たのですけどなにかされました?」


「なにかってなんのこっちゃい」


 お姉様が遠回しにそのことについて爺さんに聞くが、爺さんは当然の反応をした。そりゃあ何かされましたと聞かれても、なんのこっちゃと思うだろう。だがこれではっきりした。爺さんは手を打ってた。邪神の俺の前で嘘付けると思うな。ましてやはかりごとを。


 俺が心の中で胃に剣だの言っていても、冗談抜きに逆らっていい存在ではない。異能者の社会的地位の低下と弱体化は、そのまま国家の霊的国防に繋がる以上、異能研究所はそれに対して座して待たない。障害に容赦しない。彼らは日本という国家を守っている責任と自負を持っているのだ。そして現実性のないガス抜きの様な異能者の排斥運動まではギリギリ許しても、報復を叫べば最後の一線を越えたと判断したのだろう。


 なによりタイミングが良かった。九州支部の戦いで異能者の名声が高まり、それに反対している異能排斥派こそが危険だとレッテルを張ることが出来る、そう錯覚させることが出来るタイミングだった。なら後は大声で叫んでる奴に注視して、そいつが怪しい動きをした瞬間に警察を使って捕まえ、メディアに都合のいい情報を流させればいい。ちょっと邪神的に露悪的な表現しすぎたな。捕まった奴が大分やばい言動だったのは間違いないんだ。


 しかし、おお怖い怖い。凄味がある。本当に親父に胃を剣でぶっ刺された組織か? まあ親父はマトリョーシカ式のパンドラの箱だから、開けて覗く度によりヤバイ厄が見つめ返してくるからな。これまた親父から聞いたが、胃に剣が完全に匙投げたのは、彼らにとってすら最終兵器であり残りはもう一回だけしか使えない、まさに替えが効かない切り札であった三世仏のアーティファクト、即ち阿弥陀如来、釈迦如来、弥勒菩薩を模った像の力を使い、親父の存在そのものを現在、未来、過去から抹消しようとして失敗したためだ。多分だが、親父は概念や因果を超越してどこにでもあってどこにでもいないから失敗したんだろう。


「それで今日じゃが、異能研究所本部からちょっと変わった結界護符が届く手はずになっとる。それの点検と確認からじゃな」


 ふむ。どうやら支部長の爺さんが直々に確認する必要があるくらい気合の入った護符が送られてくるようだが、そんな聖なる護符とかゲロゲロ。


「沿岸要塞に持っていくのですか?」


「それとこの敷地にもじゃ。日本中どころか世界からも九州支部は注目を集めとるせいで、人の念が急激に形作る可能性がある。じゃから兄者のとこの技術者に頼んで、そういった念を散らす護符の一番上等なのを作って貰ったんじゃ」


 この爺、マジのガチで油断も慢心もねえな。作って貰ったってことは要塞での戦いの直後くらいに連絡してるはずだが、普通、妖異1000対人類300の一大決戦を勝利に導いた後にそこまで気を回せるか? 正道も裏道も使える経験豊富な英雄とか最強だな。この爺さんの弱点は隠居したいのに出来ない有能さを見せちゃってることだけだ。俺が保証してやるよ、生涯現役間違いなし。


「あっと、実習の最終日じゃが、ここで待機と言う事になる。多分大丈夫じゃとは思うが、お主等は最後の予備戦力じゃな」


 爺さんが思い出したように話した。

 今回の研修の最終日、11月19日には月食が起こり、世界各地では妖異が活性化しないか一応気を付けている。だが一応とは言っても、基本的に日食も月食も現代では特に妖異に影響を与えずそれほど深刻なものではない。しかし新月と満月の度に妖異が活性化する伊能市だけは例外で、あそこは最警戒態勢に移行して腕利きが集結しているようだ。そして俺達は要塞の戦いと同じように、最後の予備戦力として扱われるらしい。そして爺さんは多分大丈夫だと言いながら、全く対応と準備を怠らない。


「よしゃ。そんじゃあ行くかの」


「はい!」


 歩き出した爺さんに付いていく。

 亀の甲より年の功。至言だな。


 ◆

 ◆

 ◆

 ◆

 ◆


 研修も残り半分を切り、最後の日曜日に佐伯お姉様と食事をすることになった。


『続いては逮捕された異能排斥派のメンバーについてのニュースです』


「異能排斥派、大分勢力が衰えたみたいだね」


「台風かしら」


「はいはい」


 ニュース番組を見ていた佐伯お姉様が呟き、お姉様がからかうように答えた。


 12日に犯行予告して捕まった馬鹿のせいで、お巡りさんと索敵に特化した異能者は、犯人が捕まっても同じ異能排斥派から模倣犯が出るのではないかと警戒して当日大忙しだったが、そもそも異能排斥派の勢力が縮小しまくってる。


 九州支部の戦いで異能者が再評価される流れになり、しかも排斥派から犯罪予告をする者が現れたため、風当たりが強くなったのか離脱者が多数出たのだ。まあ、異能研究所が好機とばかりに分断工作したんだろうけど、とにかく実習初日で見た様な排斥派のデモは見かけなくなった。


「となると今度は異能至上主義者とかその名家が煩くなりそうだね」


「ふふ。まあ名家の方は30年位は大丈夫でしょうね」


「そうなのかい?」


「ええ」


 佐伯お姉様の言う通り、そうしたら今度は異能至上主義者が、やはり我々こそ至高なのだと騒ぎそうだが、お姉様は含み笑いをしながら、至上主義の名家の方は30年ほどは大丈夫だと保証した。原因はここでもやっぱり親父だが、サムズアップして笑いかけてくる姿を幻視してしまった。おえ。


 異能者が増え始めた時に不穏な行動をしていた西岡家を筆頭とする名家は、北大路や異能研究所の牽制で動きを止めたと思っていたが、よく考えると彼らは親父を知っていたな。そりゃあ動きたくても動けない。人類汚染爆弾のスイッチは俺ですら理解不能な場所にあるため、変に動いて親父を刺激することを心底恐れたんだろう。本当の意味で親父を理解できてるのは変わり者のお袋だけだ。それにしてもつくづく他人に迷惑掛ける親父だな。しかも大邪神のくせに平和の抑止力になってるとか邪神の面汚しだろ。


 兎に角、今の名家はまだ親父を知ってる者達が中核だから30年ほどは大人しくしているだろう。それ以上は知らん。まあ、出来れば西岡君と争う事がないと願いたい。


「まあボクには関係ないや。力があるんだ。だから人を守る」


 何気ない佐伯お姉様の言葉だが。


 ああああああ感じる! 葛藤を! 苦悩を! 大企業とは言え異能の家ではなく、あくまで普通の両親から生まれながら、異能に目覚めたが故の悩みを! だがそれはもう乗り越えている! かつての葛藤! かつての苦悩! かつての悩み! なんと素晴らしい! なんと眩い! 持たないと思っていた強力な力を急に得ても、それを己のためではなく人のために使う覚悟と決心! どれほどの人が持ちえると言うのだ!


 おっと危ない。もう少しで体を左右に振って高速メトロノームになるところだった。人間とは成長できるからな。突飛な行動をしない程度には俺も成長できるのだ。


 さて、俺の勘が正しければ明日にでも爺さんが……。


 ◆

 ◆

 ◆

 ◆


「皆、気を引き締め直せよ。我々は特別ではない。人間なのだ。選ばれし者でも神でも仏でもない。人なのだ。酔い過ぎて異能を発動すればどうなる? 口論でかっとなって使えば? 力を持っているから偉いのではない。尊いのではない。たっといのではない。それを正しく使うからこそ、我々は受け入れられているのだ。異能研究所の職員であるなら、異能を持って妖異を討つ剣なら、護国の剣ならば己を律せよ。年寄りの話はお終い。以上じゃ」


「はい!」


 集まった職員の前で宣言する爺さんに職員が応える。


 つくづく……つくづく英雄の爺だ。大きな危機を乗り越えて落ち着いた頃に、俺らってすげえじゃんと若干浮ついていた職員達の気を引き締め直したのだ。


 別におちゃめな爺を見る趣味はないが、本当にこの場所に研修に来れてよかった。親父にも紹介してやりたいくらいだ。


「うっ、急にお腹が……」


 どうした爺さん? ついにボケたか?


 ◆

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 ◆

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「もう実習も残り僅かじゃし、昼飯食いにいかんか?」


「行きます!」


 基本的に昼飯は九州支部の食堂で食べる俺とお姉様、佐伯お姉様だが、今日は実習も残り僅かになりつつあるということで、爺さんの誘いで外へ飯を食べに行くことになった。爺さんと飯食うのはラーメン屋に行って以来だが、妖異の襲撃から今までほぼ缶詰状態であり、ようやく落ち着いて外に食いに行けるようになったらしい。


 だが爺さんは変装してだ。変装用の姿を変えられるお札を使って、同じような好々爺だが随分印象が違う顔付となって外出する。こうしないと一大決戦を勝利に導いて、そこらの俳優より有名になった爺さんの周りには人だかりができてしまうだろう。


 そして今回は個室のあるファミレスに行くことになったが、これじゃあどう見たって爺ちゃんに連れてこられた孫達じゃねえか。


「お主等、将来どうするんじゃ?」


 とりあえず店の名前になってるおすすめメニューなら間違いないだろうからそれを頼み、待っている間爺さんがそんなことを聞いてきた。


「自分は卒業して佐伯グループに戻ったら、新しく異能部門が設立されるんでそこに納まる感じです」


「なるほどのう。飛鳥が旗頭になるのか。中々親御さんもスパルタじゃの」


「全くです」


 佐伯お姉様が答えて肩を竦めた。どうやら佐伯グループには異能を扱う部門がないらしいが、学園でそういったノウハウを吸収して帰ってくる佐伯お姉様をトップにして新しく作るようだ。


「自分は異能相談所を立ち上げて、機会があれば異能学園の臨時教員を目指してみようかと思ってます!」


「ほほう教員か。独覚の教えを受け継ぐ者は多い方がいいわい」


 ふっ、勘違いしてるな爺さん。ゴリラ流と邪神流は偶々同じ考えだっただけで、俺が未来の後輩達に教えるのは邪神流なのだよ。しかし、佐伯お姉様から、え? 貴明マネ教員目指してたの? という眼差しが送られる。なんか、え?あの教えをかあ……みたいな感じを受けたがきっと気のせいだ。


「私は夫の傍にいますわ」


「う、うむ」


 お姉様ああああああああ! 爺め、リアクションそれだけか!


「儂の意見じゃが、お主等ならウチでも十分勤まるぞい。異能研究所は護国の剣であり盾じゃ。お主等には何を当たり前かと思うかもしれんが、修羅場で縁も所縁もない人間を守ることが出来る者は驚くほど少ない。じゃがお主等は妖異の大群が来ようとも、いた場所が最後方とは言え逃げなかった。その心構えが大事なのじゃ。つまり心技体の心がもう出来上がっとるんじゃから、残りも卒業するころには完成しとるわい」


 爺さんが急に語りだしたが、これはひょっとしてスカウトというやつでは? ふ、ふふふ。ゴリラといいこの爺さんといい、一廉の奴はやっぱり分かってんだな!


「お待たせしました」


「お、来た来た」


 爺さんと話しているうちに、頼んでいたメニューもやって来た。では早速いただきます!


 ◆

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 ついに明日で研修も終わりか……長いようで短かったな。


 さて、それなら終わらせられることは終わらせておこう。学園に提出する、研修地の評価ももう書いていいだろう。こういった資料の積み重ねは後輩達へ受け継がれていくものだから重要だ。とは言っても俺が見た資料の中に、研修先の最初の説明で、遅刻したら一発で研修中止と言われた先輩が、じゃあ職場の皆さんは自分より責任ある立場ですから遅刻したらクビですか? と言ってしまって怒られたエピソードなんかが書いてあって困った。まあ言いたいことは分かるがマジで言っちゃうのはいかんでしょう。邪神としてはそういう反骨精神好きだけどな。


 えーっと5段階評価で5になる程いい評価か。


 研修担当への評価、5。最高だった、と。

 研修地の雰囲気、5。最高だった、と。

 職員の評価、5。最高だった、と。

 研修地の地元との関り、5。最高だった、と。

 これも5、これも5。

 555555555555555!


 全部5! 総評もなにもねえ! 完璧なんだよ! 以上終了!


 うん? ふむ。研修先に就職したいと思いますか? うーむ、爺さんにも誘われたがありといえばあり。だが学園の臨時教師が選択肢にあるからなあ。つまり異能研究所外部顧問ならありだな!


 うむ、四葉異能相談所所長兼、異能学園臨時教員兼、異能研究所外部顧問四葉貴明。


 完璧じゃね?


 それに俺は元々最強のチート、コネを持ってるからな。親父に異能研究所所長のとこで囁いて貰ったら一発で就職出来るし。やはりコネこそ力、力こそコネ。縁故主義、いい言葉だなあ!


 おっほん。明日の19日は月食だからそれに合わせて、夜から朝方まで何があっても即応出来る様に待機だが、油断も隙も無い爺さんが率いる万全の九州支部なのだ。何事もなく明後日には新幹線で異能学園に帰ってるな! ガハハ!


 ◆

 ◆

 ◆

 ◆


「やっぱりピリついてるね」


「そうですね佐伯お姉様」


 研修最終日、19日の夕方前に九州支部に赴いた我々だが、佐伯お姉様の言う通り全体的にピリピリした雰囲気だ。本来、日食や月食はそれほど妖異に影響を与えないのだが、ついこの前妖異の大規模侵攻があったため、なにが起こるか分からないと警戒しているのだろう。実際、外部からやって来た助っ人ではないかと思える人員が、九州支部の外に設けられている待機所の様な場所に複数名いた。


 だが妙だ……ピリついてるのは佐伯お姉様もなのだ。確かに一応警戒しておくことに越したことは無いが、それとは違う感じの様な……。


「ふふ。あまり興味はないけど、異能研究所から出された飲食でも手を出していないあたり、今回も手練れが来てるみたいね」


「あ、本当だ」


 お姉様の含み笑いをしながらの言葉に、佐伯お姉様が目を凝らせて確認すると、普段の佐伯お姉様の気配に戻った。ふうむ……。


 テントの下にある待機場にはペットボトルがいくつか置かれていたが、誰もそれには手を付けていない用だ。これ、一服盛られる危険があるから、九州支部を信じていませんという宣言に等しいのだが、普通の組織ではなく異能研究所にすらその意思表示が出来る様な、中高年の強者達が集まっているらしい。


「あの、こちらの飲料は皆様のですのでどうかお気になさらずに」


「いやすまない。即応態勢中は飲食をしないことにしてるんだ」


 それを気にした職員が彼らに促したが、答えは予想通りのものだった。要塞でも思ったが、こういった連中がいるから、強力な妖異が出現する日本でもなんとかなっているのだろう。


「今日は集まってくれて感謝する。ありがとう」


「これは源支部長! お久しぶりです!」


 そんな古強者達も、爺さんがやってきたら借りて来た猫君状態で、パイプ椅子に座っていた者達も慌てて立ち上がった。やはり中高年の古強者達にとって、英雄源義道の名はとてつもなく重いのだろう。


 そして俺達は手招きしている爺さんに従って、一緒に九州支部の建物の中に入る。


「あの方達は建物の中でなくていいんですか?」


「うむ。ああいう手練れは、現場の空気の流れを感じて行動するからの。中は寧ろ嫌がるんじゃ」


 通路を歩きながら佐伯お姉様に爺さんが答える。

 どこか適当な部屋を待機室にしていなかったのはそういう理由か。確かにゴリラなんかも、肌で戦場の空気を感じ取れそうだ。


「しかし、今日でいよいよ研修も終わりか。短かったような長かったような、なんとも言えん感じじゃの」


「あら、学園に頼めばもう一か月位なら大丈夫かもしれませんわよ?」


「十分研修出来たんじゃないかなって……」


 妙にしんみりした爺さんが呟いたが、お姉様が研修の延長を提案したら慌てやがった。俺としてもこの爺さん見ていて面白いから、後一か月位なら余裕で楽しめるのだが、学園でも級友達との青春が待ってるからなあ。


「少々慌ただしかったし、長いこと現役じゃなかった儂じゃが、実りある研修にすることが出来たかの?」


「はい!」


「勿論です」


「ふふ。はい」


「それはよかったのじゃ」


 何気なしに聞いてきた爺さんだが、俺達が力強く断言すると照れたように前を向いて歩くスピードが上がった。


 確かに色々あって慌ただしかったが、あんたは最高の研修担当で、九州支部は最高の研修地だったよ。俺が保証する。もし後輩に九州支部の研修ってどうでしたかと聞かれても、最高だったとしか言えないくらいだ。


「おっほん。さて、実習最終日が待機なのは味気ないのじゃが、表にいた助っ人達を見れば分かるように、集中力を切らさない忍耐力を馬鹿にすることは出来ん。緊迫した中でただ待つというのも経験が必要なのじゃ」


 爺さんが照れを誤魔化すように咳払いしたが分かるよ。四葉はや行だから、出席番号はいつも最後の方で、小中高で体育のテストもまた最後のため、ドキドキしながら待ったもんだ。だから俺はどちらかというとトップバッターで試験を終わらせ、とっとと解放感を味わいたいタイプなのだ。


「という訳で最後の研修じゃ。月食とそれに伴うかもしれない妖異の活性化に備えよ」


「はい!」


 爺さんの気合の入った言葉に頷く。


 ◆


 そしてそれから若干の時間が経ち、九州支部の屋上に赴いた。時刻は17時。


「見えたの」


「はい」


 爺さんの言葉に頷く。

 今回の警戒に駆り出されている日本の異能者なら全員が、地平から現れた月を見ているだろう。この月食は月の出から既に始まっており、18時には月の約98%が地球の影に隠れるためほぼ皆既月食に近く、終わるのは20時手前だ。本来ならこれから3時間が勝負の時なのだが、丑三つ時にどう作用するか分からないため、念のため太陽が昇るまで警戒態勢を維持することになる。


 つまり今日は、街中でだったり、世界中から九州支部に集まった念で形作られた強力な妖異達と戦うことになるのだ!


「まあ色々言うたが、各地の結界の確認も終わっとるし、念を散らす護符も全く問題なかったからの。まず問題ないじゃろ」


 この爺、包装材のプチプチを全部潰さないと気が済まないタイプだな。まあ俺が生まれる前からここの支部長をやってたんだ。今更騒動が起こるような隙は見せんだろう。


 だが!


 妖異との戦いは予想外の連続! 例え爺さんが万全の備えをしていようが起こるときは起こるのだ! ならもしも九州が滅びるようなことがあれば、この邪神四葉貴明が防いで見せる!


 ◆

 ◆

 ◆

 ◆


「朝日だ。何も起こらなかったね」


 佐伯お姉様が待機室の窓から見える太陽に眩しそうに目を細める。


 つまり本日終了! おつかれっした!


 ……は? マジで? 一度も妖異が現れなかったぞ。劇場版。ドキ、九州支部vs世鬼。世界の命運をかけた一大バトル。は? 俺、お姉様、佐伯お姉様、橘お姉様、藤宮君、蛇君に蜘蛛君含めた式神の皆に加えて、一応ゾンビ共と力を合わせて巨悪を倒すストーリーになる筈なんだけど。


「お疲れなのじゃー。警戒態勢は解除じゃ」


 こいつだ。呑気に待機室にやって来たこの爺が原因だ。なにからなにまで完璧に手を打ちやがって。事件が起きなかったらなんの盛り上がりもないの分かってんのか? お陰様で楽が出来たからありがとよ。尤も、俺が歳取ったら書こうと思ってる回顧録の九州支部編は最初に騒動があって、後は盛り上がりに欠けることになったが。


「ふーむ。つまり、これでお主等とはお別れじゃな」


 そして警戒態勢が解除されることは、俺達の実習も終えたことを意味する。


 だがなんだ爺さん? 俺らがいなくなって寂しいのか? 研修が終わったんだからお別れなのは当たり前だろ。ま、まあどうしてもって言うなら電話番号の交換もやぶさかではないが。する?


「それでは研修担当として、お主等への評価を伝えるぞい」


 老い先短いんだから手短にな。まあ大変よく出来ましたしかないだろうが。


「そんなもん詳しく必要無いわい! ようやった! 以上解散! 気を付けて帰るんじゃぞ!」


「はい! ありがとうございました!」


「ありがとうございました!」


「ふふふ。ありがとうございました」


 力強く言い切る爺さんに、俺達は背筋を伸ばして礼を言うが味気なさすぎる。もっとこうあるだろ。具体的にはこの2週間の思い出を語るとか、爺さんが感じた事を話すとかさ。


 だがまあ、こんな感じなのが爺さんらしい。余韻も長い話もなくからりと笑って別れる。


 そして……俺の方もあんたみたいな人間に会えてよかったぞ。


 じゃあな!


 じゃあな九州!


 じゃあな九州支部!


 じゃあな爺さん! 達者でな!


 こうして俺達の研修は終わりを迎えるのであった。

































 ◆


「ふーい。疲れた疲れた」


 背をぐっと伸ばす佐伯お姉様。今日は特に何事もなかったが、2週間の研修の疲れがあったのだろう。この後仮眠を取った後、寮の片付けをして夕方くらいに駅に向かい学園に帰るから、まだ忙しいと言えば忙しいけど。


「ちょっとボク出かけてくるから。片付けをする時間には戻ってるはず」


「あら、どうしたの?」


「長いこと会ってない奴に急に呼ばれてね。顔くらいは見てやろうかと。それじゃ行ってくるよ」


「了解です!」


 佐伯お姉様が肩を竦めてお姉さまに答える。


 今は朝の6時だから人と会うには少し早いが、今日中に佐伯お姉様は学園に帰るから時間がないため、今からそこへ向かうようだ。


「研修中に会ってないとなると、その相手、昨日の夜にでも来たのかしらね」


「ですね」


 お姉様に頷く。研修は2週間あったから、会おうと思えばいつでも会えたはず。となると、急にこちらにやって来たか、今まで佐伯お姉様がここにいる事を知らなかったんだろう。


 おっと、そう言えば研修が終わったら藤宮君と報告し合うことにしてたんだ。


 コールボタンぽちっと。


『もしもし? 終わったか?』


「ばっちしばっちし! 藤宮君の方は?」


『ああ。こちらも終わった。特に心配されていたような妖異の出現はなかったな』


「こっちもだね」


 藤宮君と電話で話すが、どうやら彼が研修していた場所でも、月食に伴う妖異の活性化などは起こらなかったようだ。


「まあこっちは、九州支部の戦いでお腹一杯だったから助かったよ」


『俺達の中でも一番とんでもない経験をしたな』


「そっちは何か変わったことあった?」


『ふむ……ああ、変わった事と言えば……そこに佐伯はいないよな?』


「え? 佐伯お姉様? いないけど」


『なら大丈夫か。学生のデータがどうのこうのでまた異能研究所に呼ばれてな』


「おお!」


 研修中に2回も異能研究所に行くことになったのか。流石は世界異能大会ルーキー部門優勝者の藤宮君だ。これは将来、エリート揃いの異能研究所に就職間違いなし。


『色々式神と戦ったりしたんだが、試験をしていたのか森宮重工の対妖異ロボットの実機もあってな。企業秘密で動いているところは見られなかったが、ここだけの話、中々心くすぐられるものがあった』


「そりゃあくすぐられるよ。僕だって見てみたいくらいだし」


 実をいうと最近噂の対妖異ロボットを超見てみたいのだ。きっと将来的には変形するんだろうなあ。やっべ、やっぱり超見てみたい。しかし流石は藤宮君だ、ロマンを分かっている。しかし、そのロボットは九州支部の沿岸要塞でテストしたかった筈。爺さんに断られたから諦めて本部の方に持ち込んだのか。


 だがなんで佐伯お姉様がいないか確認したんだろう?


『佐伯グループと森山重工は仲が悪いからな。佐伯には黙っておいてくれ』


「あれ? そうなの?」


 俺の疑問が分かったのか藤宮君が説明してくれたのだが、企業間の仲が悪かったのか。これまた流石は大企業藤宮グループの御曹司である藤宮君。庶民の俺が知らない話を知っているらしい。


『ああ。並大抵の悪さじゃない。一時期は佐伯とその森山重工の御曹司と婚約話があるんじゃないかと噂されるくらい仲が良かったんだが、佐伯が異能に目覚めてから両社は完全に関係を切った。これまた一部の企業の噂だが、森山家は異能排斥派と繋がってるんじゃないかと思われているから、異能者の血を入れたくなかったのかもしれん。尤も異能研究所は使えるものな何でも使えるスタンスだから気にせずロボットの試験をしていたが、佐伯の方は嫌な思いをしただろう』


「あなた? 顔色が悪いわよ?」


 お姉様が心配そうに声を掛けてきてくれるが自覚がある。血の気が引いている。


 そうだ。初めて佐伯お姉様達と食堂で食べた時だ……アメリカかどこかで異能者と一般人の衝突のニュースをやっていたが、佐伯お姉様は、起業家でも普通の両親だからこういったことには気になると言いながら、最後に何かを言い淀んでいた。


 そうだ。異能者と一般人の揉め事には必ずなにか反応していた。九州支部で行われていた異能排斥デモも、真っ先に爺さんに尋ねていた。


 そうだ。森山重工。爺さんの運転で車に乗っている時ラジオで名前が聞こえた時、佐伯お姉様は急に黙り込んで上の空だったんじゃないか? 要塞では森山重工だから何をやっていたか気になったから尋ねたのでは? 要塞襲撃の打ち上げの時にテレビを急に変えたのは、森山重工の名前が出たからか?


 ちょっと待て。佐伯お姉様は、長い間会ってない奴に急に呼ばれたって言ってたな?


「ごめん藤宮君、ちょっと急用が出来た」


『そうか。では学園でな』


「うん。また」


 藤宮君に断りを入れて携帯を切る。思い過ごしならそれでいい。だが……佐伯お姉様を俺は認識しているからどこにいるか分かる。これは……海岸に向かっている。


 一応、本当に一応様子を見た方がいい。

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