幕間・四凶、妖異襲来。異能研究所所長、源道房の場合 300話まであと6話!

(ふむ……世界異能大会に出場した各国が、異能学園に留学生を派遣するか検討している……か)


 鷹のような目、巌の様な顔付き、老いたとはいえ和装の下には引き締まった体の老人、異能研究所所長源道房が、朝一番に上がって来た報告書に目を通して考え込む。内容は世界異能大会の学生部門に出場した各国が、開催地であった異能学園に留学生を派遣することを検討しているというもので、将来的に重要な戦力の筈の、若き次代の星達を留学とはいえ国外に出すのは通常では考えられない。


(通常の学生部門もルーキー部門もほぼ日本が優勝を独占したのだ。探りを入れに来るのは分からん話でもない)


 だが理由ははっきりしている。学生大会ではルーキー部門の個人バトルロイヤル戦以外、全ての優勝を日本が勝ち取ったため、各国は理由や秘訣を探ろうとしていたのだ。とは言ってもおおよその人間は、世界に名高い竹崎重吾が学園長に赴任して、その成果が今年になって出たのだと考えていたが。


(個人的には諸手を挙げて賛成出来んが……所長としてはそうはいかんか)


 冷戦期の暗闘を潜り抜けてきた古強者である道房や、当時の空気を知る者は、他国の異能者が探りを入れてくることに拒否感を覚えるが、彼は日本異能コミュニティのトップともいえる立場なため、政治的な国際交流には協力しないといけない立場だった。


(まあ、竹崎は喜ぶだろうが)


 だが道房と同じような修羅場をくぐっていても、教育熱心な学園長である竹崎は視点は違い、この報告に喜ぶだろう。


 ウウウウウウウウウウウウ!


(1番目警報!? なにがあった!?)


 道房が考えていると、突然異能研究所を揺るがすかのような超特大の警報音が鳴り響いた。それは1番目警報と呼ばれ、幾つかの重要支部が国家を揺るがす緊急事態だと判断した場合においてのみ発動することが可能で、発動と同時に本部のみならず全ての異能研究所関連施設に警報が鳴るようになっていた。なお、源を含めほんの数人しか知らないが、0番目警報と呼ばれるものも存在していた。尤もそれが鳴り響いても、全人類は呪殺された後だろうが。


(発動した場所は九州支部……義道の名だと!?)


 即座に執務室から飛び出して指令所に向かいながら端末を立ち上げた道房が、どこで警報が発せられたのかを調べたが、誰の名前で発せられたかの情報が送られると愕然とした。道房にとってとある一件で物申したい弟の義道だが、そのことを差し引いた場合、身内ということを抜きにしても最も頼りになる百戦錬磨の男であり、並大抵以上のことでも彼が指揮すると収まるのだ。しかしその義道が、九州支部単独では対処不可能だと判断した案件となれば、まさに警報の想定通り、日本を揺るがす一大事件が起こったとしか考えられなかった。


(渾沌、窮奇、檮杌襲来!?)


 そして最後に送られてきた情報は、饕餮以外の四凶が日本に襲来してきたというものであり、それは日本を揺るがす事件としか言いようがなかった。


「所長!」


「誤報ではないんだな!?」


「複数のルートから救援要請が発せられています! 間違いありません!」


 指令所に駆け込んだ道房がまず疑ったのは誤報なのだがそれも当然だろう。また四凶の1柱がやって来るのは有り得たが、残り3柱が纏めてやって来ることを現実的に考えた者はまずいなかった。


「状況の詳細を知らせよ!」


「九州支部沿岸要塞から、渾沌、窮奇、檮杌の特徴と合致する小鬼程度の妖異を探知。そのすぐ後に消滅したようですが、源義道支部長の名前で続いて警報は発せられています」


「念を入れて即応部隊を派遣しろ。動かせられる単独者もだ」


「はっ!」


(四凶が小鬼程度? 消滅した? だが義道が必要とあったと判断して警報を発したのなら、なにかしらの理由があって弱体化した四凶そのものと思った方がいい)


 小鬼は妖異の中でも最下級だが、弟の義道がそれにも関わらず警報を発し続けているのなら、それは事実として四凶、もしくは非常に近い系譜の存在が何らかの理由があって弱体化していたのだろうと道房は判断して、援軍を送る決定をした。


「政府、関係各所に連絡を怠るなよ」


「はい!」


 それから道房は10分ほど指示を出し続けていたのだが……。


 ウウウウウウウウウウウウウウウウ!


「2回目!?」


 再びけたたましい警報音が鳴り響いた。


「報告! 九州支部沿岸要塞が、海中より推定800から1000の妖異の大群の接近を感知! 下は小鬼から、上は大鬼も複数!」


 四凶に対しては首を傾げていた職員達だが、はっきりと分かる危険事態に気を引き締め直す。


「政府と連絡を取れ。現地の避難状況はどうなっている?」


(動かせられる戦力は送った。現場は任せたぞ義道。こちらはこちらの戦いをする)


 戦場に源義道あれば、トップに源道房あり。道房は異能研究所のトップとして次々に手を打ち、有形無形の様々な援護を弟に送り、事態の掌握に努める。


 それはまさしく、かつて日本に源兄弟ありと謳われた光景そのものであった。そして勝利を掴む結果もかつてと同じく。


 ◆

 ◆

 ◆


(弟ながら流石だったな。しかしどうもわからん……)


 九州支部の戦いは勝利に終わり、執務室で後処理をしている道房が、完全勝利を齎した弟を称えながら首を傾げる。


(四凶はなぜ消えた?)


 それは最大の問題であり疑問、四凶の消滅についてだった。だがそれは直ぐに解決した。してしまった。


 リリリリリ!


(ひっ!? ま、まさか!?)

 

巌の様だった道房の顔が、電話の音と共に恐怖で引き攣る。


 音の出どころは、これでもかとお札が貼られて厳重に封印されている、箱の中にある黒電話からであるが、本当に極限られた者だけが知っている。これは米ソ時代のものよりなお最悪。世界で最も恐ろしいホットラインなのだと。


 尤も繋がっている先は大国の中枢ではなく、日本のド田舎にある民家の電話だ。


「も、もしもし……」


 震える手で箱を取り、これまたお札が貼られまくっている黒電話の受話器を取る道房。


『ああ源さんいつぞや以来ですな!』


「は、はい」


 源は自分の耳から入ってくる声に全力で抵抗する。その声には特に力は籠っていないため必要ないのだが相手が相手だ。ありようが全て呪の化身、異能研究所が完全に敗北した、唯一名もなき神の一柱なのだから。


 そう! この源道房と言う男は、唯一名もなき神の一柱担当であり、竹崎重吾と合わせて世界で一番の貧乏籤を引いてしまった男でもあった!


『実はですな! 四凶の概念を吸っちゃいまして、そのせいで消滅しちゃったみたいなんですよ!』


「な、なるほど」

(合点がいった……)


 唯一名もなき神の言葉に納得がいった道房。


 彼はこの恐るべき神が、ヒュドラという神話の怪物や別次元の神格に対して腰を上げていることを知っており、名高き邪神である四凶達が3柱も揃ってやって来たなら、唯一名もなき神が行動に移す条件を満たしたのだと思ったのだ。ただ真実は、息子が四凶の概念を吸っちゃいまして。だったが。


『いやあ、原因が分からないのに調査させるのも悪いと思って!』


「あ、ありがとうございます。ただその……下の者にはいえないので調査自体は行うかと……」


『了解です!』


 そのことをご親切に連絡して頂いても、源にしてみれば誰にも言える訳がなく、結局は調査するしかなかったが。


『用件はそれだけです! 失礼しますね!』


「はい……」


 変わらず妙にテンションの高い唯一名もなき神の一柱が電話を切ったのを確認して、道房も受話器を置き、即座に封印しなおした。


(引退したい……)


 一瞬で老け込んでしまった道房の心の呟きは、弟である九州支部支部長の義道がここ2日程常に思っている事と同じだった。


 世界は今日も誰かの犠牲の上に成り立っているのである。




























 異能研究所本部の地下深く。最も厳重な結界で守られている式神符の中。


 蛇が鎌首をもたげた。

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