第二次九州支部の戦い
前書き
活動報告でも書いたんですけど、申し訳ないのですが6月は色々忙しくて更新が滞りそうです……。
◆
俺、お姉様、佐伯お姉様、田中先生は沿岸要塞から離れ、最終防衛ラインが敷かれた小高い丘に配置された。ここは近隣から集結した民間の異能者が配置されており、はっきり言って2戦級の戦力しかおらず、想定されている運用は、万が一要塞が突破された時に遅滞戦術を行い、逃げ遅れている民間人を少しでも逃がすための時間稼ぎだ。
当初お姉様も最前線に出るつもりだったのだが、ゴリラと爺さんに止められた。と言うのもお姉様が活躍すればするほど、またお姉様を処分しろだの殺せだのという騒ぎになるのは目に見えていたので、ゴリラと爺さんはそれを危惧し、自分達が万が一敗れた場合の保険としてお姉様を運用することにしたのだ。まあ、騒ぎや危惧と言うより間違いなくそうなるだろう。ここは善意と尊敬しかない真っ白な世界ではなく、悪意と恐れが蔓延る真っ黒な現実の世界なのだ。人を助けるために死んでくれるのはスーパーヒーローだけだ。そしてスーパーヒーローを殺すことが出来る、最大最強無敵のヴィランこそが民衆だ。
そして断言する。人が傷ついているのだから力があるなら前に出ろと言っても、その力を実際に見たら、半月もあれば危険だから何とかしろと言い始めるのが人間だ。絶対に、絶対にそう思う。そう考える。個人がどうであろうと、人間と言う種はそうなのだ。ああ人間よ。人間。あっはっはっはっはっはっはっは!
おっと、ちょっと位相がずれた。
恐らく後年、饕餮襲来を第一次九州支部の戦いとし、そして今回起こった第二次九州支部の戦いと呼称されるであろう事件は、海から襲来してきてた800から1000にも及ぶ深海海洋系妖異を、300名程度の異能者達が要塞で迎え撃つ形で行われる。だが人類側の戦力抽出はかなりギリギリだ。古都である京都に封印されている様々な妖異への抑えと、魔都にして首都である東京の守護のため、名家の戦力はあまり動かすことが出来ない。そして卓越した超力者でも連れてこられる人数と転移出来る回数に限りがある以上、援軍はこれ以上期待出来なかった。
それにちょっと問題がある。深海海洋系の妖異は人間の負の念から発生した通常ものではなく、自然界の淀みから発生したような連中で、人間形態の俺の領分からは別のところにいるのだ。これが邪悪の権化みたいなバアルやら四凶みたいなのには圧倒的に上から呪いを押し付けることが出来るが、自然由来を呪うには俺も邪神にならなければならない。だがそれをすると位相が大きく邪神に傾き、この2日に渡って人の負を浴びている事を考えると少々リスクがある。蛇君を作った時も思ったが、人間としての俺は第四形態の純粋な邪神の俺をいまいち信用出来ない。
だがまあ、死人が出ない程度にはここからフォローするんで安心してください。
と言っても必要ないだろうけど。
「来たよ!」
おっと、今度は考え過ぎていた。佐伯お姉様の鋭い声に慌てて現実に戻り、小高い丘から要塞と海岸を見下ろすと、海面から醜い魚人、珊瑚が絡まった様な人型、クラゲの集合体、触手が生えた貝、宇宙人の様なタコが海岸に上陸を果たそうとしていた。そして人の、餌の気配を感じ取ったのだろう。どれも目がギラついている。これが市街地へ侵入をすれば、忽ち人が貪り食われる地獄が生み出されるだろう。
そんなことは起きないが。
「撃て!」
俺の邪神イヤーが要塞で陣頭指揮を執っている爺さんの声を捉えた。短い言葉だがそれで十分。態々演説なんてものもしていない。必要ないのだ。要塞に籠った300人。相手は3倍で援軍もこれ以上ない? それがどうした。元々要塞にいた戦闘員の誰もが精鋭中の精鋭。そしてゴリラを筆頭に最初に援軍にやって来たのは、四凶が襲来したと聞いてもやって来れる者達なのだ。
結果破壊が巻き起こった。
要塞の外郭に立っていた精鋭達から雷が、氷柱が、風の刃が、念弾が、闘気が、剣気が、ありとあらゆる火力が投射されて、砂浜に上陸しつつあった妖異達を吹き飛ばす。
特に魔法使いが基礎四系統において最高火力と謳われる所以を見せつけ、砂浜を明るく輝かせながら、妖異を消滅させていた。
「あら、式神を仕込んでたのね」
お姉様の楽しそうな声と共に、砂浜の砂が盛り上がって3メートルほどの砂兵士が出来上がった。それは……普鬼相当の式神か。それが200ほどの数の戦力として、未だ上陸を果たそうとしている妖異達へのっしりと動き始める。これ大分凄いな。“一人師団”が殲滅した妖異は小鬼が大多数だった上での300だったのに、こっちは普鬼相当の式神が200だ。小国ならこれだけで滅びる。尤も、今我々が経験しているのは、日本とバチカン、アメリカ、ギリシャ、イギリスなど以外は滅びるだろう戦争だが。
『オオオオオ!』
『ぎゃ!?』
その砂兵士が、甲殻類などの頑丈な妖異が先頭になりながら、上陸しつつある敵軍と交戦し始めたが、ただの砂じゃねえ。霊力でがちがちに固められたその砂の拳は、なんとかではあっても要塞からの攻撃を耐えていた貝の妖異を、その殻ごと叩き割って粉砕したのだ。
む!? その足が遅い貝や砂兵士達の間を、トビウオの様に素早い動きですり抜けていく、魚型妖異の一団がいる! 恐らくこのまま要塞を無視して、近くの港町へ侵入するつもりだ!
まあ無駄だけど。
「はっ!」
『うぎょ!?』
砲兵である魔法使いや超力者がいるんだ。近接戦闘要員もいるに決まってる。要塞の外郭から驚くべき速さで飛び出したその機動戦力は、刀や独鈷、槍などを魚妖異に突き立てて消滅させていく。一方的だ。圧倒的だ。鋭い爪を生やした魚達だが、腕を突き立てる動作をする前から三枚におろされ、頭を潰され、燃やされ、清められていく。
話にならない。
問題にならない。
障害にならない。
誰もが無駄口を叩かず、淡々と妖異達を処理していく。そこに油断も慢心もない。それもその筈。日本において上澄みはそれ即ち、世界の上澄みに位置する者達なのだ。
そしてその頂点に位置する者の一人が……。
「大きいのが来るわね」
「どこにだい!?」
「訂正。もう来てたわ」
「それはどういう!?」
お姉様が海面を見ながらぽつんと呟き、佐伯お姉様が目を凝らして海面を見て……絶句した。海面。そう、海面が盛り上がった。凡そ30メートル。猿君よりなお巨体にして巨大。人型ではなく、山のように盛り上がった海としか表現出来ない。
推定大鬼。小国で出てきたらそれだけで国家が傾く危険度だ。しかもあれは深海海洋生物由来の妖異ではない、由緒正しい妖異。
海坊主。
その圧倒的質量で全てを
「【ノウマク・サマンダ・ボダナン・ラタンラタト・バラン・タン】!」
粉砕
海として盛り上がった海坊主は、ただ正面から突っ込んできた人間型の弾頭に、阿修羅の真言を唱えて己を極限まで強化したゴリラにその身にある核を貫かれ、あっけなくぐちゃりと崩れ落ちた。この世にどれだけ、大鬼を一撃で、しかも何もさせず屠れる人間がいるのか。拳を突き出しながら己を弾頭と化して、勢いのまま海坊主を貫いたものこそ、まさに日本最強、竹崎重吾だ。
だが、ゴリラが海側に突っ込んだとほぼ同時に、少々面倒なことが起こった。
「なんだ!?」
「死体が!?」
俺の周りもざわめく。
どちらかというと生物に近い海洋妖異は、命が尽きると消滅する通常の妖異と違って死体が残ってしまうのだが、その死体が急に飛び跳ねて集合し始めたのだ。そして……。
『オオオオオオオオオ!』
こちらは海坊主より小さく20メートルほど。だがその
その死の巨人には眼孔があり、そこには怨念の炎が燃え盛って
「【ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン】!」
それよりも大きな、燃え盛る炎の巨人の三鈷剣を受けて燃え尽きた。
炎の名を迦楼羅炎。ガルーダを前身とする迦楼羅が放つ炎であり全ての不浄を焼き清めるが、それを背にする仏がいる。噛み締められた下唇の間から牙が突き出て、悪と不浄を許さぬ憤怒の形相。揺るぎなき守護者、名を不動明王。
神なきこの世にあって蜃気楼ではなく、肉ではなく炎で形作られているとはいえ、はっきりと現代に不動明王が現れたのだ。極め切った権能使いの一部はこれが出来る。神話には全く及ばず、本神ではないが、それでも劣化分霊と言える神を形作ることが。
「源支部長?」
佐伯お姉様がその炎の巨人を見て呟いた。燃え盛り輪郭があやふやな不動明王だが、その顔は間違いなく爺さんの、異能研究所九州支部支部長、英雄源義道の顔だった。爺さんは今、己の体を核として不動明王と化しているのだ。
そんな気はしていた。兄である異能研究所所長の源道房が、不動明王の迦楼羅炎で非鬼を一撃で浄化したことは有名だから、弟である爺さんも不動明王の力を使うのが上手いんじゃないかと思ってたんだ。
「き、消えた」
周りからポツリと声が漏れたが、その不動明王が消え去った。流石に歳を考えると、いつまでもあの姿は取れないんだろう。
いやあしかし、見てみたかったなあ! 現役時の爺さん率いる九州支部と饕餮の戦い! きっと不動明王と饕餮が組み合ってたんだろうなあ! それを周りがサポートし続けてたんだろうなあ! 光り輝いてたんだろうなあ! 人間だったんだろうなあ!
やっぱり人間って凄いなあ! あっはっはっはっは!
◆
◆
◆
◆
戦いが終わった。大体1時間程で妖異達は全滅したが、異能者の平均戦闘時間が30分と考えると長かったな。
俺達も死体の処理やら打ち漏らしがないかの確認に駆り出されているが……どうすっかなあ。四凶の弱体化には噛んでるから、それの原因調査に無駄な労力を割かせちゃうのはちょっと心苦しんだよなあ。とは言っても、俺がやりましたって言ったところで、どうやった? って聞かれても困る。親父が全人類を呪殺出来る不死身の大邪神だから、その力を受け継いでますとしか答えようがない。でもトップは知っとくべきか。となると……判断を押し付けよう。
『もしもし親父?』
『なんだいマイサン! ちょっと九州辺りが騒がしかったからそれの事かな?』
邪神間通信で親父に連絡すると、相変わらず即座に返事があった。だがこの騒動を感じていたとは、相変わらず普段は馬鹿だが油断出来ねえな。だがまあ、感じ取ろうが動かないから別の意味でも油断出来ねえんだが。
『そうそれそれ。四凶がやって来て概念吸っちゃってさ。なにも出てこないのに調査させるのも悪いから異能研究所の所長に伝えてくれない? 親父がやった感じで』
『ちーん! マイサンはなんて優しいんだ! パパならほったらかしなのに! 分かった! 弱体化に関与してるって言えばいいだけだからね! それにまあ、相手は神格だからパパが実際やってもおかしくないし!』
関与は間違いない。俺の力の元は親父なのだから、間接的に関与してると言えるだろう。嘘ではないのだ。
『じゃあちょっと源さんに連絡するね!』
『あざっす!』
これでよし。これでどう調査するか判断するのは異能研究所のトップである爺さんの兄貴だ。最低限の義理は通したから、後の面倒な話は大人に任せるに限る。なんせ俺っち邪神で学生だし。さて、お仕事お仕事。
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◆
◆
『もしもしマイサン! 源さんに連絡したけど、誰にも言えないから調査自体はするってさ!』
『了解』
まあそうなるだろうけど、トップが決めたんなら仕方ない。俺は海岸の片付けに集中しよう。
『それにそしても、メディアとか掲示板に戦いの映像が出始めて大盛り上がりしてるよ! やっぱり異能者は頼りになるってね!』
親父の普段通りの能天気な声だが、大邪神の嗤いが少し混じってたな。まあ異能者がいなかったら九州の上半分は陥落していただろうことを考えると、掌を返した異能排斥派は少しだけいるだろう。少しだけ。帰ったらちょっと確認してみるか。
やっぱり人間って色々面白いなあ。あっはっはっはっは!
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