終わった大事

 やっちゃったなあ。こういうこと出来ちゃうんだなあ。人間形態じゃ出来ないと思って油断してたなあ。俺も成長してるんだなあ。いや本当にどうするよあれ。饕餮以外の四凶が随分と貧相なデフォルメされちゃってるよ。


「マニュアル実行開始!周辺への避難警報! 異能研究所本部と政府への連絡! 周辺の異能者に協力要請! 全部じゃ! 見てくれがあれでも、ナニカがあってそうなったと思え! そのナニカが分かっとらんのに油断するなよ!」


「は、はい!」


 爺さんの一喝に再起動する指令所。流石だな。貧相なデフォルメだろうが外見的特徴は……まあ一致するんだ。油断なく行動しようとするのは百戦錬磨と呼ぶに相応しいだろう。だが、そのナニカがこの場にいるとは思うまい。ふ、ふふふふふ。ふ……ふふ。


 ついでに言うと、何か行動を起こす前に。


「き、消えた?」

「は?」

「まさか……消滅?」


 再びポカンとする指令室。そう……邪なる3柱は、一瞬白目をむいて落下しながら、海に着水する前に消滅してしまったのだ。南無阿弥陀仏。


「完全に消滅を確認するまで続けい。心配し過ぎだと言われるくらいで丁度いい」


「はい!」


 爺め、ちょっとは油断しろ。3柱が可哀想だろ。邪神として断言するが間違いなく消えちゃったんだよ。これ以上苛めるのはよすんだ。いや本当に吸い過ぎたな。俺っち反省、は別にしなくていいな。


 ウウウウウウウウウ!


「こちらは異能研究所九州支部です。法令に基づいて、緊急妖異危険事態を発令します」

「そうです。饕餮以外の四凶と特徴が一致する妖異がこちらに接近した後消滅しました。いえ、計測された力は小鬼程度ですが、万が一の場合に備えています」


 響き渡るサイレンの音と、一斉に電話を掛けまくるオペレーター達。どうしよう。ドッキリの看板を持ってきた方がいいのか? もう解決してるのにどんどん大事になってるよ……。


「学園長、田中です。九州支部の沿岸要塞に生徒達と来ていたのですが、つい先ほど饕餮以外の四凶と特徴の一致する小鬼程度の妖異が接近して消滅しました。いえ、完全な確認はまだとれていません」


 田中先生も携帯電話でどうもゴリラに連絡してるし。やべえよやべえよ。下手すりゃゴリラ、超力者を引っ張って転移でここに来るんじゃねえか? つうか田中先生、スーツの上着脱いで地面の隅に丸めてるよ。どうもここの職員でもないのに戦うつもりだったな。俺が学園の臨時講師になったらサポートしてあげたい好ましさだ。


「式神での警戒網を疎かにするなよ。陽動も考えられる。小夜子よ、なにかやったか?」


「いいえ。なにもやっていませんわ」


 爺さんが今までお姉様に怯えていたのが嘘のように英雄の顔で聞いているが、お姉様も真面目なお顔で答える。そう。お姉様はなにもやっていない。


「貴明よ。お主が一番先に感知したが、なにか分かったことは?」


「完全に消滅したことは分かりました!」


「ううむ」


 続いて俺に尋ねてくる爺さん。要塞のサイレンが鳴る前に俺が邪神達に感づいたから意見を聞いてきたのだろう。だから俺も嘘偽りなく答える。そう。俺は饕餮にはちょっと手を出したが、残りの3柱にはなにもしていないから嘘じゃない。そもそも俺も予想していない不可抗力だったからな。


「式神で徹底的に調査した後、洋上で動ける者を中心にして調査する。吉岡君、編成を頼む」


「直ちに」


 爺さんの言葉に要塞責任者の吉岡さんが頷いた。


 流石に沿岸部の要塞か。どうも飛行出来たり海の上を渡れる能力者がいるっぽいな。


「どう思う?」


「行った方がいいかという問いなら止めた方がいいわね。最大飛行距離がいまいちわかってないんでしょう?」


「まあ……」


 佐伯お姉様がお姉様に相談している。確かに佐伯お姉様は飛行できるから、洋上で動ける者に含まれているが、実戦の環境下でどこまで飛行を続けられるか未知数なため、下手をすれば二次災害を招きかねないから思い止まった。


「皆。学園長、こっちへ来るそうだよ」


「あらあら」


 ゴリラとの電話が終わった田中先生が小声で話しかけてきて、お姉様が楽し気にニタリと笑った。大事も大事に……いや待てよ? 別に四凶が来たのは俺のせいじゃないだろ。連中、饕餮のピンチを感知して大陸からやって来たとしても、こちらに到着するのがあまりにも早すぎる。となると、やって来ている最中に俺がちょっとやらかしちゃっただけだ。つまり、俺は危機に対して事前の手を打ったいい子ちゃんということだ。全く気にする必要なし。証明完了。


「学園長? 独覚の竹崎重吾か?」


「は、はいそうです」


「職員を入り口に行かせて、独覚が来たらすぐにここまで案内してくれい」


「はい!」


 爺さんの耳は遠くなっていないようだな。小声だった田中先生の声を聞き取り、ゴリラの見解が聞きたいらし。しかし、緊急事態で封鎖されているも同然の要塞の中に招き入れられるとは。ゴリラめVIPだな。


 pipipi


「はい田中です。わ、分かりました! 源支部長、竹崎学園長が要塞の入り口に来たと」


 早えええええ! 早すぎるぞゴリラ! 判断も行動も早すぎ! 多分学園にいる超力者の単独者教師を使って、 速攻で転移してきたんだろうがそれにしても早すぎる!


「入り口の内線はあるかの?」


「はい」


「連絡して早速中に……いや、独覚とお主等しか知らんことはあるか?」


 こ、この爺さん隙がなさすぎる。多分、なにかしらの手段で田中先生の電話に割り込んだ第三者の可能性が頭をよぎったのだろう。混乱している最中に要所に忍び込むのは破壊工作の基本だ。四凶共が消え去ったから猶更そう思ったんだろう。だから、今要塞の外にいる学園長を名乗っている者の正体を確かめたいのだ。


 なら絶対ゴリラだと分かる質問を提供してやろう。


「四葉貴明の父親の名前を聞いてください。無い。もしくは名無しだと答えたら間違いありません!」


「警備員に、四葉貴明の父親の名を尋ねるよう言ってくれい。変わった質問じゃの」


 まさに完璧な質問。多分、爺さんは何かの暗喩かニックネーム的な質問だと思ってるんだろうが、そもそも親父には名前がないのだから普通の奴には答えようがない。知っているのはかつての胃に剣の極一部と学園長くらいだ。まあ、人間だった頃の名前もあるにはあるようだが、あの親父は別に気にしてないから唯一名もなき神の一柱で通している。


「無いと答えたようです」


「なら間違いありません!」


 ふ。ゴリラなら間違いない質問だからな。


「失礼します。異能学園の竹崎です」


「九州支部の源じゃ」


「あ、あれが竹崎重吾……」

「現役を退いて久しいはず……」

「なんという気だ……」


 ゴリラがやって来たのはそれからすぐだが、爺さん以外ゴリラの圧に慄いている。四凶の残りがやって来たと聞いて戦闘態勢なんだろうが……なんか予想外の事聞かれて胃にダメージ入ってるような雰囲気だしてねえか? ま、気のせいか。それより何かやったかって言いたげな視線送ってくるのやめろ。俺は悪くねえ!

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