盤外戦術に強すぎる男、邪神四葉貴明

『森山重工が開発した対妖異の戦闘ロボットですが、実地試験を……』


「ロボットが妖異と戦うのは、君が生きとる間でも怪しいの」


「た、確かにそうですね」


 車で沿岸のある要塞に向かっているが、運転席の爺さんが田中先生にラジオでやっている対妖異のロボットに付いて話を振っているが、歳も立場も差が大きすぎて田中先生は恐縮しているというか腰が引けている。まあ普通に考えて、この爺さんとまともに話せるのはゴリラくらいのものだ。


「機械魔法少女飛鳥。ありね」


 ひょえ!? おおおお姉様! それはありかなしかというとありですけど、佐伯お姉様がプッツンして車内の温度が一瞬で上がっちゃいますよ!?


「うん? なにか言った?」


「あら、本当に聞こえてなかったのね」


 ふう助かった。どうやら本当に佐伯お姉様は、お姉様の呟きが聞こえていなかったようで、よくある聞こえているのに態と聞き返すような感じではない。


「着いたぞい」


 そしてついにやって来た。沿岸に存在するかつての異能研究所九州支部と言える要塞に。


 巨大な施設だ。灰色の様な壁、いや、外郭。上空から見れば五芒星に見立てたこの要塞は五稜郭の様で、ありとあらゆる魔除けと結界を施され、非鬼の蜘蛛君ですら、うげっ、嫌なものと見たと顔を顰めるだろう。なんなら俺も出来れば入りたくない。


「ここを攻めるならどうする?」


 爺さんが俺達に質問するが、やっぱおしゃべりだな。しかし年寄りに付き合ってやるのも若者の義務だから、仕方なく答えてやるとするか。


「はい! ミサイルで飽和攻撃します!」


「え、いや、貴明君……」


 田中先生が何か言いたげだが、こんなお下品な場所とまともにやり合ってられるか。霊的防御に優れているなら物理的な火力で粉砕するに限る。これぞ大艦巨砲主義。


「それが一番手っ取り早いの」


「え……」


 うむうむと頷く爺さんに、田中先生がそれでいいのかと小声を漏らす。ふ、田中先生。これがゴリラ流ってやつですよ。うん? お腹に手を当ててどうしました田中先生?


「ここに饕餮が封印されているのですわよね?」


「ぴゅ、ぴゅーぴゅー」


 爺さんが駐車場に車を走らせていると、お姉様が素晴らしいニタニタ笑いを披露され、それに感動したらしい爺さんがへったくそな口笛を吹いた。


 そう、ここは饕餮が封印されている場所でもある。世紀末にやって来た饕餮に対し、爺さんは九州支部の総力を率いて決戦した結果、かろうじてこれを封印することに成功して、封印された饕餮は再建されたこの要塞の地下深くに眠っているらしい。


「私が少し遊んで消しましょうか?」


「……ちょっと待つのじゃ」


 お姉様の提案に、爺さんがまだ駐車場に着いていないのに車を停車させ、口元に手を当てて考え込んでいる。爺さんめ、目を細めて急に英雄の顔になったから田中先生が仰け反ってるぞ。


「永久に封じておけますの? 饕餮が自力で復活する可能性や、外部が悪用しようとしたことは?」


「その危険性はある」


「なら完全に消した方がよろしいのでは?」


 じっとハンドルを見つめている爺さん。恐らく封印を剥がして饕餮を復活させようとした勢力もいるはずだ。それならお姉様が完全に消した方が後腐れがなくなる。しかし、封印を解いた際に発生するリスクを考えているのだろう。おっと、その殺伐とした当時の覇気を出すのは止めろ。田中先生が押されてるから。


「あの、源所長、小夜子さんは研修生でして、今すぐ危ないようでなければ、そういった危険性の大きな話は最低でも学園長に伺ってもらいませんと」


「それもそうじゃ」


 その田中先生が押されながらもきっぱりと釘を刺して、爺さんも細めていた眼を緩めて再び車を走らせる。


 うふ。お姉様は残念と肩を竦めているが、田中先生、あんたのそういうところ俺は心の底から尊敬してるぜ。


 しかし饕餮か……実は世紀末の襲来当時、爺さん達がしくじってもどうにかなった可能性は高い。幾ら弱体化しようが饕餮は邪神なのだ。それが現代社会に紛れ込んで被害を生み出したら、もういい加減に神代の怪物や神が好き勝手するのはよせと思っている親父が立ち上がる条件を満たしてしまう。なにせヒュドラを呪殺して、ちらっと聞いた話だが、この世界に侵略しに来ようとしていた神も泥に変えたようだから、親父は神代の異物が紛れ込んだことへの対処は腰が軽いのだ。


 それを考えると饕餮も運が悪いのか、それともタイミングが悪いのか。親父がしれっと八百万の神の端っこに居座った時期に日本にやってきてててててててててて!? た、タイミング!?


「どうしたの貴明マネ? 顔が青いよ?」


「ななななんでもないです佐伯お姉様!」


「いやあ、なんでもないって顔色じゃないね」


 佐伯お姉様が俺の顔色が青いと仰ったが自覚がある! 今さーっと血の気がひいた!


『親父いいいいい!』


『なんだいマイサン!』


 邪神間通信で親父を呼びかけると即座に反応があった。普段は引くところだが今はむしろ助かる!


『九州に饕餮がやって来たのって、まさか俺が生まれたからじゃないよな!?』


 血の気の引いた理由がこれだ! 饕餮が態々大陸から日本へ海を渡って来たなんて、何かがあった、何かが起こった、つまり俺が生まれたから、新しい邪神の気配を感じてやって来た可能性があった!


『え? あれは世紀末だから洋子のお腹にもいなかったよ』


『はっ! それもそうか!』


 確かに言われみれば、俺が生まれたのは世紀末を過ぎてからだから時期が合わない。ふう。焦って損した。


 うん? いや待てよ?


『でも親父はいたよな?』


『あっ!?』


 俺の疑問に親父が驚愕の叫び声をあげる。


 お袋から聞いた話だがこの親父、ノストラダムスの予言が流行った頃に、恐怖の大王がアンゴルモアの大王を蘇らせるの件を、お袋に呼ばれて帰還した自分のことを指していたのではないかとビビっていた時期があるらしい。尤も、それこそ地球に帰還した時期が合わないから、俺とは関係ないよねと納得していたようだが、饕餮が親父に会いに行ったと考えると……。


『おおおおお落ち着くのですマイサン。時期的にはヒュドラを呪殺して結構経ってるし、侵略して来ようとしたのとお話したのは饕餮が来た後。つまりパパは関係なし。証明完了』


 自分が落ち着け。後最後に態々証明完了とか言うな。ダサいぞ。


『いや本当に関係ないはず……どうしようそっちに菓子折り持って行った方がいいかな!?』


『絶対やめてくれ』


「急にお腹が……いや治ったのじゃ」


 急に自信がなくなったようで、九州支部にお詫びの品を盛って来ようとする親父だが、研修中親が来るとか俺が恥ずかしくて死ぬから却下だ。ってどうした爺さん? ボケたか?


 しゃあない。ここは俺が邪心アイで饕餮をチェックしてみるか。


 邪心アイ発動! 要塞の外郭を突き破って、地下深くに安置されたお札に封印されている饕餮を覗き込み、当時の心理状況をなんとなく把握する!


 じー。


 あ、なーんだ。当時の日本は特に世紀末の終末思想が蔓延してたから、それを居心地がいい環境だと思ってやって来ただけか。


『別に親父のせいじゃなかった』


『なーんだ。ちょっと焦っちゃったよパパ。具体的には猫ちゃんズがクライマックスシリーズに出られるかどうかの瀬戸際にいる時並みに』


 よく分からん例えをされたが、2022年に期待した方がいいと思うぞ。


『そんじゃ』


『もうちょっとお話!?』


 用件は済んだからさっさと邪神間通信を切る。俺は研修中で忙しいのだ。


 それより……げっぷ。紀元前物は久しぶりに食ったな。


 この邪神四葉貴明が騒動の芽を放っておくことなどありえない。急に消えたらそれが騒動になるから、九分九厘ほど美味しく頂きました。いや、なんのことかさっぱり分からないけど。とにかくこれが邪神流にしてゴリラ流なのだ! 戦いに油断も慢心もなああああい!

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