新米教師田中健介の憂鬱再び

(貴明君と小夜子さん……普通にやってるんだろうか……)


 朝一番の異能研究所九州支部の入り口に、今にも胃を抑えそうなスーツ姿の若い男性、田中健介がいた。


 一年A組の研修では、複数の教員が生徒の状況を確認するため研修地に派遣されるが、まだ2日目なのに早速健介が派遣されたのは当然理由がある。クラスで最も困った子ちゃんであり、面白いことがあればそちらを優先する小夜子と、担任の竹崎だけ知っているが、全人類を呪殺出来る大邪神の息子である貴明の四葉夫妻の状況を早期に確認するため、竹崎にがっしりと肩を掴まれて頼まれたのだ。


(なんで自分が……)


 なんでも何も健介が悪い。小夜子の興味をひかず貴明の邪神センサーに引っ掛からないで、あくまで教師として振る舞える人物は非常に限られていた。


 余談だが、飛鳥に関しては誰も心配していない。偶にプッツンすることを除けば彼女は非常に優等生なのだ。


(それになんか、職員さん達すっごいきびきびしてるし……)


 その上健介は居心地の悪さも感じていた。九州支部に入る職員が妙に覇気を纏っているようで、そういったものと無縁な健介は委縮してしまっていた。これは支部長の源義道が久方ぶりにやる気になっている影響だったが、彼は当然知る由もない。


「あれ?田中先生おはようございます!」


「おはようございますわ」


「おはようございます」


「あ、皆さんおはようございます。研修の確認に来ました。今日1日よろしくお願いします」


 健介がソワソワ落ち着かず辺りを見ていると、知った顔がいるじゃんと九州支部にやって来た貴明達が挨拶した。健介が入り口付近にいたこともそうだが、挙動不審になっていたため貴明達は直ぐに健介に気が付いた。


「研修担当の方はどちらですかね? ご挨拶しないと」


「あ、丁度こっちに来てます」


(タイミ!?)


 タイミングが良かった。そう思いながら健介が振り返ると、施設から出てくる和装で表情の柔らかい好々爺、源義道がいた。


(み、源義道支部長!?)


 健介は思わず仰け反りそうになる。彼は義道がほぼ現役を退きかけていた頃の世代だったが、それでも武勇伝はまだ色濃かったため、写真や資料で何度も教わることになった。そう、日本に源兄弟ありと謳われ、饕餮を封印した英雄をである。


 そのため健介からすれば殿上人の登場なのだが、非常に大きな問題があった。


「源支部長! こちら、異能学園の田中健介先生です!」


「異能学園の田中健介です」


 貴明から紹介されて健介がつっかえず言えたのは奇跡だろう。


「いかん、石川君には儂から異能学園に連絡する言うたのに、色々あったから忘れとった……」


(え?)


 健介が自己紹介の後に想像したのは、うむ、とか重々しく頷く義道の姿だったが、現実にはやっちまったと言いだしそうな表情で、健介は困惑した。


「ちょっと予定を変えての。学生の研修は儂が担当しとるんじゃ。連絡の不備で申し訳ない」


「は、はい!?」


 義道のすまなさそうな言葉に今度こそ仰け反る健介。義道は、桔梗の鬼子こと小夜子の研修をする極限状態だった上、九州支部を名乗った詐欺師達の対処、鈍った自分を研ぎ直しと忙しかったため、つい異能学園に連絡を忘れていた。


 そう、その大きな問題とは、急遽研修担当が義道に変わったことであり、つまり健介は今日一日困った子ちゃん2人だけではなく、殿上人と一緒にいる羽目になったのだ!


(学園長……やっぱり自分には荷が重いです……)


 健介は一瞬気を失いないながら、自分の胃が悲鳴を上げたのがはっきりと分かった。


「今日は沿岸にある、要塞の方の九州支部に行くがどうする?」


「ご、ご一緒させてください」


 しかも、義道が運転する車の助手席に座る羽目になってしまったのだ!


 ◆


(一体どうしてこんなことになってしまったんだ……)


(田中先生、借りてきた猫君だな)


 一行は沿岸部の要塞として機能している九州支部に車で向かう。


 英雄源義道が運転する車の助手席に座る栄誉を賜った健介は、貴明曰く借りてきた猫君のように縮こまっていた。


 しかし、実は被害者は健介だけではないのだ。


「昨日の研修じゃが特に問題なかったぞい」

(儂の心臓以外は)


「そ、そうですか!」


 運転しながら健介に言葉を掛ける義道だが、苦労しているという点では健介にも劣っていなかった。なにせちょっと昔の気分になったら、その途端小夜子がニタニタ笑い始めるので、彼女に心底ビビっている義道としては、常に危ない橋を渡っているようなものなのだ。


 しかし……義道は知らなかったが、小夜子よりも更に厄の塊である貴明もいるため、実はその橋は彼が思っているよりずっと危なかった。


 つまり、この車には被害者が2人いたのだ!


「皆の方はどうかな?」


「特に問題ありません!」


「同じくです」


「ぷぷ」


 健介が後部座席にいる貴明達に研修で困った事がないかを尋ねると、貴明と飛鳥は問題ないと答えたが、小夜子は被害者2人の陰鬱な気配を感じ取って笑いが漏れていた。


(後で源所長がいないときにも聞いておかないと)


 健介の質問はあくまで表面的な問題がないかの質問で、他の問題、例えば義道そのものに問題があった場合、この場では答え難いだろうと、後で義道がいない場所でもう一度確認する必要があると健介は考えた。


 義道の登場と状況に慌てながらも、英雄が研修担当でも問題があれば改善を要求する覚悟があって、生徒のために考えて行動出来る辺りが、四葉夫妻を担当出来ることを抜きにして、竹崎に信頼されている理由だろう。つまり彼が貧乏くじを引いているのは自業自得なのだ。


「ちょっとお遊びじゃ。この前ブラジルで呪術師が暴れとったが、お主等ならどう対処する?」


 赤信号で車を止めた義道がお遊びと称して質問した。


「呪術師がいないときに爆弾を設置して、帰ったら建物ごと木っ端微塵に爆殺します!」


「うむうむ。流石は独覚の教え子で首席じゃの。呪術師なんて連中とまともにやり合ったらこっちの命が持たんわい。爆弾でケリが付くならそれが一番じゃ。儂なんて冷戦期に、呪詛返しでやり返したけど、海外から超々遠距離の呪殺されそうになったからの」


(学園長と同じこと言ってるし)


 飛鳥は心の中で肩を竦める。義道の質問と貴明の答えは、以前に学園の教室で竹崎と行われた内容そのままで、彼女も気が付いたら慣れてしまっていた。


 そして実はとんでもなく危ない橋を渡っている義道だが、百戦錬磨の彼はあくどい事が大好きな貴明と非常に相性がいいため、橋の危険性の割りには安全に渡っていた。ここに竹崎がいれば、流石英雄だと頷いていただろう。


(ひょっとして僕がおかしいのか?)


 尤も、健介はこのやり取りで自分に自信がなくなっていたが。


 とにかくこうして彼らは、現在ではほぼ役目を終えている九州支部沿岸要塞に向かうのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る