幕間 藤宮雄一の初日と胃痛と綱渡りで成り立つ世界

(こうなると思ってたんだ……)


 ある関東の都市で異能者としての事務所を構え、従業員も多く、市からも妖異討伐を委託されている最大手の妖異異能対処相談所に所属する、松田亮介は車を運転しながら心の中でそう独り言つ。


 松田が所属する相談所の所長は、非鬼を単独で撃破した実績がある“単独者”と呼ばれる人間で、名家の干渉すら突っぱねることが出来るほど影響力があるのだが、問題は今回干渉してきたのが日本異能界の頂点である異能研究所本部ということだ。


 だがそれほど複雑な話ではない。異能研究所から妖異に対する連携と現状を確認するから事務員を寄こしてくれと言われるのは、松田が所属する相談所の規模が大きいことを考えるとそれほど変な話ではなかった。そのため松田が派遣されることになったのだが、彼が選ばれたのは最後に異能研究所側から、そういえばそちらに異能学園から研修生が研修に行きますよね? と世間話のように付け足された言葉が理由だった。


 松田はその研修生の担当をしている男だった。


 のだが。


 車の後部座席に座るその研修生が問題だった。


 世界異能大会ルーキー個人部門優勝者。


 名を藤宮雄一。


 そう。松田の事務所は遠回しに雄一を見せに来いと要請されていたのだ!


 尤も、日本の霊的国防を司っている異能研究所の立場では、世界異能大会の個人戦で優勝したルーキーを確認するのは義務的行いだろう。


 研修先は異能大会前に決まっていたため偶然であったが、幸い松田の所属する異能相談所と異能研究所はかなり近く、行く分には特に問題なかった。しかし、元々予定になかったうえ、預かった生徒を世界的権威のある異能研究所に1人連れて行くのはどうかと思った松田は、異能学園にどうしたものかと相談したが、担任である学園長の竹崎重吾から、自分の行いで目立った事で生じるメリットとデメリットを体験するのも学びだからよろしく頼むと言われ、もう少し心配してやってもいいんじゃないかと思いながら電話を切ることになった。


「着いたよ」


「はい」


「多分色々接触がある。メリットがあると思って受けるのも、受けないのも君の自由だけど、無理強いと思うようなことがあったら止めるよ」


「ありがとうございます」


 こうして雄一は、以前の見学に続き2度目となる異能研究所本部への来訪を果たすのであった。


 ◆


「あれ? その制服……異能学園の学生さんがどうしてここに?」


(早速か)


 雄一達が異能研究所の施設内に入り少しすると、職員にどうして学生服を着ている学生がいるのかと首を傾げられ、早速接触されたと身構える。


(だが……)


 雄一は戸惑う。その職員はぼさぼさの髪をした、俗にいう牛乳瓶の底の様な眼鏡を掛けた優男で、はっきり言って雄一が異能研究所にいる以上に場違いだった。


「いやでも丁度よかった! 異能学園に送る新しい式神符を作ったんだけど、よかったら評価試験に付き合ってほしいんだ!」


「……分かりました」

(なるほど。研究員からその流れか)


 雄一は優男が式神符に関する研究員で、異能研究所は式神の評価試験と銘打って自分の力を試そうとしているのだと思い、それくらいなら問題ないと、松田に視線を合わせてから承諾した。


「ありがとう! それじゃあこっちこっち!」


(妙に貴明に似ているな)


 雄一は純真に喜んでいるように見える研究員に、どこか親友の姿を重ねる。


(いや待て……となると式神符は……かなり面倒なのでは?)


 そして親友の変にシビアな考えを思い出して、これから戦う式神に付いて懸念を覚える。


 まさにその通り。


 ◆


「あれ? 学生さん通らなかった? 出迎えに来たんだけど……」


「え? さっき、町田研究員が訓練場に連れて行ってましたけど……」


「なにいいいいい!?」


 そして実はこの出会い、完全な偶然だった。本来雄一に接触する筈だった職員がいたが、その前に町田研究員と呼ばれる優男が、単なる思い付きで雄一を連れて行ったのだ。


(いや待てよ? どうせ式神符と戦ってもらうつもりだったんだから、結果は変わらないか)


 と言っても、その職員の予定でも雄一には式神符と戦うことを頼むつもりだったため、結果自体は変わらない。筈なのだが……


「それでなんですけど、どうも自分で作った式神符を使うみたいなことを……」


「なにいいいいいいいいいいいいい!?」


 職員の二度目の絶叫だが、一度目より更に声が大きかった。


 なにせその研究員が作る式神符の代表作は……。


 ◆


 ◆


「じゃあ行くよー! 式神符起動!」


「【四力結界】!」

(げえっ!?)


 雄一は式神符が起動されたと同時に虹色の結界を展開するが、なんとか心の悲鳴を飲み込むことに成功した。


 程度は下から2番目である少鬼程度であり、雄一なら問題なく倒せるだろう。外見は3メートルほどのムカデ。字は百足と書くが。


(足がうねうねし過ぎだろうが! しかも多い!)


 その足は千はありそうで、しかもやたらと生物的にうねうねと蠢き、元々ムカデの動きに生理的嫌悪感を持つ者なら、失神してしまいそうなほどだ。


(ま、まさか!?)


 その時、雄一の脳内に電流が走った。


「ひょっとして、学園にゴキブリ式符を送りませんでしたか!?」


「え? よく分かったね! そうそう! 生理的嫌悪感を感じる奴をもう1枚作ってくれって要請されてさ! どうこれ? 結構動きに拘ったんだよね!」


 そう! この町田研究員は異能学園を阿鼻叫喚の地獄に変えたゴキブリ式符の制作者であり、邪神四葉貴明にすら何考えてんだと絶叫させた人間なのだ! そしてもう一つの作品は犬君であり、いかに彼が変人かと分かるものである!


「それじゃあ行くよー!」


「【四力砲】!」


 こうして雄一と生理的嫌悪感特化のムカデが激突するのであった。


 ◆


(間違いない。竹崎が始末したブラジル暗黒街の帝王と同じ“虹”の境地)


 その様子を訓練場の陰から見ていた老人がいた。


 巌の様な顔付き、鷹のような鋭い目。彼こそ異能研究所本部所長、源道房である。次代の人材に危機感を抱いていた源は、ルーキーとはいえ世界異能大会個人部門優勝者である雄一の実力を確認するため、隠れてその様子を見ていたのだ。


(宮代の倅と言いこ奴と言い、どうやら人がいなくなる最悪の事態は避けられるようだな)


 源は1年生でありながら、少鬼を危うげなく対処している雄一の姿を見て満足気に頷く。特に源は、貴明曰く半裸会長こと、宮代が大会で見せた活躍を全てテレビで確認していたほどだ。


(しかし、チーム戦部門だが……妙に分からん。北大路達の子はそれほど大した話は聞いておらん。唯一聞くのは橘と……どうも桔梗の鬼子がいたらしいが、アーサーの弟子達がいても、あれが態々学生の大会に参加することなどあり得るのか?)


 そして雄一がこれだけ使えると、普通なら共にチーム戦で戦った者達も期待できるというものだが、ルーキー部門は貴明の手で全ての映像機器が使えなかった上、小夜子が少し遊んだのは完全に非公開のバトルロイヤル部門だったため情報が限られていた。そして通常の試合について報告書を書いた者も、あまりにもチームクリフォトの面々が尖りすぎていたため、試合で何が起こったか把握できておらず報告書が曖昧なものとなり、そのメンバーも源からすれば困惑するような者達ばかりだ。


(一度チーム戦に出場した者も呼ぶか? 桔梗の鬼子が今何をしているか確認もしなければ……)


 そのため源は、確認のためにチームクリフォトを呼ぶことを考えたのだが。


 もし異能学園学園長竹崎重吾がここにいれば、それだから源義道と違ってあれ唯一名もなき神の一柱と出くわす羽目になるんだ。と、親切に指摘してくれることだろう。



 ◆


 一方、そのチームクリフォトの残り、橘栞は無難に研修をこなしていたが……。


 問題は残りだ。


(あの先輩、今度会ったら詰め寄ってやる……)


 竹崎はチームゾンビーズについて悩みに悩んで、自分の後輩と言えるような存在にある意味押し付けたのだが、その後輩は、尖り過ぎのとんでもない連中を寄こしてきやがってと泡を吹く寸前だった。


 こうして世界は、ぎりぎりの綱渡りと胃痛で成り立っているのであった。



















 ◆


「ふうう。なんとか1日無事に終えたのじゃあ……」


 そして九州でも源義道が、小夜子に対して胃痛を覚えて綱渡りをしている気分でいながら、彼女の隣にいる全く別の爆弾貴明に気が付かず、世界で最も危ない状況にいる事にも気が付いていなかった。



 やはり世界は、胃痛と綱渡りで成り立っているのである。






 ◆


(うう……九州支部って英雄の源義道さんがいる場所じゃないか。いやそれより、貴明君と小夜子さん、普通にやってるんだろうか……胃が……)


 そして新たな犠牲者。名を田中健介。

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