夜間見回り1

 幾ら日本政府と異能研究所が日本人の偏執的な面を最大限発揮して、ありとあらゆる場所に妖異を抑えるための護符や印を貼りまくり、神社や寺社が鎮守を頑張ろうと、妖異達は人の恨みや社会の闇から湧き出てくるため、どこであろうと出る時は出るもんだ。そういった意味では、妖異という種族は俺と同じで不死身と言っていいだろう。俺は頑固汚れ中の頑固汚れなので妖異とは格が違うが。


 とにかく、夜中、それも妖異が最も活発になる丑三つ時に、街の中を巡回するのも立派な異能者の役割で、託児所の研修を終えた俺達も、仮眠を行ってから参加することになっている。これが小さな町なら妖異が湧く原因の人間が少ないから行う必要はないが、九州支部があるところはかなり大規模な街で負の念が渦巻いているため、九州支部の職員や外部の委託されている異能事務所の異能者など、結構な数の者が日々巡回しているようだ。


「不夜城だねえ」


「そうですね佐伯お姉様」


 寮で仮眠を終えて九州支部に再び赴いた俺達だが、電灯が付きまくってる九州支部は光り輝き、佐伯お姉様の言う通り不夜城というべきものだった。


「ああ来たね。お疲れ様」


「お疲れ様です!」


 九州支部の入り口に向かうと、俺達の本来の研修担当だった石川さんが出迎えてくれた。はて? 見回りの研修担当は爺さんじゃないのか? ってよく考えたらあの爺さん、ここ10年くらい実戦に出てないっぽいから当然か。


「源所長のところへ案内するよ。こっちだ」


 いや、石川さんの言い方的には爺さんのままみたいだが、道は支部長室へ向かった時と違うな。九州支部の裏手に回り、敷地内にある体育館のような別の建物へ向かう。


「失礼します」


 石川さんがそのまんま体育館の横開きのドアを開けるとそこには……。


「次じゃ」


「応!」


 袴だけ履いて上半身裸の変態爺と、それに襲い掛かるいかにも百戦錬磨の大男がいた。今すぐ帰りたい。ってここ、訓練用の結界が張られている訓練場か。やっぱり体育館だったな。


「【塵壊尽】!」


 大男が自分の腕に纏った霊力を高速振動させて爺さんに殴りかかる。あれはゴリラなど、一部の熟達した霊力者しか使えない、全てを破壊する【塵壊尽】だ。尤もマッスルは単なる筋肉で再現出来るが。


 ともかくそんな一撃を爺さんは、躱すでも防ぐでも迎え撃つでもない。


「おお!?」


 よく見たら隅っこに座っていた者達が驚愕する。


 なんと爺さんは、その破壊の拳をもろに顔で食らいながら


 完全な不動だった。


「ふ!」


 そして自然体のまま突っ立っておきながら、体全体の筋肉を溜め、練り上げ、捩じり、その流れの全てを腕に伝達して解き放った。


「があっ!?」


【塵壊尽】なんてトンデモ技を受けて微動だにしない剛体から放たれた拳なのだ。大男はなんとか防御が間に合ったが、それでも吹っ飛んでしまう。


「おお来たか。お主等と夜の見回りをするのはいいが、儂の方が錆ついとったら話にならんからのう」


 俺達ににこやかに話しかける爺さんだが、てめえなんだその引き締まった体。筋骨隆々ではないが、腹筋なんてバッキバキだ。いやおかしいと思ってたんだ。邪神流柔術後継者として、妙にこの爺さんの体って見た目より重いんじゃないかと思ってたが、厚めの和服着てたら単なる好々爺だったせいで騙された。


 っていうか闘気と覇気を収めろ。職員の背筋が伸びまくってるぞ。あ、お姉様の素晴らしい笑い顔を見たら一瞬で引っ込んだ。よぼよぼの爺に擬態しようとしても無駄だぞ。


「そ、それでじゃが、夜の見回りは実戦になると思って行かねばならん。そのため貴明と飛鳥がどう戦っておるか知っておく必要があるから、見せていい範囲で見せてくれい。まあ、飛鳥の方は異能大会関係者から耳にしとるが、実際に見ておかんとな」


 全部見せろと言わないあたり、冷戦期の暗闘を生き抜いてきただけはあるな爺さん。私は? とニタニタ笑いをされているお姉様から目を逸らさなければだが。


「自分は邪なものと現世を隔てる結界と、ちょっとした言霊を扱えます!」


「ふむふむ」


 ああやっぱり言霊使いだったかと納得している爺さん。佐伯お姉様から聞いたが、どうも俺の実況解説をちらっと聞いていたらしい。


「今使えるかの?」


「はい大丈夫です! 行きます!」


 実はここへ研修に来る前、ゴリラに俺の技を確認してもらっていたのだが、【四面注連縄結界】と梵字が浮かび上がる美声なら変だと思われないとお墨付きをもらっていた。


「【四面注連縄結界】!」


「おお」

「これは中々……」


 何もない場所で張られた注連縄の結界は、以前のように出たらめに紙垂が貼られているのではなくきちんとしたもので、縄自体にも解れがない。まさに完璧。周りにいた職員も、結界から漂う神聖な気に感心したように頷く。


「うん? うんんんんん? これ注連縄? いや注連縄……注連縄?」


 爺さん以外。


 何を感じているのか近寄らず目を凝らしている爺さんだが、どこをどう見たってきちんとした注連縄だろうが。ちょっと中に色々詰まってるだけで。そう、あれだ。納豆が。


「続きまして仏教賛歌を歌います!」


「歌?」


 歌と聞いて首を傾げる爺さんと職員達。


「■◆◇□■◆◇□!」


「おお! 梵字が」

「これは……霊力を感じないぞ!?」

「まさか、単なる発声の技術で!?」

「完璧な仏教賛歌とはこうなるのか!」


 俺が仏教賛歌を歌うと辺りに梵字が漂い始め、職員からの視線が一気に超熱いものになる。ふ、神聖な注連縄に、梵字が漂うほどの仏教賛歌。誰も俺が邪神なんて毛ほども思わないだろう。


「なんかぼやけて聞こえるんじゃけど。ぞわっとするし。いや、害にはならんけど、え? 儂だけ?」


 この清らかな美声に対して東郷さんみたいなこと言いやがって。どこをどう聞いたらぞわっとするんだよ。あ、聞き惚れて鳥肌立ってるんだよ。そうに違いない。うんうん。


「では次は自分が」


 俺が歌い終わると、次は佐伯お姉様の番だ。


「【飛行】!」


「おお。話には聞いておったが、それ以上に飛び回れるか」


「あの若さでああも飛べるのか」

「苦労しただろう」

「うちの家内も魔法使いだが、若い頃絶対に練習しなかった。それを思えば大したものだ」


 空間認識に優れた佐伯お姉様が、訓練場の中を自由自在に飛び回り、屋内で使用してもいい攻撃魔法を行使するが、練習の大変さを知っているらしい職員達から、そのガッツを褒められていた。なんか褒めるとこ違うような気もするが……。


「これなら大丈夫じゃな。多分……」


 なんで多分って言った時に俺の方をちらっと見た。いいだろう。俺のことが心配なら隠された真の力を持って……。


「あら、私はよろしいのです?」


「いや大丈夫じゃ。それはもう」


 首を捻ってた爺さんがまた青くなる。なぜこんな愛らしくてプリティーなお姉様を怖がるのかが分からない。あいててててててててててて。託児所でされてない分もデコピンされちった。でへへ。


 おっと、これから見回りに行くんだから気を引き締めなければならない。これから恐るべき妖異達との死闘が待ち構えているのかもしれないのだから。

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