小休止

前書き

本当なら前話とセットだったんですけど、一人称と三人称の混在はやめた方がいいと分けたんでまた短いです(いい訳)



 ◆佐伯飛鳥


「邪魔するぞい」


「いらっしゃいませ! ああ源さんいらっしゃい! あれ、学生さん?」


「研修生を預かっておっての」


 源支部長の……あれは宣言と言えるだろう。自分達を騙る者を絶対に許さないと宣言した源支部長は、聞いたことしかなかったかつての英雄ではなく、英雄は変わらずここにありと言うに相応しい姿だった。そんな源支部長にラーメン屋に連れられたのだがどうも常連らしく、店員との会話は気心が知れた感じだ。まあ異能者は結構大食いだから、歳老いてもラーメンは苦にならないんだろう。


「おっといかん。連絡し忘れておった。ちょっと電話掛けてくるから、注文を決めといてくれ」


「分かりました」


 そう言って入ったばかりの店を出る源支部長。


 さて、席についてメニューを見るけどここはやっぱり……。


「あ、兄者。儂儂。地元で義務だから結界用の護符に大金払えって詐欺が起こっての。その持ってた護符も護符と言えんようなやつじゃった。国防の妨害は絶対に潰さんといかん」


 外のいる源支部長の声が聞こえてくる。兄者ということは、異能研究所のトップである源道房だろう。やはり凄い人に研修を担当してもらっていると感じる。原因は小夜子だけど。


「馬鹿なことしたものね」


「だね」


 ニタニタ笑う小夜子の言う通り、九州支部の名前を出して詐欺もそうだけど、異能研究所は人が起こした事による妖異の被害を絶対に許さないことで有名だ。それは実しやかに囁かれる噂どころか、ほぼ間違いなく都市伝説系の対処でメディアを呪ったことでも明らかで、それもあって今まで異能研究所を名乗った詐欺も発生していなかったのだろう。それを考えると、粗悪品の護符を売りつけた結果、その隙間から妖異が発生する可能性が高まることは、完全に異能研究所の逆鱗に触れる行いであり、まさしく馬鹿なことをしたとしか言いようがない。全国で血眼になった異能研究所の関係者が、似た様なことがないか探し始めるに違いない。


「さて……」


 小夜子が難しそうにメニュー表を凝視し始めた。いつだったか学園の食堂で食事をしているときに小夜子から聞いたけど、筋金入りの箱入りお嬢様だった彼女は、桔梗家にいたときには麺と言えば蕎麦とか素麺だったようで、ラーメンなんて食べたことがなかったため、貴明マネがインスタントラーメンを買った時、それが何かわからなかったらしい。つまり小夜子の弱点は現代文明だったんだ。まあボクも駅に敗北しそうになったけど。


 とにかくそれなら仕方ない。優しい飛鳥お姉ちゃんがお勧めを教えてあげよう。


「味噌ラーメンがおすすめですよお姉様!」


「塩ラーメンがいいと思うよ小夜子」


 ピシリと向かいに座っている貴明マネとの空間が軋んだ気がする。そうだ貴明マネは唐揚げ塩コショウ邪教の邪神だった。ここはボクが間違った道から救ってあげないと。


「唐揚げは塩コショウじゃないのに、ラーメンは塩なんですね佐伯お姉様」


 先手を打たれて貴明マネのジャブが飛んできた。普段通りのにこやかな顔だが、間違いなくボクを牽制して小夜子を味噌ラーメンの道に引き込むつもりだ。


「味噌はちょっと女性には味が濃いのさ。あっさりとした塩こそ小夜子にお勧めするよ」


「その濃さがいいんじゃないですか」


 やれやれと肩を竦めたら貴明マネにやり返された。邪教徒め。


「それじゃあ味噌にしてみましょうか」


「分かりましたお姉様!」


 いつの間にかメニューじゃなくボク達を見てニタニタ笑っていた小夜子が悪の道に堕ちた。いやまだだ。今度は塩ラーメンを食べさせてやる。


 後は源支部長だけだけど……。


「ところで儂もう隠居しようかと、もしもし? もしもし兄者!? 兄者あああ!?」


 小夜子に今日ずっとビビりっぱなしの源支部長は、遂に引退を決意したようだが、無視されて切られたらしい。多分小夜子とは関係なしにいつものこと……いや、源支部長が英雄として振舞ってから小夜子のニタニタ笑いが酷くなったから、やっぱり原因は彼女にあるか。


「決まったかの?」


「はい」


 しょんぼりした源支部長が電話から戻ってきて席に着いた。メニューを見る様子がないから塩ラーメンと決まっているのだろう。


「そんじゃ儂はいつもの醤油ラーメンにしようかの」


 ピシリとまた聞こえた気がした。

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