幕間 帰って来た、否。英雄は英雄だった
前書き
短いですが
◆
「源所長って昔は凄かったんだよな?」
「多分」
(歯がゆいな……)
昼食のために大勢が押しかけて混みあっている異能研究所九州支部の食堂。本来なら四葉貴明達の研修担当である石川はそこでふと聞こえてきた、源所長を侮っているのではないかと思える若い声を聞きながら顔を顰めた。
(平穏になった事はいいことだが……)
食事を終えて食堂を抜け出す30代後半の石川は、20年前の世紀末に起こった饕餮の襲来こそ直接経験していなかったが、まだまだ混沌とした時代にここへ配属され、今の半隠居の好々爺ではない、ギリギリ現役として現場に立っていた、英雄源義道の姿を知っていた。しかしここ10年程の源はまさに半隠居状態で、若い職員達はその英雄の姿を知らず、石川などはそれを歯がゆく思いながらも、それも時代かと思っていた。
「石川君」
「は!? はい!」
だから完全に不意打ちだった。物思いに耽って足元を見ながら歩いていた石川は、一瞬でまだこの九州支部に配属されたばかりの、新人の頃の様な返事をしてしまった。
「すまんが全職員に、昼休みが終わったら広場へ集まる様に放送してほしい」
それもその筈。まさにその新人の頃に見た、輝く瞳に漂う覇気。
引退間際の九州支部支部長源義道ではなく、英雄源義道がそこにいた。
「は、はいいいいいいい!」
慌てて放送室に駆けだした石川は気が付かなかったが、周りでは当時の姿を知る職員は勿論、知らないはずの若い職員ですら背筋を正し、その後ろにいる研修生は体を左右に振っていた。
◆
急に外へ集められた職員達だが、支部の中で何があったのかを噂しても、外に出た途端壇上に立つ源の姿を見たら皆が口を噤んだ。
(み、源所長になにがあった!? まさか饕餮が!?)
当時を知る古い職員でも、時世が平時の昼ともいえるのに関わらず、それでもはっきりと輝きの分かる昼行燈に慄き、若い職員は完全に絶句していた。
「昼休みの終わりに突然すまん」
そんな彼らを余所に源は静かに、しかし誰もが背筋を正す威厳ある声で言葉を発した。
「つい先ほどじゃが、九州支部の職員を名乗って護符の費用を払えなどと宣い、詐欺を働こうとした者を捕まえた」
その源の言葉に、ざわめきが起きてもいい筈なのに誰も口を開かない。
「許せん。儂がここに就任して20年以上、皆と一緒にこの九州支部で働いてきた。その間、妖異との戦いで血が流れた。混沌とした世紀末が訪れた。様変わりした世界を潜り抜けた。もう一度言う。皆と一緒にじゃ。その築き上げた我々の誇りを汚すなど絶対に許せん。そ奴らは単なる詐欺グループで、警察に聞いたが我々の名前を出した詐欺は今まで起こっておらずこれが初めてなようじゃ。ならば二度と起こさなないように、そしてこれが氷山の一角だと言うのならその全てを粉砕する。そういう気持ちで職務に励み、担当部署は警察と協力して情報収集と提供を行うように。以上じゃ」
『はい!』
英雄源義道、未だここにありというに相応しい宣言に全職員が応えた。
「よーし。ラーメン食いに行こうかの」
そしてすぐに元の好々爺に戻り研修生達にそう言った。色々な人間がいると言った彼だが、様々な面があるのもまた人間と言えるだろう。
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