詐欺のために組織名を勝手に使ったら、そこのトップが出てきた件について

 ◆佐伯飛鳥


「突然すいません! 僕達異能研究所九州支部の者なんですけど、この辺り一帯の結界が弱まってるみたいなので、少し確認をさせていただきたくて!」


 貴明マネは普段から人当たりがいいけれど、今は普段以上にニコニコ顔でお婆さん、表札を見ると佐々木さんに愛想よく話しかけている。体の横揺れに関しては小夜子に問う必要はない。一年にも満たない付き合いだけれど、貴明マネはテンションが上がるとそうなることは分かっている。分からないことは、どうして佐々木さんに会ったらテンションが上がったかということだろう。


「ああそうですかそうですか。お守りは家の中にありますよ」


 90歳ほどの佐々木さんだが耳は遠くないようだ。いや、貴明マネの声はやたらと聞き取りやすいと仲間内でも言われているから、自分が話しかけたら聞き返されるかもしれない。


「すいません、お邪魔してよろしいでしょうか?」


「どうぞどうぞ」


「思い出したのじゃ。異能大会で学生の実況解説を聞いておったが、その声と同じじゃないかの? 掲示板では言霊使いと思われておった程、声が聞き取りやすかった」


 貴明マネが佐々木さんに家の中へ入る許可を貰っていると、源支部長が思い出したとボクに話しかけてくる。選手として出場していたため直接聞くことはなかったけど、貴明マネ達の実況解説はかなり評判が良かったらしい。でも、言霊使いかどうかはかなり疑問がある。対フランス戦で見せた梵字が浮かび上がる程の仏教賛歌だったけれど、ベルゼブブを結界内に閉じ込めたことを考えると、未だに貴明マネには謎が多いのだ。しかし、実況解説も含めてそれをペラペラ喋るとは思ってほしくないね。


「さて、学生実況は匿名なので。それに、能力については自分からは何とも」


「ほっほっほ。飛鳥よ、お主分かっとるのう。独覚の教育の良さも分かるというものじゃ。ほっほっほ」


 四葉姓が二人いるため、貴明と小夜子の名前を呼ぶことにした源支部長は、ボクのことも名前で呼ぶことにした。そして研修先であっても、マネージャーとはいえチームメンバーの情報を必要以上に容易く渡したら、学園長に苦言を言われるだろう。いや、普通に考えると怒られそうなものだけど、源支部長は寧ろ上機嫌に頷いている。


「あら、私の夫に付いて詳しく知りたいのですの?」


「いや結構なのじゃ」


 その源支部長だけれど、ずっと小夜子との間にボクがいるように立ち位置を調整していて、今も小夜子に言葉に腰が引けたようにしていた。とはいっても、ある意味で有名な小夜子が結婚したこと自体については、知りたいような雰囲気はする。尤も、それはボクも知りたいと言えば知りたいけれど、一度小夜子に話を振ったら惚気しか返ってこなかったから止めた。澄んだ黒い目に一目惚れなんだよって言われちゃったのよ。とか何度も聞かされて、あの時ほど自分の好奇心を恨んだことはない。


「お守りはここに置いてあります」


 佐々木さんの家にお邪魔させて貰うと、神棚に結界の護符が置かれていた。けれど護符はかなり経年劣化しているようで色褪せている。


「ふうむ中々上等な護符じゃ。破損がないのなら、これに力を籠め直した方がいいか。心得はあるかの?」


「いいえありません」


「私が力を籠めたら破裂しますの」


 源所長がその古い護符を手に持って眺める。かなり物がいいようで力を再チャージして使うことにしたのだが、ボクは魔法使いなため式符や護符の制作スキルはそれほど高くないし、小夜子に至っては破裂してしまうほどの規格外だ。


「貴明は、ってどこじゃ?」


「夫なら庭にいますわ」


「うん?」


 気が付いたら貴明マネがいなかった。小夜子の指差す方を向くと……。


「落ち葉を掃除してるみたいですわね」


 どこから持ってきたのか、佐々木さんの家の物と思う箒と塵取りで庭を掃除していた。


「あんれまあ。どうかお構いなく」


「いえいえどうかそのまま! あ、符だとか護符を元に戻す適正はないです!」


 酷く恐縮している佐々木さんに、ニコニコ顔な貴明マネが気にしないように言っている。そして実際、彼は式神符や護符の授業では上手くいっていなかった。


「いつもああいう感じかの?」


「似た感じですけど、今日は更にですね」


 源所長が首を傾げて聞いてくるけど、お年寄りなら手を繋いで、子供となら一緒に手を挙げて横断歩道を渡っている貴明マネの姿を見たことがあるから、特別に珍しいことじゃない。


「敬老精神に溢れとるのう」


「敬善ですわね。全てではなく、善きの善。後は無垢」


「な、なるほどの」


 源所長の言葉に小夜子が訂正を入れるけど、源所長は本当に小夜子が怖いようでいちいち顔をひく付かせている。しかしなるほど、どうやってそれを判別しているか分からないけど、貴明マネに基準があってこうなるのか。


「どうもすみませんねえ。今お茶を持ってきますからね」


「いやいやどうかお構いなく!」


「いいえいいえ」


 そんな貴明マネに佐々木さんがお茶を持ってこようとしたが、今度は貴明マネが酷く恐縮して止めようとした。


 ピンポーン


「はあい。ちょっとすいませんね」


「どうかお構いなく。護符を再充填しておきますので。さて、やろうかの」


 すると家のチャイムが鳴って佐々木さんは入り口に向かい、源所長は護符に霊力を籠めようとした。


「うん?」


「貴明マネ?」


 庭で掃除をしていた貴明マネが、訝し気な声を出してここからは見えないけれど入り口を見て、いや、ボクの声も聞こえていないほど凝視している。


「はーい」


「突然すいません。私、異能研究所の職員でして」


「んん? 誰じゃ? 携帯の電源は切っておらんぞ」


 異能者は総じて身体能力と語感が強いがそれは聴覚も例外でなく、入り口で話をしている佐々木さん達の声が聞こえたが、源所長はひょっとして自分を探しているのかと思っているようだ。


「実はですね、こちらのお家で使われている護符の取り換え作業に来たのですが、なにぶん高価なもので費用が100万円掛かるのですが、これは法律で定められた義務でして」


「よっこらっしょっと」


 それはおかしい。座って護符に霊力を籠めようとした源所長もすぐに立ち上がった。確かに護符もタダではないが、高価な物にした場合求める者の数が激減して、結果的に妖異の生まれる隙間が多くなることを危惧した異能研究所と政府の手によって、金銭が発生してもそれは補助金とかでかなり格安になっている。となると、間違いなく詐欺だ。


「やっぱりいるもんだ……」


 それに嫌悪感を感じて貴明マネに話しかけたが……。


「……報いが……報いが正しくねえだろうが……!」


 一瞬貴明マネと分からなかった。


 今まで一度も聞いたことがない憤怒の声なのに、一度も見たことがない能面の様な顔をしている貴明マネがいた。その彼が、庭を後にして入り口へ向かう。


「……彼、優しすぎるよね」


「ええそうね」


 つい隣にいた小夜子に声を漏らしてしまう。前からそうだと思っていた。ナンパされたときに間に滑り込んでくれた時も、ジェット婆の杖から庇ってくれた時も。優しすぎる。本気の本気、本心から佐々木さんを案じて、それを食い物にしようとしている詐欺師に怒りを抱いている。企業家の娘として、少々の金の汚さを気にしないボクには無い精神だ……。


「ともかく、ボク達も行って詐欺を止めないと」


「そう思えるなら大丈夫よ」


「はん?」


「なんでもないわ」


 小夜子のよく分からない言葉は今更だから気にせず玄関に向かう。貴明マネの状態が気がかりだ。


「うぷぷぷぷぷぷぷぷ」


 小夜子そっくりなぷぷぷ笑いをしているから大丈夫だった。夫婦だから似たのだろうか。いやまあ、あれを見たら笑いたくなる気持ちも分かる。


「もう一度問うが、お主はどこの誰じゃ?」


「いやですから、異能研究所九州支部の職員で」


 九州支部職員を名乗る男が、その支部長直々に問いただされているのだ。これを笑わない方が無理だろう。


「役職に就いてからずっと、事務方も現場組も全員顔と名前を知っとる。今年入ってきた者も含めての。じゃが儂はお主を知らん」


 ほ、本当なのだろうか。源所長の言葉が単なる引っ掻けでないなら、途方もない数の顔と名前を憶えていることになる。


「そんな訳があるか! そもそもお前は誰なんだよ!」


「異能研究所九州支部支部長、源義道じゃ」


「は?」


「うぷぷぷぷぷぷぷぷ」


「ぷぷぷぷぷぷぷぷぷ」


 詐欺を働いたら、勝手に名前を使った組織の長が出てきた。そんなことが起こった日には、そりゃあ貴明マネと小夜子みたいに、蹲りそうなほど笑うことになるだろう。それにしてもそっくりだ。


「飛鳥、警察を呼ぶんじゃ」


「はい」


「ふ、ふざけんな!」


 源所長は埒が明かないと思ったのだろう。警察を呼ぶように言われたが、詐欺師は慌てて逃げ出そうとした。


「大人しくしろ。よいな?」


「ひっ!?」


 ずんっと響き渡るような源所長の声を聞いた詐欺師がへなへなと崩れ落ちた。恐らく、直接向けられた詐欺師はボク達と全く違う聞こえ方をしたのだろう。体を左右に振り始めた貴明マネにはどう聞こえたのかさっぱり分からないけど。


「それにしてもうちの名前を騙るとはのう。警察が来る前に洗いざらい吐いて貰おうか。仲間も、拠点も、全部じゃ」


「ひっ!? ひいいい!?」


 崩れ落ちた詐欺師を見下ろす源所長の姿は好々爺ではなく、覇気と威厳に溢れた英雄そのものであり、詐欺師はそれに耐えられず全部を白状した。


「大丈夫ですかの?」


「はっ!? またすいません!」


 その間、体を左右に振っていた貴明マネが佐々木さんに心配されて、またしても恥ずかしそうに赤面していたが。

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