人間
「おはようございます支部長」
「おはようございます」
「おはようなのじゃ」
夢から覚めた爺さんに連れられて施設内を歩く。すれ違う職員だが、半引退状態とはいえ支部長である爺さんが直々に、研修生の俺らを連れ歩いていることに首を傾げている様子だった。まあ実際俺達も驚いているが、爺さんの中では自分しか出来ないと思っているんだろう。こんな優しいお姉様にビビり過ぎである。あいてっ。でへへ。
と言っても流石は英雄か。部屋を出る前は死にそうな顔だった爺さんだが、今は普通の顔をしている。かなり切り替えが早い、というには少し腰が引けている気もするが。
「挨拶も終わった事じゃし、駐車場へ行くぞい」
「はい!」
主な部署に挨拶を終えると施設を出る。爺さんは俺達の研修を担当すると決めた後、本来の研修担当だった石川さんに予定表を貰っていたため、研修自体は予定に沿って行われるようだ。そして最初は外回りであり、まさに新入りが行う仕事に相応しい。
「異能者は街から出て行けー!」
「出て行け―!」
うんんんん? なんかいい感じにドロドロした念と声だな。ちらっと敷地の外を見ると、案の定というべきか、老若男女30人ほどの異能者排斥派が横断幕を掲げて叫んでいた。
「ニュースの光景そのまま。どこも変わらないんだね」
「ふふ、そうね飛鳥」
「まーたやっとるのかい。デモの許可は出とらん筈じゃが、警察が排除するまで少し待たんといかんな」
それを佐伯お姉様は肩を竦め、爺さんはうんざりした表情で見ている。どうも察するによくある事らしいが、霊的国防を司っているこの九州支部の前で、入り口を塞ぐようなデモなんて許可が出る筈がない。
しかし、異能学園のある伊能市は、異能者のお膝元と言えるため、異能至上主義者はいても排斥派はいなかったため、生で見るのは初めてだ。
「ふふ、警察に任さずご自分でされては? そう思われていますでしょう?」
「儂の立場じゃノーコメント」
いつもの素晴らしいニタニタお姉様に、爺さんが耳を塞ぎながらとぼけて返事しているが、こりゃしょっちゅう自分で排除したいと思ってるな。
「解散してください!」
「異能研究所前のデモは許可されていません!」
「警察は帰れー!」
「邪魔をするなー!」
おっと。すぐ警察官がやって来てデモの解散を命じている。妙に手馴れていることを考えたら、やはりしょっちゅう起こっているらしい。
「はあ……テレビで見るだけでもあれだったけど、実際に目にすると…こう、なんと言うか」
「うんざり」
「言葉を濁すって知ってる?」
「ええ勿論」
ため息をついている佐伯お姉様だが、お姉様の直球の表現にジト目になっている。
「気にせんでいい。ああいうのは全人類が異能者になるか、その逆にでもならん限り無くならんもんじゃ」
車のキーに付いた輪っかに指を通して回転させている爺さんが、正面口に背を向けて歩き始めたので俺達もその後を追う。爺さんの言葉は正しいだろう。それはかつての歴史、教会のコントロールを外れた魔女狩りを見れば分かる。自分達と違う者、異端や異物を遠ざけて排除しようとするのは、生物の抑えきれない本能だ。断言するがどれだけ正しい教育をされようと、異能者を排斥する思想の持ち主は生まれるだろう。異能者が多い日本でも、総人口の数パーセントと考えるなら、猶更異物に見えるのだろう。例え異能者が妖異と戦っていたとしてもだ。これまた当然だが、人類の敵は人類なのだから。
「あ、儂の車はこれじゃ。今回は支部の車で移動するけどの」
思わず佐伯お姉様と目線があってしまう。
爺さんの指差した車は2座席しかない農家の必須アイテム、もっと言うなら軽トラだ。流石という他なかった。しかもなんか、可愛らしいぬいぐるみが運転席に置かれているから、それに気が付いた佐伯お姉様とまた目が合った。
「そんであれが今から乗る車じゃ」
よかった。こっちは普通車だった。まあ、俺的には親父もお袋も乗り回しているから、軽トラの方が馴染みがあるんだが、爺さんと二人で乗ったらまるっきり田舎から出てきたやつになるから絶対嫌だ。しかし、助手席には俺が乗る必要があるか……なにせこの爺さん、お姉様が助手席に座るのを阻止しようと、さっきからチラチラ俺に視線を送っている。別に気にする必要ないのだが、ビビった爺さんがハンドル操作を誤るといけないから仕方ない。
「自分が助手席に」
「そうかそうか!」
まだ途中までしか言ってねえだろうが爺!
そりゃもうニコニコ顔の爺さんだが、お姉様もニタニタ笑いが凄くなっている。今爺さんが振り返ったら心臓止まるんじゃあるまいか。
「さて、それじゃあ行こうかの」
助手席に俺、後部座席にお姉様と佐伯お姉様が乗り込むと、爺さんが車を出して目的地に向かう。幸い、入り口にいたデモは排除されていた。
◆
「あのデモですが多いんですか?」
「多い多い。週1では来ておるの。無許可なんじゃからとっ捕まえてほしいわい」
街中を車で移動していると、佐伯お姉様が爺さんに質問をした。どうやら異能排斥派は本当にしょっちゅうやって来ているらしい。
「彼らも、妖異に対抗しているのは異能者だと分かっているんですよね?」
「……長生きしとったら色々な人間を見る。兄者は弟の儂から見てもそりゃ凄いと思っとるし、独覚、お主等の学園長を見たときは、とにかく感嘆するしかなかった。勿論異能者ではない者達にも同じ感情を抱くこともある。じゃがの、異能者も含めて人間というものはどれだけ道理を説いても、自分達より生物の能力が強いものを恐れ、妬み、そして疎むんじゃよ。駆けっこが速い、サッカーがうまい。それだけでも同級生を羨む子供は多いじゃろう。それが歳を取っても折り合いが付けなくなると、自分の中で正しいこと、この場合は異能者が戦車と変わらない危険生物じゃが、その自分の正しさ以外間違っとるんじゃ。だからの、言っても無駄無駄」
「そうですか……」
佐伯お姉様の道理に、爺さんは英雄でもおちゃらけた好々爺でもなく、歳を取り過ぎた老人として切なさそうに答えた。俺らの3倍も4倍も生きているんだ。異能が世に溢れて20年程度だが、それでも色々あったんだろう。それにこの話をややこしくしているのは……。
「それにの。西岡の様な連中は実際、異能者以外を下等生物と思っとる節があるから、困ったことに全く的外れじゃないんじゃよ……」
まさにそれだ。俺が何度もややこしいと表現している気のいい西岡君だが、彼の実家の西岡家も含めて異能至上主義の名家は、どうも異能者が増え始めた時期の混乱に乗じて、異能者ではない者達を粛清しようとした疑いがあるようで、マッスルの扱いで思うところがあるが、当時の北大路などは桔梗家や異能研究所と協力して、異能至上主義者達を牽制していたらしい。そしてどうにか落ち着いたように見える彼らだが、相変わらず世界は異能者が増え続けていることを考えると、態々リスクを冒す必要がないため、単に
『対妖異用に開発された戦闘ロボットですが、起動試験に成功したようで』
「これもなあ、異能者と排斥派の両方から期待されとるのは笑い話かの」
車内に流れたラジオの内容に爺さんが苦笑する。自立AIを備えた戦闘用ロボットの開発は倫理的に禁忌とされているが、どうしたって各国はそのメリット故に開発したかった。そこで理由を考えた。人類の天敵である対妖異に開発しているのだからセーフ。と。結果、対妖異のお題目の元結構な予算が付いた様で、それは日本でも行われたのだが、大手を振れて本腰を入れたとなると結果も早い。どうにかしてバッテリー式の初歩的な霊力機関を搭載したそれは、どうやら起動実験に成功したようで、異能者達にしたら自分達の被害を減らせるサポート役になるのではないか。排斥派からはこれで異能者は不要になると、笑えることに両方から期待されていた。
まあとにかく色々あるが。
「素晴らしい善人もどうしようもない悪党も、いい奴も悪い奴も、ちょっといい奴もちょっと悪い奴も、それが移り変わる奴も。善も中庸も悪も。なんども、も、と言ったが、全部ひっくるめて人間という種なんじゃよ」
だよな爺さん。
◆
◆
◆
「この辺じゃな」
爺さんの運転でやって来ました街外れ。田んぼも結構ある場所で、家がその間に点在している。これは血が騒ぐっぺな。
「結界が弱そうなところを見つけるんじゃ」
「はい!」
おっと仕事をしなければ。俺達がここに来たのは、妖異除けの護符が弱っていないかの点検のためで、それは風水的に重要な場所は勿論、なんなら個人宅にだって張られているものだ。それが弱っていると、その隙間から妖異が現れやすくなるためこれも大事な仕事である。
「あの辺りが弱そうです!」
「どれどれ。おお、お主
俺が指さした場所を爺さんが目を凝らす。
俺はそう言うことが大得意だ。なにせ邪神の俺が居心地がよさそうだと思う場所は、そのまま陰の気が強い場所、つまり結界が弱まっているところなのだ。
「ふむ。周りの護符から少し離れている、個人宅の護符が弱まっておるようじゃな」
爺さんが車を止めたのは、若干周りの結界から遠いため、個人宅用の護符だけで守られている地点の平屋で、まさに田舎の一軒家だった。
「ほれ頼んだぞい」
「はい!」
爺さんに促されてチャイムのボタンを押す。
「はいはい。どうされましたかね?」
家から出てきたのはもう90歳を超えているであろう、腰が曲がっているが元気そうなお婆ちゃんだったが……なんとまあ、それだけ生きて完全な善人として生き続けましたか。白も白。爺さんも、まあ、あれだけど、善人に会えて俺っち満足。テンション上がっちゃうなあ!
「おやまあどうしました?」
はっ!? お婆ちゃんが不思議そうだ! テンション上がり過ぎて、つい親父の様に体を左右に振ってしまった! 恥ずかしいいい!
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