英雄との出会い

「下見に来た時も思ったけどかなり立派だよね」


「ですね佐伯お姉様」


「ぷぷぷ」


 俺が昨晩世界の敵を討伐した後も、涙目になっていた佐伯お姉様は自分の部屋に戻らず、お姉様の部屋で一緒に就寝されたのだが、今の佐伯お姉様にはそんな様子は感じられず、ほへえといった感じで目の前の建物を見上げている。尤もお姉様は、昨日のことを思い出して笑われているが。


 そう、目の前の建物は俺達がこれから2週間の研修を行う異能研究所九州支部なのだが、寮のおんぼろさと比べて随分立派で、県庁と言える様な巨大さだった。というのも、かつて饕餮が襲来した際に沿岸部にあったかつての本部は壊滅したため、元の本部は事務機能を切り離して純軍事的な要塞と化し、俺達が来ているのはその切り離して街中に設置された事務部なのだが、ここは世に異能者が溢れてからどんどんと拡張されていき、今では役割を終えつつある要塞ではなく、こちらの事務部が本部と言われていた。


「あ、あの人ですかね?」


「多分そうだね」


 建物の入り口に30代くらいの職員がいて俺と目線があった。あの人が案内してくれる人だろう。


「研修生の佐伯飛鳥さん、四葉小夜子さん、四葉貴明さんですか?」


「はい!」


「研修担当の石川です。中へどうぞ」


 研修担当の職員、石川さんに促されて支部の中に入ると、そこはまさに役所といった感じで、受付カウンターの奥では職員さん達が事務仕事をしていた。


「早速ですが、源所長へ挨拶をしに行きましょう」


 これから世話になる組織のトップ、源義道は兄と二人で何かと逸話が多いのだが、その中でも特に有名なのが、世紀末に襲来した饕餮の封印だろう。弱りに弱って見る影もなかったようだが、それでもほとんど邪神といっていい饕餮を、戦死者ゼロで封印したのはまさに偉業と言っていい。だが、大陸からの妖異の襲来がほぼ起こっていない近年では、さほど名前を聞かない人物となっている。


「源所長。研修生を連れてきました」


「うむ。入ってくれ」


 支部長室は最上階の4階に位置していた。


「失礼します」


 まずは一番前にいた佐伯お姉様が入室する。うーん、部屋に入るだけなのに凛々しいお姿。そりゃ佐伯お姉様親衛隊の隊員数が未だに増える訳だ。なんなら俺も入隊したい。


「失礼します!」


 そして続いては俺。主席として元気よく入室すると、重厚な執務机の向こう側には、豊かな白髪と和装を纏った好々爺がいた。


 こ、この爺さん……光だ……平時は全く必要ないが、時代が、世界が暗くなればなるほど輝く光。善性と覚悟を兼ね揃えたまさに英雄! いやあ武勇伝は聞いてたが、やっぱり百聞は一見に如かずだな! いいもん見れた!


「失礼しますわ」


 その英雄だが、お姉様が失礼しますわ、の、しを発声した瞬間、後ろの窓から外へ飛び出した。流石は英雄。見事な体の軽やかさだ。


 ……は?


「し、支部長!?」


「え!?」


「ちょっ!?」


 驚く石川さん、佐伯お姉様、俺。当たり前だろう。いきなり老人が4階に位置しているこの部屋から飛び降りたのだ。


「ご老人が飛び降りたんですもの。緊急事態よね」


 そう言ってお姉様が霊力をほんの少しだけ解き放った。平時の街中で異能を使うことは咎められる行いだが、お年寄りが窓から飛び降りたのは緊急事態であるため全く問題ない。うんうん。お姉様はそれはもう素晴らしいニタニタ笑いだが、きっと飛び降りたご老人が怪我をしないようにという思いやりだろう。そうに違いない。


「ほげっ!?」


 なんか窓の外から絶望しきった声が聞こえたが多分気のせいだ。いや勘違いか。きっと助かった安堵の声だろう。現にお爺ちゃんは、お姉様の霊力によって無事元の部屋に戻ることが出来たのだ。


「その逃げっぷりで思い出しましたわ。源御兄弟の弟様。確か一度お会いしましたわよね」


 顔が真っ青なお爺ちゃんを椅子に座らせたお姉様が優しく語り掛ける。


「な、な、なんで桔梗の鬼子がここにおるんじゃあああああああああああ!」


「私、結婚して四葉小夜子になりましたのよ」


 お爺ちゃんの絶叫にお姉様が答える。でへ。でへへへへへ。でへへへへへへ。そうです。お姉様、俺と結婚して今は四葉なんですよ。ところで椅子から滑り落ちて、失神する寸前みたいな感じだけど大丈夫ですかね?


「……石川君」


「は、はい」


 ぐったりとしたお爺ちゃんの奇行に呆然としていた石川さんが、急に呼びかけられ慌てて返事をする。


「……この学生らの研修担当、儂がするから」


「え!?」


 全く首が頭を支えられず傾いているお爺ちゃんの言葉に、石川さんのみならず俺達も驚く。ほぼ半引退状態とはいえ、異能研究所支部長が直々に研修の担当するなど前代未聞だろう。いや、これはきっと将来有望な俺達を導くのは、英雄である自分の役目だと思ったのだろう。そうに違いない。


「……桔梗の研修担当とか儂しか無理じゃから」


 まあそう言うだろうと思った。察するに、どうもお姉様と今にも死にそうなお爺ちゃんは会ったことがあるようだな。しかし、それがトラウマになっているようだが、可愛らしいお姉様のどこを怖がる必要があると言うんだ。あいてっ。でへへ。


「桔梗じゃなくて四葉ですわ。この人と結婚しましたの」


「初めまして四葉貴明と申します!」


 また桔梗と呼ばれたお姉様が律儀に訂正される。お姉様、僕は! 僕はああああああああ!


「なんじゃ夢か。そうじゃと思った。いきなり桔梗の鬼子が来て、その上結婚して姓が変わっとるなんぞおかしいと思ったんじゃ。早う起きんと」


 こ、この爺、とぼけてるんじゃなくて素で夢だと思い始めてやがる……!


 とにかく、こうして俺達は、古強者にして英雄、源義道の指導の下で研修をすることになったのである。


「痛った!? やっぱ夢じゃないじゃん!」


 ……挙句の果てには自分の顔を叩いて古典的なギャグをかます始末だ。この爺、俺に不安を感じさせるとは大した奴だ。

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