研修前日

 一大イベントである世界異能大会が終わると、クラスで若干の変化があれば、全く変わらないこともある。


 まずはなんといっても、個人戦で優勝した藤宮君。チーム戦とは違い個人戦はその一個人に注目が集まるのだが、そこでアーサーを筆頭とする強豪たちを退けて優勝した彼は、間違いなく我が校で最も有名な生徒の1人になった。まあ、個人戦の一対一に加えて、バトルロイヤルでも優勝した半裸会長は、学園どころか極東に宮代典孝ありと言われそうな扱いだが……とにかく藤宮君は、普通科の女の子達からきゃあきゃあと叫ばれることとなり、上級生たちからもひっきりなしに接触があるようだ。


 一方、環境が変わっていないのはゾンビたちだ。チーム戦で優勝したうえ、マッスルに至っては決勝でイギリスをほぼ単独で撃破したことを考えると、実家から何かしらの接触があってもいい。とはならない。一度落ちこぼれ、出来損ないと、こいつは自分よりも下だと定義した者が、実は自分の上にいる事実を人間は我慢できない。それが例え死の間際だろうがだ。だから彼らに、実家や他の名家がアクションを起こしたことはないようだ。それにチャラ男の木村家に至っては、手に負えないからいない者として扱っているため、活躍すればするほど遠ざけるだろう。その本人たちは全く気にしていないが。


 しかし、ゾンビではないネクロマンサー東郷さんは違う様で、お姉さん二人に褒められて照れている姿を見かけた。


 そして俺には変化があった。


「四葉。卒業後の進路はどうなっている?」


「異能事務所を立ち上げて、その、ふわっとした考えですけど、臨時講師とかで学園に戻ってくるのもありかなあと」


「む、学園に戻って来るか。それもいいが、もし進路で相談があればいつでも来なさい」


「はい!」


 登校して教室に向かっている最中、山伏の流れをくむ霊力者の教員に話しかけられた。そう、フランス戦で俺が披露した仏教賛歌を聞いていたらしい仏教系の教員達に、それはもう熱い視線を送られているのだ。


「それにしても浮き出た梵字は見事だった。どこで習ったのだ?」


「詳しく言えませんが、父母が神仏と関りがあってですね」


「なるほど」


 嘘は言ってない。嘘は。親父は大邪神で、お袋はその大邪神の寝込みを襲った女なのだ。うん嘘じゃない。


 とにかくまあ、大会が終わって良くも悪くも、変わったり変わらなかったりだ。


 ◆


「諸君お早う」


 お早うございます学園長。ついに大会も終わり一息ついた。と思う暇なく、俺達は日本各地へ研修に向かうのだが、ゴリラの奴が妙にやつれてるな。恐らく大会の運営で頑張りすぎて疲れているんだろう。その顔色の悪さは、モイライ三姉妹が帰国する際に愁嘆場を演じたチャラ男より悪い。なにせ、今生の別れかと思うくらいオイオイ泣いてたくらいなのだが、あいつその気になったら夢でどころか、転移で直接会えるだろうに。ともかくゴリラはお疲れのようだ。こういう時は飲み会と相場が決まっているから、親父に連絡して誘ってもらうか?


「と言っても今日は朝の出欠を取るだけだ。後は研修のための準備に使いなさい」


 研修先には明日から向かうことになるが、九州は遠いため俺達はかなり時間が掛かる。


「それではまた研修後に会おう」


 そう言って教室を去るゴリラ。これからしばらく自分の生徒と会うことはないのに、余韻とかそういったものは全くない。


 まあいい。全国各地に散らばる我がクラスメイトだが例外がある。まずチームゾンビーズ。普通なら、別の人員とも連携できるようにとチームはバラされるはずなのだが、メンタル100がいて初めて火力が出せる厚化粧、東郷さんの強力なバフがあって動き出せるマッスルという、全く汎用性も互換性もない二人を抱えるこのチームは、そのまま纏めて研修先に送られることとなっている。


 そして。


「貴明マネ、マズいことに気が付いたよ。駅ってどう利用するんだい?」


「飛鳥って意外とお嬢様よね」


「意外は余計だよ」


 どうも駅を利用したことがない様で、かなり深刻そうな佐伯お姉様がお姉様に揶揄われている。そう、お姉様、佐伯お姉様、俺の3人も纏まって異能研究所の九州支部で研修を受けることとなっていた。


「万事お任せください!」


「流石だね貴明マネ。それじゃあボクは、教員室から九州支部で研修した先輩のレポートを持ってこようかね」


「お願いします!」


 佐伯お姉様に駅如き全く問題ないことを伝えると、佐伯お姉様は颯爽と教員室へ去っていった。うーむ。女性にこういうのはあれだがカッコいい。


 さて……佐伯お姉様が戻ってくるまでの間……駅を利用する動画を見てイメージトレーニングをしなければなるまい。それに最終奥義、駅員さん助けてもあるから大丈夫だ。


 ◆


 ◆


 ◆


 ◆


 ◆


 研修に向かう当日。


「おはようご両人」


「おはよう飛鳥」


「おはよううございます!」


 朝一番の伊能駅で、カジュアルな服装でおしゃれなロールキャプを被った佐伯お姉様と合流する。うーむカッコいい。立ち姿が絵になるから、女子中学生達が憧れの目で見ている。


「飛行機なら楽だったんだけどね」


「そうね」


 佐伯お姉様が駅に入りながら言う通り、飛行機なら長時間移動する必要がないのだが、俺達異能者はよほどのことがない限り飛行機に乗れないので仕方ない。


「えーっと、この画面をタッチして……」


 今回は新幹線の指定席を予約しているから、慎重に駅の機械で発券する。大丈夫だ。何度もイメージトレーニングを重ねているから……はいできた。完璧。


「これで大丈夫です!」


「ありがとう貴明マネ」


「あなたありがとう」


 お二人に券を渡して駅のホームに向かう。


 ここから数時間かけて新幹線の移動となると、爆弾が仕掛けられていたり、妖異の襲撃が……。


 ◆


 ◆


 ◆


 ◆


「到着!」


「肩が凝ったわね」


 ぐーっと体を伸ばす佐伯お姉様と、首を回しているお姉様。


 そんなハプニングなんて起こるはずもなし!


 そしてここからタクシーを使って、異能研究所九州支部の社員寮に向かったのだが。


「……結構古いね」


「ふふ、そうね」


 昭和に作られたようなおんぼろの古い社員寮で、なぜか佐伯お姉様は顔色が悪い。


「……そういえば二人は別の部屋?」


「そう。気が利かないわよね」


「ぐすん」


 気分を変えるような佐伯お姉様の言葉だったが、それに対して俺は落ち込んでしまう。俺的にはお姉様と一緒の部屋だと考えていたら、ゴリラから別々の部屋だと言われてしまい、当然抗議したのだが研修先で男女の学生の宿泊部屋を同じにできんと、ぐうの音も出ない正論を突き付けられてしまっていた。


「なるほどねえ……そんじゃ管理人さんに挨拶して鍵を貰おうか」


「はい!」


 そう言っている佐伯お姉様だが、妙に腰が引けているというかなんというか……はて、この寮になにがあるんだ?


 ◆


 ◆


 ◆


「一息つきましたね」


「ええ」


 荷物を整理し終わった俺とお姉様は、同じ部屋でお茶を飲んで休憩していた。部屋は別々でも一緒にいてはいけないと言われていないから大丈夫だ。全く問題なし。


『ぎやあああああああああああ!?』


「ぷぷ。断末魔そのものね。ぷぷ」


 なななな何事!? 隣の部屋から、つまり佐伯お姉様の叫びが聞こえてきた!


「どうしました!?」


「貴明マネたすけてええええ!」


「ぐえっぷ!?」


 慌てて部屋を飛び出すと、顔を真っ青にした佐伯お姉様が俺の頭に飛びついた! この感触あわわわわわわ!? ってこの状況に覚えがある!


「ぷぷぷぷぷぷ。ゴキブリでも出たかしら?」


「その名前を言うなああああああ!」


 完全にメインカメラが塞がっているため見えないが、それでもお姉様の素晴らしいニタニタ笑いと、真っ青なままの佐伯お姉様が分かる! そう! ゴリラがゴキブリ訓練札を使った時と同じ状況! そこから導き出される答えは、出たのだ! 佐伯お姉様の部屋に世界の悪、ゴキブリが!


「出そうと思ってたんだよ!」


 佐伯お姉様の絶叫。

 そうか! 佐伯お姉様がこの古い寮の前で顔色が悪かったのは、まさに奴らが生息しているであろう雰囲気を感じてしまったからか!


「なんとかしてええええ!」


「お任せください!」


「ぷぷぷぷぷぷ」


 こうして俺は、研修先につくなり世界最悪の敵と相対することとなったのだ。

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