vsイギリス チーム戦であってはならない者。頂点たる肉体的【到達者】

『選手入場!』


 相変わらず淡々とした進行だ。しかし、観客席の熱気は溢れている。俺達も、そして相手、イギリスチームも相手を完全に粉砕してきたから、その両者が戦えばどうなるかと思っているだろう。


 そして入場してくるイギリスチームの闘志もまた、観客席の熱気以上に溢れている。


 対イギリスチームにおいて最も危険視するべきは、アーサーのスピードである。個人戦において藤宮君の奇策に封じられたが、試合開始と同時に踏み込んだアーサーの速さは、ひょっとしたら狭間君の超力壁でも間に合わない可能性があった。そうなると真っ先に狙われるのは東郷さんだろう。我がチームにおいてバフを一手に引き受けている彼女はまさに最重要で、チームの根幹をなしている。


 しかもである、その万が一。狭間君の超力壁すら間に合わない速度だった場合、無防備な狭間君と藤宮君が切り捨てられているだろうから前面の防御結界もなく、後はアーサーの後続からやって来た近接のエキスパートに我がチームは粉砕されるだろう。


 だから、俺はトーナメントの組み合わせを見た直後、一つのお願いをした。決勝戦の日になんとかベストコンディションに近い状態に仕上げてくれと。


 そうすれば……東郷さんがバフを掛ける時間を丸々省略できる。


 騎士達は知るだろう。


 心・技・体


 その全てが備わったら、一体どうなるかを。


 そしてなにより、チーム戦という種目ではあってはならない。


『試合開始!』


 群を粉砕する極まった個を。


『行くぞ!』

『勝利を!』


 試合開始と同時に対面から突進してくるイギリス騎士団。戦法も単純明快。最速で近づき切り捨てる。なんと合理的な極みなのだろう。相手に何もさせず倒せるのなら、そこに小細工が介入する余地もない。


 そしてこいつら、はっきり言ってとんでもない連中だ。なにせ、浄力者、魔法使い、超力者がいない。全員が霊力者であり、近接戦のエキスパート達だ。しかし、そんなバランスの悪いチームで勝ち上がれるはずがない。


 ならどうなっているか。答えは単純にして複雑。


 彼らは霊力だけでなく、浄力も使える騎士、魔法も使える騎士、超力も使える騎士達の集まりなのだ。純粋な霊力使いはアーサーのみ。後は残らず2種の適正と技術があるトンデモ集団であり、その圧倒的な近接戦闘力と、霊力以外の力を組み合わせて他を蹂躙してきたのだ。ルーキーはルーキーでも、イギリスという国家が支援している天才達であり、次代の中核をなすメンバーなのだろう。


 しかもアーサーの速さよ。ひょっとしたら狭間君の超力壁ですら間に合わず、こちらの陣形に入り込んで一番奥にいる東郷さんまで肉薄するかもしれない。


 なんと凄まじい。


 アーサーという最速の矛。それに続く9本の矢。


 それをたった1人で止める男を、凄まじい以外になんと表現する。


『っ!?』


 初手。アーサーの顔に右ストレート。


 まだぎりぎり俺には見える。


『がっ!?』


 二手。アーサーより少し遅い程度の速さを持つ剣士が、迎撃しようと剣を持ち上げるよりも早く唐竹割に手刀一閃。倒れ伏して場外。


『そ!?』


 三手。そんなと言おうとしたのだろう。3人目は突き出した渾身の槍を掴まれた挙句、力ではなく技で捩じられて、体が横回転して地面に叩きつけられたのだ。そう、邪神流柔術【捻じれ】だ。見せたら当然の様に技を奪われた。そして頭部めがけて足を振り下ろす。場外。実戦ならば頭蓋が粉砕されていただろう。


『ごおっ!?』

『ぎ!?』


 四手。4人目と5人目は左右から剣で挟んで胴を狙うが、その剣は打ち付けられた拳によって粉々に砕け散って騎士諸共吹き飛び場外。これもだ。【阿修羅塵壊尽】。この場合、単なる【塵壊尽】か。霊力を高速回転させて、文字通り尽くを塵と化すこれを、霊力ではなく単に筋肉による破壊力で成し遂げた。


『があっ!?』


 五手。6人目の騎士が構えた盾を殴りつけ、そのまま場外に吹き飛ばす。速度が速すぎて質量が違いすぎるせいか、面白いくらい勢いよく飛んで行った。


『っ!』

『おお!』

『はあ!』


 六手。7人目と8人目、そしてなにより拳の衝撃を間一髪で逃がし、体勢を立て直したアーサーの3人が囲み、自身の渾身の力を込めて最速の突きを放つ。


『っ!?』

『ばっ!?』

『ごっ!?』

『なあっ!?』

『うそだっ!?』


 七手。悲鳴の数は5。


 もう……もう見えない。


 7人目、8人目、アーサーどころではない。9人目と最後の10人目も場外に吹き飛ばされた。俺もそうだが、彼らもそれを見えていないだろう。ただ、消えたと思ったら5人が吹き飛んでいた。


 しかし、見えていなくともがなにが起こったかは分かる。エンジンが温まり、俺達では認識できない領域に到達したのだ。


「ふううううう……」


 消えていた、否。速過ぎて誰も認識できなかった男が再び現れ、残心の構えをとっている。


 最後に行ったことは、恐らくだがあまりにも単純。


 ただ速く動いてアーサー達の突きが到達する前に。

 ただ速く拳を叩きつけた。

 ただそれだけ。

 ただただ、ただただそれだけ。


 それだけ。足が速い。力が強い。その二つが極まってこうなった。こうなってしまった。

 それだけで、アーサーの弟子すら含むイギリス騎士団が壊滅したのだ。


 場外に叩き出された騎士達全員が心の底から畏怖している。


『やっぱり……やっぱり至っている……』


 完全な静寂に包まれた会場で、尻もちをついたアーサーが呆然と呟いた声だけが響いた。


 そうとも。至っているとも。これで全速力ではないのだ。全力ではないのだ。


 チーム戦でありながら、その根底を覆した。


 ならばこう呼ぶしかないではないか。


『しょ、勝負あり!?』


 最早何人にも捉えられぬ速度で、何もかもを破壊できる。


 群を超越した個。


「早くプロテインを補充せねば!」


 "肉体的到達者"北大路友治と。


 世界異能大会チーム戦決勝戦。


 優勝。


 日本。















































 ◆


「ぷ……ぷ……」


「お姉様お気を確かにいいい!」


 ついに笑いすぎて限界を迎えてしまったお姉様を背負って森の中を疾駆する。決勝が終わった直後、お姉様は倒れ伏してしまったのだ! そしてあの後筋肉が萎んでしまったマッスルは戦力外だからここにいない。どうも翼先輩と飯食ってるんじゃないかの疑惑がある。なんだこの身から溢れる衝動は?


 って今はそれどころじゃねえ!


 あの連中、超合理的な判断しやがった! マッスルがいないなら、群で圧し潰せると思って今こっちに!?


「ぷ……ぷ?」


 駄目だ! 目的がはっきりしてるから俺の小細工が通用しねえ!


「ここで」


 迎え撃とうと、そう言おうとした。


 聞こえる着地音。その数30。


 右、一人師団の次男率いるアメリカチーム。

 中央、アトラス率いるギリシャチーム。

 左、アーサー率いるイギリスチーム。


 一番の危険チームである俺らを潰すために結ばれた同盟。米英希同盟。


 しかし、そんなものは関係ない。


「あらあらあらあらあらあらあらあら」


 我がチームの全員がぎくりとした。勿論同盟に対してではない。


 なんならアトラスもだ。


「これはこれはこれは」


 背中が少し軽くなった。


 マッスルもチャラ男も到達者というに相応しい。


 だが、それすらも容易く超える者はこう呼ばれるだろう。


「これなら少しは楽しめるかしら?」


 超越者と。

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