超越者。栄光。

 妙に静まり返った会場を後にして、通路を進む我がチーム。


「き、筋肉が萎れて力が出ない……!」


 マッスルのどこかで聞いたようなセリフと共に、ブシュッという空気の抜ける様な音が鳴り、みるみる内に彼の筋肉が萎んでしまった。相変わらず時間制限がきつすぎる。


「大体何分くらい維持できた?」


「2分くらいじゃない? 時計見てないから知らないけど」


 それを見た佐伯お姉様が厚化粧に尋ねたが、かなり無責任な返事だった。だがまあ確かに2分程か。イギリスチームを叩き出すのに1分も掛かってないし、バトルロイヤルが残っているため観客に手を振るようなこともせず会場を後にしたからな。


「しゃあねえな。肩貸してやるよ」


「お疲れ様北大路君」


 筋肉が萎んで足元が覚束ないマッスルを、俺と狭間君が支えようとした。


「お疲れ」


「あ、翼先輩」


 だがその前に、通路の角から堕天使天使無性先輩こと、翼先輩が現れた。やっぱり体のラインが変だぞ……。


「貰ってくから」


「はい?」


 翼先輩の言葉の意味が一瞬分からなかったが、俺が戸惑っているうちにこちら近づくと。


「ちょっ!?」


 珍しくマッスルが焦った声を出すが仕方ないだろう。なんとマッスルは、翼先輩にひょいっと担がれて、そのまま連れ去られそうになったのだ。翼先輩、背が高いから萎んだマッスル程度なら余裕そうだ。


「じゃ」


「あ、はい」


 しゅたっと手を上げる翼先輩を見送る。


「ちょっと翼先輩いいい!?」


「達者でなー」

「ふ、ワイはもう彼女おるから仏の心やで」

「お供え物は安物のプロテインを年一で持って行ってやるわよ」

「いいのかしら……」


 まだ焦っているマッスルと、それを軽く手を振って見送る馬鹿達。俺は一体何を見せられてるんだ?


「しかし、北大路がいなくなると大幅な戦力ダウンだな」


「確かに。優子ちゃんの魔法は撃っちゃったしね」


「最悪私達のブースト技ね」


「ぷぷぷぷぷぷぷ」


 よかった。我がチーム花弁の壁はいつも通りだ。馬鹿共のせいで危うく自分を見失うところだった。しかし藤宮君の言う通りだ。アーサーの速度に対抗するためマッスルの切り札を使わざるを得なかったが、厚化粧もギリシャ戦で一日一発の魔法を撃っていることを考えると、バトルロイヤルにおいて少々火力に不安がある。


 そのため橘お姉様は、最後の手段として藤宮君の死力、佐伯お姉様のイグニッション、ご自分の氷室恐悉ひむろきょうしつを使うことを視野に入れているが、あれは自爆技なため通用しなかったらかなりきつい。


 ならば! この邪神四葉貴明の奸計というものをお見せしましょう! なあに大船に乗ったつもりでいてください!


 バトルロイヤルの決勝戦は、ギリシャ、アメリカ、イギリスとの戦いだが、連中の考えは厄介な我がチームを潰すために同盟を組むに決まってる! それならやることは単純明快! 離間計! この後すぐそれぞれのチームまで赴き、うちとアメリカは同盟組みましたけど、そちらもどうです? とか、どうもイギリスチームが怪しいです。なにせイギリスですから。とか適当に言って、同盟が結ばれる前に割いてしまえばいい! 後は各個撃破で勝利! 優勝! Vや!


 じゃあ早速行ってきまあああす!


 ◆


『イギリスチームさんイギリスチームさん。うち、アメリカと』


『すまないが帰ってくれ』


 イギリスチームの控室に向かい、アメリカチームと同盟を組んだ事実をお話をしようとしたら、扉をバタンと閉じられてしまった。ちっ。自分の立場ってやつを分かってねえみたいだな。ギリシャとアメリカに、やっぱりイギリスは何かを企んでるって言ってやる。


 ◆


『アメリカチームさんアメリカチームさん。やっぱイギリスが』


『すまないが帰ってくれ』


 アメリカチームの控室に向かい、イギリスチームの策謀を伝えようとしたら、扉をバタンと閉じられてしまった。ちっ。自分の立場ってやつを分かってねえみたいだな。ギリシャには、イギリスとアメリカが漁夫の利を企んでると言ってやる。


 ◆


『ギリシャチームさんギリシャチームさん。どうもアメリカとイギリスが』


『すまないが帰ってくれ』


 ギリシャチームの控室に向かい、イギリスとアメリカの裏切りを伝えようとしたら、扉をバタンと閉じられてしまった。ちっ。自分の立場ってやつを分かってねえみたいだな。日本チームには、イギリスとアメリカとギリシャが同盟組んだと言ってやる。


 うん?


 うんんんんんんんんん?


 あ、あ、あああああああああああああああああああ?


 た、た、た、立場が分かってねえのは俺だったあああああああ!?


 ◆


 やべえよやべえよ。バトルロイヤルを行う森の中で配置についた我がチームだが、皆に一応3か国が同盟を組んで一斉にやって来る可能性は話した。


 そうなるともう、藤宮君達がブースト技を使わないときつい。なんせ相手にギリシャチームが、モイライ三姉妹がいる以上、チャラ男はいつ裏切るか分からないから頼りにするわけにはいかない。寧ろ試合開始前に粛清しなければいけないくらいだ。


「ぷ……ぷぷ……あなた……私はもう……ぷぷ……」


「お姉様あああああ!?」


 そしてついに限界を迎えてしまったお姉様を俺が背負っている。どうもマッスルが翼先輩に連れていかれたのが止めだったらしい。かわいいあいって。でへへ。


 しかし……これは所謂大ピンチというやつなのでは? いいや! 我がチームにそんなピンチなんてものは存在しなあああい! この後すぐ優勝台に立っているのは我々だ! ガハハ!


『試合開始!』


 始まった! 相手の出方を伺わねばッ!?


「3チーム全部こちらに来てる! プラン通りの場所へ!」


 3チームの索敵要員がしっかりとこちらを確認して、一直線に向かってきている! ならプランは予定通り、背水の陣となろうとも崖になっている場所を背にして正面からの戦いを強制するしかない!


「そうなるだろうな」


「ま、確かに言えてるね」


「合理的と言えばいいのかしら」


 その状況にも動揺していない花弁の壁のメンバー。頼もしすぎる。


「え? クロトーちゃん達こっちに来てるの?」

「妙な真似をしたら……分かってるな?」

「消し炭よ」

「こ、この妙な不安は……」


 妙に嬉しがっているチャラ男に、ドスのきいた声で釘を刺している常識人と厚化粧。やはり粛清しておくべきだった。だが東郷さんはなぜか不安を覚えているようだがいったい何にだ?


「ぷ……ぷ……」


 そしてスーパープリチーなお姉様。あいてっでへへ。


 崖に向かって疾駆する我がチームと、それを追う3ヵ国。索敵要員に対して目で牽制する!


「ぷ……ぷ?」


 駄目だ! 目的がはっきりしてるから俺の小細工が通用しねえ!


「ここで」


 迎え撃とうと、そう言おうとした。


 聞こえる着地音。その数30。


 右、一人師団の次男率いるアメリカチーム。

 中央、アトラス率いるギリシャチーム。

 左、アーサー率いるイギリスチーム。


 一番の危険チームである俺らを潰すために結ばれた同盟関係。米英希同盟。


 しかし、そんなものは関係ない。


「あらあらあらあらあらあらあらあら」


 我がチームの全員がぎくりとした。勿論同盟に対してではない。


 なんならアトラスもだ。


「これはこれはこれは」


 背中が少し軽くなった。


 マッスルもチャラ男も到達者というに相応しい。


 だが、それすらも容易く超える者はこう呼ばれるだろう。


「これなら少しは楽しめるかしら?」


 超越者と。


『撤退!』


 短いアトラスの叫び。やっぱり危険察知において群を抜いているな。多分だが、前提が崩れたと言いたいだろう。そう、お姉様が笑い続けているという前提が。


「つれないわね。遊びましょうよ」


『っ!?』


 だがである。撤退をしようとしても、そもそも来るべきではなかった。お姉様から広がった見えない霊力の壁が我がチームだけではなく、集まった3チームごと取り囲んだ。それにアトラスが、俺が今大会で見た中で最も力を込めた槍を突き立てるが罅一つはいらなかった。


「それじゃあ、始めましょうか」


『ぐっ?』

『な、なんだこの霊力は!?』


 全く本気ではないお姉様がその身から発した霊力を受けて、3チームのメンバーの大半が怯んでいる。流石お姉様、なんてお優しいんだ。お姉様がちょっとその気になった霊力を発したら、怯むどころか恐怖で震えてしまうだろう。


「ひょえ」


 なんかチャラ男は震えてるけど。いざとなれば全く気にしないだろうが、今はその時じゃないということだろう。しかし、お姉様に震えるとかその可愛らしさあいてっ。でへへ。


「そのう、クロトーちゃん達にはお手柔らかにというかですね……」


 チャラ男め妙なところで男を見せやがる。


『勝利をっ!』


『お、おう!』

『やるぞ!』


 む!? アーサーが声を張り上げて味方を鼓舞している! 俺の見たところそういうタイプではないが、お姉様の霊力に怯んだチームメイトを動かすにはそれしかなかった。


『やるしかない! 行くぞ!』


『【チョットダケカワルミライ】』

『【ホンノスコシウンガワルイイマ】』


『【超力砲】!』


 同じように味方を鼓舞するアトラスと、それに続いて権能ではなく異能を行使するモイライ、我を取り戻して即座に超力砲を放つ一人師団の次男、ウィリアム。


『【超力砲】!』

『【ブリザード】!』

『【神よその御力を】!』

『【神よ守り給え】!』


 イギリスの騎士達が、ギリシャの戦士達が、アメリカの兵士達が


 その全てがお姉様に襲い掛かる。


 


「雑魚には用がないの【第三の理 地】【地縛地消じばくじしょう】」


『っ!?』


 声もなく3ヵ国の半数以上が消えた。


 つまり彼らは、森の結界が死んだと判断して外に叩き出したということだ。それが何を意味するか。実戦なら一瞬で圧し潰されていた。それこそ声すら漏らす暇なくぺちゃんことなり、地面に赤いシミと化したはずだ。かつてマッスルだからこそ無事だったこれは、通常の異能者が食らえばそうなってしまうのだ。そのため、主に後方支援に特化して肉体的に頑強でない魔法使いや浄力者は、軒並みこの場からいなくなってしまった。


『おおおおおおおおお!』


 それでもイギリスの騎士団はほぼ全員。


『っ!』


『やっぱり』

『これは』

『無理なの』


 ギリシャではまだ全く諦めず、とにかくこの場から逃げるための活路を開こうとしてるアトラスと、なんとか運命を変えて逃れたモイライ三姉妹。


『【超力砲】!』


『むうん!』


 どうもこの大会で一皮も二皮も剥けたらしいウィリアムと、マッスルとポージングしていたマッチョが残っていた。


「【第二の理 金】【失せ金物】」


『ば、馬鹿なあああ!?』

『そんな!?』


 驚愕の声はイギリス騎士団からだ。それもそのはず。持っていた剣が持ち主の手から離れるどころか、自らの身を貫いたのだ。


 お姉様の第二の理 金は、文字通り金物を金属を支配する。現代社会においてこれほど恐ろしい権能もそうはないだろう。それは即ち人類の社会を、金属と共に歩んできた歴史を消し去れるほどの力を秘めていた。


『おお!』


『しいっ!』


 しかし……流石という他ない! アーサー! アトラス! 彼らは己の手から離れた剣と槍を躱しながら、アーサーは手刀の形に、アトラスは拳を握りしめてお姉様に肉薄したのだ!


『かっ!?』


『ぐうっ!?』


『なんとおお!?』


 繰り出されたアーサーの手刀、アトラスの拳、そしてマッチョの拳。


 思わずアーサーが硬いと言いかけた。彼らの手を防いだお姉様が常時展開している霊力の障壁は、その最も柔らかい筈の表層ですら、人知を超えた硬さを秘めていた。


「終わりにしましょうか【第七の理 天】解放」


 お姉様がふわりと浮かんだ。重力ではない。天が質量を持って……


『【チョットダケカワルミライ】』

『【ホンノスコシウンガワルイイマ】』

『【ホンノチョットダケマキモドシ】』


 運命を操り、それをなんとか止めようとするモイライ三姉妹だが……。


「【第九の理 冥】」


 それはお姉様もできる。第九の理 冥は、冥王にして運命を操る泰山夫君の力を操れるのだ。これこそが、モイライ三姉妹が自分達の力よりも、お姉様の方がより強力だと言った力。結果、彼女達の運命操作はより大きな力に押し流された。いや、そもそもこの力は、冥府を、常世を司っているのだ。つまり、橘お姉様の神威を断つ力、神移断花と同質と言っていい。


「それじゃあさようなら【天空天落てんくうてんらく】」


 そして……質量をもった天そのものが彼ら全てを。


「クロトーちゃん! ラケシスちゃん! アーちゃん!」


 三姉妹を守る様に飛び出したチャラ男ごと圧し潰した。


「……………ぷ。ぷ。ぷ。ぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ」


 そこまで一貫するならむしろ感心するわ。チャラ男は愛に殉じてこの場から消え失せたのだが、引き換えにお姉様の腹筋に致命傷を入れることに成功した。


 だがこれで……


 栄光ある世界異能大会、通常戦、並びにバトルロイヤル。


 優勝。


 日本。


 ◆


 ◆


 ◆


 ◆


「ふ。今日は北大路と小夜子に楽をさせて貰った。これで3部門で3冠だ」


 個人戦での優勝メダルを首に掲げ、意外とふてぶてしい笑みを浮かべる藤宮君。


「はっはっは! 確かに!」


 からからと笑う佐伯お姉様。


「勝ちは勝ちよ」


 チーム戦、通常部門とバトルロイヤル部門のメダルを見てほほ笑む橘お姉様。多分、この後すぐご両親に報告するんだろう。


「ぷぷぷぷぷぷぷぷ」


 立ち直れていないお姉様超チャーミングあいてっ。でへへ。


「いかんな。報奨金で買うトレーニング機材の大きさを失念していた」


 買う予定の機材が自分の部屋に入るかと首を捻っているマッスル。


「これで面目は保たれた!」


 似非関西弁はどこへやら。貰った報奨金で新婚旅行費を稼げたと喜ぶチャラ男。


「俺らもどっか行くか?」


 え? どこへ狭間君? っつうか俺ら? ら?


「え、ど、どうしよっか」


 それに答える東郷さんんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん。ちょちょちょちょちょっと待てよ? そういやこの2人、チームを結成するために誘った時、清掃委員の仕事もないのにどうして2人ででででででででででででででで。


 あれ? 俺は今なにを考えてたっけ? まあいっか。


「貯金貯金っと」


 超現実的な厚化粧。うん。いつもの馬鹿達だ。


 ともかくこの大会において、表彰されるのは1位のみ。まさに勝ちあがった、ただ1つが栄光であり至高なのだ。


 そして俺は……


『優勝おめでとう』


 恐れ多すぎてなんとか辞退しようとしたのだが、このチームを結成したのはお前だろと、なぜか優勝トロフィーを受け取る役目に抜擢されていた! あわ、あわわわわわ。執行部の役員から、両手で持たなければいけないトロフィーを受け取るが、おおおお落としたらららら。


 その瞬間、ちょっと勢いが弱いというか困惑げだが、それでも盛大な拍手が観客席から送られ、俺はそのトロフィーをなんとか天高く掲げるのであった。


 そして試合が終わったということはだ。


 写真撮影をしてもいい。


「はいチーズ!」


 俺達は正門に再び集まり、そこで記念撮影を、人生の思い出を収めるのだった。






あとがき


ちょっと駆け足でしたがやり切りました…………!もしようやったと思ってくださったら、何卒評価の方よろしくお願いします!


この後は、ちょこっと周りの様子を描いた後、研修いい子ちゃん編かな。

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