獅子身中の虫(馬鹿)

 むう、昨日の晩は碌な情報が集まらなかったな。態々宿泊先にまで潜り込んだのに、どこもかしこも警戒していたのか、調整はしていても試合で使った以上の技も能力も見ることが出来なかった。


 だが一つだけ、試合の趨勢を左右する情報を手に入れることが出来た。なにせかなり危ない橋を渡ったからな。あの警戒網を潜り抜けるのは非常に骨が折れた。


 という訳でだ。


 粛清せねばならん。


「被告人、木村太一」


「はい……」


 俺の宣告を受け、椅子に座ってうなだれているチャラ男こと獅子身中の虫を。


 調整のため朝一番で学園にやって来ている我が急造チームだが、訓練場に全員が集合したらまず初めにしなければならないのは裁判だ。安心しろチャラ男。俺、裁判官はある意味本職だから、公平な裁きってやつを見せてやるよ。


「あの……」


 助けを求めるように皆を伺うチャラ男だが、残念ながらお前に味方も弁護人もなしだ。むしろ全員がやっぱりねとお前を見ているぞ。


「昨晩はどこにいましたか?」


「その……自宅に……」


 裁判官の質問にいきなり嘘とは見上げた奴だ。俺が閻魔だったら係の鬼に舌を引っこ抜かせてたぞ。まあ、地獄の鬼vs女神連合の戦いという、まさに地獄絵図な恐ろしい光景になっただろうが。


 とにかく初手で嘘とは、裁判官の心証は最悪だぞ。


「自宅? ギリシャの選手団が宿泊している施設が自宅だったのですか?」


「いやあ、その……自宅というか……なんというか……」


 それで尻尾は出していないつもりかお前。分裂した俺はそれぞれの国の宿泊施設に偵察に向かっていたが、そのうちの俺の一人は、お前がモイライ三姉妹と一緒にホテルに入っていったのを見たぞこら。まあ、他のスタッフや選手から、本当にこいつが祖国の役に立つのかって白い目で見られていたが、役に立つことは役に立つだろう。本当の緊急時にだけ。


「そもそもなのですが、昨日はどうやって帰宅しました?」


「えっと……歩いて……」


「歩いて? バスに乗ってではなく?」


「そういえばそんな気も……」


「北大路友治君」


「ここから徒歩五分のアパートに住んでるのにバスだと?」


「そういう気分だったというか……」


 胡乱げなマッスルの追及にあくまでしらを切るチャラ男だが、徒歩五分のとこに住んでてどういう気分でバスに乗るんだよ。


 これは偶然見たのだが、なんとこのチャラ男、バスはバスでもギリシャ選手団がチャーターしているバスに、モイライ三姉妹とイチャイチャしながら乗り込みやがったのだ。もう有罪だろ。周りの皆も冷たい目でチャラ男を見ている。


「まあそこは置いておきましょう」


「はい!」


 俺の言葉に元気よく返事をするチャラ男。急に元気になりやがったな。


「ホテルでなにか言っていませんでしたか?」


「え? いや、特には……」


 首を傾げるチャラ男。これはしらばっくれってるんじゃなくて、本当に心当たりがないみたいだな。とんでもねえ野郎だ。


「ワイは一体どうしたら……女に手を上げるなんて最低やし、ましてや彼女なら猶更……ここはやっぱり中立でなんもせんとこう……せやせや! それが一番いい!」


「!?」


 思い出したと同時に、なぜそれをと目を剥くチャラ男。なんでもなにも、お前がホテルの廊下ぶつぶつ言っている時に、偶然俺もその場にいたからだよ。


 いやマジで大変だった。本当にチャラ男を監視する目的ではなく、単に情報収集するためにホテルに潜り込んだのだが、他国がモイライ三姉妹を引き抜くのではないかと危惧したギリシャが、多数の異能者達を配置して警戒に当たっていたため、そこに忍び込んだ俺の気分は潜入工作員だ。ホテルの制服を泥でコピーして顔まで変えて時に影に溶け込み、時に人の意識の隙間に身を置き、時にホテルマンとして働いて情報収集していると、偶々廊下ですれ違ったチャラ男がぶつぶつそう言っているのが聞こえたのだ。


「まあでも分かるよ木村君。橘お姉様の時と同じでお互いの義理に板挟みなんだね。だから同じようにに中立と。それに言ってることは尤もだよ。彼女に手を上げるなんて出来る訳がないよね」


「せ、せやろ!」


 俺の言葉に必死に頷くチャラ男。


 あれは助かった。チャラ男が橘お姉様の能力をアトロポスに教えていたら、まずないとは思うが何らかの対策手段が思いついていたかもしれん。それに言葉自体は至極尤もだ。


 が!


「なんて言うと思ったかあああああああ! これ大会で君も彼女達も出場選手だろおおおお!」


 確かにチャラ男を誘ったのは俺だが、愛する人達と相打つ悲劇じゃなくて、単なる大会の試合で中立とかいう事実上の利敵行為するんじゃねえ! 判決! 有罪!


「北大路君!」


「応!」


「ぐええええ!? ぎぶぎぶぎぶうううううう!?」


 執行官のマッスルに頼み、刑を執行してもらう。その名は説明不要のコブラツイスト。その圧倒的筋肉に絡めとられたチャラ男は、ミシミシと軋む体の音を聞きながら悲鳴を上げる。


「やっぱりね」


 肩を竦める佐伯お姉様。


「ああ」


 同意する藤宮君。


「不思議でもなんでもないわ」


 やっぱりねと興味なさげな橘お姉様。


「ぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ」


 今日も最高に可愛らしい笑いをされているあいてっ。でへへ。お姉様。


「知ってた。おらプレゼントだ」


 これまた分かり切ったことだと言いながら、私は裏切り者ですと書かれたプラカードをチャラ男の首に掛ける狭間君。既に準備していた辺り、チャラ男に対する厚い信頼を感じる。


「かーっぺっ!」


 唾を吐き捨てるふりをする厚化粧。


「やっぱり……」


 東郷さんにすらやっぱりって言われるとか、もうこいつの裏切りは確定していたようなもんだ。


「ぐえええええええええええ!?」


 マッスルの完璧コブラツイストを食らって、更に悲鳴を上げるチャラ男。


 こうして裏切り者は粛清されたのであった。

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