父兄参観
実はこの大会、結構な数の部外者が紛れ込んでいた。いや、完全に部外者とも言い難い。
「今だやれ!」
「そこだ!」
「よし! よし!」
青春の場に似つかわしくない、厳つい男達の声が観客席から上がる。実際顔はどうかと言うと、これまた厳つい連中だった。殆どの者が少なくとも40歳は超えているだろう。だがここは学生達が集う学園の観客席なのだ。はっきりって場違いも甚だしかったが、学生でもその顔を知っている者は知っていたし、学園の教員や事務員も黙認していた。
「頑張りなさい……!」
いや、男達だけではない。その近くには和装のご婦人達も手を合わせて祈る様に観戦していた。
彼らの視線の先には。
「【不動明王剣】!」
不動明王の剣で斬りかかる伊集院和弘。
「【襖二つ間重ね】!」
浄力で編まれた二重の襖で守る東雲朱莉。
「【迦楼羅炎】! ……擬き」
【迦楼羅炎】の劣化した【不動明王炎】よりは上等だが、真に【迦楼羅炎】と言うには首を傾げてしまう炎を放出する、彼らのクラスの主席曰く、ナンパ師村上三郎。
『ぐうっ!?』
ジャンヌダルクの妹がいないもう片方のチームとはいえ、それでもフランスの精鋭を圧倒する異能学園一年A組選抜チームの姿があった。
そうなると、彼らを応援しているのは当然。
「いいぞ和弘おおおおお!」
「朱莉、お母さんは見てるわよ!」
「馬鹿弟! 擬きとはいえ大したもんなんだから、態々言わんでいい!」
彼らの父兄であった!
普段は仲の悪い名家なのだが、命のかかった妖異との戦いの中ではすぐに連合を組めるだけあって、自分の子供達を応援するにも連携を組めるようで、観客席に一角を占拠して声を上げていた。
なお、貴明に家を追い出されるように圧力を掛けられて、兄弟仲が良くないのではと思われている村上三郎だが、少なくとも次男の兄の方は応援に来る程度には良好らしい。
ともかく彼らにしてみれば、自分の家族の晴れ舞台なのだ。あらゆるコネを使ってこの場にいた。
「【オン・シュチリ・キャラロハ・ウン・ケン・ソワカ】! 大威徳明王よあれ!」
そしてチームのリーダーである異能の東西南北のうち、西に生まれた西岡康太が真言を唱えると、本当に薄っすらとして半透明だが、4メートルほどの六面六臂六脚の異形、即ち西方守護明王、大威徳明王の御姿が現れ、その手に持つ宝棒をフランスチームに振り下ろした。
「うおおおお! 康太あああああ!」
それに彼の父が特に厳つい叫び声をあげる。
半透明で影絵とも言えない明王だが、そもそもルーキーが御仏や明王を形作れること自体が偉業で、それが出来るのは傑物揃いの一年A組でも西岡だけだ。
尤も、海外系女神なら直接招ける霊的到達者がいるうえ、なんなら直接
『勝負あり!』
「おおおおおおおおお!」
その西岡の一撃が止めとなり、日本チームは危なげなく一回戦を勝ち進み、父兄は手を叩いて喜んだ。
「倅は個人戦こそジャンヌダルクの身内に負けたが、学園に通う前からしたら見違えるようだ。独覚に礼を言いに行かねば」
「いかにも」
「然り然り。夏休みに帰ってきたときも思ったが顔つきが違った」
その強さには勿論生徒達本人の素養もあったが、明らかに学園に通い始めてから実力を上げていることが分かり、父兄達は独覚、つまり担当教師である竹崎重吾に礼を言いに行った。
ギリギリ。そのタイミングは、もう一つの日本チームがバトルロイヤルを行う直前だった。その後であったら、竹崎は理事長室の席に戻って突っ伏していたので、言葉を交わすのにギリギリ間に合った。
◆
そのタイミングの前後。ところ変わってド田舎の中のド田舎。
「うーんうーん……猫ちゃんズが開幕9連敗……まさかそんなはずは……開幕どころかクライマックスシリーズもまだなのに……うーんうーん……単なる悪夢……正夢じゃない……」
昼食が終わって少しお昼休憩をしていた筈なのに、昨夜に見てしまった悪夢を思い出し唸っている男がいた。
「気分を変えて異能大会を観戦しようそうしよう! マイサンが解説してたら、洋子にも教えてあげないと!」
男は気分を変えるために、異能学園で開催されている大会をテレビで観戦する様で、リモコンの電源ボタンを押した。
「うん? うんんんん!? 副音声を担当していた学生達が、事情があって来れなくなった!?」
するとタイミングよくテロップが出ていたのだが、これは男にとって大問題も大問題だった。元々こういう催し物の観戦が好きな男だったが、今回は生徒同士の戦いとは全く別の目的で観戦していた。だが、その目的がなくなってしまったのだ。
その目的とは、なんと彼の息子が実況解説を担当していたため、その頑張りを聞きながら観戦するというものだ。
「ままままままままさか!? しゅしゅしゅしゅ出場してる!?」
そして一つの願望もあった。自分の息子が出たら応援行くのになー。という願望だ。そのため、単に学生の事情としか書かれていなかったのに、彼の頭の中でその事情がいきなり大会出場に結びついてしまったのだ。
『マイサン!? 聞こえますかマイサン!?』
即座に念話で息子に連絡を取ろうとする男。
『試合中は外部からの連絡と助力は禁じられてます』
『マイサンそれはつまり!?』
『試合中は外部からの連絡と助力は禁じられてます』
だが返事はあったものの、妙にテンプレート的なものであった。
『試合中は外部からの連絡と助力は禁じられてます』
『もしもしマイサン!? マイサアアアアアアアアンン!』
全く同じ言葉を最後にプツリと念話は途絶えてしまった。このタイミングで連絡先は、作戦行動の大詰めに入り無線封鎖を実行したのだ。こんなところでも徹底していた。
「な、なんとかして確認を取らないと!」
一大事だと悩む男。
「……そうだ!」
しばらく悩んでいると名案が浮かんだようで、弾かれた様に携帯電話を手に取る。
そして運よく、そして運悪く、その連絡先は携帯の電源を入れた直後だった。
「もしもし竹崎君!? 大会中でもの凄い忙しいところ本当に申し訳ないんだけど、こっちも超重要案件なんだ!」
連絡先の名は、異能学園学園長竹崎重吾。
そしてその通話元は
「洋子おおおおおお! 貴明が試合出場してて、午後にもう一試合あるってえええええ!」
竹崎と通話を終えた1柱が慌てて妻に声を掛ける。
「あら。それじゃあ応援に行きましょう」
「そうしようすぐ行こう! えーっと授業参観の時と同じように顔を変えて……!」
幸いであったのは、のほほんとする妻の声を聞きながら慌てている1柱に、顔を変えるという発想が浮かんだことだろう。これで参観に来ていた名家達は、心の平穏を保ったまま帰ることが出来た。
問題は。
「い、胃薬を……」
久しぶりに胃薬をがぶ飲みしている竹崎の胃だ。
しかしである。単に生徒の父母が応援に来るだけなのだ。
特に何の問題もなかった。
ないったならないのである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます