学園長の観戦と参観……………そして凝視
異能学園学園長 竹崎重吾
『竹崎学園長、彼らは一体何者ですか!?』
アメリカとクラスの急造チームの戦いが終わった後、大会執行部の国外の役員達から何度もこの質問をされている。
『何者と言われましてもな』
なんとか日常会話くらいはできるようになった英語で返答するが、あらゆる意味で明確な答えなど返せるはずがない。
まあ彼らの気持ちも分かる。あの"一人師団"の次男は、アトロポスという例外の落とし穴に落ちたが、先ほど見せた力はまさに国家を代表するに相応しいものだった。だからこそ、それを圧倒したうちの急造チームのメンバーは誰かと思うだろう。
しかし、霊力を扱えない北大路、壁しか生み出せない狭間、夢魔の如月、姉二人より劣ると言わた東郷は、実家から落ちこぼれとして思われ、木村は完全に手に負えないから爪弾きだ。
そして入学まで異能に関わっていなかった藤宮はアーサーを打ち破り優勝。佐伯もジャンヌダルクの妹と相打ち。彼らに分かりやすく説明できるのは橘だけかもしれん。その橘も能力は異端だが。
その上、貴明と小夜子とくればやはり明確に答えられる訳がない。小夜子の方は日本ではかなり有名だが知らないのは、恐怖が強すぎて知っている者の口が堅くなっていたのだろう。説明をできるといえばできるが……小学生のころには非鬼を霊力で捻じ切ってミンチにしていた……駄目だ言ったところで単なる質の悪い冗談にしかならん。ましてや全人類を呪殺できるであろう貴明となれば……。
『あのジェームズと拳を撃ちつけあった者は一体何者です!? 彼は東海岸校で最も優れた近接戦のスペシャリストなのですぞ!』
『あれほど早く、あれほど強固な超力壁を生み出した者は!? 我がロシアにもいない水準だ!』
『個人戦でも散々思いましたが、あの"雪"と"虹"はなんですか!?』
『最後の雷を放った者は誰ですか!? あんなもの、一人で生み出せる威力じゃない!』
注目はやはり北大路、狭間、藤宮、橘、如月か。佐伯はまだ常識的な範囲だし、東郷はもっと長時間でないと分かりにくいだろう。木村に至っては私でようやく気が付ける術の行使だ。それに小夜子は蹲って笑いを耐えているだけだったし、貴明はその隣にいただけだからな。
『たまたま同じ世代に集まった者達。そうとしか言いようがありませんな。それと能力のことについては、生徒のプライバシーなので言えません』
『それで納得しろと!?』
『はい』
この後で調べるだろうが、出てくる経歴と情報に大いに驚き欺瞞を疑うだろうな。問題は貴明だが、彼の父まで辿り着くのは不可能だ。滑稽そのものだが、貴明の父を当時はまだギリギリなんとかできると思っていた異の剣と源所長は、限られた名家の精鋭達による連合や私を呼び寄せたため、知っている者はそれなりにいるのだが、名家連合はその兆を超す目で覗き込まれただけで戦意を喪失し、私に至ってはよりにもよって体を割って中の目を覗いてしまった。それ以降、私はこのことを誰にも言っていないし、名家の者達も同じだろう。口に出しただけで呪われると心底恐れているのだ。
そもそもなんで私は、あの極限まで微細な瞳で形作られた人型に拳を叩き込んだのだ? 馬鹿かと。これも全部、私を呼んだ源所長のせいだ。まあ、同じように絶対に口には出していないが、源所長は源所長でもっと恐ろしい目にあったようだが……。
とにかくまあ、大丈夫ではあるが出来れば目立つことをしてほしくない貴明だが、まさか教師として大会に出るなとはそれこそ口に出せない。できれば平穏に終わってほしいが……無理だな。貴明とは関係なしにあの急造チームが強すぎる。
私と猿の全力戦闘に割り込めるだろう北大路は、東郷のほぼ無限強化でその隙はなく、その東郷は出が早くしかも非常に強固な狭間の壁と、殆ど無敵な藤宮の四力結界で守られ、常に佐伯が好き放題に力を込めた火の魔法を放ち相手を削り、木村が兎に角相手の足を引っ張って、最後は橘が敵の壁と異能を剥ぎ取り、無防備なところを如月の超火力で薙ぎ払う。あまりにも完成されすぎている。
花弁の壁もゾンビーズも元からチームが完成されていたのに、この二つが合わさった結果とんでもないチームが生み出されてしまった。しかも万が一それを突破できる者がいても、それができるということは、そのまま小夜子の興味を引いてしまうということだ。恐らく、狭間と藤宮の壁を抜いた時点で、そいつの前には小夜子が笑いながら立っていることだろう。
もしあのチームとやるならカバラの聖人か逆カバラのレベルが必要だが、それすると小夜子が暴れまわるだろうし、なにより貴明が動くだろう。そう、普段は活動的な貴明だが、この真正面からの戦いなら恐らく腰が最も重い。学生レベルなら猶更だろう。多分だが、相手が反則をしなければ自分からどうこうしようとはしない筈。
だが……
「学園長、そろそろバトルロイヤルが」
「そうか」
新米教師だがよくやってくれている田中健介が声を掛けてきた。
バトルロイヤルなら話は違うだろう。
◆
◆
見事。見事だ貴明。
『なぜこんな突飛な遭遇戦が!?』
『索敵はしていたはずだ!』
ルーキーのバトルロイヤルは非公開だが、ルール違反がないかのチェックをするため、執行部に割り当てられた部屋には、監視用のモニターが設置されていた。そのモニターの前で役員達が惨状を目にしている。
「……」
隣にいる田中もまた困惑しているが、それでも私に聞いてくることはない。
『竹崎学園長、何が起こっているんですか!?』
『さて……』
代わりと言うか40歳を超える役員が聞いてくるが、若い田中の方がよほど分かっている。自分の生徒の戦術思想をぺらぺら話す教師がどこにいる。
だがまあ、彼らの目には索敵をしていたはずの、ノルウェー、バチカン、アイルランドが突発的に遭遇戦に入っただけにしか見えないだろう。しかし、そこには貴明の恐るべき下準備と策があった。
この遭遇戦が起こる前まで貴明は、あちこちに顔を向けているだけにしか見えなくとも、その実、視線と歩くだけで完璧に相手をコントロールしていたのだ。しかも、相手が日本だけでなく余所のチームの位置を確認しようとすると、はっきりと目を合わせて視線を自分に釘付けにし、それをさせなかった。
そしてこの状況、貴明の戦術思想は明らかだ。最小限の労力で最大限の成果、つまり勝利を手にすることだ。そうすることによって、バトルロイヤルにおける戦いの方法を相手に渡さず、しかも十分な余力を持って次に挑むことが出来る。
『日本チームはどこへ!?』
『さて……』
また聞かれたが首を傾げるふりをする。
三つ巴の戦いが始まった直後から、日本チームがモニターから映らなくなった。木村の権能の可能性もあるが……貴明が先導して監視用の符に映らない場所を選んで進んでいる可能性が高いな。ということは、もうこのモニター室からでも見られたくない、仕留めにかかる配置につくためだろう。万が一だが、このモニター室から情報が洩れている可能性も織り込み済みか。そして必要な時に姿を敢えて見せ、そして姿を全く見せない。やはり見事としか言いようがない。そこにあってそこにいないのに、間違いなく戦場を支配している。
『があっ!?』
『なあっ!?』
『し、しまった!?』
『だ、誰か!?』
戦場は酷い混乱だ。統制が取れず突出してしまい叩かれる者、味方への誤射、孤立して倒れる者。
『右から来てるよ気を付けて!』
『おう!』
『魔法使いが魔力を溜めてる! 止めないと!』
『任せろ!』
『統制が取れ始めましたな』
『ああ』
『これはこれで、どうなるか分からなくなった』
モニターを見ている役員達が戦況を見ている。確かに統制が取れて拮抗しているように、見えるだけだ。あれは傷口を広げ出血死させようとしているに等しい。
『【ミカエルの力よ】!』
『やっぱりミカエルの使い手を止めないと! 共闘じゃなく不干渉でいいから、先にバチカンに当たろう!』
『仕方ないかっ!』
『一時休戦だ!』
『なに!?』
現に突出した戦力を持つバチカンに対抗するため、ノルウェーとアイルランドが組み、また均衡が
モニター越しに聞こえる聞きやすい声は一々的確で、素晴らしい状況判断力を持っているのだろう。その声の持ち主はどこにも映っていないが。
そして……
『はあっ!? はあっ!? 誰か!? 誰かいないか!?』
『ミカエルの使い手が勝ったか……』
『凄まじい力量だったな』
『やはり個人戦では優勝者と戦って敗れただけか』
ミカエルの使い手が一人残り、その力量に役員達が感心していた。確かに藤宮とさえ当たらなければと思うが、いくら激戦が発生して最も目立っていなかったとはいえ、その藤宮が所属しているチームのことを忘れてはな。
『ごぼっ!?』
『なにが!?』
『そうだ日本チームが!?』
『おいしいところを!』
その使い手が一瞬で吹き飛び、後には別人が、北大路が佇む。これは3チームの戦いではなく4チームの戦いなのだ。
しかし、おいしいところ、ではない。いや、おいしく料理されたのは間違いないか。確かに一見では3チームに不意の遭遇戦が起こり、そこに到着した日本チームが勝ったように見えるだろう。だがその実、そうなるように仕向けられていたのだ。相手を疲労困憊にさせて孤立し、後はそれを飲み込むだけで終わるように。
現に試合終了と同時に、貴明の後ろ姿が画面に映った。
『……』
うん? 一瞬音声が途切れた?
『いやあ、まさか相手の3チームが殆ど共倒れしてたとかラッキーだったね!』
思わず笑いそうになってしまった。誓ってもいいが欺瞞工作だ。この大会のルーキー部門は貴明が何らかの手段で、機械の録画をできなくしているようだが、それを上回ってくる相手、もしくはここにいる役員達が、単なる偶然だったと誤認するように仕掛けている。変わらず後ろ姿しか見えないが、実際そう言ったのか、それか監視用の符にどうやってか介入して声だけ送っているのだろう。そこに英語を使うようなわざとらしさもない。
しかし、これほど念を入れているなら、今度の情報の時間で教材に使いたかったが許可は出ないか? とぼけて何のことかと問い返されるな。いや、案外、率直に授業のためだと言えば……聞くだけ聞いてみるか。録画ができたらもっとよかったのだが。
とにかく、貴明の独壇場だったな。これであのチームはほとんど疲労もなく、バトルロイヤルではどう戦うかの情報を全く渡さなかった。もし貴明が例の進路、教員の話に乗り気なら、新入生に戦いの厳しさを教えてもらおう。今度の進路調査でもう一度その話をしなければ。この前の……そう……この前の……三者……面談……では軽く言っただけだしな……。
……いかん。モニターの前は外部からの接触を断つ必要があるため、携帯の電源を切ったままだった。入れなおさな
pipipipipipipi
できるだけ急いで、だが何でもないようにモニター室から出る。
指が震えるが何とか通話ボタンを……。
『もしもし竹崎君!? 大会中でもの凄い忙しいところ本当に申し訳ないんだけど、こっちも超重要案件なんだ!』
『集団戦でも学生解説楽しみにしてたのに、担当していた生徒達が事情で出れなくなったってテロップ出て!』
『直接連絡取ろうとしたら、試合中は外部からの連絡と助力は禁じられてますとしか返事がないんだ!』
『ひょっとしてひょっとするとなんだけど!』
い、意識が遠のきそうだ……。
『マイサンが試合に出てる!?』
目の前が暗い…。
◆
◆
◆
◆
◆
◆
■■年前。
唯一名もなき神の一柱
うーん。宿泊先の一番大きな部屋、というかなんかの屋内運動場みたいな場所に行ってくれと指示されて入ったら、100人くらいの強力な術者が待ち構えていた。どう考えても歓迎会な雰囲気だ。
んな訳ないか。どうしよう。明らかに俺をぶっ殺すための構えだよ。俺、悪い大邪神じゃないのに。むしろ善な大邪神なのに。酷いや研究所の皆さん。確かに善、無垢が関わらないことと、洋子の年齢に応じた教育を対価に、俺に関しては何してもいいよと言ったけど、遠慮なしにぶっ殺しに掛かるなんて。ぐすんぐすん。
「……これが大邪神?」
その中の筆頭的な立場にいるのか、先頭にいる桔梗の家紋が入った和服を着ている男が、戸惑った顔で俺を見てくる。一体俺のこと、どんな風に伝えたんですかねえ源さん達? って言うかよく見たら、皆さんそれぞれ家紋が違うな。なになに? 言うならば名家連合とかそんな感じ? 連合軍vs俺なの? 多勢に無勢じゃね? 同期呼んでいい? それでも俺合わせて5人だわ。100vs5とか話になんねえ。
「へい! あっし大邪神の名無しの権兵衛です!」
「……」
やべえよやべえよ……ちゃんと自己紹介したのに滑っちゃったよ……すっげえ白けた目で見られてるよ……。
『……それではテストを開始する』
室内放送機から、源さんの上司である異能研究所所長の声が聞こえてきた。なんというか、俺をぶっ殺す算段を実行するときはいつも通りテスト呼びだ。テストで殺されそうになるとはこれいかに。
「……」
でも向こうも戸惑ってますよ。まあ、俺ってごく普通のナイスガイだから、いきなり殺しにかかるのはどうかと思ってるんだろうな。なんて優しいんだ。でも俺って、このテストに参加して衣食住を保証してもらってるから、やることはやらないといけないんだよね。
『テストを早く始めてくれ』
なんか一刻でも早く俺を消してくれという感情バリバリの所長の声。あとで源さんに慰めて貰おう。お宅の上司過激すぎるでしょ。
しゃあない。ここは俺から動くとするとしよう。
「じゃあやりやすいように変身しますね!」
「え?」
『え?』
『え?』
名家連合と所長、その所長の声に混じって源さんの声も聞こえた。
「前言ってた大邪神形態ってやつですよ! そのうち見せるって言ってたでしょ?」
俺が分かりやすい形になれば、向こうさんもやる気になるだろう。という訳で変身だ。と言っても正確には大邪神形態という言葉は存在しないが。
『ちょ!?』
慌てた声がスピーカー越しに聞こえてくるが、始まらないなら仕方ないでしょうが。
という訳で変身するか。あの形になるのも久々だ。
我こそ"復讐神"、"へばり付く泥"、"狂期"、"仇討"、"怨には怨を"。異名に忌み名は数あれど、唯一名も無き神の1柱。
異なる世界に再誕した原初神にして友は"火"、"時間"、"無"、"宙"。
そして我が真なる
原初神の手前だ。
『変身【始原神形態】』
「あ」
人としての体が崩れ泥となる。黒い泥となる。暗い泥となる。黒となる泥となる黒黒黒黒泥泥泥泥黒黒黒黒。
人型の泥。その黒は全て瞳、眼。
人型に収まる兆を超える極小の目。
それが全て動く。
認識。
一定以上の知的生命体。56億7389万3627人。
全人類を補足。
「ひいいいいいい!?」
ドシャリ
「え?」
あっいけね。
たまらず攻撃してきた男がいたが、その男はそこそこ恨まれてたせいで自動防御が反応して。
「ど、泥?」
黒い泥に成って崩れ落ちた。
『すいません今元に戻しますんで! いやほんとすいません! 悪意とか殺意を持って攻撃した奴を、泥に変えちゃうもんでして!』
普段なら恨まれてるような奴は、そのまま泥に成ってろと言うところだが、今のは完全に俺のミスでこうなったのだ。元に戻す必要がある。
『大丈夫ですか!?』
「ひっ!? ひいいいいいいいいいいいいいいい!?」
泥から人に戻して謝ったのに、すっごい悲鳴を上げて逃げられた。まあそんなことしても後できっちり呪うんだけど。
まあそれはそれとして。
『さあ皆さんどうぞ攻撃してください! 今なら泥になりませんので!』
続きを始めるために、体にひしめく兆を超える瞳で彼らを歓迎するようじっと見つめた。
『あれ?』
そしたら逃げられた。解せん。どうすんだよ。そういや次の相手は名前だけ聞いてるな。
えーっと、竹崎重吾だっけ?
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