幕間 クライマックスに向けて
「師匠、調子はどうですか?」
「ふんっ。最悪以外なにがある」
今代アーサーが訪れていたのはイギリスで最も権威ある大病院の一室で、その中にいる腕を組みながら鼻を鳴らして不貞腐れている老人こそ、世界に名高い先代アーサーであった。
「大袈裟も大袈裟なのだ。その日の内に帰れたというのに入院だと?」
「歳も歳ですからねえ」
「やかましい!」
柔和なアーサーがここぞとばかり自分の師を揶揄い、それに対して先代は怒鳴り返した。
そう、先代はなぜか蘇った自分の師匠である先々代にボコられて以来、入院させられていたのだ。というのも、治療のために病院に向かったはいいものの、まさか先々代に苛められたとはあらゆる意味で言えなかった先代は、仕方なく自分の負ったケガの原因は、世鬼の訓練符とカバラの聖人の戦いを見て血が沸き立ち、歳を考えず鍛えなおそうとしたからだと説明して、本人的にはその日の内に帰れると思っていたのだが、医者や政府関係者は歳を考えずボケた疑惑のある先代を慌てて引き留め、先代は精密検査と経過観察をされる羽目となり、今まで入院させられていたのだ。
「奥義を見せるから死ぬなよとか普通言うか!? しかも見せるんじゃなくて仕掛けて来やがって! 後は満足して逝きやがったし!」
「10年以上前に言われたことがありますね。ベッドにいる誰かさんから」
「知らんな」
イギリス紳士の心温まる師弟愛はどうやら受け継がれているものらしい。
「それで何の用だ?」
「まあ半分は本当に調子の確認です」
「ふんっ」
本題はと急かすせっかちな先代だが、今代が訪れた半分の理由は、それこそ歳も歳だから先代が自分の師との再会で燃え尽きているのではないかと心配しての様子見も含まれていた。尤もその先代は儂は軟弱者かと鼻を鳴らしながらも、弟子が心配して来てくれて嬉しく思っていたが、そんな姿など微塵も見せなかった。
「残りの半分は、アーサー君がベストエイトまで進んだ報告です」
「そんな当然のことをいちいち、と言いたいところだが……アトロポス、どうにかなりそうか?」
「それがどうも、人差し指と中指をほんの少し合わせるだけで権能が発動するらしくて……」
「これだから権能使いは!」
自分の孫弟子がベストエイトまで出場するのは当然、とは先代をして言えない原因が、大会最大のダークホースであるアトロポスだ。当然速攻を掛けるしかないと挑んだ全ての選手が、ちょっとだけ指を合わせる動作で即死してしまい、選手として出場しているアーサーですら、何度シミュレーションしても間に合わない可能性が高いと悩みに悩んでいた。
「うちはどうしている?」
「様子見ですがロシアがなりふり構わず引き抜こうとしています」
「ふん。一人師団の次男を打ち倒していたか。アメリカを倒せればなんだっていいのは変わらんな」
「実感がこもってますねえ」
「当たり前だ! 冷戦期、アメリカとロシアの秘密部隊同士の殺し合いに何度巻き込まれたか! それでロシアはどうやってだ?」
「あれです。ギリシャ語の話せるイケメンです」
常人が聞けば危険すぎる能力を持っているかのように思えるアトロポスだが、世界を探せば更に人を纏めて殺すことに特化している異能者がちらほらいるし、なんなら彼らアーサーも似た様なものだ。そのため危険視はされても、なにがなんでも排除という考えは今のところ出ていなかった。
なおそのちらほらいる連中の更に上、極一部の上澄みにしてあまりにも人を殺すことに特化しすぎている者達はこう呼ばれている。呪術師と。
「未来と現在を潜り抜けてハニートラップ? ロシアはアメリカが絡むといっつも視野狭窄だな」
「ええ」
先代がロシアの引き抜き工作を鼻で笑う。男と女の違いはあれど東側のお家芸でもあるハニートラップだが、問題はアトロポスの姉二人が、未来と現在を司っていることだろう。そんなものを潜り抜けるなど、やる前から失敗は分かり切っていた。
「それにどうも、3人そろって1人の日本人男子生徒と交際し始めた様ですね。大会中は常に四人で行動していると情報が送られてきてます」
「情報部が何かしようとしても絶対に止めろ。いいな」
「はい」
先代の強い言葉に今代が頷く。女3人と男1人が交際している時点で、その男がチャラいと評する以外ないが、問題なのはその女3人が運命の三女神そのものの様な女で、それと同時に交際している相手が異能社会にとって鬼門ともいえる様な日本の男なのだ。下手をすれば藪から蛇どころではない事態になることを先代も今代も恐れていた。
「詳しい情報は?」
「日本の名家出身のようですが、どうも爪弾きにされているようであまり集まりませんでした」
「なら猶更介入しようとするな。爪弾きやら落ちこぼれの評判は、手に負えないの裏返しに成り得る。これが単なる手に負えないならまだいい。蓋を開けてみれば、いや、そもそも蓋すらできない、どうしようもない奴かもしれん。少なくとも、運命の三女神と同時に付き合うなど並大抵ではないのは間違いないのだ」
「はい」
異能社会特異点日本は、よくパンドラの箱に例えられる。恐るべき災厄にして最厄が詰め込まれていると。
まさにその男もパンドラの箱であった。中身が女神であるなら猶更だ。霊的到達者の中身と引き出しを見るなど絶対にやってはいけない。
「そもそも日本と関わりたくない。世鬼の訓練札を見に行って確信した。あそこは魔窟だ」
先代が危機意識と修羅場を潜り抜けた経験から導き出した答えは正解だろう。
元々非鬼や特鬼が出やすい環境だったのに、大邪神、蛇、蜘蛛、猿がいるのだ。
その上学園の教員には、かつての全盛期を超え世界最強の一角と言うに相応しい竹崎重吾、生徒も肉体的到達者とその隣にいる天使、それに話に上がっていた霊的到達者がいて、挙句の果てに宙の力を持つ狐に、好き勝手している大邪神の息子がいると来た。
まさにパンドラの箱。触れてはいけない深淵であった。
ではその中身は今現在どうしているか。
◆
◆
「あああああああ! アーちゃんに栞ちゃんのこと言いたいけど、言ったら栞ちゃんに不義理だああ! ワイはどうしたらああああ!」
「分かる。分かるよ木村君。立場で板挟みになるよね。俺も学生運営委員長だから……」
自分の彼女であるアトロポスとクラスメイトの橘栞が戦うこととなり、板挟みになっている霊的到達者、木村太一と、そんな彼にポンと手を置いている邪神、四葉貴明の姿があった!
「決めたで! 何もしない! どっちにも肩入れしない! 信じる!」
「そうだね木村君! 信じよう!」
どうやら結論が出た様で、ある意味で番外戦術最強の二人は何もしないようだ。
「アーちゃんが勝つことを!」
「そこはクラスメイトの橘お姉様を信じるところじゃないですかねえ?」
「はっはっはっは」
「あっはっはっは」
「彼女を信じんでどうすんや!」
「っつうか霊的到達者が信じたら、それだけで直接支援してるようなもんじゃん!」
こうして危うく霊的到達者と邪神による戦いが始まりかけたがなんとか収まり、大会はクライマックスに向かっていくことになる。
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