準々決勝1 歌炎

「……」


「……」


「……」


「どうも誰かを殺してきたみたいね」


「あわわわわ……」


 ついに大会は準々決勝。クライマックスに向けて盛り上がっているが、我がチームの皆も盛り上がっているようで、目血走ってついさっきその辺の奴をぶっ殺したかのような雰囲気を醸し出している。はっきり言って怖い。


「っし」


「ふう……」


「お姉様……」


「まああの2人は特によね」


 気合いを入れている佐伯お姉様と、ゆっくり息を吐く橘お姉様は相手が相手だ。なにせ佐伯お姉様はジャンヌダルクの妹と、橘お姉様は今大会最大のダークホースであるアトロポスと戦うのだ。そりゃ気合も入るというもの。だが橘お姉様の方は多分……いや、どうなる?


「ラケシスちゃん、アーちゃん………!」


「ぷぷ」


 それともう一人目が血走ってるやつがいる。チャラ男だ。アトロポスと橘お姉様が戦うことで板挟みとなっているうえに、ラケシスの相手はなんと


「アーサーめ……! ワイが闇討ちを……!」


 そう、ただでさえ未来を司る長女クロトーがアーサーに敗れているのに、次女のラケシスの相手はまたしてもアーサーなのだ。注意しておかないと本当に乱入しかねない。


「……」


 少しマッスルに視線を向けると、向こうも同じことを危惧していたらしく、ちらりとチャラ男を見ながら頷きが帰ってきた。普段はあれだが頼りになる奴だ。普段はあれだが。そう、普段はあれだが。


 む、ゴリラがやって来たな。


「諸君お早う」


 お早うございます学園長。クラスからベストエイトが3人も出たっていうのに相変わらずですね。


「難しいことは言わん。やれることをやりなさい。以上だ」


 流石ですね学園長。激励が一言だけとは。チームの皆も言うと思ったって顔しながら、ちょっとリラックスできたようだ。


「ああ、それと初見殺しを使ったなら、新しいのを作る様に。今度こそ以上だ」


 流石ですね学園長。もうクラスの皆も慣れて、やっぱり言うと思ったって顔してますよ。


「いよっし! 貴明マネよろしく!」


「はい! とりゃ!」


「ごべっ!? しゃあっ! やってやんよ!」


「頑張ってね皆!」


「ええ」


「任せろ」


 教室を出て控室に向かう我がチームメンバーだが、そこに怯えや不安などこれっぽっちもなく、ただただ闘志が溢れている!


 いやあやっぱり凄いなあ! やるべきことを見定めたらそこに! あっはっはっは!


「あの……貴明君……」


「はっ!? ごめんなさい東郷さん!」


 テンション上がって体を左右に振ってたら、教室を出ようとしていた東郷さんの邪魔をしてしまった! 俺っち反省。


「それじゃあ行きましょか」


「はいお姉様!」


 反省終了! これから応援に行くぞ!


 ◆


『■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!!!!!』


 うるせえええええええええええ! 会場に行くと、君側の奸こと佐伯お姉様親衛隊、またの名をプラエトリアニ共が、最早人類では聞き取れない声で騒ぎに騒いでいた! マジで何言ってるかさっぱり分かんねえ!


 こうなりゃまた落ち着く沈静化の呪いだ! くらえ! よし完全に決まっ!?


『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!!!!!』


 更にうるせえええええええええええええええ! そんな馬鹿な! 全人類を呪える俺の呪いが聞かない!? 一体人間とは!? 人類とは!? これが可能性なのか!?


『静かにしてくれ!』『落ち着け!』『頼むから静かにしてくれ!』


 ってなんか、外国の人もプラエトリアニ共を身振り手振りで落ち着かせようとしているな。はっ!? 分かったぞ! 次の試合に出るジャンヌダルクの妹、面倒だからジャンヌでいいか。ともかくジャンヌの集中力を乱されたくないフランスの人間だな!? うーん、運営委員長として手を貸すかは微妙だな……大会に観客がいるのは当然だから歓声もあって当然。それで集中力を乱してもなあ。これが聞くに堪えない罵声なら黙ってもらうが、ギリギリ判別できる声は佐伯お姉様を応援しているだけだ。なら様子見だな。


『選手入場』


 おっと、プラエトリアム共はほっといて佐伯お姉様を応援せねば!


「佐伯お姉様がん」


『■!』


 ぐえええええええええええ!? なんか一周回って一言に収まった衝撃波が鼓膜を揺らした! もう音じゃねえ音波兵器だ! 連中の前であたふたしてた外国人なんて耳を押さえて蹲っている!


 だが佐伯お姉様は平然としている! 流石です! まあ慣れているだけかもしれないが……何せ毎試合これだ……一方、ジャンヌは声援にびっくらこいてちらちらプラエトリアニ共を見ているな。ふ、これで集中力を乱すようでは……なんかそんな感じじゃないぞ?


 そういやジャンヌってどう戦うんだ? 聖人が戦っているところなんて成人指定ものだから見に行ってないんだよな。っていうか今もできれば見たくない。まあ頑張って見て見るか。オロロロロ! セミロングの輝く金髪と白い肌に、青い瞳のそりゃまあ美人さんだが、それを全部台無しにしてしまうほど神聖な気を放ってやがる! ちょっと具合が悪くなってきた。


 だがまあ、何をしようが空を飛ぶ佐伯お姉様の敵ではない。勝ったなガハハ!


『試合開始!』


「【ボルケーノ!】」


 さあ早速、佐伯お姉様が空を、飛ばない!? 初手で溶岩を放射した!? なぜ!? 俺と違って佐伯お姉様はジャンヌの試合を見ているはず。そこから導き出した結論は、速攻を掛ける必要があるのか、もしくは空を飛んでも意味がないのか!?


『LAAAAAAAAAAAAAAAA』


 ぎゃあああああああ! ジャンヌの戦い方まさかの!


「あら、歌なのね。讃美歌?」


 お姉様の言う通り讃美歌だあああああ! オロロロロロロロロロロロ!


「あなた、大丈夫?」


「だだだだだ大丈夫ですお姉様!」


『LAAAAAAAAA』


 ゲロロロロロロロロロ!


 会場全体にジャンヌの美しい、まさに天の声と呼ぶに相応しい声が響き渡り、あのプラエトリアニ共ですら聞き入っているが、唯一俺はそれどころじゃねえ! 必死に耳を押さえるが、神を讃える神聖な歌は俺にとって、黒板を引っ掻く音と発泡スチロールをこすり合わせる音を同時に聞かされるようなもんだ! 鳥肌が立って吐き気がしてきた! 頭痛もだ!


「ぐうううう……!」


 いや、佐伯お姉様は俺以上にどれどころではない! ジャンヌから発せられた音は光り輝く層となり、決闘場に何度も放出されて広がる! その層は佐伯お姉様のボルケーノとぶち当たっても壊れず、寧ろ歌声が続けば続くほど強力になり、徐々に溶岩の奔流を押し返し始めた!


「だから飛ばずに速攻で決めたかったみたいね」


 プラエトリアニ共を黙らせようとした一団の目的は、ジャンヌの歌声が邪魔されないようにしたかったからか! そして佐伯お姉様が空を飛ばなかったのも、その歌声が聞こえる以上空にいても無駄だからで、速攻を仕掛けたのもこれを恐れていたのか!


「勝ち残るわけね。誰も近づけないし、何も通さない」


「佐伯お姉様あああ!」


 ただ歌を歌っているだけ! それなのに光の層が輝いて広がり敵を追い詰め、しかもその強度は火力最強と言われる魔法使いの正面火力を受けてびくともしていない! そしてあれだけ高密度な霊力と浄力の層に当たると、とんでもないダメージを受けることだろう! まさに攻防一体!


「ぐぎぎぎっ……!」


 佐伯お姉様は歯を食いしばりながら最大出力でボルケーノを放っているのに、歌の層はそんなものを気にせず広がりもう場外ギリギリだ!


「【フレアボム】!」


「あら考えたわね」


「これなら!」


 佐伯お姉様が自分の周りに大きな爆発を起こす! これは攻撃ではない! 爆発音を起こしてジャンヌの歌を相殺するつもりだ! 関係者がプラエトリアニ共を黙らせようとしたことを考えると!?


『LAAAAAAAAA!』


「くっそ!」


 だめだ効果がない! あれは単に念を入れただけだったか! ジャンヌの出力が高すぎて、爆発音程度では妨害にもならなかった!


『LAAAAAAAAAAAAAAA!』


 しかもどんどんジャンヌの力が強まっていく! いや、単に強まっていくというよりトランス状態に……あれは……。


『ふん。凡才が天に愛された者に敵うものか。アーサー、アトロポス、虹を下して証明せねばならん。場違い者は疾く去れ。不相応である』


 こ、こ、この腐れ堕天使があああああああアアアアアアアアアアアアアアaaaaaaaaaa! 外部からやって来て、あ、挙句の果てにてめえ! 【人類人話具現具象】! 第一条! 我らの主なる主が言われた! くい


 ブチッッッ


 うん? 何の音だ?


「キレちゃったわね。高次元の存在の声だから、私たちにしか聞こえてないと思ったけど、飛鳥にも聞こえてたみたい」


「え?」


 お姉様の視線の先には、ピンチの佐伯お姉様だがなんか様子が……肩が震えてる?


「言われんでも、んなこたぁ分かっとるわあああああ! 【イグニッションンンンンンンンンンンンンンンンン】!」


 佐伯お姉様の髪の毛は赤色のメッシュがあるが、それが黒いショートカットの髪全体に広がり深紅となった。いや、それだけではない。全身が赤く、紅く、そして朱く燃え上がっている。


『LAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』


 それを脅威と見たジャンヌの歌声が更に大きく強くなる。


「どっせええええええい!」


『なんだと!?』


 強まった層を魔法使いの筈の飛鳥お姉様が、横一直線に飛翔してぶち破り、外部にいる猪口才な天使が驚く。


『LAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』


「【ちか飛鳥とぶとり】!」


 ジャンヌの歌声、絶叫と、火の鳥と化して飛ぶ佐伯お姉様が衝突する。


 バギン


 炎の鳥は音の壁を耳障りな音と共にその嘴で食い破り、そして


『そんな馬鹿な!?』


 ジャンヌと背後にいた天使ごと纏めて場外に叩き出した。


『勝負!?』


 だが……完全な決着とはいかなかった……。


「きゅう……」


 場外にいたのは佐伯お姉様もだ。地面に伏せて気を失っているようだ。


「自爆技だものね」


「はい……」


 あの【イグニッション】は、藤宮君の【死力】なんて目じゃないほどの自爆技なのだ。なにせ死力を使った藤宮君は途方もない疲労感に襲われてもそれだけ。だがイグニッションは、生命や寿命を削りこそしないが、それ以外ほぼ全部を燃料とするような技で、訓練用の結界の中でなければそう易々と使える様なものではない。


『引き、分け?』


 大会関係者が困惑している。完全に勝負ありと判定される前に両者が場外にいるのだ。あの腐れ堕天使も直接加入した訳でない。なら……


『判定は引き分け!』


 その判定は……致し方ない。白黒つける権能を持つ邪神としての俺は残念な気持ちがある。だが。


 パチパチパチパチパチ!


 人間としての俺、そして両方を合わせた四葉貴明は、佐伯お姉様とジャンヌの試合に心からの拍手と賞賛、そして敬意を覚える。憧れも。


 やっぱり凄いなあ。


 あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!


「次はラケシスとアーサーの試合ね」


 あああああああああああああああああああああああ!


 どっちが勝とうがやばい怪獣決戦だ! 姉のクロトーはアーサーに速攻を掛けられて一撃でやられたが、"現在"を操るラケシスはそうならない可能性が高い! しかもこの試合が引き分けに終わったから、勝者のどちらかがそのまま決勝まで上がるときた!


 一体どうなってしまうんだあああああ!

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