黄金世代3
『試合開始』
『【アレスよ】!』
あれだけ神様にお願いしたのに、短い赤の髪とこれまたさらに赤い深紅の槍を構えた男、マーズの子弟が藤宮君に真っすぐ突撃する。試合が開始する前は貧乏くさかったくせに、戦いが始まると途端に戦士の顔になりやがって!
「【四力結界】」
だがしかーし! いくらメンタル100でもスピードはそれほどでもなかったな! 藤宮君の四力結界が発動した以上勝利は間違いない! 勝ったなガハハ!
『っ!』
だがちょっと危なかった。四力結界は発動したが、マーズは攻勢の四力砲が発射される前に、その虹色に輝くドーム状の結界へ深紅の槍を突き立てたのだ。
「向こうが速攻で決めきれないなら、当分終わらなくなったわね」
「藤宮君頑張れえええ!」
勝った。勝った筈だ。見たところ霊力しか使えないマーズの槍は、コンクリートにヒビすら発生させずにくり貫けそうだが、基礎四系統をほぼ完全にシャットアウトできる四力結界の前に無力の筈。筈なのだ。
しかし、お姉様が古今東西の刀剣集を取り出しながら呟いたように、決着は恐らくずっと先。ここからとんでもない泥仕合になる!
「【四力砲】」
『しっ!』
虹色のドームから、同じく虹色の弾丸が発射される。純粋な超力ではないが、その力を含んでいる弾は十分な速度を持っているのに、マーズはひらりと避けると再び結界に槍を突き刺す。
「【四力連射砲】」
続いて回転率を上げた小口径のマシンガン。一発の威力は低いが、足を止めることが目的だろう。
『んっ!』
それをマーズは短く息を吐きながら、藤宮君を中心として時計回りに動いて躱す。ついでに四力結界を槍で小突いて、どこか破れそうな場所を探しているな。だがやはり、動き自体はアーサーのような出鱈目なものではなく、接近戦が得意な者の中ではかなり早い程度の常識的なものに収まっている。
大丈夫、大丈夫だ。これならまず問題ない。いや問題がある。制限時間だ。あくまで妖異との戦いが念頭にある異能者達が行う大会だから、実戦における異能者の攻勢限界である30分に設定されているが、この異能学園で行われる試合は時間切れによる判定がなく両者失格になるのだ。
これもまた実戦に即しており、ゴリラに言わせたら妖異との戦いで30分を過ぎたらこちらが死んでいる。実戦に判定はない。死んでたら次に出れる訳ないから両方失格。それ以上戦える者もいるけど、そしたら今度は妖異は逃げ出すことを選択して、民間人に被害が出るからやっぱり失格。ということになったのだ。シビアすぎるが、各国のベテランは殆ど似た様な考えを持っており、特にこのルールは問題となっていなかった。まあ、チャラ男はどうにかして体感一年の泥沼に引きずり込んだみたいだが、そんなのは例外中の例外だ。
とにかくここで問題となるのが……。
「決めきれないならどこかで冒険する必要があるわね」
「はい……!」
刀剣集を見ながら時折決闘場の様子を見ているお姉様の言う通り、両者失格となるのを避けるなら、どこかで藤宮君がリスクを冒して防御ではなく攻撃に意識を剥ける必要がある。
だが前提が違うかもしれない……。
「でもそこまで藤宮君の方が持つかしら?」
「ふ、ふ、藤宮君頑張れえええええ!」
果たして藤宮君が30分の間、結界を維持できるのか? 狭間君との千日手や他のクラスメイトから常に攻撃を受けて防いだ経験はある。だが、あの決闘場は普段の授業ではなく、大勢の生徒や教員、果ては他国の者達が、非常に珍しい虹の力を見に、または攻略するためにじっと見ているのだ。超一流のサッカー選手でもペナルティーキックは外すし、プロのデジタルカードゲーマーでも打点の計算を間違うことを考えると、プレッシャーからのミスは誰もが起こす。なのに相手は実質それがないメンタル100ときた……! 俺はもう必死に応援することしかできない!
◆
◆
◆
光景自体はずっと変わらない。四力による攻撃をマーズが避けて、延々と槍で結界を小突いているだけだ。
だが……!
「ちょっとよくないわね」
お姉様が刀剣集を閉じて決闘場を見ている。
「【四力砲】!」
ダメだ恐れていたことが起こった! 今20分ほどが経過したがそもそも30分持たない!藤宮君は声を出すことをキーとして異能を発動しているが、普段は淡々と呟くだけなのに、今は自分を叱咤するように大声を出している! 顔だってよく見たら汗がにじみ、歯を食いしばった形相だ!
『おお!』
なのにマーズは運動量が落ちない! いや、向こうは向こうで汗を滝のように流しているが、それでも疲れや衰えと無縁! しかも、20分間ずっと藤宮君の四力結界に槍を当て四力砲を躱しているのは、ただ穴を掘っているだけの様な徒労のはずなのに、諦めや精神的な疲労は全くない!
や、ヤバい!?
「今ちょっと揺らいだわね」
藤宮君の集中力が落ちて、基礎四系統の完全一致に乱れが生じ、虹色に輝いていた四力結界が一瞬だけ七色ではなく、大部分が赤や青などの単色になった!
『はあ!』
やばあああああい四力が維持できていない!マーズが腰の入った突きを放つ! そりゃ結界が綻んで決め時と思うよな!
パリン
薄いガラスが割れたかのような力ない音が響いた。頼りなさすぎる音だ。今まで無敵と思わせた……絶対の結界が破れた音としてはあまりにも……!
『ぜああ!』
くすんだ白のガラス片となった四力結界の残滓に構わず、マーズが決着をつけるため踏み込んだ! しかしどうしてそこで油断も気の弛みもないんだ! 20分以上手も足も出なかった結界が壊れたなら、達成感や満足感の一つはあるはずだろ! これだからメンタル100は!
ってそんな場合じゃない!
「藤宮くーん!」
もう目とマーズは藤宮君の目と鼻の先! だが諦めていないのは彼も同じだ! その目の輝きは全く失われていない!
「【
「あれは!」
「あら、使っちゃった」
つ、使うんだね藤宮君!
『ぐっ!』
マーズの槍が藤宮君の体を薄っすら包む虹色の光に防がれた。だが四力結界を身に纏ったのではない。あれは単なる副産物、そして前兆!
あの死力解放は四力を無理矢理捻出して、余力も何もかもを根こそぎ使う……!
「【
『がっ!?』
……藤宮君を起爆点として光り輝く虹が決闘場を覆いつくし、それにマーズが巻き込まれた。
あれは自分の力を全て込めて力尽きる代わりに、一切合切を虹に染め上げる全周囲攻撃なのだ。基礎四系統完全一致した同じ虹の極致にいない者があれを防ぐ手段はない。これこそが機動力に優れたアーサーを筆頭とした近接タイプを確実に殺すための手段、【渾身虹彩】。周囲にドーム状に展開するのではなく自分を起点として爆発するため、かろうじて出の速さでも負けない筈ではある。
『ぐえ!?』
『勝負あり!』
実際、マーズは虹に塗りつぶされた決闘場から叩き出されて決着がついた。尤も……ルールに救われた感はある。
「はあ……! はあ……!」
『あいつ世界観がなんか違うんだけど!』
藤宮君はがっくりと膝をつき荒い息を吐いているのに、マーズの方は泣き言を言いながら槍を杖にしてひいこら退場していく。貧乏くさく情けない姿だがまだ十分戦えるだろう。実戦で仕留めきれていたかは………厳しいな。マーズが場外に吹き飛ばされたのも、結界が死んだという判定で叩き出したのではなく、単に爆発に吹き飛ばされたようなものだし、あの攻撃自体も一瞬で消滅したり死ぬようなものではない。
そしてなにより……。
「見せちゃったわね」
「はい……」
あれは対アーサー用の切り札なのだ。アーサーに、いや、アーサーに限らず、全ての選手が隠し玉を見た。決闘場覆うほどの四力にどうやって対処するかは分からないが、少なくとも分析して対処を考える機会を与えてしまった。
「はあ……! はあ……!」
そして藤宮君自身も全ての力を放出して疲労困憊。これは苦しい戦いが続きそうだ……。
なら!
その分俺が応援する!
それがチーム花弁の壁応援団長の、四葉貴明の役割なのだから!
はて? また何か椅子が動いたような気が……気のせいか!
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