黄金世代2
「退いて退いてー!」
「うわっと!?」
「なんだ!?」
「また貴明が妙なことしてるぞ」
生徒を掻き分けながら廊下を爆進する。
主席としてあまり行儀がいいとは言えないが、今は急ぎだから仕方ない。って今誰か俺に呆れてなかったか? 一体どこがおかしいと言うんだ。ラーメン屋が出前で使う箱、おかもちを両手に持って走ってるだけじゃないか。
おっと今はそれどころじゃない。
「貴明です……」
目的地のドアにノックして小声で呼びかける。
「……入ってちょうだい」
「失礼します……」
中からの声もまた小声だ。静かにドア開けて様子を伺う。
「橘お姉様、大丈夫ですか?」
「なんとか……」
ここは異能学園の生徒に与えられた控室なのだが、今現在は試合が近くないようで、今は橘お姉様しかいないのだが、備え付けられた椅子に座ってぐったりしている。
「ちょっと連発しすぎたわ……」
「お疲れ様です」
相手が苦手な接近型だったため、橘お姉様はほぼフルで能力を使い、【蜘蛛雪】、【氷結界】、【貪降雪這】、【粉々氷】と四連発で技を発動したため、完全にガス欠を起こしていたのだ。
「やっぱり基礎は大事ね……体力付ける必要があるわ」
「はい」
超特殊な能力を持っている橘お姉様だが、総エネルギー自体は特段優れている訳ではなく、短期決戦が得意というよりその選択肢しか取れない。
「ではその体力付けるためにどうぞ!」
「ありがとう貴明君」
「いえいえ自分、チームのマネージャーなんで!」
試合後に俺が試合の勝利を祝おうとしたら、控室でダウンしていた橘お姉様を発見したため、慌ててその対処法を準備した。こういう時に異能者が手っ取り早く体力を戻す手段は一つ!
「ラーメン! カレー! 焼き肉! 野菜炒めを持ってきました!」
カロリー摂取である。
あまりにも単純だが、異能者にとって食事はそのまま力の元で、この学園に複数の食堂があるのもそういった理由があった。
やはり炭水化物は世界を救う。つまり米とラーメン。異論は認めない。
「保温もばっちりなおかもちです!」
おかもちの蓋を上げると、カレーのスパイスやラーメンの湯気が部屋に充満した。うーんいいにお、ぐきゅううう、い? 俺の腹の音ではない……。
「それでは失礼します!」
用が済んだのでとっとと控室から出る。それ以上でも以下でもない!
「……ありがとう」
「いいえ!」
ドアに振り向いていたので、後ろから凄い小声でお礼を言って貰えたが、決して振り向くわけにはいかなかった。
「お疲れ様」
「お姉様の方は会わなくてよかったんです?」
控室の外にお姉様がいた。佐伯お姉様もだが、結構橘姉様とも仲がいいので、てっきり一緒に入ってくると思っていた。
「強がりだから止めといたわ」
肩を竦めながらニタニタと笑うお姉様。確かに橘お姉様は弱みを見せることを極端に嫌うので、人が多ければ取り繕うために無理をするだろう。
「バトルロイヤルの方を捨てたらもっと楽を出来るでしょうに」
「何事にも全力ですから……」
午後からはバトルロイヤルもあるかなりタフな日程だが、これは万全での戦いなどないという、ゴリラの意向が強く反映されていた。そして通常試合とバトルロイヤルの成績はそれぞれ別なのだが、どうも二回戦を進出した選手は、優勝の目が出たことでバトルロイヤルを捨て通常試合に絞り体力を温存し、出来るだけ有利な戦いをしようと考えているようで、代わりに惜しくも敗れた選手達がアピールしようとしていた。
だが勝利に対して妥協のない橘お姉様は、バトルロイヤルの方も勝ち上がる気満々で、多少無理をしようがそのまま押し通すつもりのようだ。
「飛鳥の方は現実を見て捨てるみたい」
「森の中で二重苦になってますからね……」
基本的にバトルロイヤルという形式と魔法使いはすこぶる相性が悪い。というのも直線的な放射火力が得意な者が多い魔法使いは、遮蔽物が多く周りが全て敵な環境下では圧倒的に不利で、しかも機動力がないため離脱が出来ないのだ。尤も佐伯お姉様は空を飛べるため機動力の点では解消されているが、森では木を足場にして高速で移動できる霊力者に距離を詰められやすくなるため、非常に不利だと言わざる得ない。開けた場所なら遠距離から圧倒できるだろうが……そんな異能者が複数人で動き回りながら戦うような広い場所は日本では限られている。
「藤宮君もかなり怪しいわね」
「むぐぐ……」
その上藤宮君もバトルロイヤルについてはかなり怪しい。何せ彼は絶対無敵の防御結界を持っていても、それは移動要塞というものではなく、あくまでどっしりと構える術なのだ。しかも索敵能力が低くソナーのような機能もないため、通常試合で彼が活躍すればするほど、手に負えないと放置され、森の中で誰とも会わずに気が付けば試合が終わり、ポイントがゼロで敗退する可能性がある。いや可能性があると言うかほぼそうなるだろう……決闘においてほぼ無敵と言える異能者など、時間制限があるポイント制のバトルロイヤルで誰も相手をするはずがない。
これがチーム花弁の壁なら、俺が戦いの中で生まれる悪意を感知して索敵役をこなせるためそれほど問題にならないのだが……。
「そっちは置いておきましょうか。藤宮君の試合が面白そうだし」
「ふ、藤宮君頑張ってええええ!」
思わず廊下なのに叫んでしまった。
多分勝てる。相手は霊力オンリーの筈だ。だから多分勝てる。九分九厘間違いない。だが……。
「相手はマーズの子弟だものね」
疫病神にして戦神マーズ、またはアレス。それはどうでもいい。この大会レベルじゃ引き出す神の力はどこも有名どころだ。問題なのはその使い手である貧乏くさそうな男。
「メンタル100はまずいいいい……!」
問題なのはその使い手がよりにもよってメンタル100なこと! この世代どうなってんだよ! 同時期にゾンビ共合わせてメンタル100が5人とかありえないだろ! 親父曰く、普通は一つの世界の時代に一人いるかいないかなのに!
朽ちず折れず曲がらず屈せず。絶対にだ。絶対に。心臓が止まろうが首を刎ねられようが、運命が立ちはだかろうが、99.99。いや、100%負けることが決定してようが、それを乗り越えられる素晴らしくも恐ろしき人間達。冗談じゃなく肉体が粉みじんになろうが、魂だけになっても事を成そうとするだろう。
しかもゾンビ共と違ってピーキーさがない。最大値では劣っていても、非常に安定した戦闘力を保持していた。そんなのが藤宮君の相手なのだ。これぽっちも油断できない
頼む神様あああ! 連中なんでか知らないけど、平時はとことん間が悪かったりトラブルに巻き込まれるから、なんかあって腹でも壊しててくれええええ!
本当にお願い神様仏様!
◆
『試合開始』
藤宮君に相対する……
マーズの子弟……。
くそったれがあああああああああああああああああああ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます