黄金世代1

「うおおおおおお! アーちゃん頑張えええ!」


「ぷぷ」


 放送を一区切りつけて、ルーキー部門が行われている試合会場に足を運んだが、チャラ男の奴が必勝と書かれた鉢巻きを頭に巻いて、観戦席から応援していた。昭和かよ、お姉様が笑うのも当然だ。


 って言うかアーちゃんって……。


『ちょっきん』


『ぐああああ!?』


「やったでえええええええええええ!」


 やっぱりアトロポスの権能を持つ銀髪美幼女かい! って応援する必要あるのかよ! 今もアイルランドの選手が訓練場の結界から死亡判定して叩き出されたじゃん! ハサミ切る仕草だけで相手を即死させるとか反則だろ!


「北大路君ならどう対処する?」


 放送席から一緒にやって来たマッスルに、あのトンデモ幼女の対処を聞いてみる。


「まっすぐ走って殴る。俺は元々それしかできん」


「ははあ」


「ふふ」


 言葉自体は馬鹿だがあまりにも素敵だ。こいつは必要とあれば例え訓練用の結界がない状況でも、自分を即死させることができる権能を前にしてなお突っ込める人間なのだ。単にハサミを切るような仕草で人間を即死させることのできる存在に、一体どれほどの者がそうできる。


 だが実際、勝算はかなりあるはずだ。そもそもマッスルがベストコンディションなら、タイムラグなしで自分をトップスピードまで持っていける。その速さは常軌を逸しており、恐らく幼女がハサミを閉じきる前に仕留めきれるだろう。


 それに加えてメンタル100ってのは、運命っていうものを悉く無視する上、単に心臓が止まった程度ならそのまま動いて事を成し切るような奴だ。そう考えると勝算はかなりというか、ほぼマッスルが勝つだろう。普段はあれだが。


「席あったー?」


 話をしていると飲み物と軽食を持った厚化粧がやって来た。半額シール張られてそうだな。


「あそこが座れそうだ」


 マッスルが指さした場所の空席は4つ。チャラ男が自由行動なら、後は東郷さんと挾間君か。なら俺とお姉様は別の……ってどこも埋まってるな……ここは誰か適当な奴を呪って席を確保するか。


「勇気と東郷は特訓中だから丁度だ」


「え? 狭間君と東郷さんが特訓中?」


 てっきり後からやって来ると思っていたら、二人は特訓しているから来ないようだ。しかし、今異能大会中なのに特訓だって?


「ああ。勇気が運命を操る権能に対して、東郷のバフを受けた超力壁なら何とか捻じれて防げるんじゃないかと特訓している。形になったら太一が仮想敵になるはずだ」


「あらあら」


 お姉様がそれはもう素晴らしいニタニタ笑いをしているが……あ、あの壁作り職人、これ以上固くしてどうすんだよ。お姉様の重力操作すら空間を歪ませて防いだのに、運命を操る権能もシャットアウトするつもりか? 藤宮君が狭間君と戦った時の千日手を思い出してしかめっ面になるぞ。


「ちなみに橘お姉様に対しては?」


「諦めたようだ」


「ぷ」


 肩を竦めるマッスルの言葉にお姉様がぷっと噴き出す。ある意味異端中の異端の力を操る橘お姉様に壁は全く無意味で、どうやら狭間君ですら匙を投げたようだ。


「それでその栞はなんとかなりそうなの?」


 観戦席にどっこいしょと座りながら厚化粧が聞いてくる。


「橘お姉様が勝つに決まってるさ! 脳筋じゃなければ……」


 必勝と書かれた日の丸鉢巻きを自分の頭に巻きながら、唯一の懸念を口にする。そう、橘お姉様の必殺技である相手の異能をはぎ取る【貪降雪這】は、雪を降らせる過程を踏む必要があるため、どうしても初動が弱くなるのだ。そのため何も考えずに突っ込んでくるタイプにかなり弱い。


 よし巻き終わった。これで応援準備は万全。


「つまり賢い奴ということか」


「ああうん……」


 脳筋をマッスルがどうしてそう捉えたのかさっぱり分からない。


『選手入場!』


 もう!? かなりギリギリだったんだ。間に合ってよかった!


「橘お姉様頑張れえええええええ!」


 橘お姉様が入場してきた。


 会場は常にざわざわ煩いため、俺の応援が橘お姉様に聞こえている分からないが、それでもチーム花弁の壁応援団長として精一杯応援する!


 さあ相手は誰ぎゃあああああああああ!?


「この強力な霊力と浄力は間違いない」


 マッスルも俺と同じ結論か! 対戦相手の男の純粋な霊力と浄力の圧! 間違いない!


 バ、バ、バチカンだああああああああああ!


「真面目が取り得。ありよりのあり。あとはお金次第ね」


 この厚化粧、あまりにもリアリストすぎる。ありよりのありまでいったらもう構わねえじゃねえか。っつうか向こうの方からノーサンキュー食らうぞ。何度も思うが化粧が厚すぎる。


『試合開始!』


「貪降雪這」


『【神の力を】!』


 やっぱり速攻を掛けてきやがった! 霊力を貪る雪が着弾する前にケリをつけるのは誰だって考えるだろう!


 だから罠に嵌りましたね。橘お姉様は技名を呟いたが、それは単に言っただけで、体を巡る浄力は全く違う形を作ろうとしている。全ては誘い出すため。尤も相手に日本語が通じているかは疑問だが、前の試合と同じように動けばその分成功率は上がるだろう。


 あとは間に合うかだけ……!


「【蜘蛛雪】」


 間に合ったああああああああ!


 橘お姉様の近接防御結界、雲行き、じゃなかった。蜘蛛雪だ!


『んな!?』


 びっくらこいてる対戦相手。多分、元はバランスタイプで橘お姉様の貪降雪這を攻略するために突っ込んだんだろうが、それだけを極めてるような接近戦型の連中に比べると幾分見劣りする速度だ。


 そのため雪の結晶に張り巡らされた氷の蜘蛛の巣に引っかかった。この技の凄まじいところは、橘お姉様から放射状に広がるのではなく、一定の範囲なら一瞬で展開するため、相手が蜘蛛の巣中心にいる橘お姉様からも、脱出するための外延部からも離れた中間という、キルゾーンにいることになるところだ。


 そして効果は単純明快。足を凍り付かせて地面に固定する。


「栞っていつも初見殺し酷いわよね」


「確かに」


「ぷぷぷぷ。そうね」


 厚化粧の言葉に頷くマッスルと笑うお姉様。


 まあ言いたいことは分かる。妖異との戦いではスタミナ差から、一撃必殺、もしくは初見殺しの様な技を使って短期決戦を行うことがセオリーで、さもなくばじり貧になって押し切られるかのどちらかだ。

 そのため対人での戦いでもあっとう言う間にケリがつくことが多く、実力が拮抗したゴリゴリな近接戦型同士の戦い以外、ほぼ初手で戦いの行方は決まると言っていい。


 だがそれにしたって橘お姉様は初見殺しを多く持っている。貪降雪這だって雪に触れたら異能を剥ぎ取るだなんて誰も思わないだろうし、あの蜘蛛雪だって便宜上防御結界に分類されているが、実際は中途半端な接近戦型に対して一瞬で展開して絡めとり、殺し間に固定するための殺意溢れる業なのだ。先々代アーサーさんが特訓中に、攻めに意識を向けすぎていると言うのもむべなるかな。


『神の光よ!』


「【氷結界】」


 だがそれでも浄力とは防御に秀でた系統なのだ。足が止まった対戦相手は、それならばと霊力を光にして放つが、橘お姉様の前に現れた氷の壁、氷結の結界が現れてそれを防ぐ。それなりに耐久力があり頼れるのだが、欠点として複数展開が出来ないので、横に回られると意味のないものになる。しかし相手の足が止まっているなら関係ない。


「【貪降雪這】」


 今度こそ貪降雪這が放たれた。ヒラヒラと青空の下で降り出した粉雪に、対戦相手は絶望の表情を浮かべる。


「勝負あった」


「ずずずずずず」


 その対戦相手の頭に過った諦めを感じたのだろう。腕を組んだマッスルが橘お姉様の勝利を確信し、厚化粧はストローでジュースを飲んでいる。


 でもお前らあの状況が実戦なら、凍った足首をふっ飛ばしてでも戦うだろ。まあマッスルに至っては、無理矢理引きはがせるだろうけど。だから頭まで脳筋は橘お姉様自身も自覚があるが、大の苦手としている。


『【神の守りよ!】』


 相手が光り輝くドームを展開するが無意味だ。ドームに着弾した粉雪は、何事もなかったかの様に侵食すると、そのまま対戦相手に着弾。その異能の力を剥ぎ取り、最早何の防御もできない状況に陥らせる。


「【粉々氷】」


『おおおおおおおお!?』


 橘お姉様の前面に展開した巨大な氷の壁が、爆発したかのように吹き飛んで、完全に無防備となった相手にぶち当たる。


『試合終了!』


 ただの氷ではない。異能の力によって恐るべき固さを持った氷はコンクリートなんか目じゃない。それが銃弾並みの超高速で発射され、直撃した相手は結界に死んだと判断されて、結界の外にはじき出された。


「橘お姉様ああああああああああ!」


 橘お姉様の勝利だああああああああああああ!


「もっと全身全霊を込めて前に進むべきだったな。左右に動くための余力を持って突っ込んでいた。それがなければ結界の発動前に届いていただろう」


「げっぷ」


 どうやらマッスルの見立てでは、対戦相手は回避するための意識を残していたようで中途半端だったらしい。やっぱり橘お姉様、ピーキーすぎて防御タイプが相手なら無敵だけど、接近戦型にはそれこそ薄氷を踏むような状況になる。それに元々、異能者同士の戦いはじゃんけんと言われるほど相性差が大きく、格下にあっさり負けることもあれば、スーパージャイアントキリングを成し遂げることもある。


 げっぷしてる厚化粧は無視だ。


 ともかくまあ、脳筋相手じゃなければ橘お姉様は大丈夫だ!


 ◆


 ◆


 ◆


 ◆


 ◆


『未来が分かってても反応できなくちゃ意味ないのよね。まあそれも試合前から分かってたんだけど』


『しいいいい……!』


「クロトーちゃああああん!? おのれワイが敵討ちをおおおおお!」


 あれだ。ああいうタイプだ。例え未来が分かっていようが、真正面からただの速さで切り捨てられるああいうタイプ。


 未来を予知し、若干とはいえその未来を操作できる権能すら、発動前に打ち倒せるタイプが、権能使いや恐るべき初見殺しを持つ者達が何より恐れる。


 あれこそが、まだSNSも発達していない、情報が全くない初見殺しで溢れていた時代であってなお、単なる剣技と速さで最強と言われた者の系譜。


「クロトーちゃんをよくもおお!」


 決闘場の場外で肩を竦める女性、未来を視て操る絶対の権能使いであるクロトーが敗北した。


「ワイが行くまで待っとれよアーサーあああああ!」


 そして勝者。決闘場の上にいる者こそ、最強の代名詞アーサー。


 彼はただ試合開始と同時に一直線で進み、クロトーが何かをする間に切り捨てたのだ……。


 先手必勝とは言うが、速さはそれを成し遂げられる。文字通り、必ず勝つを。


 さて、チャラ男を取り押さえるか。隣に座っていたマッスルも同じことを思ったのだろう腰を上げている。


 彼女が負けて敵討ちに燃えている権能使いの頂点と、アーサーの弟子が激突するとかすっげえ見たいんだけど、学生運営委員長として見過ごすわけにはいかない。


「ぷぷ。やらせてあげたら?」


 いやお姉様、僕も本当に見たいんですけどね。とにかく観客席から乗り出そうとしている馬鹿を押さえつけないと。

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