京都旅行 1000と999,12
『おいどうすんだよ!』
『どうするってどうすんだ!』
『お前行け!』
『お前逝け?』
どう見たって堅気じゃないような連中が遠くで言い争っている。感じる力からして普通にベテラン異能者なのだが、はっきり言って怯えたチワワの様に委縮していた。
「昔に遊んであげたかしら? 顔は覚えてないのよね」
それをお姉様がニタニタ笑いをしながら楽しんでいる。
そうなると原因は間違いなくお姉様だろう。どうもあの連中、昔お姉様にぶっ飛ばされたことがあるようだ。
しかしこれでは、夫婦水入らずのしししし、新婚、新婚! 旅行! に邪魔が入るな。という訳で、我が第一形態ラインの権能を使い、認識の境界を弄って彼らから見えなくする。
『おいどこいった!?』
『まじでどうすんだよ!』
『逝ったな俺ら』
『だな』
ふ、テンパっているな。だが俺らは単に新婚旅行に来ただけなのだ。悪いが邪魔されたくない。そしてそんなテンパってる連中に、お姉様が増々笑みを浮かべている。
「旅館に行きましょうか!」
「ええそうね」
まあともかく、まずは旅館に行って荷物を降ろさないと。あぶく銭だと思って、結構いいところを予約したんだよね。
「へ、ヘイタクシー!」
駅に停まってるタクシーに手を上げるけど、呼び方ってこれでいいのか!? これも田舎から出て入学試験の時に利用して以来だから分かんねえっぺ!
「ぷっ田舎者だ」
誰だ俺のこと田舎者って言ったの! あの大馬鹿野郎か!? どこにいる!
ってなんだ。これぞ成金って感じのデブ中年が、黒塗りの高級車に乗りながら笑ってた。お呼びじゃねえんだよ帰れ帰れ。本物の金持ちは一々庶民を笑ったりしないぞ成金。藤宮君と佐伯お姉様を見てたら分かる。ちょっと価値観が違うからな。金持ち喧嘩せずとはよく言ったもんだ。
「ご利用ありがとございます。どちらへ向かわれます?」
おっと、どうやら呼び方が合ってたようで、タクシーのドアと窓が開いて運ちゃんが声をかけてきた。
「ここへお願いします! トランク開けて貰ってもいいですか?」
宿泊先のパンフレットを見せながら、トランクを開けてもらうようお願いする。
「分かりました。今トランク開けますね」
「はーい!」
なんかで、キャリーバッグの車輪の汚れがシートにつくから、出来たらトランクに入れてほしいみたいな運ちゃんの話を聞いたことがある。タクシーというものに憧れてた情報収集してたときに知ったんだったかな?
「ふーん」
お姉様はタクシーが初めてのようで色々と見ていた。これは夫として俺がタクシーとの戦闘を頑張らねば!
「それでは向かいますね」
「お願いします!」
まずは第一の関門、タクシー発進をクリアしたぞ。
◆
「到着しました。えーお会計が」
「はいこれでお願いします!」
最終関門、お支払いも難無く終了!
「あら……こう見るとなんだか覚えがあるわね」
「ひょっとして昔に来たことがあります?」
タクシーを降りると、先にキャリーバッグを降ろしていたお姉様が、首を捻りながら目の前の旅館を見ていた。
「どうかしら。旅館はあんまり気にしてなかったから」
ここはちょっと予算を奮発しただけあり、結構老舗の旅館なのだが、単なる旅館はお姉様にとって興味の外だったようであまり覚えていないようだ。
「でも初めての新婚旅行で使ったところだから、これからはずっと覚えてるでしょうね」
「お姉様、僕ちょっと意識を失いそうです」
お姉様が柔らかい笑みで俺を見たが、ちょっとこのまま昇天しそう。やっぱり邪神を倒すのは愛なんだなって。
「ようこそお出で下さいました」
「うむ」
ってあれ? 入り口で女将さん達らしい人に挨拶受けてるの、駅であった成金中年デブじゃね? あの野郎、俺のことを田舎者って言ったの一生覚えてるからな。ってそうじゃない。女将さんみたいな人達が出迎えるとは、成金は成金でもお札を燃やすレベルの成金か。言っておくけど今令和だからな。
「どうぞお部屋の!?」
あ、女将さんが俺の方、いや、もう少し下に目線が向いているから、お姉様を見たようだ。でもなんか、語尾が上ずってるぞ?
「き、き、桔梗様!?」
「あら、やっぱ来たことがあったみたい」
成金とはいえ客は客。女将さんはその成金を放っておいてこっちに来ることはしなかったが、というか出来なかったな。何せ腰を抜かしたように崩れ落ちてるんだから。
「女将さん!?」
「ど、どうした女将!?」
これには成金も含めて全員がびっくりしてる。
「泊まりに来たの。よろしくね」
「よよよよ、ようこそお出で下さいました!」
真っ青な女将さんの反応を見るに、多分色々巻き込まれたのだろう。夫として謝罪します。煮るなり焼くなり、コンシュルジュとして使うなり好きにしてください。
「それじゃあチェックインを済ませましょう」
「はい!」
あ、今は新婚旅行中だった。それならあれだ。俺達夫婦が滞在中、この旅館は例え隕石が落ちてこようが安全を保障します! ええそれはもう!
「こちらのお部屋になります」
おっと、俺が京都ならではの対隕石防衛方法を考えていると、いつの間にか今日から泊まる部屋に案内されていたようだ。
「おお……」
「いい部屋ね」
ザ・和室の部屋は日当たりよし、庭が奇麗、畳も奇麗、家具も奇麗、まさにパーフェクト。やっぱ俺って日本人なんだな。なんか安心する部屋だ。
「お茶でも淹れましょうか」
「そうですね!」
新幹線とタクシーに乗り、体が少し硬くなっている。荷物を一通り整理したら、お姉様と一緒にお茶を飲み、お茶菓子も食べてほっと一息つく。やはり日本人……!
「さて、まずどこへ行こうかしら?」
お姉様が京都観光の予定を立てる。京都への移動手段と宿泊先は結構きっちり決めたが、観光先はその時の気分という、高度な柔軟性を維持して臨機応変のプランで行くことにしていたのだ。
「清水寺は外せませんね」
「そうね」
まず清水寺は確定。説明不要の飛び降りるところだ。
「東寺も行こうかしら。西はいいけど」
東寺は空海に下賜された真言密教の総本山で、五重塔や羯磨曼荼羅こと立体曼荼羅があることで有名な場所だ。これも外せない。
「じゃあ今日は清水寺に行きましょう!」
「そうしましょう」
もう昼は過ぎているから両方同時には回れない。今日のところは清水寺へ行くことにした。
◆
数々の霊的防御と警戒網を潜り抜けてやってきました清水寺。いやほんと、来た時も思ったけど京都の中ヤバい。雑多な妖異なんてそもそも現れることすら出来ないだろうし、非鬼だって攻めあぐねる様な防御術式が至る所に設置されている。間違いなく陰陽寮最盛期の術式が土台だろう。なにせ現代の術者ではほぼ無理な水準なのだ。逆カバラなんて邪悪な奴が入り込んだら、それが一斉に作動するだろうな。
とまあそれは置いておいて、だ。
「奇麗な丹塗ですねえ」
「そうね」
お姉様と俺をまず出迎えたのは、清水寺の入り口ともいえる仁王門だ。これがまた見事な赤色で、俺のドロドロとした黒色に匹敵するくらいだ。
「金剛力士像があったのね」
「ですね」
門をくぐろうとしたら、両脇に金剛力士像が安置されていた。まさに我が帝国の門番をしている金剛力士君達の大先輩。彼らなら頭を下げてここを通るだろう。
その後に見える三重塔も見事な丹。なんでも、中には仏教の世界、または宇宙を現した曼荼羅が描かれているとか。
そして道なりに進んで受付を済ませ轟門をくぐると……
「絶景ね」
「はい」
一面に広がる山の景色。緑、緑、緑、それに混じった丹。言葉では言い表せない。まさに絶景が広がっていた。ほかの観光客も足を止めて見入っている。
「あれが……!」
しばらく堪能して本殿に入ると、かの有名な弁慶の錫杖と鉄下駄が置かれていた。錫杖には大きい方と小さいほうがあるが、大きい方はなんでも90kgは超えるそうで、その錫杖を持ち上げるとご利益があるとかなんとか。まあ実際は修験者が奉納したとかで、弁慶は関係ないらしいけど。
「ほい」
「これでお前も弁慶か」
「俺も俺も」
だが前の若者たちがひょいっと持ち上げていた。現代では異能者が増えているから、90kgくらいは難無く持ち上げる者が増えて、錫杖もちょっぴり肩身が狭そうだ。しかし、弁慶の泣き所に鉄筋をぶち当てる呪いを掛ける俺は、そのご利益にあやかるため素の筋力で挑む。
「ふううううう……!」
「あなた頑張ってね」
気を整えてお姉様の声援を貰えば準備完了。
「ぬおおおおおおおおおおおおお!」
渾身の力を込めて錫杖を持ち上げる!
「ぬぬぬぬぬぬぬ!」
鼻血が出そうになるが腹に力を込めてええええええ!
キュ
「ぜええ! ぜええええ! やった!」
はい持ち上がった! ほんのちょっとだけでも浮き上がったから、これでご利益を受けられる! なんのご利益かよくわからんけど!
「はいあなた」
「あ、ありがとうございます!」
血圧が上がって汗が出ていたらしい。お姉様からハンカチを受け取って汗を拭く。前座は楽しんだ。次は本番、メインイベントだ。
そう、本殿とその前にある本殿舞台、つまり清水の舞台だ。
まずは靴を脱いで本堂に上がり、お姉様と一緒にお参りをする。藤宮君、佐伯お姉様、橘お姉様が健康で暮らせますように。ゾンビはいいか。東郷さんが健康で暮らせますように。これは念入りにお願いする。まあ、お袋とそのついでに親父もお願いしとくか。
そしてなにより
「お姉様と末永く幸せに暮らせますように」
「夫と幸せに暮らせますように」
俺とお姉様が全く同じタイミングで口に出した。真剣に泣きそう。この世のありとあらゆる存在よりもなお忌むべき親父が、結局勝てなかったのがお袋の愛だった。そんでもって俺も親父の子か。愛に勝てる気がしない。いや、そもそも勝ち負けではないか。
お参りも終えて、次はいよいよ清水の舞台だ。
「奇麗ね」
「はい」
轟門から見た光景とそう変わりはしない。しかし、それでも違うのだ。本堂から突き出た舞台は、仏に舞を奉納する場所だ。ならば舞台を通してそこから見る山々は、緑は、世界は、そして宇宙は、まさに仏尊が見ている光景そのもの。この世であってこの世でない。
「ねえあなた」
「はい」
「私、幸せよ」
「僕もです」
お姉様と手を繋ぎ、いつまでもその光景を目に焼き付けていた。
◆
◆
◆
「ヘイタクシー!」
タクシーを呼び止めるのも慣れたもんだ。道路を走っていた空席のタクシーを呼び止め宿泊先に帰ることにする。しかしなんか街が騒がしくないか? サイレンの音が鳴り響いている。
「なにかありましたかね?」
タクシーの運ちゃんに質問する。
妖異の出現なら異能者に出動義務があるが、ここは京都なのだ。万が一急に特鬼が出現しても、名家連合が即座に結成されて始末しに行くだろう。普段はマウントを取り合ってる名家だが、こと妖異が出現したらがっちりスクラムを組むから侮れない。だが、流石に大鬼から上が現れたら俺も気が付くはずだ。となると事故か?
「なんでも一条通の方で事故があったとか」
どうやら京都の北にある一条通で何かあったらしい。待てよ? 確か京都の北は……。
「確か異能名家の北大路家が……」
「ええそうです。あの辺りは北大路さんの家がありますね」
マッスルの実家である北大路のテリトリーだ。といっても、マッスルは実家と疎遠だから帰省していない筈。
「うん!?」
タクシーの窓を見ると、複数の異能者が建物の上でジャンプしながら、高速であちこちに移動している!? 危ないから異能者が街中でそんなことするのは法律で固く禁じられているが、例外がいくつかある。それは妖異の出現か、異能者による犯罪に対処する時だ。つまり今現在、戦闘か準戦闘態勢に匹敵する何かが起こっているのだ!
「面白そうね」
その事態にお姉様が興味を惹かれないはずがない。何せここは世界的に見てバチカンに匹敵する霊的重要拠点なのだ。京都が落とされるとこの地に封印されている、かつての恐るべき怪異達が復活する可能性があるため、ここで事を起こすのはほとんど人類へ攻撃しているようなものだ。
「お会計お願いしていいかしら?」
「え、ええ分かりました」
運ちゃんにタクシーを止めて貰いお会計をする。どうやらお姉様は一条通を直接見に行くようだ。今が緊急事態なら、俺達がビルを飛び回っても大丈夫だろう。尤俺がそれをするには呪力で体を強化する必要があるため、別の意味でちょっとだけ大丈夫じゃないが。
「じゃあ話だけ聞いてみましょうか」
「そうですね! とう!」
タクシーから降りると、近場にあるビルの屋上まで一気に飛び上がる。
「話を聞かせてくれないかしら?」
「き、き、桔梗小夜子!? まさかお前の仕業じゃないよな!?」
「生憎今まで清水寺にいたから、一条通で何かがあった程度しか知らないのよ」
そしてお姉様が、ビルを飛び回っている適当な異能者に声を掛けた。やっぱり何かがあったみたいだ。
「な、なに!? い、いや流石にそうだよな……だよな?」
ちょっとお姉様がやったと思ってたらしい男が納得したように……首を傾げている。
「それで何があったの?」
お姉様はそれに構わずとっとと話をしろと急かす。
「一条戻橋の守りが陥落した! しかも警戒網には誰も引っかかってない!」
「ああそう」
◆
◆
◆
■■ 唯一名もなき神の一柱
「うーん?」
「あなたどうしました?」
畑仕事をしていたら、ふと違和感を覚えて上を見る。それをマイワイフ洋子が不思議そうに見てきた。
「なんかちょっと変なんだ」
「変?」
マイワイフに返事をしながらじっと上を、空を、天を、宙を見る。見る。見る見る見る見る見る見る。
ああなるほど。20年以上遅れてやって来てるのか。しかもこれ、人間の仕業で座標を貰ったな。つまり迷子だったのだ。うける。まああれがやって来てるということはだ。
「人類滅亡しちゃうね」
「まあ、そうなんですか?」
まず人類のほぼ全ては助からんな。カバラと逆カバラが手を組み、竹崎君のような古強者達を集結させてもだ。
「どうされるんです?」
「何もしないよ。いんや、お隣の村田さんちの娘さん夫婦とお孫さん達は連れてこないとか」
「そうですか」
洋子に尋ねられたが何もしない。人間の業で人間が死ぬならばそれは人間の行いの結果だ。ヒュドラの時の様に、俺らみたいな忘れられ不必要となった神代のモノが現代に紛れ込んだ訳じゃない。まああれも存在自体はそれだが、人が呼んだのなら人のせいだ。ならやるとしても精々近所の知人を助けるだけだ。俺はそういうもんだし、それを知っている洋子もそれ以上何も言わない。
「そういえば何が起こるんです?」
「おっとごめんごめん」
肝心なことを言い忘れていた。
「恐怖の大王だね」
「まあ」
1000と999の獣。黙示録666の獣よりもなお最悪。滅びの化身にして概念そのもの。意志と形を持たない圧倒的なエネルギー塊というべきか。ただ滅ぼす。それだけ。
「貴明はどうします?」
我が子が心配なのだろう。洋子が不安そうな顔を見せた。
「俺らが危ないから帰ってこいって言っても、知るかって頑張るだろうねえ」
「ふふ、そうですね」
洋子が笑う。
あの子は俺という大邪神の息子であり、心優しき洋子の子なのだ。俺の様に静観することはないだろう。人間が好きだから許容できんだろう。それに学生だからな。単位を取ってないのに学園がふっ飛ぶとかふざけんなと言いそうだ。お友達もいるだろうし。
「ま、なるようになるさ」
「はい」
人が人の業で滅ぶもよし。
◆
◆
◆
一条戻橋は野次馬に囲まれて規制線の中に警察がいたが、その彼らも殆ど野次馬と変わらない。
ぽっかりとくりぬかれた様に深い深い穴の周りは、そう、橋は完全に消滅して、地面に深い穴が開いていた。そこにはただならぬ力を宿したまさに名家の精鋭達やその当主と思わしき者達が、血相を変えて何かを探している。
恐らくここは京都で最高の守りを施されていたはず。過去形だ。結界そのものは全く無傷なのに、こんなことが起こったということは役立たずだったのだ。すり抜けられたのだ。
しかし大事だ。名家達が鬼の形相になり、爪や服が土で汚れても気にせず探し回ってるのも当然。
数々の伝説を残した一条戻橋だが、その中でも最も有名な伝説は。
「ない! 間違いない! あれがない!」
「なんてことだ! なんてことだ!」
「まずいまずいまずいまずい!」
当主達なのだろう。一際強力で歳を取っている男達が真っ青な顔であれがないことに絶望している。
ここにはあれが隠されていた伝説がある。
あれ
人類史上最高位の術師が作り出したもの
式神符
数は十二
その名も十二神将
言わずと知れた
そう、言わずと知れた、日ノ本における異能者最強の代名詞
陰陽師
ならば結界が作用していないのも当然。現代の者達にとって失伝した技術であろうと、かつては当たり前の技術だったのだろう。
蘇ったのだ。
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