旅路と小夜子来襲警報

 桔梗小夜子来襲警報。それを説明すれば話は長くなる。桔梗家は明治に首都が東京と定められたとき、京都からやって来て、首都拡張の際に風水的防御を張り巡らせ、そのまま東京に居ついた経緯がある。そのため名家の盟主的立場ながら、京都の名家達とは若干疎遠なのだが、それは何も位置的に遠いからという理由だけではない。


 早い話、お姉様は俺と出会う前にやんちゃしていたようで、異能の東西南北を含めて名家の精鋭達をボコボコにした結果、彼らは桔梗の鬼子、つまりお姉様と金輪際関わらねえと宣言して、ご実家である桔梗家にもふざけんなと怒鳴り込んだようだ。まあ、桔梗家はやっぱウチが最強だなガハハと笑っていたようで、これに関しては寧ろよくやったと思っていたようだ。マウントの取り合いに余念がないとは流石名家だ。


 そして現在に至るまで、京都の名家連中はお姉様に心底ビビっており、態々お姉様の襲撃に備えて、桔梗小夜子来襲警報なるものまで設置しているようだ。でも無駄ですね。なんたって今は四葉小夜子なんで。よ! つ! ば! あっはっはっは! はははは。


 やべえよやべえよ……クラスの皆がヤバい表情してたから、こっそり橘お姉様に原因を聞いたら、まさかそんな理由があったとは…… これ、京都の方はハチの巣をつついた様な騒ぎになってるんじゃ……いやまさかね。


「ふふ、楽しみね」


 旅行用のキャリーバッグを片手に持ち、普段の制服ではない白いワンピース姿のお姉様に興奮してぶっ倒れそうになる。


「そうですねお姉様!」


 例え京都が騒ぎになってようが関係ない。今から俺は、お姉様と新婚旅行に向かうのだから! 邪魔する奴はなぎたおおおおおおす!


 だがその前に……蛇君より恐ろしい敵と戦わねばならない……。


 ◆


「えーっと……」


「あれ……じゃないかしら……?」


 伊能駅でうんうんと悩む俺とお姉様。そう、世鬼より恐ろしい存在とは、駅という交通インフラそのものだ!


「確かこうやって……」


 入学試験にやって来るとき一度だけ利用したが、ド田舎出身の俺と、箱入りお嬢様であらせられるお姉様にとって、駅と自動改札なんてものはまさに未知の敵。初見殺しに特化した蜘蛛君の牛鬼形態より恐ろしい。


「あ、できました!」


「ふふ」


 しかしそれすらも旅の醍醐味!


 まあ最悪、クラスの親御さん達を俺は認識しているから、京都名家の下に第一形態の力でワープ出来るんだけど。ははははは。親父もだけど。ははははは。


「これかしら?」


「そ、そうですね!」


 駅の案内板を頼りにホームへ向かうと、そこには……し、新幹線だああああ! 鼻が長ああああああい! ふおおおおおおピカピカだああああああ! 最新型!? 最新型なのか!? 変形するのか!? 例えできなくても俺が体の中に取り込んで、無理矢理できるようにするぞ!


「ふふ」


「はっ!? ごほん。エスコートさせて頂きます」


「よくってよ」


 新幹線という男の子のロマンに興奮していると、お姉様に微笑ましい目で見られてしまった。恥ずかしいので一礼して、紳士的に振る舞い誤魔化す。


「指定席……指定席……あ、この車両ですね」


 新幹線の電光掲示板を見て、事前に予約していた指定席がある車両に乗り込む。


「独特な匂いがするわね」


「そうですね!」


 シートの匂いなのだろうか、独特な匂いを嗅いでテンションが上がってしまう。


「えーっと席、席……あ、ここ……」


 切符を確認しながら席を見つけ……


 誰だお前!?


「あの、すいません。そこ自分たちの席でして」


 何度確認してもそこは俺が予約した席なのに、見知らぬパンチパーマ―の中年男がどんと居座っていた。こ、こいつひょっとして……。


「自由席が混んでてな」


「あ、はい」


「自由席が混んでてな」


「そうですか」


「自由席が混んでてな」


「あっそう」


 てめえ壊れたテープレコーダーかゴラア! てっきり都市伝説の類かと思ってたが、この令和の時代に指定席の居座りだとお!? こっちはその混むのが嫌だから追加料金払ってるんだよボケ!


「とにかく退いてください」


「自由席が混んでてはうっ!?」


「おんやどうかしましたかぁ?」


 壊れたテープレコーダーが急に真っ青な顔になった。一体どうしたんだろうなあ。きっと急にお腹が痛くなったんだろうなあ。大変だなあ。


「おお!?」


 慌てて走り去る中年。神様がきっと見てたんだろうなあ。天罰っていうやつだ。


「ぷぷ」


 お姉様も笑っているから完璧。それに免じて俺の不可視タールを伸ばして、車両の全部のトイレをロックにしてっと。これまた完璧。


「おい開けろ! おいっ!」


 お姉様と偶々空いた、っていうか元々俺らの席に座っていると、汚い怒鳴り声が微かに聞こえてきた。ああ分かる分かる。肝心な時に中に人がいますよね。真っ青になった事がある人も多いだろうなあ。あ、それこそ顔が真っ青な中年が窓の外で走っている。そうそう。駅のトイレなら空いてますよ。よし、車両のトイレのロックを解除。


 指定席の居座りが今回だけなら軽めで許してやったが、目を見て常習犯と分かった。これから1時間程お前の指定席は駅のトイレだ。ついでに言うと、その指定席を勝手に使うと腹を下す呪いはお前をずっと見ているぞ。ずっとだ。あ、駅員さんに怒鳴り散らそうとしても腹を下すようにしておこう。一時間後に料金がどうのこうの、席がどうのこうのと騒ぐのは火を見るよりも明らかだ。いやあ、俺ってなんて優しいんだ。これに懲りたらきちんと金払え。


「とっても新鮮」


「ですねお姉様!」


 あんなのは置いておこう。重要な事じゃない。お姉様が車両の中をきょろきょろ見ている。俺もお姉様も新型でピカピカしてるような新幹線に乗るのは初めだから仕方ない。


 pipipipipipipi


 お、これは発進メロディとかいうやつだな?


「それじゃあ京都へ行きましょうか」


「はい!」


 これから俺とお姉様の新婚旅行がついに始まるのだ!


 さて、爆弾はあるか? こういう時は時速何㎞以下にすると爆発するのがお約束。新幹線と運航ダイヤはこの邪神四葉貴明が守って見せる!


 ◆


「はいあなた、あーん」


「あああああああーーん!」


 駅弁美味しい。


 ◆


「京都到着!」


 劇場版でもあるまいにそんなことが起こるわけもなく。無事に京都の到着したのだが……。


「まあボチボチね」


 お姉様が肩を竦めながら呟いている。多分、京都に張り巡らされている防御を評しているんだろう。


 ちょっと古都京都舐めてたわ。陰陽道の最盛期なんてとっくの昔、それこそ平安京の時代なのに、それでも先人達が少しずつ積み上げてきた霊的防御は、ひょっとするとバチカンに匹敵するんじゃないか? これ、蜘蛛君でもしかめっ面で踵を返すレベルだぞ。


 現に駅には、網目状に邪なモノを感知する警戒網の術式が敷かれている。


 が、お姉様も俺もこの警戒網に引っかかることはない!


 人間です!


 よし通れ!


 ちょろいわ。素通りだよ素通り。自分で漫才したけどまさにそんな感じ。俺っち邪神だけど人間だからな。いやあ、使い分けるの便利だわ。


 だが問題がもう一つある。


「暇してるわねえ」


 お姉様がいつもの素晴らしいニタニタ笑いをしているが、その視線の先には……。


『おい本当に来たぞどうなってんだ!』

『桔梗とは話がついたはずだろ!』

『今すぐ来て弥勒様!』


 ご苦労なことに、駅に張り付いていた名家の連中らしき男達が騒いでいる。ま、まさか本当に来襲警報なるものが……。


 一体この新婚旅行、どうなってしまうんだ!


 でも京都は外せないから仕方ないね!

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