頂上決戦 人類の到達者チームゾンビーズ 対 超越者四葉小夜子

『グオオオオオオオオオオオオオオオ!』


 猿君は、いや猿ちゃん? 普段通りでいいか。猿君が最初から阿修羅状態で雄たけびを上げている。うーん、全長20メートルの特鬼が叫ぶとか、それだけで木っ端な異能者だと失神してしまうだろう。


 だがこの場にいるのは、東郷さんを除いてメンタル100の人間達。そんなことで気を失うはずがないし、東郷さんも彼らと一緒にいるなら大丈夫だ。


「【多重超力壁】!」

「【祓い給い清め給い】」


 まずは小手調べ。狭間君が超力壁を多重展開して壁を作り、東郷さんが……やっぱあの人やべえな。狭間君の壁にバフを掛けながら、ゾンビ達全員にも同じように掛けている。それをやったら広く薄くになりがちなのに、そんなことは全くない。


『ゴオオオオアア!』


 それに猿君の6腕の1つが持っている槍がぶち当たった。


「超力フルパワーーーー!」


 ■■■■■!


 恐らく殆どすべての人類が聞いたことのないような音が響き渡った。いや、果たしてそれを音と形容していいのか。何せ狭間君が空間を捩じって作り出した壁を、猿君が無理矢理ぶち壊そうとしたのだから。


 だが結果は。


「防げるのか……!」

「まじかよ!」

「ええ……」

 

 クラスメイトからざわめきが起きる。


 猿君の槍はその壁を壊すに至らなかった。


 なんと恐ろしい男なのだろう。果たして単なる一年生が、今だけは世界最高レベルとなっている浄力者のバフを受け、手を抜いているとはいえ特鬼の一撃を防げるものなのか?


「クロトー、ラケシス、アトロポスの姐さん! 【女神権能式運命停滞】!」


 出たなゾンビで一番ヤベーやつことチャラ男め。ギリシャ神話のモイライ三姉妹の力を借り、猿君の過去、現在、未来に介入して、その動きを無理矢理止めるつもりだ。っていうかお前それ、使い方次第で人間の存在事消せるんじゃないか?


「あら、私のこと忘れてないかしら?」


「ほげげげげ!?」


 しかし、それはお姉様の力によって防がれた。チャラ男の権能が発動する前に、お姉様があの力を使ってチャラ男と女神の力を隔てたらしい。これでチャラ男は単なるチャラ男になってしまった。


『グオオオオオオオオオオオオ!』


「俺の超力壁もやばいぞ!」


 猿君が中々やるなとニヤリと笑いながら、狭間君の超力壁をどつき、それに焦ったように彼が声を上げる。


 が、嘘つけ。そうやって猿君がこれ以上力を籠めるの必要ないのかと思わせてるな。お前の壁、東郷さんのバフが重複してどんどん固くなるだろうが。時間が掛かれば掛かるほど、あの超力壁は手に負えなくなっていく。


『ゴアアア!』


 しかし猿君め。まだ学生相手のお遊びに付き合わされてると思ってるな? さっきお姉様がチャラ男を止めなかったらヤバかったよ? ちゃんとやらないとどうなっても知らないよ。


 なんといっても時間が来た。


「っ!」


『ゴ、ゴアアアア!?』


 突如猿君の顔が横に噴き飛ぶ。恐らくちゃんと見えていたのは、さっきから何度も頷きながら、じっと目を凝らしていたゴリラだけだろう。


「ふふふふふふふふふ」


 お姉様が心底楽しげに声を漏らしている。


 そう、充電、チャージ、その時、表現はなんでもいいか。ともかく終わったのだ。


「っ!」


 雄叫びも声も漏らさず、ただ淡々と殴っているだろう。マッスル、北大路友治、肉体的到達者の準備が。そして恐らくだが、一瞬でトップスピードに乗ったマッスルが、猿君の横顔をぶん殴ったのだろう。俺には全く見えない。そして他のクラスメイト達も。


『オオオオオオオオオオオオオオ!』


 舐めていた猿君が本気の戦闘態勢に入った。青いと赤の炎が全身を包み込み、唐鎧、槍、独鈷、剣が炎に彩られ、三面の目がぎょろぎょろと超高速移動して、俺には姿が見えないマッスルを捉えようとしている。俺が知る限り、あの姿はゴリラと戦う時にしか使ってないはず。マッスルの速度と拳の力に、一気にやる気を出したのだろう。猿君、雑魚と戦う時は全くやる気にならないから仕方ないけど、ゾンビ達相手に初動を譲るのは悪手としか言いようがない。


 そもそも本来なら、三猿のデバフを使うべきなのだ。そうすれば一番厄介な東郷さんのバフを封じられる。しかし、戦闘神の矜持からかそれを使わない。尤もマッスルの奴は視力を失っても何ら問題ないだろう。恐らく音と空気の振動で、目を使わずとも寸分の狂いなく全てを把握できるはずだ。


『ガ!』


「ッ!」


 一瞬だけマッスルの姿が見えた。奴の拳は猿君の剣と真っ向からぶつかり合っていた。猿君は確かにその姿を捉えたのだ。


『グオオオオ!』


 そしてその一瞬だけ足を止めてしまったマッスルを仕留めようと、猿君は残像が残るほどの速度で腕を振り、その筋肉を両断しようとした。


 しかし叶わず。


 一瞬でトップスピードに入れるマッスルにとって、足を止めたのは問題にならない。またしても一瞬で消え失せ、迫っていた剣を回避する。


 しかもだ。


『ゴオオオオ!?』


 猿君が再びぎょろぎょろと目を動かして剣を振り下ろすが、今度は完全に回避されたようで、虚しく訓練場の地面に突き刺さるだけだ。


 そう、このゾンビ達に時間を掛けてはならないのだ。ぶつぶつとひたすらバフを掛け続けている東郷さんの力で、彼らは、特にマッスルは底なし、もしくは天井知らずの強化を受け、狭間君と同じく手が付けられなくなっていく。そのため捉えていたはずのマッスルの速さに、猿君がついていけなくなり始めた。


 ブッチン


 さ、猿君切れた! 弱い自分が許せなかった猿君なのに、今やサンドバッグに成りかけていることが、そして何より自分が許せなくなったのだ!


『ゴオオオオオオオオオオooooooooooooooああああああああああああああaaaaaaa!』


 体を纏う青と赤の炎が、噴火したように訓練場で爆発する。そして三面全てが憤怒の形相。その姿、まさに悪鬼神阿修羅。


『【善悪無道ぜんあくむどう死地七道しちしちどう】!』


 悪鬼としての阿修羅の力を宿しながら、それでも武の道に善悪は無く、自らがいる死地こそ六道でなく、修羅道でさえない七番の七道であると叫び、本来存在しない無の力が、万物全て尽くを消滅させる一撃が、その6腕から振り下ろされたのである。


「ありゃほんとに無理だぞ!」


 壊すのではなく無に還し消滅させるその業に、狭間君が焦った声を上げる。


死界しかい廻貫えんかん断壊拳だんかいけん


 今確かにマッスルの声が聞こえた気がする。あの筋肉は技の名前など叫ばない。そんな暇があれば、吐く息を体の気脈に回し、渾身の一撃を叩き込めという合理主義者なのだ。ならば俺がその声に従おう。死の世界の世界、六道だろうが七道だろうがその輪廻をぶち貫き断ち壊し、全てを破壊する単なる握り拳が、猿君が重ね合わせた6本の武器と衝突した。


「きゃあああああ!?」

「な、なんだああああああ!?」

「い、いったい何が……!?」


 異能者ですら直視することのできない、強烈な光が発せられ、それが収まると……


「ぐええええええええ!?」


 結界が死んだと判断して、場外に出されたマッスルと……


「あれ特鬼だぞ……」

「まじかよ……」


 腰から上が消滅している猿君の姿があった。


 いったい誰がそんなことができると思う? たかが20年近くしか生きていない若造が、世鬼という例外中の例外を除けば、世界で最も恐れられ、死の代名詞といえる特鬼と、しかも特鬼中の特鬼、完全に別格な猿君と相打ちに持ち込めるというのだ? しかもまだまだバフを受けて能力を底上げできる余地がある。


『グウウウウウウウ』


「げっ!? 復活したぞ!」

「勇気がんばえー」

「……」

「【払い給い清め給い】」


 だが猿君が恐ろしいのはその不死性もだ。赤青の炎がぼっと燃え上がると、何事もなかったかのように復活した。しかしチャラ男の奴、今にも旗を振りそうな気楽さで狭間君を応援している。完全に自分の仕事はないとあきらめてやがる。


『グウウウウ……』


 だが妙におかしい。猿君が胡坐を組んで座り込み目を瞑っている。まるで座禅だ。


「あら、反省中かしら?」


 ああなるほど。お姉様の言う通り、完全に格下と思ってたやつに殺されたから、反省して瞑想しているようだ。猿君、一抜けたってやつだね。


「どうだ小夜子!」

「これがワイらの力や!」

「……」

「【祓い給い清め給い】」


 狭間君と木村君が戦いの最中にお喋りをしているが、あれは単に時間を少しでも稼ごうとしているだけで騙されてはいけない。チャラ男の奴は論外だが。しかし東郷さんマジでやばいな。マッスルが天井知らず、底なしなら彼女もだ。試合開始、いや開戦以来ずーっと、一瞬も途切れることなくバフを他のゾンビ達に付与し続けている。果たして世界にこれができる浄力者が何人いる?


「じゃあ私が直接やろうかしら。猿ちゃんとあなた達が戦うところを見たかったけど、よく考えたら私の授業中だし」


「それとこれは別問題だろ!」

「なま言ってすいません!」

「……」

「【祓い給い清め給い】」


「あー死ぬかと思った」


 キレッキレな狭間君とチャラ男だが、場外に叩き出されて死ぬかと思ったとか抜かしてるマッスルも相変わらずだ。


「【第三の理・地】」


 出たー! お姉様の第三の理・地だ! あれでゾンビ達は超重力に叩き潰されて身動きが出来なくなる!


「【全周超力壁】いいいいい!」


「あらあらあらあら」


 狭間君、お前まじか。重力操作なんて事をされたら、普通結界なんて意味はない。それなのに彼は、超力壁をドーム状に展開して、重力操作という絶対のものまで空間を捩じって防ぎ、あのお姉様の一撃を防いだのだ。お姉様超楽しそう。


「これがワイらの力や!」


 また調子に乗ったチャラ男がいきってやがる。お前、今回の戦いに全く関係ないじゃん。


「じゃあちょっと出力アップ」


 ミジリ


「いかーん! これ無理いいいいい!」

「ワイだけは許してくださいいいいいいいい!」

「……」

「【祓い給い清め給い】」


 お姉様が力の出力を上げると、嫌な音を立てながら空間の壁が僅かに軋んだ。


「ついでに出しておきましょうか。寅ちゃん、辰ちゃん、巳ちゃん、鳥ちゃん」


「お前まじでふざけんなよ!」

「せや! 裏切ったら許されますか?」

「……」

「【祓い給い清め給い】


「さ、小夜子やりすぎじゃない?」

「ああ」

「そうね……」


 お姉様にブチ切れている狭間君と、ドン引きしている佐伯お姉様達。そしてなぜか狭間君の背後に立っているチャラ男。


 しかし、お姉様やりすぎいいいいい! お姉様の周りに現れたのは、これまた正式式神にして我が帝国の四方を守っている、白虎こと寅ちゃん、青龍こと辰ちゃん、玄武こと実は尻尾の蛇が本体の巳ちゃん、そして朱雀こと鳥ちゃんだが、なんと彼は八咫烏とのハイブリッドなのだ!


 そのそれぞれ10メートルはくだらないザ・四獣達が、狭間君の超力壁を破ろうと……


「チャージ完了いくわよおおおおお!」

「いいから早く撃てえええ!」

「勝ったなガハハ!」

「【祓い給い清め給い】」


 する前に、厚化粧こと如月優子のチャージが完了したらしい。普段はもっと他のゾンビ達から精神力を奪い取っているのだが、どうやらマッスルがいなくなった分、東郷さんから集中的なバフを受けて、かなり短縮できたらしい。


「サンダーーーーーーーーーー!」


 ありゃ魔法なんてものじゃない。そもそも技の名前を叫んでいるように見えて魔法じゃない。あの厚化粧にできるのは、初歩の初歩である初心者用の魔法を使えるだけなのだ。だからサンダーとか言いつつ、あれは本来スタンガンよりはましかな、といった程度の魔法とも言えないようなものなのだ。彼女は砲身だけ立派だが弾を込めれない。


 だがである。それが無限の精神力を持つ馬鹿共からエネルギーとして変換して吸いとったなら話は全く別。どんな巨大な砲弾でも発射できる完璧な銃身と、無限のエネルギー源。絶対に組み合わせてはいけない。


 ■!


 なにせ結界が単なる音と光を攻撃と判断して無理矢理抑え込み、外部に漏れないようにしたのだ。これ、狭間君が味方にそれぞれ壁を張らなかったら、ゾンビ共自滅してたな。不思議なことは、撃った本人はいつもぴんぴんしてることだが。


 ともかく……


 光が奔った。走った。最盛期のゼウスでも慄くだろう。インドラも笑うだろう。


 冗談でもなく結界の外で発動したら、そのまま放射状に伊能市が消滅して地平線まで全てのものを焼き尽くす、まさに雷神の、ケラノウスが、インドラの矢が放たれた。


『ギッ!?』

『が!?』

『っ!?』

『ギュ!?』


『ゴア!?』


 その一撃にお姉様の四獣すら耐え切れず一瞬で消滅して、ついでに瞑想中だった猿君も巻き込んで跡形もない。そりゃそうだろ。通常時でも厚化粧に3日ほどのチャージを許せば、フルパワーの蛇君でも後れを取りかねないのだ。それが東郷さんのバフで、大体半日ほどのチャージ相当になったその一撃に耐えられる者など……


「ええ……」

「嘘やん……」

「はい私の仕事終わり。あとは逝ってきなさい男共」

「【祓い給い清め給い】」


「【第八の理・海】」


 それすら母なる海は、深淵は何もかもを飲みつくす。お姉様は何事もなかったかのように立っていた。


 お姉様の前に浮かぶビー玉のような青い玉が、厚化粧の一撃を全て吸いとったのだ。


「じゃあお返しするわね」


「え?」

「え?」

「え?」

「【祓い給い清め給い】」


 お姉様の言葉にぽかんとする馬鹿共。あの第八の理・海はただ吸収するだけではない。


 青いビー玉が割れると


 ■!


 再び音と光を抑えるため結界が発動した。あの業は、吸収したもの全てをそのままそっくり返すのだ。つまり、雷神の一撃が再び奔った。


「【超力壁一点集ちゅ】!?」


 狭間君が前面にフルパワーの結界を展開して、何とかそれを防ごうとしたが、先ほどまで重力操作に耐えるまで、周囲に張っていたのがまずかった。僅かに間に合わなかった。ほんの一瞬だけ。だが致命的だった。この街をぶっ壊す雷神の一撃は、薄くなっていた超力壁を一瞬の抵抗も許さず粉砕すると、ゾンビ達に直撃したのだ。


「ぐああああああ!」

「やっぱ裏切っときゃよかったあああ!」

「ぎょえええええ!」

「な、なになにいいい!?」


 狭間君、アホのチャラ男、きったねえ叫びの厚化粧、ずっと集中していたから状況を読み込めていない東郷さんが訓練場から叩き出された。


「ぷ。ありがとうね皆。私も授業をぷぷ、受けること出来たわ。ぷぷぷ」


「その口角に作用してる筋肉をなんとかしやがれ!」

「大馬鹿野郎!」

「あれ? ワイって役立たず?」

「け、化粧が崩れた……!」

「もう二度とやらない……」


 お姉様が笑いながら訓練場から降りてきたが、馬鹿共は始まる前よりぶーぶー文句を垂れている。普段ならお姉様に向かってと言うところだが……ま、まあ、そのあれだ、今回は見逃してやろう。


「そういや貴明マネ達は、今度の連休どうするんだい?」


 佐伯お姉様が、何事もなかったかのように俺に話を振る。どうやら先程の事はなかったことにするらしい。話の内容は、来週学園の創立記念日やらなんかの祭日と祝日が重なり、そんでもって土日があるため、一週間以上連休が発生したのだが、その時俺とお姉様は何をするかというものだ。


 そしてもちろん予定は決まっている。


「京都に新婚旅行です!」


 夜の緊急出動で妖異を狩っているから、その報酬金がついに振り込まれ、それを使って俺とお姉様は京都に新婚旅行にいくのだあああああああああっはっはっはっはっはっはっはっはっは!


 あれ? ゴリラも他の名家出身の皆さんも、異能の東西南北と言われてる東郷さん、西岡君、南條君はどうしてそんなに目を剥いてるんです? ってそういや実家は京都だったね。一緒に行きます? いや冗談です。新婚旅行だから流石に二人で行きますよ。


 しかし、なんでそんな顔してるんだ?

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