恐怖の大王 1000か999。1005と12と5と。三月五日
前書き
ひょっとしたら18時ころにもう一話上げるかもしれません。上げてなかったら間に合わず力尽きています。
◆
「き、桔梗小夜子!? まさか貴様か!?」
「なに!?」
「鬼子がここに!?」
巨大な穴をうろうろしていた異能者の一人がお姉様を見つけて声を上げると、近くにいた数人も反応してこちらを見てくる。どうやらお姉様に疑いを掛けているようだが、声の強さ程疑念は深くないようだ。
「桔梗じゃなくて四葉よ。生憎そこまでやったら遊びじゃないって分別くらいあるわ。でしょ?」
「それは……」
「うううむ……」
お姉様の反論に男達が唸る。彼らもで疑っているわけではなかった。ただどうしても、昔の経験からお姉様に聞かざるを得なかったのだろう。そう、安倍晴明が作りし十二神将はそのどれもが特鬼級と伝えられていた。特鬼だ。一体一体がまさに怪物。海外で出現すれば、現地で対処に向かった異能者はまず死んだものとして扱われ、下手をすれば国家が傾くほどの被害が発生し、異能特異点といわれる日本の高位の術者でさえ腹を括る怪物なのだ。それは猿君を見れば一目瞭然。彼は特鬼の中の特鬼ではあるが、アメリカの西海岸から東海岸まで一直線に突き進み、アメリカ合衆国という国家すらも蹂躙できるだろう。それが十二体。全てが同時に出現したならば、最早特鬼の枠を超えて世界の危機、十二を纏めて一つの世鬼として扱われるだろう。それを盗み去るなど、一線を越えた行為と言わざるを得ない。
「心当たりは?」
そんなものが所在不明となっているのだ。知るはずがないと分かっていても聞いてしまうのだろう。
「さあ? でも結界は反応しなかったんでしょ?」
「そうだ」
「じゃあ大分絞れるじゃない」
当然守りの結界はとんでもない。恐らく京都で最も高密度かつ強力なものが敷かれている。今現在も、変わらずにだ。陰陽道最盛期に作られたであろうモノの中で、更に最も優れている結界をすり抜けられるのは、お姉様の言う通り極僅かだろう。
「蘆屋道満か」
ぎょっとした男達。蘆屋道満。詳しい説明なんてする必要がない。あの安倍晴明のライバル。ただそれだけで十分腕前が分かるだろう。間違いなく陰陽師としての極位にして極致。
「安倍晴明自身かもね」
「ば、馬鹿な……」
今度は真っ青になった男達。しかし、彼らの中で事件の繋がりを否定できなかったのだろう。真っ青なったまま何も言わない。陰陽道最盛期のものをどうにか出来るのは、まさにその時代ですら頂点にあった者達なのだ。
「それじゃあね」
用は済んだと男達に背を向けたお姉様。彼らの顔は真っ青のままであった。
◆
「おかえりなさいませ桔梗様」
「四葉よ。この人と結婚したの」
「そ、それはおめでとうございます!」
「ええありがとう」
旅館に帰ってくると、入り口の従業員に丁寧に迎えられたが、お姉様はずっと桔梗ではなく四葉と訂正している。お姉様、僕は、ぼくはあああああああ!
「お食事の方はいつになさいますか?」
「そうね。どうしましょうか?」
「僕はいつでも大丈夫です!」
「じゃあ適当、って言ったら困るわよね。19時でお願い出来て?」
「承りました。19時にお持ちします」
ちょっと正気を失っていたが、一息ついたらお姉様と食事だああああ!
◆
◆
◆
げっぷ。山の幸あり、海の幸あり、まさに和の食事に僕満足。お腹いっぱい。
「庭に出ないかしら?」
「行きます行きます!」
お姉様に誘われたら例え宇宙の果てでも行きますとも。
「おお。星が奇麗だ」
「ふふ、そうね」
外はもう夜だ。庭も部屋に劣らず立派で、夜の静けさを更に優しく表現して、上は満天の星空だった。
「ねえあなた」
「はい?」
お姉様が俺の隣に立ちながら、一緒に夜空を見上げる。
「世界はあなたと会う前に思ってたよりずっと面白かったわ」
「でしょ! それに皆がいますからね!」
ご実家の桔梗家は閉じた環境だったのだろう。それに伴ってお姉様の世界も狭かった。しかしそこから出て世界の面白さを知った。というより、濃い連中に会ったというべきか……。口が裂けても言えないが、主人公気質な藤宮君、よく悪堕ちする佐伯お姉様、実はボッチじゃないかと気にしている橘お姉様はそれぞれぶっ飛んでるし、ゾンビ達は言わずもがな。担任に至ってはゴリラだ。俺に比べたら濃すぎる。
「でもね。それはあなたが隣にいてくれたからよ。ありがとう。愛してるわ」
「俺の方こそお礼を言います。隣にいてくれてありがとうございますお姉様。愛してます」
俺を見つめてくる黒い瞳に吸い込まれそうになる。それでもいいじゃないか。なんか思考がうまく纏まらない。愛だ。そうとも。愛だ。
「ふふ」
お姉様が柔らかい笑みを浮かべながら再び夜空を見上げる。その流し目に僕はああああああああああ!
「あら? これは……おかしいわね……」
「どうしました?」
お姉様が夜空の星をじっと見つめて首を傾げている。
「いったい何が……星が……違う……」
俺の声が聞こえていないようで、夜空を凝視というか殆ど睨みつけている。
「あれが? まさかこっちへ?」
明らかにおかしい。常に余裕たっぷりなお姉様の表情が、今まで見たことがないほど険しくなっている。
「ねえあなた」
「はいお姉様」
「私の目を介して、ちょっと見てほしいものがあるんだけど」
「分かりました」
その険しく夜空を見上げているお姉様に声を掛けられた。俺と親父の邪神としてのシンボルは目だ。これによってどこでもぎょろぎょろできるし、他人の視界を盗み見ることだってできる。なんなら俺が小学生の頃、虐められてないか心配した親父が俺の視界をちょくちょく盗み見てたらしい。心配しすぎだろ。って今はそんなこと考えてる場合じゃない。言われた通り、お姉様の目と俺の目を合わせる。
うっ!? 今までお姉様の視界を見たことがなかったけど、やっぱり思った通りだ。俺が眼球を介して見ている光景と全く違う。世界の理が、星の理が、そして宙の理が見えている。そしてお姉様が見てほしいものが……!?
馬鹿な! なんだあれは! なぜあんなものが存在している! 無形無造でありながら星よりもでかいぞ! あれではまるで破滅の概念そのものではないか! しかもだ! こちらへやって来ている! ここへ! この星へ!
「なんだと思う?」
「分かりません。ただ、破滅の概念を宿した単なるエネルギーとしか……」
お姉様の問いにそう答えるしかない。あれは邪神の俺でも理解不能な人知を超えたナニカ、破滅だ。
「そうよね……ちょっと人が介入してるみたいだけど、防ぐんじゃなくてこっちへ呼んでるみたいね」
「はい!?」
あれを呼んでるやつがいる!? 人類全体を消滅させる気か!
「ああなるほど……なるほどね。なるほどなるほど。ふふふふふふふふふふ。ふふふふふふふふふふ」
それをじっと見ていたお姉様が心底楽しそうにくすくすと笑いだした。
「1000か999じゃなくて、1000と999にして関連付けた、と。12と5を合わせて、交信の触媒は……多分あれね。となると打ち直したはず……そうするとここに来るのは五月七日かしら? それとも……」
お姉様が何やら呟きながら納得されている。俺の方は親父に連絡するか。だが……。
『もしもし親父? 親父? おーい父ちゃーん。パパー……』
やっぱりな。人間が関係しているなら出ないと思った。
『あ、別に具合が悪いわけじゃないから! まさか今更恐怖の大王とか笑っちゃうよね! ってマイサンは生まれてなかったか! 2000年問題と一緒に随分騒がれたもんだよ。パパの見立てじゃ、地球に着弾したら破滅の概念が覆って、99%の人類は死滅するかな。じゃあね!』
『ちょっ!? もしもし!? もしもーし!』
言いたいことだけ言って急に切りやがった。まあそうだろうな。
親父は当てにならない。人間の仕業で人の世界が滅ぶのなら、それは仕方ないんじゃないかなと平気で言うだろう。というか実際動くつもりがないんだろう。
神や神代の怪物が人にちょっかいを掛けたら守ろうとはするだろう。自分達はもう過去の遺物だから、現代に関わるのはよせと思っているから、ヒュドラ事件では行動に移した。しかし、これが人間が引き起こした事なら、それって人間のせいだよね? 俺がそれを何とかしろって言われても困る。と思うのが大邪神の感性だ。だから、今この母なる星に来ているナニカが、親父曰く恐怖の大王がどれほど人間に被害を与えようが、それを引き起こした原因が人間であるならば、親父はお袋やご近所など最低限を守ったらあとは放置するだろう。まあ元々の存在と司っている分野を考えたら、ご近所を守るだけでも大したもんだ。
ならば。
ならば俺がやろう。
「お姉様、清水寺に行きましょう」
「あなた……」
お姉様が気づかわし気に俺を見てくるが、敢えて気が付かないふりをした。蛇君は親父どころか俺も邪神的感性で動かない時の最後の切り札なのだ。だが人間の俺は人類全体の死滅なんて許容しない。断じてだ。ならば俺がやるしかない。
「大丈夫です。ね?」
お姉様を安心させるために力強く断言した。
◆
◆
まさか旅館で考えてた対隕石迎撃方を実際行うことになるとはな。
舞台は夜の清水寺。清水の舞台。仏尊達に舞を奉納する場。これ即ち仏尊の見る世界なり。そして門に戻りて、宇宙の真理を宿した三重塔。
「いいのね?」
「はい!」
お姉様は変わらず心配そうな表情だが、男にはやらねばならん時と場合がある。それが今なのだ。
「第一形態ライン
まずは準備段階。第一形態ボンレスハムとなり、自分の境界を弄って分身する。数は……可能な限り。限度一杯、例え100を超えても。
これから先、はっきり言ってどうなるか分からない。人生で最も力を使うだろう。
ふう……
よしやるぞ。
我が身こそ人の想い。人の願い。その……その依り代! その化身! 人の想像空想概念思念を束ね我が身を持って依り代となす!
【
全ての我の注連縄が解け藁人形となる。手あり足あり肘あり膝あり顔は無し。ただ眼だけが燃ゆる深紅の瞳。
他の神の姿を取るのはあくまでアバターの裏技である。だが今回だけは高らかに謳おう!
アヴァターラ
我らこそがアヴァターラ! 神仏の化身なり!
1000と999の獣よ! 貴様が宇宙から来たるのならば、我らは宙の理で迎え撃とう!
三重塔の中と繋がる! 世界と! 宙と!
「【オン・バザラ・ダト・バン】!」
我ら智なり!
「【ナウマク・サンマンダ・ボダナン・アビラウンケン】!」
我ら理なり!
これぞ密教の世界にして宇宙! それら合わせて二つ、金剛界と胎蔵界を合わせて両界曼荼羅!
そして姿を変えるは大いなる日輪にして宇宙の中心そのもの!
「【マハーヴァイローチャナ】!」
偉大なりし大日如来なり!
我が姿が宙の中心となる。だがそれだけでは終わらない。
仏尊達よ! 最早現代において蜃気楼と化したとしても見ているはずだ! ここはそのための場所なのだから! 見るための場所なのだから! なら宙も見ているはずだ! あれを防がねばならんのだ! 人を守らねばならんのだ! 56億7千万年後に繋げねばならんのだ!
力を貸してくれ!
ありがとう。
我が周りを我らが、彼らが囲む。
開敷華王如来が、宝幢如来が、無量寿如来が、天鼓雷音如来が
阿閦如来が、宝生如来が、阿弥陀如来が、不空成就如来が
そして菩薩達が
仏達が集まり曼荼羅を描く。
それは京都中、かつての平安京の枠を利用して、金剛曼荼羅と胎蔵曼荼羅の両方を一遍に纏めて再現する。
それによって京都とその中にある神社仏閣が全て光り輝く。
日ノ本が輝く。
森羅の、八百万の神となり仏となり、その中心は当然、大日如来と化した俺。そして我が身に宿った宇宙の真理を解き放ちながら、我ら全員が空へ、天へ、そして宙に発光しながら飛び立つ。
空を飛び大気圏を超え宙へ。
火星を、木星を、土星を、天王星を、海王星を、冥王星を超え、超え、超え、超えて超えて超えて!
見えた! 見えたぞ! 見えたぞ1000と999の獣! 破壊の化身そのもの! 恐怖の大王! 意志と自我なき終末! 無形にして無限の破壊エネルギー!
だがでかすぎる! 宇宙の数パーセントに広がっていると思わせるほど、色も形もないエネルギーがあれほど大きくなれるのか! あれを打ち倒すにはまだ力が足りない!
まだだ! まだ足りない!
永遠不滅には程遠い!
形を変えよ!
全ての仏よ円となるのだ!
紙万華鏡のように円となれ!
舞れ! 周れ! 回れ!廻れ! 還れ!
永遠となれ!
不滅となれ!
永久となれ!
無限となれ!
世に星に宙に!
そして何より!
人に!
救いあれ!
「【
小細工無用の真っ向勝負。大日如来、そして八百万の神仏が永遠無限の宙と化して、どこまでも広がり黒を飲み込む破滅の概念そのものに突っ込み
宇宙が光った。
◆
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◆
「ごぼっ! ごほっ! ごほっ! ごほっごほっ!」
「お疲れ様あなた」
し、死ぬかと思ったあああああああ! これがほぼ逝きかけたと言うやつか! 何とか恐怖の大王を消滅させて転移でお姉様の下へ帰ってきたが、人生最大の無茶をしすぎたせいで、清水の舞台に膝をついて咳き込んでしまう。まあ尤も、俺っち素で不滅みたいなもんだから、死んでもすぐ復活するんだけど。
「だい、大丈夫です! ごっほ! ごっほごっほ! ふう……しっかし、あんなもんを何考えて呼んだんですかね? 破滅思想じゃないとしないでしょ」
心配げなお姉様にはある意味で悪いが、恨み渦巻く地球に帰ってこれたおかげでドンドン体調は良くなっていく。やっぱ地球が一番だし、仏の姿なんかとるんじゃないな。 清められてムズムズしていたのが収まっていく。
「形を与えて使役するか、自分の身に取り込もうとしたんでしょうね」
「なるほどー」
お姉様が言うにはあれを利用しようとしたらしいが、無理じゃないかなあ。
「多分だけど、1999の概念を無理矢理引きはがして、1000と999にして星回りとか調整したんでしょうね。核にしたもの的に、本当は1000か999なのにね」
「1000か999?」
「1005年から12と5だしね」
それは……その数字は……ということは核とは……。
「それじゃあ」
おっと、考え込んでしまった。
「あなたに苦労させた落とし前をつけに行きましょうか」
「ひょえ」
お、お姉様、お顔に青筋がががががが。いや、俺の事に対して怒ってくれて嬉しい。でへへへ。
「じゃあ行きましょうか。茨木へ」
お姉様の転移で茨木へ。あの地へ向かう。
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◆
「馬鹿な! 何が起こった! いったい何が!」
目的地へ向かうと、案の定焦った声を出しながらうろうろしている30歳程度の男がいた。腰に剣なんかぶら下げてあぶねえな。しかも逆カバラだなあれ。多分……醜悪のベルフェゴールだ。数が合う。っていうか日本人だよな? 逆カバラにいたんだ。てっきりアジア系はいないかと思ってた。
その男はなんというか、狂乱状態だ。頭を掻きむしりながら、ぶつぶつ訳の分からんことを喚いて、俺とお姉様の事にも気が付いていない。
その後ろには注連縄が巻かれた巨石。それを宙に浮かんだ十二の札と、地面に描かれた五芒星が囲んでいる。
間違いない。こいつ知ってやがる。あの岩の力自体は伝承通りだが、由来は全く違うことを。善から妖に転じたあの力を。
「交信が途絶えた! あの日かあの日じゃないと駄目なんだ! コントロールできなくなる! ちゃんと準備したのに! あの日に来るよう調整したのに!」
男の狂乱はますます酷くなり、唾を飛ばしながら叫んでいる。
「あの日って五月七日?」
「は?」
お姉様が裂けるような笑みを浮かべながら発した言葉に、男がピタリと止まった。まるで分かるはずがない、自分以外が知るはずのない言葉を聞いたかのようだ。
「北極五星、北斗七星、白虎形、老子破敵符」
「き、貴様、貴様?」
やべえよ。なんかあいつ顔面蒼白だし幽霊でも見た顔だ。
「それとも」
「お、お、お……!」
はっきりと男に怯えの色が混じった。
「三皇五帝形、南斗六星、青龍形、西王母兵刃符。六は邪魔ね。となると」
「おおおお!?」
男が腰から剣を抜いたが、明らかに腰が引けている。
「三月五日に割る?」
「それ」
「殺生石を」
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