幕間 あの世の事情2

(三途の川なのは分かってたけど、え? 市役所? 簡易裁判所?)


 男が困惑するのも無理はない。普通三途の川を想像した時、公民館や市役所の様な建物があるなんて誰も思わないだろう。だが彼の目の前にあるのは、紛れもなく近代的なコンクリートで作られた建物だった。


『特別審議一名を連れて来たぞー』


 男が呆然としていると、小舟はいつの間にか向こう岸に到着して、渡し守が担当官に……そう、あの世の担当官、身の丈3メートルは超える赤鬼と青鬼に引き継いだ。


『お勤めご苦労様です』


『昔と比べたらなんてことはないー』


 どうやら渡し守と鬼の格ははっきりと違うらしく、鬼達は腰を折って頭を下げていた。


『この者達は?』


『特別審議の者が殺した連中だー。奪衣婆様と懸衣翁様がはっきり悪党だと結論しとるー。後はどこの地獄か決めるだけだー』


『左様ですか』


 鬼達が船尾から伸びた荒縄に首を繋がれて、殆ど溺れている10人を見た。


(やっぱり奪衣婆と懸衣翁だったか)


 この三途の川で最初に会った老人達は、場所が場所なのだから当然、奪衣婆と懸衣翁に決まっている。だからこそ衣服で罪の重さを測られたのだが、不思議なのはそれを測る木の枝が激しく上下した事だろう。


『ではこちらへ』


「あ、ああ」


『さあ来い!』


「ぐぼっ!?」


 ここでもはっきりと違いが出た。男の方は鬼が案内の声を掛けたのに、10人の方は船尾から外れた荒縄を鬼達が引っ張りそのまま引き摺る。


『別々にするか?』


『いや、全員同じところで済まそう』


『うむ』


 なにやら鬼達が予定を話しながら歩む。


(中は……普通だ……役所? 銀行?)


 男は案内されるまま三途の川簡易裁判所とやらに足を踏み入れたが、中は驚くほど普通だった。かなり広いフロアの真ん中は、市役所や銀行の様に区切られて窓口が設置され、その奥は木製の事務机に座った鬼達が、何やら書類を作っていた。


(は? パソコン? って言うか電気付いてるぞ)


 だが男が最も驚いたのは、あるのは当然だが全く不自然なパソコンと、天井にある電灯の存在だ。どうやらここは電気が通っているらしいが、三途の川に電気があると言われても大抵の者はそんな馬鹿なと失笑するだろう。


『む?』

『んん?』


 だが不思議な事に疑念を覚えているのは男だけではなく、事務仕事をしているらしい鬼達も、男の方を見て戸惑った声を漏らしていた。


『特別審議の方を一名お連れした。他十人はそれに関係するもので、奪衣婆と懸衣翁の方々が悪と認定しているため、行き先の決定をお願いします』


『なるほど特別審議か……』

『入り口から入って来る者は少ないからな……』

『ああ。大概は簡易裁判しすてむで判断されるから、普段は三途の川と賽の河原の管理だ』


 どうやら外からやって来た男達に戸惑っていたらしい。


『赤目よ頼めるか』


『はっ』


 その建物の一番奥、簡易裁判所責任者の札が置かれている机に座った最も大きな青鬼が、一番近くの席に座っている目が深紅の赤鬼に声を掛けた。


 この赤鬼は席次からしてナンバーツーであり、色々な意味で経験豊富なベテランであった。


『特別審議の方は一番窓口へどうぞ』


 元々一番窓口と書かれていた場所に座っていた鬼が、一、の電光掲示板を光らせながら席を立ち、赤目の鬼に席を変わった。


『椅子へどうぞ』


『罪人はこっちだ』


「ぐえ!?」


 ここでも男と10人の扱いが違う。男が指示された一番窓口に向かうと、椅子に座るよう言われたが、10人の方は隣の二番窓口に相変わらず引き摺られ、そのまま地面に転がされたのだ。


『こちらでお間違いないか?』


「ああ」


 椅子に座った男が見せられた書類は、確かに男の名前と生年月日、住所などが記載されていた。


『罪状は……』


(鬼がマウスを操作してる……)


 ここでも妙な事が起きた。事務机に設置されたパソコンを鬼が使い始めたのだ。とんでもない光景である。


『妹の仇を討つためにこの十人を殺害か……』


 余程人がいるのが珍しいのか、聞き耳を立てていた事務の鬼達が難しい顔で腕を組む。


『うーむ……』


 窓口の赤目鬼も同じで、こちらははっきりと唸りながら腕を組んだ。


『十……十か……なんとか指の数……十……』


 赤目鬼は男が殺した数が10人であることに悩んでいた。地獄とあの世にも近代化の波が押し寄せ、それによって現代に合った法整備が行われたのだが、その際、よき復讐、よき仇討、よき報復という少し意味の分からない事を直接果たした者の罪は、勿論他に余罪が無ければであるが、かなり軽いかあるいは実質無いに等しいものとなっていた。


 しかし、男の場合は敵討ちとはいえ少々殺し過ぎである。これが5人ならば、片手で収まってるからよし。となるのが今の法なのだが、なんとか両指の数で収まったとなると、判断を下す赤目鬼としては非常に難しい。


 ここの責任者である青鬼も一番奥の席からそれを聞き、難しい顔をしながら電話を手にした。


『……………失礼します簡易裁判所責任者の青です。先程こちらに来た者ですが、お二人はどう思われます?』


『そうさのう』


 電話を掛けた先は、川を挟んで向こう岸にいる奪衣婆だった。どうやらここの責任者である青鬼より奪衣婆の方が地位が上の様で、青鬼は随分丁寧な口調である。


『あくまで参考にしておくれよ。今の儂らは罪の重さを測れても、刑を決める権限を持っておらんからの。それはお主等の責任の下で行われるものじゃ』


『はい』


 普段なら、それはお主等で決めんか若造共と突っ返す奪衣婆だったが、たった一人で何もかも計画して、全てにケリを付けた男の扱いには困っているだろうと、あの世にいる者達の中で最年長の年寄りの一人として意見を述べる。


『爺さんとも話したが、完全に無罪とはいかんかもしれん。十はちとなあ』


『はい』


 ここでも問題となったのが、男が殺した数だ。青鬼の方も電話を持ちながら頷く。


『お主が思う刑は?』


『そうですな……』


 自分の意見を述べると、そのまま刑が確定してしまう事を危惧した奪衣婆は逆に問い返した。


『殺した者の数、即ち現世時間の十日間、等活地獄に送り、もし妹がまだ浄土にいるなら会わせて、その後輪廻、辺りかと』


 青鬼は、八大地獄で最も苦しみが軽く、殺生罪によって落とされ、死者が互いに憎み合って殺し合う等活地獄へ男を送るが、通常の刑期が1兆6653憶1250万年な事を考えると、10日間は殆ど形式だけの様なものだ。そして、その後に妹と再会をさせようとする辺り鬼にも慈悲があった。


『まあ刑期の上限はそこら辺じゃろうな。しかし、一人が十人を一度に殺した仇討は判例が無いからの……あのお方にお伺いした方がいいかもしれん』


『うーむ……』


『まあそれを決めるのもお主じゃ。しっかりやれい』


『はいありがとうございます』


 大先輩からのありがたい言葉に礼を言って青鬼は電話を切る。


『十日はやはり長いか? 半分の五日? やはりあのお方に……赤よちとこちらへ』


『はっ』


 責任者である自分がこれだけ迷っているのだから、腹心である赤目鬼でも手に負えないだろうと、青鬼は一旦赤目鬼を呼び相談し合うことにした。


「あれ、特別審議?」


(子供? いや青年?)


 その時、屈強な鬼達ばかりのここには似つかわしくない、ほんの少しだが子供っぽい青年の声が発せられた。男がそちらを見ると、田舎に行けばどこにでもいそうな、垢抜けない青年が入り口から入って来ていた。

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