幕間 あの世の事情
(……ここは……どこだ?)
薄っすら靄が掛かったかのような周りの光景に、男は自分の置かれている状況について考える。
地面は砂利で男のすぐ傍には川が流れていた。
(俺は確か……)
「おいここはどこだ!?」
「どうなってる!?」
「なんだ!?」
困惑しているのは男だけではない。その男以外にいる他の10人も慌てたように周りを見ていた。
(ああそうか)
その10人の顔を見て、男はこの場所が何処であるかを確信する。なにせつい先ほど男が殺した者達なのだから。
(仇は取ったぞ馬鹿妹)
「お前!? そうだお前だ!」
男とその10人は因縁があるどころではなかった。何年も前に強姦されて、それを苦に自殺した女性の兄がこの男で、10人の男達は全員がそれに関与していたのだ。そのため詳しい事は省くが、全員を集める事に成功した男は、自分ごと10人全員を殺害して妹の仇を取ったのだ。取った筈だった。だがなぜ彼らがここにいるのだろうか?
『ふうむ。簡易裁判しすてむとやらに弾かれて、儂らのとこに来たとなると、扱いが面倒な奴等かの婆さんや』
『そうじゃのう爺さんや』
「あ?」
「なんだああ!?」
「ひいい!?」
10人全員が悲鳴を上げる。
なにせ成人男性である彼等が見上げるほど大きな、年老いた翁と老婆がそこにいたのだから。
『いんや? そうは言うても儂らが必要かの婆さんや?』
『そうじゃのう。どいつもこいつも悪党じゃ』
何やら首を傾げている老人達。
「てめえ何しやがった!」
1人がこの訳の分からない状況を引き起こしたのは、因縁ある男に決まっていると詰め寄るも、怨敵達と話す意義がないため黙り込む。
『おやおや? この者が原因かの婆さんや』
『ほうほう。そうじゃのう爺さんや』
「ひ!?」
男に詰め寄った者が、急に近付いてきた老人達に怯えた声を漏らす。
『上着を貸してくれんかの』
男は背を折り曲げながら近づいてきた爺に、黙って自分の上着を差し出した。
『おうおう。こ奴で間違いないぞ婆さんや。こりゃ扱いが難しい』
『そうじゃのう爺さんや。枝がこんなにも上下しておる』
男の衣服を翁が、自分の後ろにある樹の枝に乗せると、枝は激しく上下にしなり始めた。
『どれ、一応他の者も見ておくか。一応の』
『爺さんも心配性じゃのう。意味が無いと思うがねえ』
「な、なんだあ!?」
「服が!?」
老人達が他の10人を見ると、途端に彼らが着ていた上着が勝手に動き始め、それぞれが木の枝にかかった。
『ま、やっぱりの』
『ほれみてみい』
肩を竦める翁に老婆が笑う。
その枝は全て、重さに耐えかねた様に下に下がっていた。
『しかしお前さん、こんなに枝が上下するなんて何をやったんだい?』
『どれ、ちょっと目を見せてみい』
しかし、男の上着がかけられた最初の枝はいまだに上下しており、興味が引かれたと老人達が男の瞳を覗き込んだ。
『ほほほほほ。妹さんの仇を取るためにこ奴らを殺したか。骨があるのう爺さんや』
『そうじゃのう婆さんや。しかし手の指の数を殺したとなると、いやはや扱いが難しい。完全に無罪とはいかんかもしれんのう婆さんや』
『どうかのう。随分とあのお方が気に入りそうな話じゃわい。そう思わんか爺さんや』
『ほっほっほっほ。そうじゃのう婆さんや』
すると老人達は得心が言ったと頷きながら笑い合う。
『ろ、じゃなかった三百円は持っとるか? 二百円でもいいぞい』
(遊園地のアトラクション料かよ。しかも修正してからやっぱり元の料金でもいいってなってるし)
翁が樹の影からプラカードの様なものを持ってきて男に見せたが、そこには、渡し賃二百円、の文字がバツ印で上書きされて三百円と修正され、その後更に二百円でも可と更に修正されていた。
「いや財布は……あるな。三百円も……あるな」
ここで初めて男が話したが、それは戸惑いの声だった。服はぎりぎり分かるとしても、まさか財布まであの世に持ってきているとは思っていなかった。
『ひーふーみー。ほい確かに』
「おいてめえ!」
翁が三百円を数えている間に、10人が男に詰め寄る。当然老人達にはそんなことできない。敬老精神あふれている彼らは、身の丈3メートルは超えている不気味な老人達を視界に収めないようにしながら声を荒げた。
「……」
だが男の方は徹底的に無視だ。
「野郎!」
『おう来た来た』
10人が男を囲もうとしたとき、翁と老婆が川の方を見て声を出した。
その来たというのは、川を渡る木造の小船で、櫂を使って船を漕いでいる者は襤褸を纏って顔がよく見えなかった。
『特別審議の大人一人。銭は貰うた。後は、まあ参考人とも言えんか。悪人だから引っ張ってくれい』
『おーう。乗っとくれー』
(なるようになれ)
船乗りが翁と話し終えると間延びした声で男を手招きする。それに素直に従う男は、自棄になっているとはいえある意味大物だろう。
『出すぞー』
「ぎゃ!?」
「ぐべっ!?」
しかし船に乗れたのは男だけだ。突如として小舟の船尾から荒縄が10本伸びると、同じ数の10人の首に巻き付いた。
「ごぼっ!? ごっぼぼおぼっ!?」
「や、やめぐぼ!?」
しかもそのまま船を出したものだから、10人はそれに引っ張られて川に落ち、溺れながら必死に息を吸い込もうとする。しかし、首を強烈に絞められている彼らは溺死寸前だ。
「……」
それを男は無感動に見るどころか、心底興味がないと船の行き先だけを見ていた。
『ついたぞー』
変わらず間延びした声の船乗りの声と共に濃い霧が晴れて、川の対岸が見られるようになった。
(は?)
男が呆然とする。その先には
【三途の川簡易裁判所】と書かれた
どう見たって市役所の様な近代的な建物が現われた。
そして当然、ここは三途の川だったのだ。
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