幕間 世界の事情

 世界異能大会の初日が終わり、一般の視聴者達は今年も凄いものを見れた、明日も見なければと満足して喜んでいた。


 一方、喜ぶどころか悲嘆に暮れている者達もいた。


「本当にカルロは負けたのか!?」

「どうして映像がない!」


 具体例を挙げると必勝を確信して送り出した、秘蔵っ子であるカルロが負けてしまったバチカンである。


 バチカンのお偉い者達は、そりゃもう必勝を確信していた。なにせ大鬼とも戦った経験があり、ミカエルの力を使いこなせるカルロなら、例え世界中が精鋭達を送り込んだとしても、余裕で優勝してバチカンの名を高めてくれると思っていたのだ。


 そのため彼らはカルロに対して、世界にお前を見せて来いカルロ。と信じて送り出していた。


「藤宮雄一とは何者だ!」

「いったいどんな力を使ったのだ!?」


 ところが蓋を開けてみるとまさかの初戦敗退である。しかも相手は聞いたことのない名前で、映像が無い為詳しく分析できなかったが、なにやら虹色の力を使いこなすと言うではないか。ダークホースにして送り出したカルロを凌ぐ、学園でも極一部しか知らない真のダークホースの存在に、バチカンの上層部は混乱を極めていた。


「いやまだだ! まだバトルロイヤルの方が残っている!」

「だが一度あったことが二度ない保証が何処にある!?」


 まだバトルロイヤルが残っていると気炎を上げる者に、別の者が冷徹な可能性を問う。これまた映像が無い為詳しくは分からなかったが、現地からの情報で優勝候補筆頭であった、"一人師団"の次男が一瞬で敗れた波乱が知らされており、カルロが間違いなく優勝するという、当初の予定を木っ端微塵に打ち砕かれた彼らにとって、今大会は全く先を見通せないものと化していた。


「放送をされていなくてよかった……」


 そうなると当然、自信満々に送り出した者が敗れる映像を、世界中に流されなかったことにほっとする。最初はその事に憤っていたが、いざ自分の陣営が敗れるとよかったと思うのだから、人間とはそんなもんである。


 ◆


「情報部から話は聞いている! 初見でアトロポスの権能使いとやりあって勝てる方が驚くわ! 腐らずバトルロイヤルに頭を切り替えろ!」


『わ、分かったよ父さん』


 一方、優勝候補筆頭と謳われながら惨敗してしまった、"一人師団"の次男は気落ちしながら父に電話で報告したが、返って来たのは激励だった。


 徹底的なアメリカ軍人的リアリストの父は、情報部が現地から上げて来た、息子を倒したのはどうもアトロポスの権能使いではないかと結論付けられたレポートを見て、んなもん俺がやっても一方的に殺されるだろ! と絶叫していた。


「今回の大会は、どう考えてもお前の兄の時より滅茶苦茶なんだ! ステーツに栄光を齎すとか、変な使命感に燃える前に、自分の腹を括り直せ! いいな!」


『はは、うん。分かった』


「よし!」


 まさしく、兄が世界異能大会で優勝しているのだから、自分も優勝して祖国に栄光をと思っていた自分の次男に対して、一人師団はそんな事より自分の覚悟を決め直せと叱咤する。


 そして代々軍人の家系の一員として教育された次男は、ある意味いつも通りの父の声に苦笑しながら、報告を終えるのだった。


(息子はあれでいい。問題はステーツ選手団だ)


 次男の声に張りが戻った事を確認した一人師団は、次は父でなくアメリカ合衆国異能者のレジェンド、もしくはご意見番としての思考に沈む。彼は現役は退き軍を退役しているため、最盛期程の影響力を持っていなかったため、ある一つの意見を通せなかったことに不満を抱いていた。


(だから西海岸校の生徒も入れろと言ったんだ)


 人口が多いアメリカなのだ。国内においても、多数の異能者養成校が存在していたが、トップを選べとなると、サンフランシスコにある西海岸校か、ワシントンDC郊外に存在する東海岸校のどちらかになるだろう。


 この2校はアメリカ大陸の端と端に存在するため、同じ養成校でもかなり毛色が違っていて、西海岸は来る者拒まず、例えハルマゲドンが起ころうともピクニック気分にさせてやると徹底的な訓練が行われていた。


 これで志願者が全く減らないのは、この校では、人種、信条、国籍、その他色々全てひっくるめて完全に平等で、兵士に生まれとか何の関係がある、必要なのは友情努力勝利だ! の気風が真剣にまかり通っており、移民や脛に傷を持つ者にとって、出自? なにそれ美味しいの? それより遮蔽物に身を隠せって言ったよね? 再訓練だ! という環境はある意味理想で、そのため古き良きハングリー精神を持つ者達が常に門を叩いていた。


 そして腰も軽い。日本の異能学園が非鬼、つまり恐るべき蜘蛛の事を発表した際、半信半疑ながらも真っ先に動いたのがこの西海岸校であった。


 一方東海岸校は、首都ワシントンDCに存在する事もあってか、出自が怪しい、もしくは疚しい者を弾くため、徐々に首都防衛隊を育成するためのエリート校のようになりつつあった。勿論悪い事ばかりではない。2代、もしくは3代、いやひょっとすると、先祖代々ずっと軍人の家系ですと言った者達を優先して入学させているため、DCに置くに相応しい忠誠心と能力を持った集団となっているからだ。そのため最初から適正のある者達が多く、個々の能力では西海岸校を凌駕していた。


(東海岸校のおぼっちゃま化が進んでいるぞ)


 だが、軍部の叩き上げの異能者達は、その事に不満を抱いていた。というのもエリートという意識が強すぎて、フロンティアスピリッツ、ハングリー精神というものを持っていないと、一部の者達から見られていたのだ。


 そのため一人師団を含め、中東に派遣された経験のある退役異能軍人達は、世界異能大会に出場する選手の内、何人かは西海岸から選ぶように働きかけていた。彼らの思惑では、技量では優れているものの、おぼっちゃま化し始めている兆候がある東海岸校と、ハングリー精神が溢れているものの、技量では若干劣る西海岸校がお互い刺激し合うことを期待したのだ。勿論反目し合って険悪な事になるかもしれない。しかしそれすらも、あいつらには負けてなるものかという思いに繋がるなら、それはそれでよしと思っていたのだ。


 しかし悲しいかな。彼らのその想いは、政治力の前に屈するものとなる。DCに存在して、かつ有力な政治家の子弟も通う東海岸校は、こと政治力に置いて西海岸とは比べ物にならない。政治家も親も、そして生徒達すら自分達東海岸校だけで勝てると判断され、結局日本に派遣されたのは、一人師団の次男も通う東海岸校だけであった。


(やはり子供達は西海岸校の方が……いや、俺も親だ……ままならん……)


 一人師団個人としては、西海岸校の方が子供達を預けるに相応しいと思っていたが、しかし、卒業後の進路を考えるなら、勿論能力があることは大前提なのだが、それでも東海岸校出身の方が圧倒的に有利だ。そのため彼は、子供達を東海岸校に入学させた経緯があった。


(まあとにかく、結果を見届けなければなるまい)


 思考に耽っていた一人師団だが、色々するにしてもともかく大会の結果次第だなと、一つ溜息を吐いたのであった。


 ◆


 ◆


 一方ロシア。


「一人師団の次男に勝った奴を引き抜け! ぜーったいに引き抜け!」

「アメリカに勝てるならそれでいい。他はどうだっていい」

「1にアメリカに勝つ。2にアメリカに勝つ。3,4が無くて、5にアメリカに勝つ」


 平常運転であった!

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