幕間 一日の終わり

 ギリシャ選手団は、伊能市郊外のホテルに滞在していたが、現地は厳戒態勢だった。なにせ日本にあるギリシャ大使館の人員まで来ている程で、ホテルの外では屈強なギリシャ人達が辺りを警戒している。


 ではなぜこんな事になっているかというと、それは覚醒したモイライ三姉妹が原因であった。その中でも特にアトロポスは、アメリカ異能者のレジェンド、"一人師団"の次男である優勝候補筆頭を、一撃で倒したことによって、アメリカからは勿論、そのアメリカを倒せたらなんだっていいロシアが、節操なしに接触をしようとしている情報を掴んだギリシャは、絶対に引き抜きされてなるものかと、厳戒態勢を敷いていたのだ。


 ではその最重要人物である、モイライ三姉妹が何をしているかというと……


『はい』


『どうぞ』


『召し上がれなの』


「頂きます!」


 チャラ男こと木村太一を自室に連れ込み、手料理を振る舞っていた!


 貴明達と分かれた後、三姉妹は渋る選手団の係員を説き伏せ、太一を愛の巣へ招き入れたのだ。そして元々選手団が借りていた厨房の一角で、ラケシスとアトロポスが料理を作り、長女であり未来が読めるクロトーが、邪魔ものが来ない様、太一と共に部屋にいたという完璧なコンビネーションを発揮して、今現在彼らは4人で食事をしていた。


「うまーい!」


 その料理に奇声を上げている太一は、普段なら、え、何この空気? 超厳重じゃね? とホテルの空気を読めたのだが、人生初の交際で舞い上がっている彼は、現在進行形で脳みそがお花畑であり、そんな事に全く気付いていなかった。


 勿論選手団の代表は、今の状況を考えて、他国の者を招き入れるのは慎んでくれと苦言を呈したが……。


『彼は未来のギリシャに必要なのよ』


『なに、そうなのか……』


 と、よりにもよって未来が見えるクロトーにそう言われると、何も言えなくなってしまった。まあそれはそうだろう。今しか分からない者達にとって、先が分かる者の言葉は殆ど絶対のものなのだ。そのため太一は、知らぬ間にギリシャにとって重要な人物と認定されていた。


(そう言っておけば誰も文句は言えないわね)


 が、これはクロトーの真っ赤な嘘、女の謀りであった。幾ら彼女が運命の女神の魂を持っていようと、年単位で未来の事など分からない。それなのに彼女は、能力を全力で使って未来のギリシャを見ると、祖国に齎される危機に対して、太一が大きな活躍をしたことだけ何とか分かったと宣ったのだ。だが間違いなく、この言葉で太一は三姉妹との仲を黙認されることになった。


 尤もこの嘘、正真正銘の嘘とも言えなかった。三姉妹は両親と仲がいい極普通の家庭だったため、ギリシャに何かが起きた時は、太一が彼女達の実家の危機やあああ! と突撃するからだ。世界最高の権能使いがである。その上更に、太一が困ってるのか。しゃあない行くかと、他のゾンビ達も全員付いてくるとなると、相性次第になるが世鬼が現われようと渡り合えるだろう。その上更に更に、そんな危ない状況になると、絶対に本心は言わないが心配した貴明がこっそり付いて来て、更に更に更に、面白がった小夜子がニタニタ笑いながらセットでやって来るのだ。それを考えると、ギリシャで再びティタノマキアが起こっても何とかなるだろう。故にこの嘘は、嘘と言い切れなかった。


『よかったわ』


『よかった』


『よかったの』


 美味い美味いと言いながら料理を食べている太一を笑顔で見ている女達は、あのギリシャ神話由来の女達なのだ。女であることを優先するのは当然の話。


「ワイ幸せ!」


 尤も男の方も幸せなのだからそれでいいのだろう。


 ◆


 一方幸せではない者もいた。


『キキ!』


 蜘蛛は激怒していた。久方ぶりに訪れていた休暇中に、突然主人から呼び出されると、真バアル形態などと訳の分からない事を言われて、頭に乗られた理不尽さ。しかも急に必殺技と言われても何の事か分からなかったし、その必殺技とやらに蜘蛛はこれぽっちも関与していなかったのだ。そして事が終われば、はいさようなら。全く自分は必要ないと来た。


 まあ、目には目を歯には歯を、復讐、報復、やり返し。そういったものを司っている貴明は、無意識に相手と似たような事をして、そこから更に上回り相手を貶める癖がある。人間としての面は、不意打ち上等、相手に何もさせず倒す、遠距離から一方的最高、と合理主義の塊のような事を好むが、邪神としての面なら態々バアルと似た姿を取ったり、群体型のベルゼブブに、同じく群体型のアバドンで対抗したりと、人間の面に対して正反対で迂遠な事をするのだ。そしてそれが、大邪神である父から受け継いだ素養、神としての役割と考えると、一概に彼だけが悪いとも言い切れなかった。


『キギャ!』


 だがそんな事、判子一つの為に休日に呼び出された、社畜の様な扱いを受けた蜘蛛には関係ない。彼はブラック企業の社長に、怒りの声を上げるのであった。


「蜘蛛君お疲れー!」


『にゃあ』


『ゲコ』


『キ!?』


 そう蜘蛛がホームである地下訓練場で世の理不尽を嘆いていると、貴明が猫と蛙を引き連れてやって来た。その貴明の手には、ジュースとお菓子がスーパーのビニール袋にパンパンに詰められている。


 本体の貴明は小夜子と眠りについているため、この彼は分裂した体なのだが、自分の泥を介して全ての貴明は繋がっているため、彼もまたオリジナルと言ってよかった。


「いやあ、蜘蛛君、猫君、蛙ちゃんのお陰で邪神として俺っち満足。そんでもって悪魔をぶっ殺すなんていいことした後は、お礼も兼ねて皆で打ち上げだよね!」


 相手の真似をしてなおそれを上回り貶めるという、高慢で邪な行為に邪神として満たされたと、貴明は眷属達に礼を言いながら全員分の紙コップにジュースを注ぎ、祝勝会の開催を宣言する。


『キイ……!』


 もし蜘蛛に涙腺があれば感動して泣いていただろう。この貴明という男、そう言った事には気を配れるのだ。ただちょっと、労働の義務とか、労働は美徳という言葉を曲解しているだけで。


「という訳でカンパーイ!」


『にゃあ』


『ゲコ』


『キキ!』


 器用に紙コップを持って乾杯する眷属達。


「この大会何処が優勝するかなあ」


『にゃあ』


「あ、猫君はやっぱり通常部門じゃ半裸会長を推すか。あの半裸ヤバいよね」


『キキャ』


「そうそう俺も思ったよ蜘蛛君。アメリカは蜘蛛君の教え子の、新兵さん達を連れて来た方がよかったんじゃないかな? 能力は高くても腹の括りがいまいちなんだよね。まあ俺らって精神性を重視しちゃうからなんだけど」


『ゲコ』


「そりゃお姉様が出たら優勝確定だよ蛙ちゃん。ねえ皆。あっはっはっは」


『にゃあにゃあ』


『キャキャキャキャ』


『ゲコゲコゲコ』


 こうして蜘蛛に訪れた休暇は、ちょっとだけアクシデントがあったものの、最後は楽しく語り合いながら過ごせたのであった。




後書き

判子一つで呼び出される社畜の表現は感想からいただきました!ありがとうございます!

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