バアル

 バアルの契約者の記憶を基に、俺が認識した奴の所へ転移したのだが妙だぞ? その男は俺とお姉様の前で、血を流しながら倒れている。その奥には……紀元前の神殿遺跡みたいなのがあるな。多分あれがバアルの契約者が根城にしていたところだろう。


「しっかりしてください! 一体何が起きたんですか!?」


 倒れている男に邪神流お話術を用いて、このあり様の原因を尋ねる。コツは親身に、そして自分を助けてくれると思わせる様な声でだ。そうすればいきなり現れた俺達にも、素直に何があったか話してくれるだろう。


「う、うう……バ、バアルの石板が、この神殿にいる全員で殺し合いを始めさせたんだ……い、生き残った最後の奴に、契約してやると言って……」


「な、なんてひどい事を!」


 バアルの奴め。契約者との繋がりが途絶えたから、新しい奴を見繕うために契約者の部下たちを嗾け、この神殿でバトルロイヤルを開催して、唯一生き残った者と契約するつもりなのだろう。あまりにも惨すぎる。俺だって精々、最後に生き残った奴だけ助けてやるとこいつらにバトルロイヤルさせて、唯一の勝者に嘘だよバーカって言いながらぶっ殺す位しか考えてなかったのに! おのれ外道!


「た、たすけてくれ……」


 はっ!? いかん、バアルの外道さに憤ってる場合じゃなかった。腹部から大量出血してる男が、このままでは死んでしまう!


「はいどうぞこれ」


「ふふ、なんて優しいのかしら」


 俺が男にあげたものを見たお姉様が、俺の慈悲の心を褒めてくれた。


「こ、これは?」


「叫喚地獄行きの直通券です。向こうで待たなくて済みますよ」


 いやあ、主席として何時如何なる時に用事があってもいいよう、メモ帳とボールペンを持っていてよかった。メモ用紙に、俺のサインで叫喚地獄行きチケットと書いておけばあら不思議。バアルの契約者と好き勝手していたこの男は、順番待ちをせずに直接叫喚地獄へ行けるのだからまさに大助かり。賽の河原にいた鬼さん達も、配置転換の研修が終わったらしいから、彼らが気合の入ったおもてなしをしてくれるだろう。


「それじゃあ行きましょうかお姉様!」


「ええそうね。ぷぷ」


「お、おい!? ちょっと待ってくれ!? 待ってくれえええええ!」


 人助けをした清々しい気持ちで神殿の中に入ると、そこには既に事切れた人間達が大勢いた。


「あら、魂が無いわね」


「ですよねえ……」


 お姉様の言う通り、その死体は死んで間もないというのに、魂の欠片も残っていなかった。なーんか嫌な予感がするな……。


 奥へ奥へ進んでも、転がってる死体に魂は残っていない。こりゃ間違いないな……。


「バアルよ! この俺が勝者だ!」


 一番奥の間で、男が勝鬨をあげながら、玉座のような場所に安置されている石板に向かって叫んでいる。


「さあ契約を!」


『よかろう』


 どうも、自分が逆カバラの悪徳として、栄華を極める姿を想像しているのか、後ろ姿だけしか見えないのに、恍惚とした雰囲気を発している。まあ無理なんですけどね。


『最初の贄として光栄に思うがいい』


「は?」


 何も書かれていないまっさらな石板がピシリと割れ、魔力、圧、邪気、そう表現出来るような力が噴き出した。


『クカカカカカカ!』


 それと同時に現れたのは……


 普通の体育館では収まらないほどの大きさをした、蜘蛛の足に猫の頭、蛙の頭、そして王冠を被った人間の首が乗った怪物、ソロモン72柱序列第1位、66の軍団を率い東方を統べる王。悪魔の中の悪魔。


『さあ、貴様の魂も寄越すのだ!』


「ぎゃああああああ!?」


 石板に封じられていた名高き悪魔が、バトルロイヤルという儀式を行い、そこからくべられた魂を糧に、現代にその姿を現したのだ。そしてその大悪魔が、残った最後の人間の魂を吸い取ることで儀式は完成した。


 今ここに、大悪魔


 バアル


 またの名を


 バエルが蘇ったのだ。


 だから悪魔は嫌なんだ。封印されてようが虎視眈々と復活の機会を狙っているため、逆カバラの悪徳も契約をしてようと、こいつらの扱いは細心の注意を払っていただろう。そして、ある意味エリート中のエリートである悪徳がなんとかコントロールしていた悪魔を、単に少し腕が立つ程度の連中で制御できるはずがない。自分と契約して魔の頂点に立てと言う甘言に踊らされた者達は、等しくこの悪魔の贄となったのだ。


『クカカカカカカカカ!』


 超上機嫌で復活したバアルだが、見たところまだまだ完全な復活ではないようだ。そして俺は、勇者が育ち切るまで待つ魔王じゃなくて邪神なのだ。お約束なんて無視して不完全な状態なままぶっ殺す!


「いでませい!」


 そんでもっててめえが蜘蛛、猫、蛙、王冠を被った人間なら、こっちもそれで戦ってやる! 呼び出すは我が眷属! 故に四面注連縄を用いずとも、俺の体の中から召喚が出来る!


「猫君!」


『にゃあ』


 まずは帝国のゲリラ戦教官、猫君が俺の胴体からずるりと現れて一鳴きする。


 次は我が第一の僕、腹心中の腹心、呪術担当……!


「蜘蛛君!」


『キキャァ!?』


 世界異能大会の期間中だったため生徒との戦いもなく、呪術専門書の編集も一息ついたため、暇を持て余していた蜘蛛君が、やる気満々の大きな声を出して出現する。なにせ俺が今まで聞いたことのない叫びなのだ。恐らくこれが蜘蛛君のマジの声なのだろう。


 そして最後の頭、蛙だが俺の眷属に蛙君はいない。しかし、知り合いの蛙ちゃんならいる!


「お姉様!」


「はーい」


 お姉様がいつもより更に素晴らしいニタニタ笑いをしながら、懐から一枚の式神符を取り出す。


「日の目を見たわね」


『ゲコ』


 式神符から現れたのは、外見上普通の蛙と何ら変わりない、まさにザ・カエル。これぞ通常の式神符では式神を作れないお姉様が、俺の髪の毛とお姉様の髪の毛を編み込んで作った特別製式神符を用いて、しかも墨は俺のタールを使って産み出された、お姉様にとって最初の式神。その名も潰れた蛙こと蛙ちゃんだ。


 ただまあ、一番最初のプロトタイプもプロトタイプ。その性能は……とんでもなかった。素晴らしいお姉様が、式神符を作るにあたって様子見とか慎重にとかするはずがない。特製式神第一弾である蛙ちゃんは、一つの事を詰め込んだら、何処までその能力を発揮できるかのコンセプトの元、お姉様の【第三の理、地】をほぼそのまま与えられたトンデモ式神なのだ。


 尤もお姉様に言わせると、あくまで試しに作っただけであり、お姉様の正式戦闘式神には数えられていない。


「さあ行くぞ蜘蛛君、猫君、蛙ちゃん! 合体だ!」


『にゃあ』


『ゲコ』


『キイ!?』


 3人から頼もしい返事が返って来た。俺は猫君と蛙ちゃんを両脇に抱え、蜘蛛君の頭の上に乗る。完成!


「これぞ真バアル形態!」


『にゃあ』

『ゲコ』

『キ!?』


 蜘蛛、猫、蛙、そして皇帝たる冠を頂いた俺。まさにバアルとしか言いようが無い。俺が! 俺達こそが! バアルだ!


『何だ貴様は!』


 あ、ようやく気が付いてくれたんですねバアルさん。


『【嵐雷せいらい征裁せいさい】!』


 バアルめ。俺達真バアルが危険とみていきなり全力の攻撃だな。しかし、悪魔に貶められる前の身に未練たっぷりだな。嵐神、雷の武器、自然を征する、そして裁き。一神教に零落させられる前、ウガリッド神話における、神としてのバアルの肩書と神の特権である裁き。その概念を詰め込まれ、ぎゅっと圧縮されたカテゴリー5並みのハリケーンが、解き放たれ


「ません!」


『ゲコ』


『おーーーーーーー』


 蛙ちゃんの一鳴きと共に、バアルの3つある顔の全てが半分くらいに潰れた。それだけではない。バアルから発せられた悲鳴が、随分間延びしたものになっている。


 これぞ蛙ちゃんの能力、重力操作。そこからさらに発展して概念に介入し、時間軸すら狂わす霊的な重力を発生させるのだ。サンキュー相対性理論。重力が時間の流れをなんちゃらかんちゃらと、さっぱり意味分からんけど。


 そしてええええええええ!


「さあ行くよ皆! 必殺技だ! 邪神パワー全開!」


『にゃあ』


『ゲコ』


『キキキキキキ!?』


 真バアルを構成する皆の意識を一つにする!


 これぞ量子力学と相対性理論の奇跡のコラボレーション!


「【時間じかん重壊じかい運命の世解せかい】!」


『にゃあ』

『ゲコ』

『キ!?』


 猫君と蛙ちゃんが協力して開けた、時間、未来、現在、過去、そして運命が入り混じる、この世のどこにも存在しない筈の世界に、バアル共々入り込む。


『おーーーーーーーー』


 未だ間延びしたバアルだが、悪いけど邪神の技は全部初見殺しの確殺必殺技で、相手に何もさせず一方的にぶち殺すってのが相場が決まってるんだよ! 鍔迫り合いだの拮抗だの読み合いなど一切なああああい! 一撃で決着を付ける!


「猫君、解は?」


『死』


 箱の中の猫、その化身である猫君が解を出した。即ち箱の中に存在していたバアルを覗き込むと死んでいたと、この、時間、未来、現在、過去、運命が入り混じる界で! つまりそれは決定なのだ!


「回答、死! 証明完了! Q.E.D!」


 観測者である猫君が死であると結論付けたのだ。そこに証明過程なんてものは必要ない。ただ俺は、この世界にバアルが死んでいると解を告げればいいだけ。


『お』


 それだけを断末魔に、時間軸と重力、運命が入り混じるこの世界全てに、死んでいると定義されたバアルは、魂の欠片も残さず完全に消滅した。来世もなにもない完全なる消滅か無間地獄行き。さて、どちらがよかったかな?


「やったね皆! 俺達の勝利だ!」


『にゃあ』

『ゲコ』

『キイ!?』


 俺、蜘蛛君、猫君、蛙ちゃんの……真バアルの完全勝利だ!


「じゃあ帰りましょうか」


「はいお姉様! 猫君、蜘蛛君、助かったよ!」


 元の世界に戻り、大活躍した蜘蛛君と猫君を、学園の元居た場所に送り、お姉様と一緒に我が家に帰る。


 ふう、すっきり。これでチャラ男を蹴飛ばした、いやいやいやいや違う違う違う違う。これで学園に忍び寄ろうとしていた魔の手を、未然に防ぐことが出来た。決してチャラ男は関係ない。うんうん。


 と、ともかく、よく分からんが奪われた椅子にも座れ直しただろう。間違いない!

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