残酷なる空の壁

『試合開始!』


『神よ!』


 試合開始と同時に、アメリカの選手は一神教の力で自分を強化した。見たところ、オーソドックスな霊力使いで、その強化された体で戦うのだろう。


 一方で佐伯お姉様は空中に


『させん!』


 相手選手はそれを、距離を取るためだと判断して、そうはさせまいと走り出す。


 恐らくこの会場のほぼ全ての者がそう思ったはずだ。


 佐伯お姉様は、後ろに下がったのだと。


 だがである。


『馬鹿な!?』


 相手選手が驚愕の声を漏らす。


 佐伯お姉様は後ろに跳んだのではない。


 上へ、


「一年が飛行魔法!?」

「そんな馬鹿な!?」

「いやすぐにコントロールを失うはず!」


 驚愕しているのは選手だけではない。試合を観戦していた先輩達も、佐伯お姉様が落下せず空中に浮いているのを見て驚いている。


 飛行魔法とはそれほど扱いが難しい。それも当然だろう。人間は単身で空を飛び回るように出来ていないのだ。ルーキーが扱えるような技術ではない。


 だが佐伯お姉様にはその才能があった。初めて飛行魔法を使ってもなんとか形になっていたのは、それだけでも並大抵のことではない。普通はどこかへすっ飛んで行ったり、藤宮君がそうだったように大車輪の様に回ってしまう。だが佐伯お姉様は、先々代アーサーにけちょんけちょんにされている猛特訓の中で掴んだのだ。


 空への道を。


 人よ見るがいい。おおよそ20メートルほどの高さにいる佐伯お姉様を。普段は余裕の笑みを浮かべている唇は引き締まり、切れ長の目は更に細まって、まるで猛禽の様に鋭くなっている。


 いや、実際にまさしく猛禽なのだ。得物を上空から狙う猛禽。


「【炎よ】!」


 そして猛禽は燃え盛り不死鳥となった。


 本来は室内で炎はご法度なのだが、特別に調整された結界はそれを許容した。結果生まれたのが、炎をその身に宿しながら、相手の頭上に位置する赤き佐伯お姉様。


「おおおおおお!」


『【神の光が我が敵を討つ】!』


 雄叫びを上げながら力を溜めている佐伯お姉様を、相手の選手が阻止しようとするが、あまりにも位置が悪すぎる。


『くそ!』


 その身から放たれた光の矢だが、佐伯お姉様が態々避ける必要がない精度の悪さ。


 しかしそれも当然。


 人間の機能が飛ぶことを想定してないなら、真上にいる相手も想定していないという事だ。直角の真上を見たら分かる。首も背も伸びて後ろ反りとなり、普段とは全く違う位置に重心が置かれるのだ。とてもではないが戦うことが出来る体勢ではない。


 あまりにも位置と言うものは強い。そして立ち位置を変えようとも、佐伯お姉様は常にその真上をキープしているのだ。


『おおおおお!』


 それから数度攻撃を仕掛けた相手選手だが、その全てが当たらない、もしくは躱されてしまう。先々代アーサーさんが、空を飛べるようになれと言った理由はまさにこれだ。空を飛べる霊力や超力の一部の例外を除いて、地面に縛り付けられた全ての者を、戦いの場にすら来れない一方的な立場となれる。


 そして、飛行している魔法使いとの戦いにおけるセオリーとして、こちらが飛行できない場合、ジャンプも行うことが出来ない。なにせ相手は自由自在に飛び回れるのだ。単に跳び上がっただけでは、それこそ嬲り殺しにされてしまう。


 だから結論は歴史が下している。魔法使いに真上を取られたまま、それをどうにか出来ないのであれば……。


「燃えろ!」


 ついに佐伯お姉様のチャージが終わってしまった。魔法使いの、である。


 基本四系統で最強の火力を持つ魔法使いを打倒するには、その魔法、または魔力が溜まり切る前に決着を付ける事が絶対の条件だ。そうでないなら


 魔法使いの下に立てない、立ってはいけない。


「【ボルケーノオオオオオォォオオオオ】!」


 炎の柱が、塔が佐伯お姉様の体から聳え立つ。結界越しからも分かるほどの熱量なのだ。中はまさしく焦熱地獄と化した。


『【か、神よ守り給え!】』


 それを相手の選手は、光の結界で防ごうとした。機動力に置いて劣り躱すことが出来ないのだ。それしか選択肢がなかった。仕方がなかった。


『お!?』


 悲鳴は一瞬だった。そして均衡も。


 輝く光のドームは、薄いガラスよりも簡単に、そして呆気なく砕け散り、相手選手は炎の塔に飲み込まれてしまった。


『がはっ!?』


『試合終了!』


 試合場から叩き出された相手を確認して、審判が試合の終了を宣言した。


 キャー佐伯お姉様!


『ギャアアアアアアアアアアアアアアアア!』


 ぎゃあああ!?


 プラエトリアニ共の声がうるせええええ! あの連中、佐伯お姉様の雄姿に正気を失ってやがる!


「ぷぷ。ま、魔法少女として完成しちゃったわね。一方的だったし、残酷魔法少女アスカとかどうかしら。ぷぷぷぷぷ」


「い、いやあ、お姉様、それはちょっとあれかなあって……」


 お姉様が可愛らしくぷぷぷ笑いをしている。あいてっ。でへへ。ま、まあ確かに結果だけ見れば一方的だったが、それで残酷魔法少女アスカお姉様なんて言った日には、瞬間的にこの学園だけ気温がどえらい事になるだろう。


「むう……筋肉を更に鍛えて空を飛べるようにならなければ」

「なに言ってんだお前?」

「ワイが飛ばせるで」

「あれだけ動いて、なんで飛鳥のお化粧崩れてないの?」

「それは優子がし過ぎだからよ……」


 馬鹿達が口々に感想を言い合ってるが、マッスルの奴、狭間君の言う通り何言ってるんだ? フライングマッスルモンスターになるつもりなの? 馬鹿なの? 馬鹿だったわ。大体お前、空気の壁を蹴ってーとか平気でやりそうなんだけど、そこんとこ分かってる?


 さて、試合前には投げキッスをした佐伯お姉様だが、試合後はそのまま去っていった。これで藤宮君と橘お姉様の試合はまだ際だから、放送席に戻ってお茶の間に皆さんに、再び俺の美声を届けないとな。


 次は……


 タイミング的に、森林訓練場でのバトルロイヤルかな?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る