幕間 悍ましき眼

 栄光あるイギリスの学生選手団は異能学園でも歓迎された。当然も当然。当たり前も当たり前。かつて七つの海を支配した世界の頂点、大英帝国の一行が歓迎されない筈がなかった。


『おお。オリエンタルな像だ』


 まず初めに選手団が感嘆したのは、学園入り口に設置されている金剛力士像の見事さだ。その今にも動き出しそうな迫力を持つ力士像に見送られながら、彼らは学園の門を抜けて敷地に入っていく。


 そう、


 動き出しそうなどころではない。誰も気が付かなかったが、実際にその目はほんの微かに動いていた。すっと。ひっそりと。こっそりと。


『ようこそイギリスの皆さん』


 一行は、この学園のトップである竹崎重吾に出迎えられた。


 学園の入り口からすぐ、


 その竹崎ですら気が付かなかった。


 一匹のが地面を啄みながら、目だけはしっかりと選手団を見ていたことを。そしてその瞳よ。確かに瞳は鳥の物であったが、その更に奥でぎょろりと真っ黒なナニカがじっと見ていた。じーーっと。


『森林訓練場へ案内します』


 地面を啄む振りをしながら、鳥はそれ以上の行動は起こさなかった。例え竹崎が離れようが、追いかけるには少々リスクがあったのだ。通訳の補助で同行している、肉の動きでそれが生物か否生物かを見くぬ超人、北大路友治に見つかるというリスクが。


「ピピピ」


 そのため鳥は竹崎と北大路が去ったのを見届けて飛び立ち、最近ついに仲良くなれた同僚の金剛力士の肩へ乗るのであった。


 ◆


『こ、この聖なる蜘蛛は一体……!?』


『当学園で使用されている訓練用の式符です』


『な、なに!? これが訓練用の式符!?』


『ふんすふんす!』


 イギリス選手団がフランスと同じく、関係者以外立ち入り禁止の看板を持った白き聖なる蜘蛛と北大路の説明に戸惑い、その白蜘蛛が立ち入り駄目! 絶対! とばかりに立ち塞がっている森林訓練場の木の上にそれはいた。


 一見すると木の枝の上で、そよ風に揺られながら気持ちよさそうに目を細めている。


 その細められた瞼の隙間から幾つもの眼球が、瞳が選手団を捉えて離さず、ぴたりと、じーっと見ていた。凝視していた。


 そして森の奥からも。こちらは黒い黒い、真っ黒な猫が木の影から顔半分を出して、自前の金の目でしっかりと確認を取っていた。影から。闇の中から。戦闘力と……暗い心という名の箱の中を覗き込みながら。


『それでは次は、個人戦で使用される第二屋外訓練場へご案内します』


 一行が次の場所へ移動する間、それを追うように白猫の瞼の隙間から百を超える小さな瞳も、森の暗い闇から覗いていた瞳も、その姿が見えなくなるまでずっと、ずっと彼らを見ていた。


「にゃあ」


「んにゃあご」


 役目が終わったと、森の深淵から浮き出た黒猫が木に登り白猫の隣に腰を落とすと、その頭を舐めて毛づくろいし始めた。実はこの二匹、担当地域が被っている同僚で、しかも同じ猫同士という事もあって非常に仲良しさんなのだ。邪法で混ざり合い、更に悍ましくなれるほど。


 ◆


 ◆


 ◆


『あれどうしました? お手洗いをお探しです?』


『ああそうなんだ。しかし凄いな君は。アメリカの品のない英語とは全く違う。生まれはイギリスかい?』


 当然だが異能学園は広く、慣れていないと確実に迷子になってしまうほどだ。この学生に話しかけられたイギリスの白人男性もその例に漏れず、お手洗いを探している内に迷子となってしまっただ。


 そこへ流暢なクイーンズイングリッシュで話しかけられた男は、ほっとしたになりながら、話しかけて来た学生を手放しで称賛する。それほど見事な英語だったのだ。彼がその学生を自分の祖国の生まれだと思うのは無理ない程に。


『生まれは日本ですけど、やっぱり英語を習うならアメリカじゃなくてイギリスの語感が大事だと思って努力しました』


『そりゃ賢い選択だ。君みたいな学生がいるなら、こう言ってはあれだけど異能学園侮るべからずって思うね』


『ありがとうございます!』


 実にフレンドリーな会話をする男性と、に喜んでいる生徒が談笑し合っている。


『あ、すいません! お手洗いはこちらです!』


 男の目的を思い出した学生は、彼に謝りながら道案内を買って出た。


 この男がトイレの位置を確認していたことを知っているのに。


 最初っから。


 見ていたから。


『ああ、ありがとう』


 男もその案内に従って歩き出す。トイレの位置を知っているのに。


『ここです。帰りは大丈夫ですか?』


『ああ大丈夫だ。ありがとう』


 幸いだったのは、この男の目的が情報収集で、かつ何かの強い恨みを背負っていない事だった。そのお陰でトイレから出て来た時、男は間違いなくこの男だった。


 しかし、男がイギリスに割り当てられた訓練場に戻らず、また何食わぬ顔で学園内を歩き回っている姿を


 学生は


 四葉貴明は


 じっと見ていた。


 その男の影に潜ませた、鳥と猫を介していたものと同じ。


 ぎょろりと蠢く眼球を、瞳を通して。


 学園の闇を、暗がりを、影を、隙間を、後ろを、死角を


 真っ黒なまなこが覆っていた。

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