強者達 井の中の邪神大海を知らず

 現代において聖人は二つの分類がある。一つは一神教が認定した、由緒正しい昔からの意味の聖人。


 そしてもう一つ。異能溢れる現代においては、霊力と浄力を超高度に兼ね揃えた存在を指す。そして彼女、ジャンヌダルクの妹はまさにこれで、その身に渦巻く霊力は並大抵ではなく、浄力に至っては橘お姉様すら上回るだろう。


 ああやだやだ。この二つの力は神との関りが強いせいで、相互作用が強く働いてしまうのだ。実際、一神教圏では霊力と浄力は混合されることが多く、そのためジャンヌダルクの妹は、邪神にとってまさに歩く殺虫剤。言い方を変えると公然猥褻物で、とてもではないが正視出来たもんじゃない。もし見たらそれだけで蕁麻疹が出て来る自信がある。げろげろ。


「ようこそフランスの皆さん。早速ですがまずは、森林訓練場の場所を確認してください」


 大体ヨーロッパは一神教が強すぎるから俺様との相性最悪なんだよね。俺が邪神だってバレたら神敵だよ神敵。やっぱり八百万も神がいて荒魂まで祭ってる日本最高。親父と俺の方針である、八百万の端っこで何気なくちょこんと座っていよう大作戦は正しかった。


「ふふ。移動するみたいよ?」


「はっ!?」


 お姉様の言葉に正気に戻った! 日本の素晴らしさを再確認していたら、危うく選手団から置いていかれる所だった!


 出来るだけジャンヌダルクの妹を視界に入れない様、先頭を歩く通訳さんの傍に控える。


 まずは森林訓練場だ。ここは表向き本番まで誰も立ち入り出来ない事となっているため、案内する必要は無い。本来なら。つまりこれもまた、する必要が無い筈なのに態々案内した理由を考えてねという、ある意味謎掛けの一つなのである。


「ここが本番の大会で使用する森林訓練場です」


 俺とは面識がない教員が、一行を森林訓練場まで案内した。


『異常なし! むっふん!』


 そしてその入り口には当然、警備員としてニュー白蜘蛛君が胸を張っている。ふんすふんすと気合の入ってる彼だが……この後夜になったら工作員か選手がこっそり入り込むことを考えたらあああああやっぱり罪悪感がああ!


 ってうん? 選手団がざわついてるな。いったいなぜ?


『君、あの蜘蛛は何か分かるか?』


『すいません。異能の事には精通していなくて』


 選手団を引率している壮年の男性が通訳さんに声を掛けているが、その通訳さんは異能者では無い為、そう質問されても答えることが出来ない。このシチュエーションこそ俺達案内係が想定していた仕事だ。


『横から失礼します。あの白蜘蛛君は学園で使用されている、少鬼の訓練札になります』


 俺が説明する。

 何を疑問に思ったのか分からないが、白蜘蛛君は他の訓練札比べてむちゃんこ賢くて頑張り屋さんで無垢で、邪神と大邪神を吹っ飛ばした事があるだけの単なる少鬼の訓練札だ。言葉が悪いがそれほど一行がざわざわする程の存在ではない。いやだが、ジャンヌダルクの妹もびっくりしたように白蜘蛛君を見ているぞ。


『こ、これほどの神聖さを持っているのに、単なる少鬼の訓練札……?』


 え、神聖さ? 皆さん何が見えてるんです? 白蜘蛛君はいたって普通な訓練札ですよ? ねえ白蜘蛛君?


『なになに? 皆どうしたの?』


 円らな赤いお目目を光らせながら頭を傾げる白蜘蛛君。か、可愛い……じゃなかった。ほらやっぱり普通じゃん。っていうか白蜘蛛君、蜘蛛なのに首があるみたいに頭を傾げられるのね。


『まさか神の御使いでは? しかし蜘蛛の姿だ。一体これは……』


 はい? 神の御使い? 皆さん何言ってるんです?


「ひょっとして、貴方と義父様を倒してるから、一神教の目じゃなにか違って見えてるんじゃないかしら?」


 な、な、なんですとお姉様!? 邪神アイ発動! ニュー白蜘蛛君の構成を何となく把握する!


 ってなんじゃこりゃあああ!? 一体どうやったら逸話を獲得する訓練符なんて作れるんだよ! しかもその逸話がよりにもよって俺と親父から流れ込んでた! そう、邪神と大邪神を打ち倒したという逸話があああ! 豆柴君といいゴキといい、そして白蜘蛛君といい、この三人を作った式符の製作者どうなってんじゃあ!?


 だからか! だから一神教から蜘蛛君は特別に見えるのか! 何といっても親父はサタンも真っ青な大邪神だからな! 俺は関係ないけど。


『いや勘違いか。それなら蜘蛛の姿を取る筈がない』


 あ、誤解が解けたようだ。そうだよな。一神教は蜘蛛をかなり嫌ってる。それこそサタンの化身である蛇の次くらいに。


『うん?』


 キョトンとしているのは白蜘蛛君だけだ。やっぱりかわ


『可愛い……』


 今言ったの誰だ? なんか女の人の声だったけど中々分かってますね。このニュー白蜘蛛君は無垢で頑張り屋さんで可愛いという完璧な存在いぎゃあああああ目が腐るうううう!


 よりにもよって白蜘蛛君を熱いまなざしで見ていたのは、ジャンヌダルクの妹だった! げろげろげろ!


 どうして一神教の浄力は邪神を認めてくれないんだ! 橘お姉様の浄力だったら、俺っち例え溶けようが受けてみたいと思えるのに!


『そういえば最近話題になっている非鬼の訓練符も蜘蛛だったか?』


『はいそうです!』


『流行っているのか……』


 俺が引率の質問に肯定するが、元祖蜘蛛君は学園設立時からいる古株中の古株だから、蜘蛛型式符が流行っている訳ではない……筈。しかし皆さん、蜘蛛君の所には行かないであげてくださいね。こんなゲロゲロな思いをするのは俺一人で十分だ。蜘蛛君にはそんな思いを味わってほしくない。俺ってなんて眷属思いなんだろう。


「次は本番で使用される会場と、皆様に割り当てられた訓練場に向かいます」


 おっと、素晴らしい労働環境に思いを馳せている場合じゃない。きちんと自分の仕事を果たさねば。


 ◆


 ◆


 ◆


「ふふ。やっぱり米露は一緒にした方がよかったんじゃないかしら?」


「第三次大戦が始まっちゃいますよお姉様」


 森林訓練場ではちょっとしたアクシデント……なのか? が起こったものの、その後は単に訓練場に案内するだけだっためそんな事も起こらず、序盤の仕事は無難に勤めることが出来た。後はトイレとかで割り当てられた訓練場から離れて、道が分からなくなった人がいないかを適当に見回って確認したり……


『ここは……』


 て思ってる傍からいたな。トイレがある方向からやって来て、きょろきょろしているアメリカの選手だ。どう見たって工作員とかそんな感じではなくマジで迷子らしい。以前学園にやって来た新兵さんが迷子になったら、作戦中に迷子になるつもりかと教官殿にこっぴどく叱られていただろうが、どうも最初に見た感じでは軍事教育を受けていない者も含まれているように思えた。彼もそんな者の一人の様で、仕方ないからこの主席が助けてあげよう。


 しかし、よく見たらすっげえ筋肉だ。肌年齢的にルーキーっぽいんだけど、服の上からでもわかる筋骨隆々の身長二メートル半が俺らの同年代とか信じたくねえんだけど。


「あら北大路じゃない」


「あ、本当ですね」


 声を掛けようと思ったら、その前に我が校が誇るマッスル北大路君がやって来た。彼は英語が話せるのでこれで問題ないだろう。というかあの筋肉と筋肉の間に入りたくねえ。


「ふっ!」


 ってなんでフロントリラックスしたああああ!? 一見自然体の様でいながらも肘を曲げてのアピールは、どう見たってボディビルダーのフロントリラックスじゃねえか!


『ふう!』


 とか思ってたらアメリカの人もやったああああああ!? い、一体何が起こってるんだ!?


「うっぷ。うぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ」


 そんでもってお姉様が崩れ落ちてしまったあああ! 超かわいいいいあいてっ。でへへ。


「むん! はあ!」


 マッスルの奴、今度はサイドチェストからの背中を見せるバックダブルバイセップスだとおお!? 本当に何が起こっているんだ!? 俺は幻覚を見ているのか!?


『せい!』


 そしたらアメリカの人は、腕を腹の前で合わせる様なモストマスキュラーだ! 服の上からでも分かる筋肉のキレっぷり! ま、間違いなく仕上がっている!


 はっ!? 俺は正気に戻った! 何が起こっていたんだ!? 正気度がごっそり減ったのが分かる! しかもいつの間にかマッスル達いないし!


 はわ、はわわわわわ。俺っち邪神としてちょっとだけキャラ立ってると思ってたけど、世の中にはもっととんでもないナニカがいたんだ……! はわわわわわ……!


「ぷ……ぷ……ぷう……」


「お、お姉様あああああ!?」


 やべえええ! お姉様が俯くどころか膝をついてダウンしている! ひょっとしたら人生で一番ダメージを受けてるんじゃあるまいか!? だって痙攣までしてるし!


 お姉様しっかりしてくださああああい!




後書き

マッスル語は感想からいただきました。お礼申し上げます<m(__)m>


フロントリラックス→「こんにちは」「ようこそ」「どうしましたか?」

サイドチェスト→左右の方向を示す「こちらです」

バックダブルバイセップス→「私の後についてきてください」

モストマスキュラー→「ありがとうございます」

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