悪い虫と殺虫剤

『ようこそ異能学園へ』


 ゴリラが若干片言だが、英語でアメリカ選手団を出迎えている。流石ですね学園長。俺らのクラスに日常会話位の英会話能力を身に付けると言った手前、自分もと思って勉強したのだろう。でもアメリカの皆さん、あんたの戦闘力を測ることに集中しているから話なんか聞いてませんよ。


 あ、特に出来る数人がゴリラに気圧されてるな。多分、使い手としてそれなりの自負があるのに、ゴリラの戦闘力を測り切れないから、こいつはヤバいと思ったんだろう。"一人師団"の次男もそんな奴の一人だ。まあ実際、選び抜かれた10人の選手全員が束になっても適わないレベルだ。


 そしてもう一人、一際強い波動を持つ、彼らを率いている壮年の男性が注目している奴がいる。多分その男性はゴリラと面識があるのか、特に引いている様子はなかった。しかしその奴、通訳の補助という役割の為、日米の間に立って目立っているマッスルを見た瞬間、異能学園の生徒侮るべからずといった警戒と感嘆の感情の揺らぎが見えた。多分マッスルの立ち姿からその隙の無さを見抜いたのだろう。


 しかし、カーボアップしていない今のマッスルからその力を見抜くとはやりますね引率さん。実際ルーキーの中でお姉様に次いで強いですから、そりゃもう激ヤバいですよ。というか霊力者ではなく神仏の力を借りらないのに、ゴリラと猿君の間に割って入れるって事は、そいつある意味人類の到達点ですからね。


 大会に出場しないけど。


 いやあ、その事を知ったらどんな顔するか見てみたい気もする。でも仕方ないんですよ。マッスル一人で本気を出すには入念な準備期間が必要なのに、その癖戦える時間は三分くらいなので、とてもではないが大会に出場出来る様な能力ではないのだ。


 多分この後、あいつは誰だ調べないと。お前達、あいつには気を付けるんだって会話があるんだろうなあ。


 大会に出場しないけど。


「ぷふ」


 やっぱその時の顔見てみたいな。俺の後ろにそれとなくいるお姉様だってそれを想像したのか、口から可愛らしい空気が漏れている。


『それでは案内を付けますので訓練場の方へどうぞ』


 片言のゴリラに促されて、アメリカ選手団が学園の敷地を進んでいった。この後、実際に試合が行われる第二屋外訓練場の様子を確かめ、別の適当な訓練場で体の動きの確認をすることになっている。まあここは彼らにとってある意味敵地なのだが、なにせ異能者が動き回れるような場所は限られているため、カメラで見られていると割り切った上で、見せていい範囲で体を動かすのだろう。でも安心してください。実際胃の剣の職員がゴリラにも黙って仕掛けてますが、それが機能する事はありませんので。


「お、ギリシャが来たかな?」


「そうみたいだね!」


 アメリカを見送っていると、前を向いていた木村君がバスの接近に気が付いたらしい。そちらを見ると、確かにギリシャ国旗を張り付けたバスがやって来ていた。


「怪しいのは……真ん中にいる眼鏡の女やな。スタッフの噂やけど、同じスタッフとしての立場やのに、打ち合わせに参加したことがない上に、実際に現場でも働いていなくて、それでも当日の今日は堂々と参加してるみたいや」


「了解」


 木村君がバスから降りて来た選手団を眺めてこっそり俺に耳打ちする。


 この男やはりヤバい。あまりにも異端すぎて実家でも浮いて排斥されるはずだ。今はお得意の噂を司どるギリシャの女神、ペーメーの権能を使ってギリシャ選手団の噂を拾っているのだが、対象が目の前にいて、しかも少数のグループ内での噂ならほぼ100%拾うことが出来るのだ。勿論噂は噂で真実ではない事もある。しかし現場の噂は侮れない。それが怪しい奴なら尚更だ。


「ほなワイも行ってくるな。フランスの方は頑張って見つけてや」


「頑張ってね木村君!」


 ギリシャ担当の木村君もまた、出迎えた一行と通訳さんと合流すべく歩いて行った。


「中々面白い組み合わせね」


「ですねえ」


 お姉様の言う通りギリシャ神話の女神はやたらと強力な者が多く、ペーメーもまたギリシャの神だ。そんな彼がギリシャ選手団の前に立つとどんな反応が帰って来るか興味がある。


 しかし何というか……選手団がガチじゃね?


「な、中々気合が入ってません?」


「そうねえ。ふふふふふ」


 い、いかんこのままでは南條君か西岡君が病気になってしまう……それだけギリシャの面子がガチなのだ。ギリシャが誇る"マーズ"の子弟は、よくテレビで特集が組まれるからいい。こっちは最初からヤバいってのが分かってるんだ。問題は多分ルーキーだと思うのだが、他にも女性が3人、明らかに何らかの権能とまで言える力を感じさせている事だろう。ルーキー部門の出場者は5人なのに、その内4人がガチとか間違いなく勝ちに来てやがる!


「ようこそ異能学園へ」


 流石にギリシャ語は話せないゴリラが彼らを出迎えた。アメリカと同じく選手も付き添いのトレーナも、ゴリラの戦闘力を測ろうとして一部が引いている。問題の3人の女性以外。


「ぷぷ。女神の権能の持ち主かしらね」


「多分そうですよね」


 彼女達がガン見しているのはゴリラではなく、チャラヒモ男木村君だ。いやすげえ。それぞれ金、黒、白の髪を持った美人さん、美少女、美幼女? なのだが、木村君を超ガン見している。間違いなく女神の権能を持っているため、その力を達人級で扱える木村君になにかしら感じるものがあるのだろう。


 あ、移動し始めた、のだが……。


『ねえ』


『貴方』


『なにかしら?』


『え、ワイ?』


 その3人がそれぞれで言葉を紡ぎ木村君に尋ねていた。というかチャラ男の奴、確かにギリシャ語を話してるのに何で似非関西弁っぽく聞こえるんだ? あいつの権能どうなってんだよ。まあそれはそれとして。


「お姉様、僕ちょっと森林訓練場に行ってきます」


 丑の刻参りをしなければなるまい。いきなり美女、美少女、美幼女? にアプローチされるとか馬鹿なの? 死ぬの?


「あら、貴方には私がいるじゃない」


「はふはふはふ!」


 藁人形と釘を造り出す前に、お姉様に顎先をつーっとされてしまった! お、お姉様僕はあああああ!


「あら、来たかしら?」


「はっ!?」


 思わず我を忘れていたが、お姉様の言う通りフランス国旗を張り付けたバスが数台やって来ていた。


 仕方ない。チャラ男の事は一旦忘れておこう。それになんか、ギリシャ選手団がチャラ男の事を、お姫様にくっ付いた悪い虫の様に見て、彼女達から引きはがそうとしているしな。ふはは肩身が狭かろう。なんせお前さんの外見は、金髪でチャラチャラしてるまさしくチャラ男にしか見えんからな!


 しかし……フランスの通訳をすると決めた時からある懸念があった。だがどうしようもなかった。マッスルは英語しか話せないから米英アイルランドの担当が確定。チャラ男は神話と女神が存在している国で確定していたが、フランスはフランス革命での女性が女神としてある意味扱われているが、厳密には神話でないため彼はフランス語を話せない。そのため自動的に俺がフランス担当なのだが……。


「出て来たわね」


 ああやっぱり懸念が大当たり……。


 お姉様の言葉通り、バスから現れた女性。どこか勝気そうな碧眼、腰まで流れる金の髪、そしてこれでもかとその身から発している霊力と………浄力!


 彼女こそフランスが誇る超越者……オルレアンの乙女の名を賜った"ジャンヌダルク"の妹!


 そう! 霊力と浄力を超高度に兼ね揃えた者はこう呼ばれる!


 俺様の天敵中の天敵! 彼女は


 "聖人"なのだあああああああああ!

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