最後の準備と公正公平な邪神四葉貴明

 お馴染みの安全第一を身に付けて最後の作業に取り掛かる。


「オーラーイオーラーイ」


 いよいよ世界異能大会の開催が近づいてきた。撮影が禁止されたり、まあこれは米露の思惑が色々透けて見えるが……。とにかく細かい修正が色々と加えられたが、大掛かりな準備も終わらせないといけない。


「オーラーイ」


 その大掛かりな準備とはズバリ、森林訓練場の環境替えだ。普通に森と言える様な馬鹿みたいな訓練場だが、問題はここでバトルロイヤルを行うと、慣れている学園の生徒が大変有利な事だ。それはフェアではない。という訳で植物に関与できる少し変わった教師や、異能研究所から派遣された異能者、外部の業者、そして俺達大会学生運営委員会と、政府から派遣された大会執行部が現在ここで土木工事をしている。


「オーラーイ」


 まあ別にこれは特別な事じゃない。なにせゴリラが訓練での慣れが一番怖いと言って、年に一回は森林訓練場や建物の一部をがらりと変えているのだ。そのためこの訓練場で作業している人達は皆慣れているため、予定通り終わらすことが、いや、寧ろもっと早く終わらせることが出来るだろう。


 それはなぜか。


「蜘蛛君ストーップ」


『ギ』


 今年度から異能学園、いや、ブラックタール帝国には頼もしい人?材が増えているからだ。まず俺は当然。そして蜘蛛君。彼はここ森林訓練場の中で、蜘蛛の糸を絡ませた巨石を背に乗せて大型トラックも真っ青な活躍を見せている。なにせここは森の中。車輪より多脚で柔軟性がある彼は、何処にだって物を運ぶことが出来るのだ。


「岩はこの辺でいいですかね?」


「あ、ああ」


 この訓練場をバトルロイヤルを行うための相応しい地形にするため、政府から派遣された大会執行部の職員に声を掛ける。流石に世界的な大会の戦闘フィールドを学園の中で全部決めるのは無理だったため、こうして大会執行部の職員や土木工事の専門家、測量士などが色々やって来ていたのだが、ポカンとしているこの職員もそんな一人だ。


「流石は異能学園だ……まさか100を超える式神が動員されているとは……しかも非鬼も含めて……」


 職員が感嘆というか呆れたというか、どちらも含まれている様なため息をついた。


 分からんでもない。非鬼なんてのはその上に特鬼がいるとはいえ、それでも厄ネタ中の厄ネタなのだ。それが訓練札とはいえ、安全第一の黄色いヘルメットとジャケットを身に付けて土木工事に参加しているのだ。困惑するのも無理はないだろう。しかし工事で安全第一装備を身に付けないだなんて、例え神が許しても俺が許さん。幸い式神符ってのはある程度外見を変えられるため、今この訓練場で工事している式神は一般の物も訓練用の物も含めて100を超えるが、全員安全第一装備を身に付けてさせている。


 これは訓練用の結界を張っているからこそできる荒業で、そうじゃないと訓練用式符は実体化できない。一応蜘蛛君達も訓練用式符という事になってるしな。そしてもし普通に実体化出来て人間を攻撃できるとバレたら、非鬼という戦略兵器を求めて世界中から工作員が送られてくるだろう。


 だが現在の蜘蛛君はそんな物騒な存在ではなく工事員であるため、戦闘時の妖気だって発していない。そんなことしたら抵抗力のない人がぶっ倒れて土木工事どころではなくなる。


「あ、いたいた。君ーまたお願いするよー!」


「はーい! じゃあ蜘蛛君、この辺に遮蔽物だったり待ち伏せに仕えそうな配置で岩をよろしく!」


『ギ!』


 別の職員に呼ばれたので、蜘蛛君に岩の配置を任せてそちらに向かう。


「この木をまた頼むよ」


「はい!」


 職員が指差した木、杉の木に手を当てて力を流し込んで根っこを操作し、地面から剥き出しの状態にする。


 流石は異能学園というか、霊力者や浄力者が多いここでは木と言えば神事と密接に関わりがある杉の木だ。そう、御神木として扱われることが多く、注連縄が巻かれている木。そのため俺と親和性が無茶苦茶いいためこんなことが出来るのだ。それを見た他の教師や職員は、どうやら俺は植物を操れるか、なにか御神木と関わりのある生徒だと思っているようだ。正解です皆さん。なにせ丑の刻参りは御神木に藁人形と釘を突き立てますからね。


 しかしこの杉が無花粉の奴でよかった。もし花粉が飛び散るタイプなら、この学園は地獄そのものになっていただろう。


 そんでもって、地上に根が露になった杉は当然倒れそうになるけど、立派な杉の木すら抱えられる作業員がうちには一人いる。


「猿君よろしく!」


『ゴア……』


 なんで戦うんじゃなくて作業員なんかさせられてるんだと、不承不承の猿君が杉の木を抱えた。ふ、古来より式神は陰陽師に使役されて戦うだけじゃなく、祭事の補助なんかもしてんだ。そして国際大会なんてものは祭りも祭り。ここは協力してくれたまえ猿君よ。それとその安全第一装備似合ってるよ。


「その木はこっちだ。しっかしこれが式神って奴かすげえな。うちにも欲しい位だ」


『ゴア……』


 やる気のない猿君を誘導している作業着の人は、外部からやって来た普通の人なのだろう。素直に猿君のデカさとパワーに感心していた。そうです猿君凄いんですよ。具体的に言うと、アメリカでも西海岸から上陸した猿君を止められず、東海岸までぶち抜かれるくらいにはですね。一国で何とかできるのは、カバラの聖人有するバチカン、エクスカリバーを持ったアーサーのいるイギリス、そしてゴリラがいる日本くらいのもんでしょう。やっぱりゴリラヤバくね?


『この木の根の隙間に、一人くらいが潜り込めるスペースが欲しい。斥候が隠れられる場所にしたい。にゃあ』


「ふむ、なるほどな」


 そしてこの森の支配者である猫君は、本当に小さな猫となってそのゴリラの肩に乗り、あちこち細かい場所の調整を行っている。勿論ゴリラは学園長の腕章を付けて、猫君と一緒に安全第一装備だ。いや、ゴリラの場合倒れてきた木の方が割れるのだが、この俺様が大会運営部の総責任者である以上例外は許さん!


 しかしスーパー実戦主義のゴリラと、我が帝国のゲリラ戦教官猫君が森をうろついてるとか、下手すりゃベトナム戦争の時のジャングルも真っ青な事になりかねないのだが、幸いというかあくまで学生が戦うための場所を整えるだけで、罠やらなんやらは設置していない。


 いや、最初はそれこそ落とし穴に始まり、果てはバトルロイヤル中に猫君の投入まで考えていたのだが、それだと日本が有利な場所にしたとか、その式神をコントロールして有利にする気だろうとか、色々なん癖付けられそうだったのでやめた経緯がある。全く、この俺は公正だというのに、そんな事言われたら堪らんからな。


 ねえ? 森の中にカメラを設置しようとしている異能研究所の職員さんとアメリカの工作員さん。それとこっそりうろちょろしてるイギリスとロシアとフランスとノルウェーとアイルランドとギリシャとバチカンの皆さん。って全部じゃねえかふざけんな!


 試合中カメラ越しに、森のどこどこに敵がいるだなんて情報を送るのは絶対に許さんからな! 俺ぁ世界異能大会運営委員会委員長として、この異能学園で大会が行われ、クラスとチームの皆が出ていようとも、全選手が平等な試合を行えるようにする義務がある!


 そんでもって単に次代の星の情報収集だからと言っても駄目だ! 試合以外のところでの盤外戦術はある程度見逃すことになってるが、米露の都合だけど撮影の禁止ってルールがきちんと明文化された以上、大会中は全部のカメラを祟って映らなくしてやる!


 そう! 界異能大会の公正公平さは、この邪神四葉貴明が絶対に守ってみせる!

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