"アーサー"
◆
□四葉貴明
『まあこんなもんだろう。これで霊力を使う近接型相手に手も足も出ないなら、巡り合わせが悪かったと諦めろ』
「ありがとう……ござい……ました……ぐは……」
「ありあっした!」
「ぷううううぷぷぷぷ」
約3日の超集中短期訓練が終わったが完全に死屍累々だ。皆もお礼を言いながら気絶して倒れ伏してしまった。
『約束は果たしたぞ』
「はい! ではそのまま送りますね!」
『ああ。まあ、世話になった』
「いいえいいえ! こちらこそお世話になりました! ではよい未練の解消と旅路を!」
『ああ』
近寄って来た先々代にお礼を言いながら体を死ぬ直前の最盛期のものに戻し、変えていた顔と剣も元に戻す。
「【四面注連縄結界】!」
パンパン!
注連縄の前での礼儀として二拍手を行い、先々代アーサーさんを目的の場所まで転移させる。後は野となれ山となれ。し、しかしやっぱり人間形態で権能を使うと疲れる……ぜーぜー……。
ふう……さて、皆を医務室のベッドに運んで、俺は大会に向けて色々準備だ。電子機器に対する対策と、森林訓練場の配置を色々変えて、学園の生徒が有利にならないようにしないとな。
「ぷぷぷぷ」
多分これからの先々代の事を思ってかお姉様が笑っている。超プリティーあいてっ。でへへ。
いやしかし、いいことしたなあ!
◆
◆
◆
「それでは師匠行ってきます!」
「うん。気楽にね」
「はい! それでは!」
日本から遠く、イギリスの地にて柔和に微笑む男性、今代"アーサー"と、その弟子である短い金の髪を刈り上げた青年、なんの因果か本当に本名アーサーが、別れの挨拶を済ましていた。これから青年は日本で開催される世界異能大会に出場するため、空港に向かう事となっている。
「生真面目なのはお前に似てるが、柔らかさが足りんな」
「声を掛けてあげたらよかったのに」
「なんの。師匠と弟子の間に立つほど野暮ではない」
青年アーサーが出発すると、建物の影からゆらりと現れた老人、先代"アーサー"が今代の弟子について評する。この先代、もう歳は90を超えているはずなのだが、その強大な霊力故に老化がある程度止まっており、外見上では60歳程の元気のいい初老であった。
「あ奴にお前の半分ほどの気楽さがあればな。全部は過剰だが」
「はは、それは酷い」
先代が孫弟子であるアーサー青年の事について話を戻すが、ついでにお前は気楽すぎると言われた今代は苦笑するしかない。
「同年代と競い合えたら肩の力を抜けるかもとは思いましたが、妙な機会が巡ってきました」
「確かにな」
今代も弟子が真面目過ぎて、力の抜き方が分かっていない事を心配しており、同年代の友人と競い合えたならと思っていたが、問題なのはその弟子が強すぎて相手がいない事だった。
しかし何がどうなってそうなったのか。世界異能大会で新たに設けられたルーキー部門は、気が付けば各国の次世代の星が集うハチャメチャな状況で、ひょっとしてこれなら弟子と戦える相手がいるのではないかと、師匠である今代は期待していた。
「あ、先に言っておきますけど、ちゃんとメディアとか色々いるから、太刀筋は必要以上に見せるなと言ってますからね」
「うん? なんだ知らんのか?」
「はい?」
メディアも入る大会なのだ。自分の技と業を必要以上に見せるなと今代は弟子に言い含めていたのだが、先代はそれについて不思議そうにしている。
「アメリカロシアがルーキー部門を大々的に放送すると聞いていますが?」
「勝てるならな」
「ははあ。つまり自信が無くなったから取りやめると?」
「ルーキー部門だけな」
意味あり得に笑う先代に対して、今代は肩を竦めて苦笑する。そう、お互いルーキー部門で勝利を確信していた米露だったが、まさか世界中が選りすぐりの精鋭達を送り込んでくるとは思っていなかったため、普通に自国のルーキー達が負ける可能性があると気が付かされたのだ。
そして集団戦なんてロシアに勝つ事しか考えていないルールを作ったアメリカと、最初に大物の子弟を出場させるとぶちまけたロシアは、万が一関係ないイギリスやギリシャに負けた姿を世界に放送されると、とんでもない大恥をかくことになる。そのため両国はこんな時だけ仲良く世界異能大会執行部に対して、初めての部門だからまだテストみたいなもんだし、メディアの撮影は止めとこうとかなんとか言って圧力を掛けたのだ。
「まあ実際、ルーキーの方もほっとしてるだろう」
「そうですね」
国家だったり自分だったり、はたまた名家としての面子だったりと、色々背負って戦うルーキーだが、メディアが入らないなら例え一方的にボコボコにされても、世間に伝わるのは負けたという結果だけだ。そして面子が面子なため勝ったなら、あいつに勝ったのかよくやった! と純粋に称賛されるのだ。実際これを聞いた南條や西岡と言った名家はほっとしたし、他国の一段劣る者達もまた安堵していた。
「しかし、例えメディアが入っているから太刀筋を隠しても、あ奴と渡り合えるものがいるかどうか。なにせお前と違って出来がいいからな」
また話を戻すように先代が懸念を口にする。彼の孫弟子は中々歳に見合わぬ剣士に成長し、果たして渡り合えるものがいるかどうかと思うほどの腕前なのだ。
「さらりと弟子を貶す癖を止めません?」
「何を言う。儂も我が師からぼろくそに言われたし、その師も師匠からぼろくそに言われたと聞いている。つまりこれは"アーサー"一門が完全に受け継いできた技なのだ」
「なら私の代で断絶ですね。これからは新生アーサーとでも名乗ります」
「寂しい事を言う奴だ」
「そのニヤニヤ笑いを引っ込めてから言って下さい」
「おっと」
先代がニヤニヤと笑いながら、自分もかつて名乗っていたアーサーの技を誇っているが、今代はそれに取り合わず肩を竦めるだけだ。この今代の軽い対応からしても、普段から先代がどのような人物か分かるというものだ。
「まあとにかく、メディアは入らんが各国が色々盗撮しとるだろう。太刀筋を隠しておくことに意味はある」
「そうですね」
いくら撮影禁止と言っても、イギリスを含めてそんな事を守る者などいないだろう。なにせ時代の主力を担う者達を情報収集する絶好の機会なのだ。開催場所である異能学園ですら、異能研究所からの指示で秘密裏に色々している可能性があった。
「だが」
「だが?」
「全部見せた上で張り合える奴がいたら、それはそれで僥倖だな」
「はい」
しかし先代は、それすら含めて孫弟子が全力で戦える相手がいればいいと呟き、今代も同意するのであった。
「おい洟垂れ小僧」
「がっ!?」
「っ!?」
「お前の方に用はない」
今代も先代も驚愕した。今の今まで自分達に接近を感じさせず、しかも先代の尻を蹴飛ばして5メートルはふっ飛ばしたのだ。まさに異常事態。衰えたとはいえ先代と今代アーサーの剣の圏に平気で入り込み、しかもエクスカリバーを抜き放ち切り掛かった今代を、あっさりと剣でいなしたのだ。
「何奴!?」
「言ってる暇があれば切れと言ったはずだ馬鹿垂れ。なにも言わずに切り掛かったこっちの方が出来がいい。孫弟子が優秀なのはこの世の真理だな」
「ば、馬鹿な!?」
「そら行くぞアホ垂れ」
地面を滑りながら同じく剣を抜き放つ先代だが、その蹴られた尻の痛みに覚えがあった。真っ青な顔になった先代の先には
壮年の男性。長い金の髪と髭が獅子の鬣の様に繋がり、一見痩身の様に見えて超高密度の筋肉に覆われた自前の鎧ともいえるその肉体。鋭く相手を見抜く青い瞳。特にその利き腕、いや、剣腕と言うべきか。その右腕の力強さよ。まさに魂が宿った腕の持ち主。そして腰には一本の直剣。
西洋剣。
実際にはそうではない。
四葉貴明が生み出したものでもない。それは今代の手に納まっている。
単に名工が作り出しただけのなんの神秘もない剣が、それでも持ち主の技量と合わさりこう言われていた。
エクスカリバーと。
そしてその逸話。後年世鬼一歩手前と言われた怪物中の怪物。それを己の命と引き換えに、再び封印することに成功した。
白き龍の。
彼こそがその腕故に、単なる西洋剣をエクスカリバーと呼ばれるまでに昇華させ、白き龍を再封印してイギリスを救った大英傑。
先代アーサーがいて、今代アーサーがいるのだ。ならばこの地に、イギリスにいるのは当然。
その名こそが
彼こそがこう言われていた。
歴代最強
「し、死んだ筈だ師匠おおおおおおお!」
「そうとも死んだ」
先々代"アーサー"と。
「なに、化けて出て来たのは、俺の技が途絶えたから復活させるためなんて理由じゃない。それなら孫弟子の方に向かう。お前、俺が死ぬ時言ったよな? まだ全部の技を見せてないのに勝手に死ぬなってな」
先々代の未練。邪神と契約をして果たしたかった未練とは、かつて死に向かう自分を抱き抱えていた弟子に、自分の全てを見せてやれなかったことだ。
だからこそ、異能学園で修業を付けた者達に、今代アーサーの弟子の対策を教えられなかった。自分の曾孫弟子だからといった理由ではない。一度アーサーの技はほぼ断絶していたのだ。そこから新たに編み出した者こそ、今も真っ青な顔の先代である。
「だからお前にちゃんと教えてやる。行くぞ馬鹿弟子」
「そ、それ俺が一方的に損じゃねえか!」
「うるさい黙れ」
先代は、だらりと剣を構えるまさに自分の記憶通りの師の姿に、つい当時の言葉使いに戻ってしまう。そう、先々代が未練を晴らすために現れようが、もう何十年も前に折り合いをつけている先代からすれば、一方的にボコられろという理不尽極まりない状況となってしまっていた。
邪神の企みなのだ。犠牲者が出るのは当然。それが先代だったというだけの話。
「今度こそ行くぞ」
「くそったれがあああああ!」
哀れ。先代は訳も分からず自分の師に襲われ、その怒声が空へと虚しく響き渡った。
「え、似た者同士? いやあ、あはは……」
蚊帳の外に置かれた今代は、自分の手から話しかけて来たエクスカリバーの言葉に乾いた笑いを漏らすしかなかった。
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