先々代アーサー
『いや、やっぱり必要じゃない様な……』
首を傾げる先々代アーサー。ナイスミドルは何しても絵になるな。確かに世鬼でも出現しないと、アーサーさんを一時的にとはいえ蘇らせる必要はないだろう。だが大問題として、あんた現世に長く留まり過ぎなんだよ。第二次世界大戦の頃に命を落としたのに、未練があって未だにぷかぷかとしていたのだ。いい加減成仏しないと、魂が輪廻とかあの世に行けず消滅してしまう。魂が強すぎるのも考えもんだな。
というかダメ元でイギリスに行ったら、まだ成仏してなくて俺の方が驚いた。そんで俺が善意で契約を結び、最終的には元手が掛からないタダみたいなもんで、チームのコーチとして一時的に雇うことに成功したのだ。うーむこれは敏腕マネージャに間違いなし。
『まあいい。それで相手はどんなのだ?』
おっと。とりあえず連れて来たから細かいところは話してなかったな。邪神はせっかちなのだ。
「接近戦が得意な霊力使いの子弟です」
"マーズ"だの"永久凍土"なんて言っても、アーサーさんの死後、まだ異能が秘されていた冷戦辺りでひっそりと活躍していた世代であり、その名前を言っても意味がない。
『ふむ』
絶対とは言い切れないが、少なくとも数名はメディアの特集でそんな風に報じられていた。それと確実なのが一人いる。
「今代アーサーの弟子は、接近戦が得意な霊力使いで間違いないでしょう!」
アーサーの弟子がそれでないなら世界の法則が乱れるレベルだ。これで超力者だったら膝から崩れ落ちる自信があるね。
『なんとまあ呆れた奴だ』
曾孫弟子が仮想敵にいるのに自分を呼んだのかと、アーサーさんが呆れた視線を俺に向けて来た。
『知っているだろうが意味はないぞ』
「そこは大丈夫です!」
元々アーサー流剣術なんてものは存在しないし、あの事情があって今代アーサーの弟子相手の対策はほぼ無理だ。しかし、超凄腕から指導を得られるならそれで充分。
『約束が果たされるなら俺としても文句はないが……やっぱりおかしくないか……?』
まだ首を傾げてやがるよ。俺もちょっと過剰だったとは思わなくも無いけど、いい機会なんだから指導員として頑張った後に望みを果たしてとっとと成仏しろ。
『まあいい。最初は誰だ?』
「なら自分が」
「藤宮君頑張れー!」
気を取り直してアーサーさんが声を掛けると、藤宮君が一歩前に出て立候補した。ほぼ無敵結界を有する藤宮君と先々代アーサー……一体どうなってしまうんだ……。
「ぷぷぷぷぷぷぷぷぷ。や、やりすぎじゃないかしら。ぷふううう」
「大丈夫です! 多分!」
お姉様がずっと俯いて笑っている。超プリチーあいてっ。でへへ。
だがまあ、ギリ許されるはずだ。俺がマネージャーとして指導員を連れて来ただけだし、顔も声も、腰に提げている剣の形まで変えて、その上更に日本語を操れるようにしているのだ。その上この目立たない訓練場だけの関係なら、ゴリラにさえ見つからなければ正体が気付かれることはないだろう。
大丈夫、きっと大丈夫だ。他の出場者が名家としての伝手をフルに使って色々協力して貰ってるんだから、こっちはこっちで俺の伝手を使っただけ。なら大丈夫。証明完了。邪神的に全く問題なし。俺っち運営委員長だけど、その前にチーム花弁の壁のマネージャーで邪神だから仕方ないね。純粋な人間とは思考回路がちょっと、ちょーっとだけ違うから。それにあんまり時間がないから、クラス全員に指導して貰うことも出来ない。うんうん。なら仕方ない仕方ない。
『では始めよう』
右手に持った剣をだらりと下げた構えのアーサーさん。第二次大戦時の前の人だから資料が全くないため、あれが構えなのか、それとも単に訓練だから構えなど必要ないと思っているかも分からないな。
「【四力結界】!」
『む?』
早速出たー! 藤宮君の無敵防御、四力結界だ!
藤宮君の虹色に輝く四力結界に戸惑うアーサーさん。そりゃそうだろう。基礎四系統が完全に一致して結界を展開すれば、どんな攻撃でも通らないと論文に掲載されたのはつい最近で、しかもあくまで机上の空論なのだ。つまり今まで虹色の結界なんてものは見たこともない筈。そして虹の極致に至った結界は、剣による攻撃なんて簡単に防ぐに決まっている! 勝ったなガハハ!
『ムラがあるぞ。こことかな』
「なっ!?」
げえええええええええええええ!?
ば、馬鹿なああ!
「あの結界がこうもあっさり!?」
「なんて使い手……」
佐伯お姉様と橘お姉様も驚愕しているがそれも当然! あ、あの藤宮君の無敵結界が、ケーキよりも容易く切り裂かれるだなんて!?
「ぷぷぷぷぷぷ」
お姉様は未だ笑いの世界から帰って来れていない。可愛いあいてっ。でへへ。
『その相手の学生がどれほどの使い手か知らんが、至近距離でが戦う者は総じて目がいい。それが剣を持つ者なら、切り方、太刀筋、隙間を
こ、このおっさん、ゴリラと違う
『もっと前に集中できるか? 後ろが脆くなるのはこの際目を瞑っていい』
「こ、こうですか?」
アーサーさんの提案に、藤宮君が全周囲に張られた結界の後方の密度を薄くして、代わりに前方の密度を上げる。
『ふむ。これならそれなりになるな。それでも破られるなら、学生では手に負えんレベルだと素直に認めろ。それと目を鍛えろ。前からは防げても、横、後ろに回られて崩されては意味がない。そら、また分かりやすいムラが出来たぞ』
アーサーさんが結界をコンコンと剣で叩きながら藤宮君にレクチャーする。その最中藤宮君の集中力が乱れたようで、またしても結界が切り裂かれてしまった。ついでになんか、学生には手に負えんレベルとか言ったときに、お姉様の方をチラッと見た。
『うん? 強力な結界を持っているからそっちに頼っているかと思ったが動けるな』
「が、学園長からクラス全員が鍛えられていますので……!」
『そうか。俺とは
アーサーさんが結界を切り裂いたついでとばかりに、剣の腹を藤宮君の頭に落とそうとしたが、彼は間一髪のところで地面に転がりながら回避することが出来た。見てるかゴリラ。後方要員だろうが無敵の結界があろうが、自分の体で戦う時は必ず来るって言いながら、クラス全員に仕込んだ近接戦闘の授業が、アーサーさんでも感嘆するぐらい役立ってるぞ。
『だが素直過ぎると言われなかったか? 俺が話している最中でも襲い掛かって来い』
「ぐはあああ!?」
「ふ、藤宮くーん!」
ま、まさにその通りの事をアーサーさんが言いながら、その剣の腹で藤宮君の胴体を薙ぎ払い、彼は訓練場から叩き出されてしまった! そう! ゴリラも教育者として素直に聞いてくれるのは嬉しいが、戦っている最中は相手が何かを言ったらその隙をついて黙らせろって考えの持ち主で、実際藤宮君にもそう言って投げ飛ばしたことがある!
『ちゃんとした受け身も取れるか。そっちの二人もか?』
「え? ぬわあっと!?」
「くっ!?」
ふっ飛ばされた藤宮君を見ていた佐伯お姉様と橘お姉様の前に、一瞬で距離を詰めたアーサーさんが現われ、お二人を訓練場に投げ飛ばしてその反応と受け身を確認している。
「【炎よ】!」
「【祓い給い清め給い】!」
『こっちもか。全く、戦時でもないのに20になるかならないかをよく鍛えてる』
即座に反撃の体勢を整えたお二人に、何処か呆れた様にアーサーさんが呟いた。やっぱり見てるかゴリラ。いや見てなくていい。アーサーさんの正体に気づかれたら、そこから芋づる式に俺のやらかしがバレる。うん。邪神的センスで念入りに確認したが、ゴリラは学園長室から動いていない。いや、俺が一人か二人なら、そいつの未練を晴らすため肉の器を用意できるのは言ったから誤魔化しは出来るな。うんうん。
『魔法使いが一人でどうこうするなら高高度に飛べ。例え無詠唱できようが距離を稼げ。まあ、飛行の術の練習が恥ずかしいのは分からんでもないがな』
「ぬああああ!?」
「佐伯お姉様ああああ!?」
無詠唱で魔法を唱えようとした佐伯お姉様が、アーサーさんに天井付近まで投げ飛ばされたあああ!?
『意識が攻撃に向き過ぎだ。矯正しようとしている跡が見れるのにこれでは、その学園長の苦労が偲ばれる。違う技の問題ではない。意識だ。だからこう脆くなる』
「ぐううっ!?」
アーサーさんの言葉通り、防御的な術を展開した橘お姉様だが、アーサーさんが碌に力を入れていない剣に打ち壊されて接近を許し、そのまま投げ飛ばされてしまった!
『そらどんどん来い。そう時間がある訳ではないんだ。詰め込めるだけ詰め込んでやる』
「くそっ!」
「やああってやる!」
「仕留めるっ!」
『だからと言って雑にはせん。やり直しだ』
「ちいいっ!?」
「ぬああああ!?」
「くううっ!?」
勢い込んでアーサーさんに襲い掛かった皆だが、再び訓練場から叩き出されてしまった!
「ぷぷぷぷぷ。ぷううう」
その様子を見て、お姉様は更にツボに嵌ってしまったようで、この場で一番ダメージを受けている!
しかし……
やっぱりやり過ぎちゃったかな。てへ。
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