先にやったのは世界の方だ! 俺は悪くねえ!

 西岡君達と南條君に伝えたから、残るは我がチームの皆だけだ。


「伝れーい!」


 我がチームメンバーもまた、人目に付かない小さな訓練場で特訓をしているが、俺もまたチームの一員であるため遠慮なく転がり込む。


「おや貴明マネお帰り」


「伝令?」


「随分慌てているな……」


「これは面白そうな予感がするわね」


 文字通りローリングで転がり込んだ俺に皆が訝し気だ。だが慌てもするんだ藤宮君。そしてお姉様的にはその通りかもしれない……。


「各国一人ずつ出場者が発表されました!」


「それは……おかしいわね……」


「うん? そうなのかい栞?」


「ええ。今まで大会出場者が事前に発表されたことはない筈」


「ふふ」


 佐伯お姉様は不思議そうだが、橘お姉様は名家の出身だから今までの大会事情を知っているのだろう。既に嫌な予感がするとばかりに顔を顰めている。逆にお姉様はいつもの素晴らしいニタニタ笑いが更に素晴らしくなっている。こ、これはマズいかもしれん……。


「これがその参加者名簿です! 学園長曰く、ほぼほぼ決定しているのでそのつもりでいるように。です!」


「どれどれ?」


 ともかく、意を決して参加者名簿を佐伯お姉様に手渡す。


「……な、なんか結構聞き覚えのある名前が書かれてるね」


「確かに……」


 佐伯お姉様と藤宮君は顔が引き攣っているけどまだ冷静だ。二人は大企業出身で、異能に触れている期間もそれほどではないから、ヤバい名前だとは分かってもピンと来ていないのだろう。


 問題は……


「い、一体何があったらこんな事に……」


 どんよりと俯いている橘お姉様だ。橘お姉様は名家出身なため、この名簿に書かれている連中のヤバさがよく分かるのだろう。なにせ全員が英雄とも言っていい奴らの子弟で、しかも中には大鬼討伐メンバーに名前を連ねているような、ルーキーとか言いながら実質プロまで混ざっている始末。


 "一人師団"なんて、ハリケーンと一緒に上陸してきた半魚人型の普鬼、その数400を一人で相手して、その圧倒的な超力砲の弾幕で殲滅したような化け物なのだ。その次男が只物の筈がない。実際長男の方はかつて行われた異能大会で、対人でくそ強いロシアも、特異点日本もぶっ飛ばして優勝してるし。


「あらあらまあまあ」


 俺を含めて全員がぎくりとしてしまった。お姉様以外。


「これはこれは」


 それはそれはにんまりとしているお姉様が名簿を見ている。お、恐れていた事態になった。お姉様がこの名簿の連中に興味を持たない筈がない。しかし、もう出場メンバーは決定しているため、ここからお姉様が出場しようと思ったら、出場者の誰かに不慮の事故が起こり、代わりとしてエントリーする以外ない。


 そ、それは運営委員長として何とか止めなければいけないのだが、俺はお姉様の夫でもあるのだ。ああ、責任とお姉様との間で板挟みに! でも俺っちお姉様の夫だしなあ。お姉様に上目遣いでお願いされたらどうしよっかなあ。でへ。でへへ。あいてっ。でへへへへへへ。


「あなた達、具合が悪くないかしら?」


「あ、生憎と元気一杯でね」


「わ、私も」


「同じく……」


 お姉様が素晴らしい笑顔のままチームの皆の体の調子を聞いたが、引き攣った顔の皆は俺の目から見ても体調バッチリだ。い、いかん。このままでは西岡君か南條君の体調が何故か急に悪くなってしまう……。


「冗談よ。本人の方ならまだしも、子弟の方は別にって感じだし」


「そ、そりゃよかったよ」


 肩を竦めたお姉様にほっとする佐伯お姉様。学園にいるプロ中のプロである単独者の教員にも、その方が面白いからと霊力をぶつけたりしているだけのお姉様が、ヤバい連中本人ならまだしも、その子弟に対しては大会に出場するまでの意味を見出さなかったのだろう。尤も最初は補欠があるなら参加しようかと思っていたが、後からやっぱり面倒だと気が変わったお姉様の気が再び変わらない保証はないが。


「それに"一人師団"も"マーズ"も別に大したものじゃなかったから、それほど興味ないのよ」


「うん? "一人師団"と"マーズ"を直接見た様に言うね?」


「ふふ」


 お姉様マズいですよ! 異能研究所で行われた、蛇君対カバラの聖人達の戦い。その場に観戦武官としていた古強者達の中にその二人もいたが、俺とお姉様は見学からこっそり抜け出して盗み見ていたのだ。それがバレちゃいます!


「しっかし、接近して戦う霊力者が多いかな?」


「そうね。"永久凍土"、"アーサー"、"ジャンヌダルク"、"マーズ"は霊力者で接近戦が得意だったはず」


 佐伯お姉様と橘お姉様が名簿を見ながら相談し合っている。そうなのだ。霊力は極めると一人で何でも出来る最強の能力であり、名簿にはその力を使う霊力者が多い。それにある意味超力者の総本山であるロシアですら、霊力者である"永久凍土"の長女を送り込んでくるという事は、それほど霊力が強いという事でもあり、その本人も余程強力な人物なのだろう。


「困ったわね。訓練相手の伝手が無いわ」


「確かにな」


 橘お姉様の言葉に藤宮君が同意する。相手が強力な霊力者と仮定できるなら、それに応じた訓練相手を探さないといけないのだが、我がチームは名家出身の橘お姉様も、他の名家と折り合いが悪い。しかし強力な霊力者というものは殆どが名家に連なっているため、訓練相手として先輩を頼ることが出来ないのだ。しかもタイミングが悪い事に、その強力な先輩達はそもそも大会に出場するための選抜トーナメントに出ているため、一年坊主の特訓に付き合う暇など無いだろう。一族の繋がりが強い名家の西岡君達はその心配が無い為、普通に先輩が相手をしていたが。


「その相手、私がいるわよ」


「いや結構かなって」


 自分を指さしながらニタニタ笑いをしているお姉様超かわあいてっ。でへへ。


 ふーむ……都合よすぎるけど、出来れば超腕利きで接近戦タイプの霊力者で指導するのが上手くて、ついでにタダで雇える様な人いないかなあ。あ、そうだ。こういう時は親の伝手を使おう。という訳で邪神通信っと。


『もしもし親父聞こえますか?』


『なんだいマイサン!』


 超ハイテンションな親父から、コンマ数秒で反応が返って来た。その暑苦しさに今すぐ邪神通信を切りたくなるが、これもチームの皆の為に我慢だ。


『腕利きの接近戦が得意な霊力者に伝手あったりしない? 指導の経験があって俺らの財布で雇えるなら最高。ほら、世界異能大会にチームの皆が出場するんだけど、俺らのチームだけ訓練相手がいないんだよ』


『うーん……ないこともないけど、声掛けただけで泡吹いて倒れちゃいそうだしなあ……』


『あ、ふーん……』


 親父が言葉尻が弱い。多分胃に剣に居候してた時の伝手だろうけど、問題なのはその時の親父は家賃代わりと、調査員に結構自分の事を話しているらしいのだ。大邪神であり全人類を呪殺出来ることも含めてである。何考えてんだ? 馬鹿じゃないの? そんなのから話しかけられたら、ゴリラ以外泡吹いて倒れるに決まってるだろ。流石はゴリラだ。


 あーあ、どっかにゴリラ並みの古強者で指導が上手くて、俺らの財布で雇える無茶苦茶都合のいい人いたああああああああ!


『じゃあな親父!』


 今すぐ行かねば!


『ちょ!? もう少し』


 なにか言いかけてるが邪神通信終了っと。善は急げだ転移!


 ◆


 ◆


 ◆


 ◆


「皆! 超腕利きで指導者の経験があって、接近戦が得意な霊力使いで、タダで雇えた人を連れて来たよ!」


 自分で言ってて思うが、馬鹿みたいに都合がいい人がいたんだ! 報酬の方も折り合いが付いてタダみたいなもんだし完璧すぎる!


「都合よすぎい!」


「あの佇まい……」


「ああ。ひょっとして学園長並みなんじゃ……」


「ぷぷ。ぷぷぷぷぷぷぷ」


 心底たまげたと驚く佐伯お姉様と俺が連れてきた人の佇まいに気圧されている橘お姉様と藤宮君。そしてお姉様はお腹を押さえて蹲っている。髪に隠れて顔は見えないけど、超可愛らしんだろうなあいてっあいてっ。でへへ。


 おっと、紹介をしなければ!


「コンスタンティンさんです!」


『まあ、その、なんだ。よろしく頼む』


 壮年の男性。長い金の髪と髭が獅子の鬣の様に繋がり、一見痩身の様に見えて超高密度の筋肉に覆われた自前の鎧ともいえるその肉体。鋭く相手を見抜く青い瞳。特にその利き腕、いや、剣腕と言うべきか。その右腕の力強さよ。そこだけはゴリラすら凌駕しているかもしれないほどの、まさに魂が宿った腕の持ち主。そして腰には一本の直剣。


 西洋剣。


 実際にはそうではない。


 俺が生み出したものでもない。


 単に名工が作り出しただけのなんの神秘もない剣が、それでも持ち主の技量と合わさりこう言われていた。


 エクスカリバーと。


 そしてその逸話よ。後年世鬼一歩手前と言われた怪物中の怪物。それを己の命と引き換えに、再び封印することに成功した。


 白き龍の。


 俺は歴代の"アーサー"と結構関りがある。今代アーサーは俺がある意味本物のエクスカリバーを送った。先代アーサーは世鬼の観戦武官として来日し、この学園で猿君と決闘したのを見学した。そしてもう一人関りがある。


 その猿君と決闘をしている先代アーサーを、一緒に観戦していたのだ。


 彼こそがその腕故に、単なる西洋剣をエクスカリバーと呼ばれるまでに昇華させ、白き龍を再封印してイギリスを救った大英傑。


 バレない様に顔こそ変えさせてもらっているが、その古強者を連れて来た。


 その名こそが


 彼こそがこう言われていた。


 歴代最強


 先々代"アーサー"と。













『……学生同士の競技の為の特訓なんだよな? 俺必要か?』


「……勿論です!」


「ぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ」


 ちょーっと過剰だったかもしれない。いや、世界が過剰反応したならこちらもやっていい筈だ! 間違いない!

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