夏の終わり

 なんだ? 何故かは分からんが、俺様の地位が脅かされそうな気がしてしまった。具体的に言うとマッスルと田中先生にだ。まあ、あんな色物二人に俺様の地位が脅かされるだなんて、そんなことはありえんか。


「もう夏休みも終わるねえ。考えたら訓練ばっかりだ」


「そうね」


「だな」


「ですね!」


「ふふ、暇はしなかったわね」


 今はそんなことどうでもいい。佐伯お姉様の言うとおり、いよいよ夏休みが終了しようとしているのだが、考えてみたら訓練訓練これまた訓練で、学生の青春的な物は全くしていなかった。


「バーベキュー、しようか」


「そうね」


「だな」


「ですね!」


「ふふ、暇しなさそうね」


 という訳で


 バーベキューだああああああああ!


 ◆


 早速学園の事務所に向かう。


「バーベキューを申請します!」


「はい。用紙に記入をしてください」


 実はこの学園、申請すると海岸訓練エリアでバーベキューを行うことが出来き、しかもなんと、道具一式もレンタル可能とあれば利用しない手はない。だがなんでこんなに充実しているかと言うと、まあ、卒業した先輩の一部がそう言う事が大好きだったようで、学園と粘り強く交渉して、夏休み期間中ならまあいいだろうと許可を勝ち取ったらしいのだ。当時の学園長はゴリラじゃなかったが、ゴリラも節度を持ってならOKのスタンスなため、今現在でもその制度は続いていた。


「あ、貴明やん」


「うん? やあ木村君」


 必要な用紙に記入をしていると、金髪チャラヒモ男こと木村君がやって来た。ははあ、追試に掛かった手数料を収めに来たな?


「すいませーん。バーベキューの申請用紙くださーい」


「ぶっ!?」


「え? ぶっ」


 木村君の言葉に噴き出してしまったが、その木村君も俺の手元の用紙を見て噴き出した。お前らもバーベキューすんのかよ!


「……」


「……」


 バーベキューをするのは指定された日だけで行うことが出来るが、もう夏休みも殆ど終わりかけている今、使える日は一日しかなかった。そのためブッキングは間違いなく、お互い少しの間見つめ合ってしまう。


「ま、ええか!」


「せやね!」


 この休み中、やたらと馬鹿共とつるんでいる気がするが、まあ逆を言えばそれだけ気心の知れた仲という事だ。今更バーベキューの予定がブッキングしたところで、誰も文句は言わないだろう。


 しかし、俺はなぜ関西弁を……


 ◆


 ◆


 ◆


「えー、それではチーム花弁の壁と、チームゾンビーズの合同バーベキューを開催します! 乾杯!」


『乾杯!』


 夜の学園、星明りが照らす海岸訓練場で、佐伯お姉様の号令の元、ジュースが入った紙コップを全員が掲げる。なおアルコールは学園側から禁止されていた。


「火力よし! 肉よし! 野菜よし! 投入!」


 早速バーベキューの網に肉と野菜を投入して、すぐに焼き上げる。本場アメリカ人が見たらブチ切れそうな光景だろうが、アメリカンスタイルでバーベキューをしたら、一時間も二時間も掛けて肉を焼くことになる。そんなのは御免だ。現代日本人の短気さを舐めんな。それにしても、アメリカ人はで育ってるくせに、バーベキューだけは全く手を抜かない。一体どうなってるんだ?


「む、この焼き加減……流石だな貴明」


「ふっふっふ。それほどでもないさ藤宮君」


 しかし、本場アメリカ人も、俺の作り方は気に食わないだろうが、その焼き加減さには唸りを上げるだろう。なにせ俺の親父は、家族とどこかに行くのが楽しくて仕方ないらしく、テントで過ごすなんかしょっちゅうのことで、そのため俺は邪神流アウトドア術も収めているのだ。


「なんというか彼って大分逞しいよね」


「飛鳥の言う通り、どこでも生きていけそうな気はするわ」


「ふふ、まあ隣には私がいるけれどね」


「はいはいご馳走様」


「小百合の春はいつ来るのかしらね?」


「なんで優子がそれ気にするのよ!」


 女性陣の会話が聞こえてきたが、お姉様の言葉に俺の耳が真っ赤な気がする。


「肉、肉、肉」

「うわ、紙コップの中プロテインじゃん」

「ドン引きやわ」


「はい北大路君どんどんどうぞ!」


 一方馬鹿達の男衆、というかマッスルはひたすら肉を求めており、お望み通り紙皿一杯に焼いた肉を入れて渡してやったが、短期間に減量とカーボアップを繰り返したため、体が今はとにかく肉とプロテインを求めているらしい。


 マッスルと言えば、そういや翼先輩はここにいない。どうも遠慮したようだ。


「はい。鶏胸肉」


「ありがとうございます翼先輩」


 そんなことはなかったようだ。いや、俺は何も見なかった。うん。木村君の顔がとんでもない事になってるけど、本当に何も見なかった。ブルータスとかユダの名前を言いそうだけど。そう、何も見なかった……。


 さて、いい感じに焼けているので俺も食べよう。


「あ、東郷さん、そこにある、えーっと……」


「な、なんか一杯ある……」


 調味料の近くにいた東郷さんに声を掛けるのだが、なんかやたらと瓶が多く、東郷さんも困惑している。まあいいか。


「おっと、それならこれを使うといいよ」


「あ、かまへんで佐伯はん。ここにあるここにある」


「お目が高いわね。私がスーパーの安売りで見つけたのよ」


「む、それならこれを使うと言い。同じ筋肉の同士だ」


 ん? なんかやたらと皆がごそごそしているぞ? あっ、お目当ての味噌ダレがあった。東郷さんに取って貰おう。


「東郷さん、その味噌を」


「はいレモンダレ」

「塩ダレや」

「岩塩よ!」

「醤油ダレだ」


 ピシリ


 あああああああ!?


 佐伯お姉様がレモン教徒なのは知っていたが、ゾンビ共も異端者だあああああ! っていうかマッスルの奴、そこで王道の醤油なのかよ! てっきりプロテインって言うと思ったのに!


「何で食っても美味い。バーベキューはそういうもんだ」


 なんて事だ!? は、狭間君がこの世の真理を説いた! そうか、彼こそキリストだったんだ!


「うーむ。じゃあ他のタレでも味見をしてみようかね。一番はレモンだけど。あ、栞、岩塩ってどう思う?」


「岩塩……岩塩? 小夜子、食べたら感想を聞かせて」


「あら随分酷いわね」


「む、木村、これが焼けたぞ」


「こ、この焼き加減……藤宮君、さてはバーベキュー奉行やね……?」


「ふ、さあな」


「さあ貴明食べてみなさい! これぞ岩塩をまぶした肉よ!」


「岩塩だけでこの食欲をそそる匂い! 如月さんってソルトマスター!?」


「ふ、どうかしらね」


「なんで似たようなやり取りをしているの……あ、狭間君、野菜入れて欲しいの」


「了解」


「はいおにぎり」


「もぐもぐ。ありがとうございます翼先輩。もぐもぐ」


 ワイワイガヤガヤと言いながら、バーベキューを楽しむ俺達。これが青春って奴なんだなあ。


 そして食べ終わった最後の締めは


「着火!」


 今日の為に買った、取って置きの打ち上げ花火の導火線に火をつけ、皆の元に戻る。


 ひゅるるるるる

 パーン!


『たーまやー』


 夜空に打ち上がった、赤、青、オレンジ、白、紫、緑。そのほか色とりどりの大輪の花を皆と見上げる。


 ああ、夏が終わる。

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