また新米教師田中健介の憂鬱4

 伊能市の大通に爆音が鳴り響いていた。


 それは改造されたバイクから鳴り響いている音で、おおよそ30台ほどから鳴り響く合唱音は、夜の街に大きく木霊していた。


 彼らの名はチーム"反正義"。


 ある街では知らぬ者がいない札付きの悪共で、家庭環境に問題があったわけでもないのに悪の道に堕ちた、根っからの不良達である。


 その街で敵対するグループを全て叩き潰し壊滅させ、暴力で街を支配する帝王となった彼らは考えた。全国的に知られている、妖異と異能者が争っている伊能市に乱入し、自分達の名前を更に高めよう。と。


 そんな野望を秘めて、彼らは伊能市内を爆走していたのだ。


『警告します! 皆さんは現在、法令によって定められた緊急妖異危険事態を発令中の伊能市に、無許可侵入しています! これは明確な犯罪行為であり、直ちに引き返して伊能市より退去してください! これは要請ではなく命令です! 従わない場合は武力を持って強制制圧します! なおその際、あなた方の被害に対して、命以外は考慮していません!』


 そんな彼らが歩道橋を通過する手前、その上から拡声器で非常に強い警告の言葉が発せられた。


「んなこと知るか!」

「あっはっはっは!」

「いえーい!」


 しかし、そんなものを素直に受け取とるなら、暴走族なんてやっていない。反正義はその警告を無視して、バイクの速度を上げる。


『警告の無視を確認! 確保ー!』


 だが彼らは知るべきだった。暴走族、不良、ツッパリ。それは平和な世界でしか成り立たないのだと。彼らが何とも思っていない、社会、大人、法。それらである意味守られているからこそ、成立していたのだと。暴力の世界で生きていたと思っていても、そこは単なるぬるま湯だった。と


 そして伊能市は既に戦場なのだ。喧嘩の世界ではない。"反正義"の部隊、兵士などと呼称されても、結局はごっこ遊びだったと思い知らされる。


「やーれやれ。まさか暴走族が相手とはね」


「加減するのが難しいわ」


「東郷がいるなら、即死しない限り大丈夫だろう」


「妖異は?」

「ワイのレーダー上は多分大丈夫」

「野郎共、妖異が寄ってくる前に方付けなさい」

「程々にね。程々に」


 本当の戦士達の前では。


「ぎゃああ!?」

「え?」


 まず先頭を走っていた特攻隊が複数人、バイクの上から消えた。


「北大路に強化させたらあっという間なのに、肝心な時にいないな」


「藤宮君、それやと族の皆さん、叩き落された衝撃で死ぬんですがそれは」


「ほらほら仕事して。ボクの細腕じゃ持ち上げられないよ」


「佐伯め、よく言う」


「せやね」


 反正義の先陣たちは確かに聞いた。時速100kmは出しているはずなのに、すぐ傍で聞いた覚えのない声が……。


 特攻隊達の意識が消える。


「なんだあ!?」

「みっちゃん!?」


 後続の反正義達は見た。道路の真ん中で立つ男達と女の肩に、仲間がぐったりとして抱えられていたのだ。


「この単車、結構高いんじゃないか?」


「よく分からないわ」


 主を失ったバイクは不可視の壁に衝突後大破炎上し、雪と氷によって無理矢理消火される。


「小百合せんせー、急患でーす」


「ああもう骨折してるじゃない!」


 反正義の兵隊達は、時速100km以上で爆走していたバイクから、腕や体を掴まれて無理矢理引きずり降ろされたのだ。骨折する者も出て来るが、少し離れた臨時救護所で、これまた無理矢理治されていく。


(み、皆やり過ぎいいいい!)


 そう、反正義を相手取っていたのは、当然チーム花弁の壁とチームゾンビーズである。彼らがバッタバタと反正義のメンバー達をなぎ倒していたのだが、引率役である男もそこにいた。誰かと言うと、つまり田中健介である。だが、幾ら暴走族とはいえ民間人に対するあまりの容赦のなさに、心の中でやり過ぎだと絶叫していた。


 勿論竹崎の意見は、この場にいないが。違う。この光景を見たら、うむ。迅速でよろしいと頷いていたことだろう。


「あっちゃんを返しやがれ!」

「てめえこの野郎やんのかゴラァ!」

「死にさらせ!」


 一方で反正義達は、捕らわれた仲間を救出しようとバイクから降り、それぞれ鉄パイプや木刀など獲物を手に握るのだが……それはつまり、足が完全に止まり、バイクと壁が衝突する危険が無くなったという事だ。


『閉じ込めて!』


 拡声器から男、貴明の声が響いた。


「【超力壁】っと」


「なんだあ!?」

「どうなってんだこりゃ!?」

「出られねえぞ!」

「閉じ込められた!?」


 超力壁のエキスパート、勇気が四方に超力壁を展開して反正義達を閉じ込めた。


「出せやゴラァ!」

「くたばれボケ!」

「死ねや!」

「ああてめえ!」


 閉じ込められたと理解しても、反正義達は口汚く大声で罵る。


「ふふ。籠の中の虫なら、相応しく怯えてなさいな。ね?」


「ひ」


 だがそんな反正義も、小夜子が現れたらそれまでだった。彼女は閉じ込められた虫が、気絶しないギリギリの力を開放して、ただ彼らを見た。それだけで修羅場を潜り抜けて来たと錯覚していた者達は、膝から崩れ落ちて小便を漏らしながらガタガタと震えだす。


 この瞬間、反正義は壊滅した。強者のふりをした弱者だった。部隊ではなく豚だった。兵士ではなく逃亡兵だった。いや、正しい存在に戻ったのだ。戦場という最も純粋な場所で、不純物を取り除かれたが、篩いの上には何も残っていなかった。そもそも何も持っていなかった。それに気が付いた彼らが、ここからまた立ち上がれるはずがない。


 ここで反正義は死んだのだ。


「ひ」


 その小夜子の瞳を運悪く視界にとらえてしまっていた健介だが、流石にそんな醜態は、いや、膝は笑っているようだ。


「終わった終わった」


「迷惑この上なかったわ」


「確かにな」


「流石に暴走族相手なら報酬金も出ないよな?」

「流石にやね」

「出たら新しい化粧品試したのに」

「……生活費残ってるの?」


(が、頑張れ俺の膝……)


 一仕事終えて集結する二チームが雑談し、その脇で健介は震えている膝を叱咤激励していた。


『緊急! 妖異接近数6! 小鬼相当!』


「敵!? 皆集中して!」

(騒ぎに引かれてやって来たか!)


 歩道橋の上から最後の状況確認を終わらせていた貴明が、拡声器を使って敵の接近を報告する。それに健介は、すぐさま生徒達に集中を促す。


「いつもので」


「了解【祓い給い】」


「【四力結界】」


「ふふ。じゃあ頑張ってね」


「【二重超力壁】」

「【アーテーの姐さん頼んます】」

「さあやりなさい男共」

「【祓い給い清め給い】」


(ってもう臨戦態勢なのか!?)


 だがこの場にいる者達は既に迎え撃つ準備を整えており、健介は若さ故の遅さがない事に驚愕する。


『あ、大丈夫かも』


「うん?」


 先程まで緊急を告げていた貴明の声が、急に緩んだものとなり困惑する一同。


 しかし、もう妖異達は目視できる距離に接近しており、接敵する前に消滅した。


「な!?」

(何が起こった!? 透明!? いやまさか!?)


 一瞬だった。一瞬で妖異達は消滅してしまった。健介は全くその姿を捉えられなかったが、こんなことが出来るのは……


(大鬼、非鬼!? いやまさか特鬼!?)


 そう、万が一味方でなければ、大鬼や非鬼、いや特鬼の可能性すらあり得た。


「ふしゅるるるるる」


「皆逃げっ!?」


 もし非鬼以上であれば自分では対処できないと、健介が命を懸けて、生徒達を逃がすために大声を出しながら前を駆けるが……


 煙を上げながらそれは現れた。


 その力と言ったら。鼓動一つがまるで周囲の空気を歪ませているのではないかと錯覚させ、圧倒的な存在感を放っている。


 口から、体から蒸気を上げる怪物……


「なんだ。生きてたか」

「ふう。やっぱり嘘やったやん」

「うわ筋肉がいつもよりキッモ」

「な、なにがあったの……」


「皆離れてくれ! 極限まで追い詰めた筋肉が暴走している!」


 ではなく北大路友治だった!


「はい?」


 それに呆然とする健介。それはそうだろう。覚悟を決めたら、生徒が馬鹿な事を言っているのだ。いや、果たして馬鹿な事だろうか。なにせ友治の筋肉は普段の倍ほどに肥大化しており、まさに筋肉モンスターと言うに相応しい存在と化していたのだ。


「追いついた」


「あ、翼先輩こんばんわっす」

「え? 嘘やろ? なんでまだ翼先輩と友治一緒なの?」

「あの筋肉ほんとにキッモ」

「先輩、と、友治君に何が……」


「責任を取って、炭水化物とプロテインを詰め込んだらああなった」


「はいいいい!?」


 そこへ現れた翼が、友治がどうしてああなったかを説明するが、健介としては意味が分からない。単にプロテインと炭水化物を摂取しただけで、記憶の中の友治がまるで別人になる筈がないのだ。


「お姉様、あれが超回復ってやつですかね?」


「ぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ。も、もう無理。ぷふふふふふふふ」


 貴明が小夜子に呆然とした様子で呟くが、小夜子の方はそれどころではないようで、お腹を押さえて蹲っている。


 そう、超回復。


 極限まで追い込まれ、死に瀕していた友治の筋肉は、ついに与えられた命のプロテインと炭水化物によって、奇跡の超回復を見せたのだ。


「どういうことなのおおお!?」


 哀れ田中健介。彼は人類汚染爆弾と、面白い方へふらふら超破壊爆弾、そして単純に馬鹿の言動に振り回されて、今日一日を終えるのであった。


「き、筋肉が萎れて……」


「あ、戻った」


 健介の受難。それがいつまで続くかは、邪神のみぞ知る……。

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