また新米教師田中健介の憂鬱3

(指揮所の皆さんは忙しそうなのに、どうしてちらちらと僕を見て来るんだ……)


 竹崎の秘蔵っ子と思われてしまった健介だがそんな事が分かる筈もなく、引率している花弁の壁とゾンビーズと一緒に、テントの張られた指揮所のすぐ傍で待機していた。だがその位置は、指揮所の中も見えやすく、逆に指揮所からも健介達、いや、健介が見えやすい事でもあって、中で動き回っている者達は仕事の合間に彼に視線を送っていた。


「お茶です!」


「ああ、ありがとう」


 一方で健介が竹崎の秘蔵っ子なら、竹崎が秘蔵しておきたいっ子である貴明は、いつの間にか指揮所の中でお茶くみ係をやっていた。


「どうぞ!」


「ああ、丁度喉が渇いてた。ありがとう」


 この青年、人の意識の合間を縫うのが得意なら、集中している時と、一息ついた時を察するのも上手く、今も一息ついた人員にお茶運んでいた。はっきり言って邪神の癖に、気を利かせて雑用する事に関して、かなり有能なのだ。


「い、いいのかなあ……」


 そんな貴明だが一応生徒であり、仕事中の大人に混じらせていいものかと悩む健介。


(うむ。気を利かせながら指揮所のノウハウを学んでいるな。それに職員の意識の外にいる動き、見事だ)


 だが竹崎の意見はちょっと、いや大分違うようだ。貴明がお茶くみしながらも、本当の目的は後方指揮のノウハウを吸収するためだと見抜き、それでこそクラスの主席だと心の中で頷いていた。


(指揮所のスペースが限られているから貴明一人しか入れられないが、貴明なら後で情報共有をするだろう。それに現場は今も命を懸けているが、余裕のある時に体験させないと、次が育たず結局は次代で被害が増す)


 現状竹崎の指揮が必要でないため、教育者として考えを巡らす。今まで他への情報共有を怠らない貴明が、指揮所の中にいるのが適任であり、貴明は学生で今は緊急事態であるが、まだ余裕のあるうちに色々と経験させておく方が、長い目で見ると合理的なのだ。


(他の生徒は……)


 竹崎は貴明から視線を外し、指揮所の外にいる残りのメンバーを見る。


 そこには


「晩御飯どうしようかしら」


「余裕だねえ小夜子」


「そう言う飛鳥も座って余裕ね」


「そう言う橘も座って余裕だな」


「もう友治と会うことはないんだろうな」

「ワイはまだ信じとらんで……」

「私の最後の言葉、お一人様一パックの卵の特売についてなんだけど、それが別れになるとはね」

「なんで友治君死んだ前提なの……」


 だらけ切った生徒の姿があった!


 そう、丁度いい高さの段差に腰かけており、伊能市内で妖異と異能者による戦闘が行われているとは感じさせないほどである。


(き、緊張感が……)


 健介はその光景に頭痛を覚える。もし一年生の時の健介達が予備兵力として招集されたら、軍隊張りに整列していただろう。一方今の一年生はどうだ。あまりにもリラックスし過ぎていて、彼はまさにジェネレーションギャップを感じていた。


(うむ。それでいい)


 だがやっぱり竹崎の意見は違うようだ。


(体面を気にして実戦前に疲れるなど非効率極まる。それでいいのだ)


 ゾンビ達を考えるとあり得ないが、もしぴっしりと気を付けでもしていたら、竹崎はそんな事は非効率だから止めなさいと言う必要があったが、やはり竹崎の薫陶を直接受けた代は違う。これぞ彼の教育の賜物だろう。


(ああ……胃が……)


 一方竹崎が学園長に就任する前に卒業し、その薫陶を受けられなかった健介は胃痛を覚えていた。まあ、これから後々まで貴明に振り回される、いや、その薫陶を受けられるのだから問題ないだろう。


「竹崎学園長、市の境を監視カメラで監視していた者が、暴走族らしき一団が侵入してきたと報告しています」


「今時か」


 指揮所が委縮する可能性があったため行わなかったが、竹崎は舌打ちをしたかった。


 昔から極偶にだがいるのだ。度胸試しとして満月か新月の夜の、ある意味戦時下の伊能市に侵入してくる輩が。


「貴明、意見を言ってみなさい」


 竹崎は先程まで教育者としていたため、つい授業の延長上のような形で貴明に質問する。


「はい! 即座に武力制圧して結界内に閉じ込めます!」


「ぶっ!?」

(それはちょっとやりすぎなんじゃ!?)


 その貴明の即答に、外で聞いていた健介が噴き出す。


「よろしい。命懸けで戦っている者達の邪魔をされる訳にはいかない。待機している両チームを派遣する。拡声器を持っていきなさい。警告は一度だけ。従わない場合は強制制圧をした後、結界内に隔離。制圧時において、単車の破壊、並びに人体に対する被害は、死ななければ考慮しないものとする。以上だ」


 だがやはりもやはり。竹崎の意見は健介と違ったようだ。なにせ貴明を抑えるどころか満足気に頷いて、寧ろ促している。


「はい! 待機している両チームを派遣! 拡声器を持って現地に移動! 警告は一度だけ! 従わない場合は強制制圧したのち、結界に隔離! なおその際相手に与える被害は、死亡以外考慮しないものとする! 行動に移ります!」


「よし」


(それでいいんですか学園長おお!?)


 仲良く話を進める竹崎と貴明に、健介は心の中で悲鳴を上げる。普通一般人に対する被害は、何処でも最小限にと相場は決まっているのに、竹崎は相手が死ななければそれでよしと断言したのだ。


「よっし、それじゃあ花弁の壁、行こうかね」


「相手が暴走族とはね」


「そう言うな。これも仕事だ」


「ま、蠅と暇も両方潰せると考えたらいいのよ」


「じゃあ皆頑張ろう!」


「流石に壁を張って、そこへ突っ込ますのはマズいよな」

「流石にやね。自分を強化して単車から叩き落とすくらいやろ」

「ヘルメットしてなかったらめんどいわね」

「落ちたの治すのは私なんだから加減お願いね?」


(皆それでいいの!?)


 唖然とする健介であるが、普段から学園長の、それとある意味貴明の薫陶を授業で受けている生徒達は、平然としながら立ち上がっていた。


「では田中、よろしく頼むぞ」


「は、はい!」


 ここでまたしても健介は、竹崎に肩をガシリと掴まれた。当然竹崎としては、貴明と小夜子を頼んだと念を押しているのだが……


(自分の生徒を託すとは、やはり腹心なのか)


 周りはどうもそう思わなかったようだ。それどころか、大事な生徒を託すほどの腹心とまで思われていた。


「で、では行ってまいります!」


「うむ」

(頼んだぞ田中)


 指揮所からな離れていく生徒達を見ながら、竹崎は健介に世界の平和を託すのであった。


「竹崎学園長、先程の教員は?」


「うん? そうだな、最も実績がある男の一人だ」


(やはり……)


 健介の事が気になった一人が竹崎に尋ねると、その答えはまさに健介腹心説を後付けるものだった。


 いや、竹崎の視点では間違いない。が、正確に言葉に表すなら、人類汚染爆弾と、面白い事が大好きな超厄介セットを、一応引率に成功している実績がある男。であろうか。


 実際、異能学園でそのセットとゾンビ達をひっくるめた、超厄介スーパーセットを纏めて引率出来るのは、人畜無害で常識人、そしてなにより大事なのは、これといった特徴がないという大事な特徴を持つ健介くらいのものだろう。それでも小夜子が何か別のことに興味を持つと破綻する辺り、かなり運が絡んでしまうが。


 哀れ田中健介。彼は結局、誤解を解けずに指揮所を去る羽目になったのだ。そう、竹崎の腹心というとんでもない誤解を……


 それを知ったとき彼の胃が無事かは……邪神のみぞ知る……


あとがき


感想から秘蔵しておきたいっ子の表現をお借りしました。ありがとうございます!

それと田中先生があまりにも可哀想なので、健やかに生きてもらうため、前話までの田中から健介と表現してます。

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