また新米教師田中健介の憂鬱2

「えーっと、それでは皆さんがチームで戦える妖異はどのくらいです?」


臨時招集が決定しているとはいえ、一年生がこの時期にチームで倒せるのは、よくて普鬼の下位程度だ。だがしかし、その時代の飛び抜けた才能というものは常識をぶち壊すのだ。


つまり田中の常識を。


「はい! チーム花弁の壁は、単なるパワータイプの大鬼なら打倒出来ると思います!」


「ぶっ」


元気よく返事する貴明の言葉に噴き出す田中。

常識的な田中の代では、いくら推薦組とはいえ一年生の最精鋭が集まっても少鬼の上位がせいぜいだった。それなのに、学園長曰く最重要人物は、あっさりと大鬼を倒せると言ってのけたのだ。


「いや、それは言い過ぎじゃないかい?」


「でも藤宮君の結界を考えると……」


「小夜子、お前の見解は?」


「いけるんじゃない? ふふ、適当に言ってるんじゃないわよ? ちゃんとした意味の適当」


その貴明の申告に対して、流石に大鬼の打倒は無理だろうと思うチームメンバーだが、実際小夜子の言うとおり、単なるパワータイプが相手なら雄一の四力結界に籠り、栞のバフで強化された飛鳥の一撃を食らわせると、勝利出来る可能性は高かった。


「うちも翼先輩に、脳筋タイプの大鬼なら大丈夫って太鼓判押されてるな」

「搦め手はちょい特殊やからなあ」

「翼先輩を引っ張り出したら楽できる?」

「友治君を連れてどっか行ったって、貴明君が言ったじゃない」


「ぶっ!?」


再び噴き出す田中。

教員の中で翼という名前は、小夜子が来る前は、全学年で訳ありの中の訳ありを指す言葉であり、そんな存在が大鬼でも大丈夫と言うからには、一年生が本当に大鬼でも行けるのかと、田中の常識は死亡寸前だった。


(い、いや、まだだ。理想と現実は違う……!)


田中は気を持ち直す。若い子達が、自分の戦力を過大評価してしまう事はよくある事じゃないか、ここは実際に戦っている訓練符と、今まで戦った妖異の情報を参考にするのだ。と。


「え、えっと、では訓練や今までの実戦を参考に、現実的に余裕を持って戦える相手はどれくらいですか?」


最初からこう聞けばよかったのだ。そうすれば常識が


「はい! 訓練符では普鬼の中位を打倒しています!」


「うちもです」


「ぶっ!?」


やっぱり壊れた。


そう、空中を動き回ったり、ひたすら早かったりなど、特殊だったり尖った能力がない、極普通のタイプは既に両チームとも打破していたのだ。


(学園長おおおお! やっぱり自分には荷が重いですううう!)


一年生の夏休み中でこれである。田中にとってしてみれば、どう考えても自分の手に負える集団ではないのに、竹崎からはこれでもかと念を押されて、彼らの面倒を見ろと言われているのだ。


「あ、お姉様は特鬼でも余裕です!」


「ぶっ!?」


最後の爆弾に田中の胃は死んだ。





「えー皆さん揃ってますか?」


「花弁の壁は揃っています」


「同じくチームゾンビーズもです。友治以外」


真夜中の伊能市中央臨時指揮所。

田中の点呼にチームリーダーである飛鳥と、実質的なリーダーである友治がいないため、代理で狭間勇気が答える。


(今更だけどゾンビーズってなに?)


まさに今更な田中の自問。もし声に出していたら、東郷小百合がブンブンと首を動かして頷いてくれるだろう。


「あ、丁度学園長が見えましたね。報告に行ってきますので、皆さんはここで待機していてください」


「分かりました」


その時、偶々指揮所にいた竹崎を見つけた田中が、報告の為に指揮所へ向かう。本来なら最高指揮官であり忙しい竹崎の元へ、末端の予備兵力の状況が直接上がることはないのだが、一年A組の担任は竹崎のため、一応直接報告した方がいいと田中は判断したのだ。


「学園長、一年A組の花弁の壁、ゾンビーズの両チームを引率しました」


「おお、よくやった田中。よくやってくれた。流石だ。まさに頼んだ甲斐があった」


「は、はあ」


またしても竹崎に肩をガッシリと抑えられた田中だが、田中にしてみれば全く意味が分からない。ただ単に言われた通り生徒を引率してきただけなのに、竹崎のこの対応なのだ。


ではなぜ竹崎がこのような、田中にしてみれば大袈裟な対応なのか。答えは単純。


(貴明と小夜子の二人がちゃんといる。見事だ田中)


そう、クラス一の問題児である小夜子と、彼女がどこかへ行けば一緒に付いて行く貴明の二人が、ちゃんとこの場にいるのだ。もうそれだけで竹崎にとって、田中は完璧な仕事を成し遂げたプロフェッショナルなのだ。


実際、これが大変なのだ。鬼子と恐れられる小夜子、落ちこぼれの集団であるゾンビーズを相手に、普通の教師として振る舞い、かつ、やたらと実戦主義でシビアな主席四葉貴明に付き合うのは、それなりに難易度が高い。


「よし。それでは引き続き引率を頼む。と言っても、思ったより外部から派遣されて来た者達の量と質がいい。断言は出来ないが、恐らく一年生をまた投入する事にはならない筈だ」


「は、はい……」

(こ、この視線は一体!?)


今後の予定を伝える竹崎だが、田中にとって気が気ではない事が起こっていた。指揮所の中にいる人間全員からじっと見られていたのだ。


当然。あまりにも当然。ベルゼブブ討伐で、最早元ではなく日本最強に返り咲いた竹崎重吾に、あれほど肩に手を置かれて期待されている風な男は誰だと、指揮所の全員が思っていたのだ。


哀れ田中健介。彼は、もしや竹崎重吾の秘蔵っ子? と妙な誤解を受ける事となってしまった。


だがまだ夜は始まったばかり。果たして彼の胃は持つのだろうか? その答えは邪神のみぞ知る。

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